29.挟撃
相変わらずヴェインのお陰でとても快適に旅を続けてもうすぐ3ヵ月でしょうか。
漸く最後の公爵家がいるガレスの街に近づいてきたのでした。
他の国もたくさんあるらしいのですが、このフロレンティア王国は女神さまのご加護がある国に相応しく、全ての街から村に至るまで大小はあれど精霊が力を貸しているのです。
この世界全体がそんなものかと思っていましたが、どうやらそれはこの国の特色らしく。
割と宗教色というかファンタジー色の強い国なんだと最近知ったのでした。
ヴェインのお陰でできた時間で歴史書を読んで知ったのですけれど。
だから人間領に住まう最上級精霊がすべてこのフロレンティア王国に集まっているらしく、次のガレスの街に住むガレスさんが人間領でお会いできる最後の最上級精霊さんとなるわけです。
みなさん個性的で、お会いするのが楽しみなわけなんですけれど。
門が見えて来たなーというくらいでヴェインが珍しく舌打ちなんてしています。
「どうかしましたか?」
いつも穏やかなヴェインが珍しい。
「ガレスの街は血の気の多い軍の街です。」
「はい?」
急な説明に首を傾げるわたしに、続く言葉は少々聞きたくない言葉でした。
「軍が門を護っています。…というか聖女である主様をお待ちしている、が正解でしょうか」
以前より遥かに視力がよくなったわたしよりも更に目がいいのだから獣人はすごい。
わたしの片目ルーリアさんの目なのに。
「主様も見ようとすれば見えます」
と教えてもらったので、じっと言われた方を見てみれば、赤い軍服を纏った人々がずらりと並ぶ光景が見えてきた。
「わあ…これは…」
壮観です。圧巻です。
数はわかりませんが、ともかく赤い絨毯に見えてしまうほどの人。
あれがすべて軍人さんなのであればガレスの街の住民ってみなさん軍人さんなのでしょうか。
いえそれはありえないのはわかっていますけど、それくらいの人なのです。
あの方々が聖女をよく思っていない可能性があるのは少し嫌ですね。
さすがに多すぎます。
「迂回を提案します」
「そうですね、面倒事は避けましょう。」
ヴェインの提案にすぐに乗る。
これは避けてもいい街ですね、澱みは街の傍からでも浄化できますし。
傍の森でキャンプでもいいでしょう。
考えをまとめる間じっとかれらを見ていると、なんだか見覚えのある顔。
「んん?あれ第一王子じゃないですか?」
「その可能性はありますね。赤騎士は第一王子の管轄ですし」
否定してほしいところでしたが、どうやらあの偉そうにふんぞり返っているお坊ちゃんは第一王子で間違いないらしい。
最初あった時赤い服を着ていたのは彼の正装だったわけですね。
しかし良く思われていない可能性が増えてきました。
あの王子洗脳かなんか使えるんですかね?
あの時護衛だった城の兵士はことごとくわたしのことを嫌っていました。
話を直接聞いたわけではないですが、どうやらわたしの性格を「傲慢でこの世界の人を見下し、訪れた街では贅を尽くしている悪女」だと吹聴しているようなので、それを信じているのだと思われます。
街の方々はたとえそういう性格であっても"聖女様"への慈しみの気持ちは忘れないらしく、初対面でもよくしていただいたことのほうがはるかに多いですけれど。
それに噂との乖離にはすぐ気づかれますし。
「…となるとわたし、ランプレヒトが挟み撃ちを考えそうな気がするんですけれど」
「奇遇ですね、俺もそれを言おうと思いました。まあ、一足遅かったみたいですけど」
はあ、と溜息をついたヴェインが後ろを振り返る。
わたしも続いて振り返ると、黄色の軍服を着た集団がずらり。
魔法で気配でも消していましたか。随分近づかれています。
「黄魔術騎士団、ですね。」
名前の語呂悪くないですか?いや、どうでもいいですけど。
翻訳機能のせいですか?
