25.キーエン
なんというかヴェインは相当に優秀で、わたしを乗せたまま森を抜けてくれるし街へ行ってくれるし、わたしを宿へ押し込むと買い物をすべて済ませてくれるし。
至れり尽くせり…!
その上料理もできるようで、野営になっても果物以外の料理が食べられるようになった。
「え、まってください。これはだめです、ヴェインが手放せなくなります」
「願ったり叶ったりですよ」
数度何考えてるんだこやつなどと懐疑心にかられ千里眼を使ってしまったのですが、何度覗いても
『スズ様お可愛い、素晴らしい、俺は幸せだ』
といった類の賞賛しか得られなかったのでいつしか完全に止めました。
わたしの心の安寧のために、ですもちろん。
しかしヴェインが優秀なのは確かで、ギルドに登録してもらい仕事をしてくれば結構大金を稼いできてくれます。
そのお陰で良い宿に宿泊できるようになったのは僥倖でした。
そういうお宿は大抵従者の部屋を用意しており、同じ部屋で寝る様なことにもなりませんでしたし。
という献身のおかげでもう旅程もだいぶ進みました。
わたしがヒモと化していることについては目を瞑ります。瞑るったら瞑るんです。
次は3つ目の公爵領であるキーエン、黄の最上級精霊がいる場所です。
例にもれず大きな街なんでしょうね。
そういえばあの公爵家の長男だったり次男だったりはあのあとどうなったんでしょうね。
顔も名前も思い出せないので千里眼では覗けません。
「主様、今回も袋で入られますか?」
「そうですね、そうしましょう」
袋は手先も器用なヴェインが改造を重ねており、二重になっているので覗かれたくらいでは見つからないです。
魔法も使っているのかもしれませんが、詳しく聞いていません。
というかこのヴェイン、わたしの質問によくわからない言語で返してくるのですよ。
この袋はどうなっていますか?と聞いたんですよ。
そうしたら、「主様のお美しさはこの程度の仕掛けでは隠せないかもしれませんが」ですって。
意味がわからないですし、会話になりません。
そしてこの男、心からこう思っているようで千里眼でも同じ結果なんです。
さすがに何か仕掛けがあるのだと確信しているけれど、今のところこちらに害はないので保留です。
決してヴェインがきもちわ…いえなんでもないんです。
わたしほんとう早まりましたね。
こんな回想をしている間に街へ入れたようです。
いつものようによい宿に運ばれ、しばらく部屋にいるように伝えられて。
「誰が来ても開けてはいけませんよ」
と子供に対する注意つきです。
開けませんよ。さすがに。自分では。
自分ではあけていませんから。
ということで目の前に座っていらっしゃるのはキーエン公爵家…の三男でしたっけ?
お名前は忘れてしまいましたが、以前紹介された4人のうちのお一人です。
「あー…ええ、と。何の御用でしょうか」
「ランプレヒト殿へ報告が必要だが、それを聖女殿へ告げぬのはフェアではないと思い参上しました。」
義理堅い人の気配がします。
「どうしてわかったんですか?」
「…その…」
気まずそうに斜め後ろあたりをちらちらと見ている。
「…ん?あ、もしかしてキーエンさんですか?」
公爵家三男(多分)の後ろに精霊っぽい方がちらりと見えた。
もしかするとルーリアさんの目のお陰かもしれない。
「そ!よくわかったね!!はじめまして妾はキーエン・フラーウム!会いたかったよ!」
ぎゅうっと抱き着いてくるのはロリっ子でした。
例にもれず大変な美人さんです。
美しい金の髪に、はちみつ色の瞳。
地球でいうところのチャイナドレスに似た服を身に着けているようです。
そういえばこの街自体が少しオリエンタルですね。
赤い提灯が並んでいたり、飾り家具のデザインに既視感がありました。
キーエンさんの趣味でしょうか。
「みてみて!妾は虎なの!」
変化するお姿は虎さんでした。
予想に反して大きく立派なお体です。
「わあ、素敵です!もふもふです!」
「さわっていいよ!」
お言葉に甘えてもふもふを堪能します。
はあ、しあわせ。
「あとで妾の家にも遊びにきてね!絶対だよ!」
「はい、数日後必ず。」
約束、と小指を絡ませるとキーエンさんは颯爽と去ってゆきました。
嵐のような方です。
この指切りは聖女の誰かに教わったのでしょうか。
「…ということだ、すまぬ」
「いえ、キーエンさんは内緒話とか苦手そうですねえ」
のほほんと返せばぐっと眉根を寄せて悔しそうな顔をする、名前をいい加減教えてくださいあなた。
「あ、すまぬ。改めて名乗らせてくれ。」
お、そうですそうです!それですよ!
「キーエン家三男のウル・キーエンと申す。俺は聖女殿と敵対するつもりはないのだが…如何せん王家からの命で…」
派手な金の髪をみつあみにして前に垂らしているけれど、魔導…騎士?とかなんとか言っていた気がします。
髪が大切なんでしょうか?
もう一人の魔導騎士さんもそうでしたし、ランプレヒトさんもそうでしたね。
聖女の聖なる力も髪に宿るそうですし。
…と少しどうでもいいことを考えたところで。
「というかランプレヒトさんはここでお待ちではないのですか?」
どうせ待ち伏せされていると思ったんだけど。
「…キーエン家の屋敷でお待ちだ。」
そうですよね、そうだと思っていましたよ。
だって簡単です。
わたしは聖女の旅を順番通りきちんと行っているんですから、先回りすればいい。
それだけのことです。Q.E.Dです。
「困りましたねえ、わたしは同行者を得たので、ランプレヒトさんご紹介の護衛の方は不要なんです」
「承知しています。聖女様がこの国の者を信用されぬ気持ちも…」
少し悲しそうに見えますね。
『それもこれもあの第一王子が…!』
ということなので、だいたい奴のせいなんでしょうねえ。
「つまりウルさんは他の貴族の方のように聖女を歓待したいけれど、王家からの命とやらがあってできないわけですね」
侯爵以下の貴族の方はどの街でもとても良くしてくださいましたからね。
あまり関わりたくはなかったのでお食事や物資の提供を受けるくらいですけれど。
みなさん止めないと際限なく鞄に詰め込もうとするのだから困りますよね本当。
「理解がお早いな。そうなる。しかし命などなくとも聖女殿が許されるなら護衛も吝かではない」
ちょっと嬉しそうなお顔。
この人本当に貴族です?腹芸下手ですね。
この国の方ってそういう方が多いようなんですよね。
平和なんでしょうか。
想像していた貴族像と違うというか。
ウルさんも聖女のことは好意的に思っているようで何より。
でも。
「ごめんなさい、護衛は不要です。王家の命…?第一王子の命令を優先される方との同行は致しかねます」
「あ、そうか。そこもご存知ないのだな。現在陛下は隣国へ出向かれているため、第一王子が王代行としていくつかの権限をお持ちだ」
つまり公爵家であっても簡単には逆らえないと。
「最悪ですね!」
「ああ…公爵家は全員反対したのだが、よい機会だから成長させてやってくれと陛下が。」
「その隙に勝手に聖女を召喚してこの扱いですか!?」
確実に王様は第一王子を甘やかしていますね。やれやれです。
「ということで申し訳ないが同行願いたい」
時間切れのようで、わたしの手を掴もうとするウルさんから距離を取る。
ヴェイン早く帰ってきて…!!
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完結済みです。
『光の勇者は竜の姫と月の騎士に執着される』
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