その中に一人だけ空色のローブを着た見覚えのある…つまりランプレヒトの姿。
隣に立つのはウルさんだ。
ただし顔が乗り気ではないのでこの方々はわたしに対して手荒なことをしたくはなさそうです。
ずっとつけてきていたわけですね、なるほど。
キーエンの森を出発してからかなり経ってますけどね、すごい執念です。
お久しぶりです、なんてご丁寧な挨拶のあと。
「このあたりに聖女の力を封じる結界を張ってみたんですけれど、どうでしょう。」
ランプレヒトが真面目な顔で述べてくるのでつい心の中で遂にやりやがった…!などという汚い罵倒がでてしまいました。
この人やっぱりマッドなサイエンティストかなんかですか?神官ですよね?
聖女の研究は神官の仕事なんでしょうか。
彼の言葉通り、転移を試みたのだけれど本当に無理でした。
表情はなるべく変えないようにしたままヴェインの腕をきゅっと握ります。
ヴェインは鞄をわたしに掛けると、ランプレヒトからの視線を遮るように立った。
ちらりと見た感じではまだ赤騎士の方はこちらに気づいていないようで、動いていない。
「うまくできているようで私も嬉しいですよ、聖女様。さて、ご同行願えますね?」
わたしのほんの少しの顔の違いも見抜いてしまったのか、ばればれだったようです。
魔法を、練習しておくべきだったと後悔してももう遅いのでしょうね。
キーエンさんの小指をお借りしてから、魔力が安定せずにどうも暴走してしまうので使っていなかったのです。
というか使うと大惨事になるというか。
でももう言ってられませんかね。
「ヴェイン、魔法を使います」
小さく囁けば頷いてくれた。
「では前方に樹の魔法を。俺が担いで走りますから、転移が使えるようになったら飛んでください」
軽い意思疎通の後、わたしは前方に壁を作ります。
(ロゼさん、植物で壁を作ってください!!)
一瞬で生えた木々やらなにやらでしっかり分断完了です。
この道がしばらく使えなくなるのは本当に申し訳ないのですが許してくださいね…!
あとは狼になったヴェインにしがみ付くだけ。
どうやら獣人としても規格外であるようで、木々の隙間からランプレヒトが驚いた顔をしたのが見えたのでした。
が、です。
どうやって連絡をとったのか、はたまた異常を感じ取ったのか、赤騎士たちも迫っていました。
逃げる場所がない。この街道はもう街まで一本道なのです。
「主様、突破して街に入りますか?」
「いえ、それはやめましょう。ガレスの街の方々が味方して下さるとは限りません」
「では森を駆けます」
ヴェインには負担でしょうけれど、もうお願いするしかありません。
「お願いします」
わたしはしっかりとヴェインの背に掴まり、目と口を閉じます。
風圧にも振動にも耐えられませんから。
後ろでは魔法やらなにやらでどんぱちしている音が聞こえますが、それもすぐに聞こえなくなったのでした。
***
「主様、そろそろ休憩しましょう。おそらく追っ手はいません。」
「はい…ごめんなさい、転移が使えないままです」
あのランプレヒトめ、何をしてくれたのか聖女の力が使えないんですけど。
「これじゃあ"澱み"も浄化できない…かもしれません…なにしてくれやがったんですかあの男」
「このままガレス様の住居を目指しましょう。一番近い最上級精霊様です」
最上級精霊であればなんとかしてくれるかもしれないというヴェインの提案の通りにすることにした。
というか、そうするしかないのが罠のにおいがして腹が立ちますが。
完全に仕事の妨害をされている。
さすがにこれにはわたしも怒りを抑えきれませんよ。
だって唯一のアイデンティティなのです。
わたしのこの世界での存在理由なのです。
次にお会いしたら一回くらい蹴ってもいいですよね?
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『光の勇者は竜の姫と月の騎士に執着される』
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