24.同行者
帰ってきたヴィーと、目が覚めた父と兄が喜ぶ姿をほっと見る。
気休めだけれど、こうして目の前の人は救うことができた。
しなくてはいけないことではないけれど、わたしの罪悪感を少しでも減らすためにこれからも偽善者で居続けたい。
「聖女様、ありがとうございます。」
「いいえ、お気になさらず。勝手にやっていることです」
頭を下げる父親に嘘偽りない気持ちを告げ、ヴィーを見る。
「さて、ではヴィー、わたしはもう行きます。」
「えっ何もないけど泊まってよ。もう少しお話したい」
かわいくおねだりされて駄目とは言えませんよね!!!
「い、いえだめです、見つかるとみなさんにご迷惑がかかりますから」
危なかった、絆されるところでした。
匿ったとか言われたら申し訳ないですからね。
ロゼ家の家令にはどこへ行くか話してしまいましたし、ここが割れるのも時間の問題でしょう。
ロゼの森へ転移すれば寝る場所くらい確保できるでしょうし。
「では俺をつれていってください」
すっと左手を取られ、そこに跪かれる。ずっと黙っていたヴィーのお兄さんだ。
「えっと…!?同行者は不要です、ずっと断っているんです」
急な申し出に盛大に戸惑いつつお断りする。
「隠れて街へ食糧を買いに行くことや、ギルドに登録していただければ仕事をしてくることができます」
的確に必要としているところを突いてきますね!?
確かに買い物が満足にできないこととか路銀が心もとないことは懸念事項でしたけどなぜわかりましたか!?
さては頭が回るタイプですね!
流石に善意での申し出ですし無碍にはできませんが、なんとかお断りしたいのですけれど。
「それがいいよ、聖女様。あたしはあんまり役に立てないけど、お兄ちゃんはすごいんだよ!」
ヴィーからの援護にぐっと言葉を詰まらせそうになるのをこらえます。
「ですが折角目が覚めたのです、ヴィーも一緒にいたいでしょう?」
「大丈夫、お父さんがいるし。聖女様のおかげで奴隷じゃなくなったし!」
仕組みなどは不明なのですが、廃棄された首輪付の奴隷は廃棄されているだけあって誰の物でもないようなんですよね。
首輪の制約でこの囲いからは出られないし、普通の仕事もできないけれど。
「ですが獣人の方は奴隷にされやすいと聞きました。」
「さすがに元気な獣人をいきなり奴隷にはしませんよ、ご安心を。どうか息子を連れて行っていただけませんか?」
ヴィーだけでも説得できていないのに父親もでてきやがりました。
ぐっ…こういう下手に出てのお願いは初めてですね、負けそうです。
他の方は義務だったり上から目線の押し付けだったりしたので遠慮なくお断りできたのですけれど。
「聖女様はか弱いし心配なの」
お兄さんが握ってる手と反対のほうをぎゅっと握り込むヴィーがかわいい。
うるっと大きな琥珀色の目に涙を溜めて、上目遣いで。
あっ無理ですこれ。
美少女にそんなことされて断れます?
「ぐっ…おねがい、します…!」
絞り出すように同行を許可すると、ぱあっと嬉しそうに微笑むお兄さんとヴィー。
「よかったね、お兄ちゃん。よし、やっちゃえ!」
ヴィーがわたしの手を離し、お兄さんに向けていい笑顔でぐっと親指を立てている。
まって、なに、を。
わたしが口を開く前に、
「俺はヴェイン・シュヴァリエ。貴女に忠誠を誓います」
と素早く呟くと手の甲にそっと口付けられる。
「いっ…!?」
次いでその甲にピリっと痛みが走り、反射で手を引こうとしたのだけれどびくともしない。
ヴェインさんが牙で傷をつけたらしい。
滲む血をそっと舐めとり、再度そこへ口付けた。
「な、ななななにを!?」
狼狽えるわたしにいい笑顔を向けるヴェインさん。それが妙に怖い。
「主従の契約です、我が主様」
「…聞いていません!!なんですかそれ!!」
「言いませんでした。こうでもしないと我が主様は俺を置いていくと思ったので」
ばれてますね!!
次の街辺りで適当にヴィーに返そうと思ってたんですけれど!?
言葉通りなら無理だということですね。
計画通り、と言わんばかりの笑顔にたじろぐわたしの手は離してくれない。
「聖女様騙されないか心配。お兄ちゃん頼むよ?」
ふふっと悪戯っぽく笑うヴィー。
いつ計画しました!?あなたもグルですね!!
思わず睨めば
「えへへ」
なんてはにかんで笑うヴィーにはどうせ勝てそうにありませんね。
ヴィーの可愛さに絆されていたわたしでははなから勝ち目はなかったようです。
「ああ、任せろ。」
ぎゅっとわたしの手を握りこむヴェインさんに現実を思い出す。
「ま、待ってくださいお願い、主従の契約ってなんです!?嘘偽りなく教えてください!!」
ヴェインを見れば、嬉しくて仕方がないという笑顔で見られる。
千里眼使いますからね!!!
『はあ…愛しい我が主様。主従の契約をすれば嘘は吐けないというのに、かわいい方だ』
あっもう見ません見ません顔が赤くなってしまえば覗きがバレてしまいます。
もうヴェインさんは覗きません!!なんですこの人こわい!!
「専属の奴隷のようなものですよ。それよりももっと深い契約で、解除はできませんけど」
「解除できないんですか!?」
「できませんね。どちらかが死ぬまで」
「物騒!」
「それからどこにいるかわかるようになります。」
捨てても追いかけるぞっていう宣言ですね、理解しました。
抜かりました…!!
ほんっとうにやらかしました。
千里眼を面倒くさがって最近使っていなかったんです。
最初こそ警戒していましたが、街の人がみなさんお優しいんですもの。
大抵裏表なく優しくしてくださるんです。
まさかこんな斜め上の騙され方すると思いませんでした!
「それから主様の命令は絶対です。死ねと仰るならそうしますよ」
「言うわけないでしょう!!」
「ええ、わかっていました。騙すようなことをしてすみません、主様」
悪いと思っていない笑顔で告げられ、敗北の溜息を吐きました。
「…わかりました、わたしが迂闊でした。ヴィー、あなたは本当に大丈夫なんですね?」
「うん、あたしは大丈夫。こうみえて結構狡賢いつもり」
にこっと笑う顔は初対面のときとは随分違う。
猫は猫でも飼い猫なんかじゃなかったですね。
「そうでしょうね。すっかり騙されました」
「…けど…その、お礼がしたかったのは本当なの。聖女様ひとりでずっと、なんてもう無理だよ」
この言葉に嘘はありませんでした。
「ありがとう、ヴィー。また会いにくるので、うまくやっていてくれなければ怒りますからね」
これが彼女なりのお礼なのだと受け取ることにしましょう。
ヴェインさんはともかくヴィーのことは信じていますし。
絆されたわけじゃないですし。
***
こうしてヴィーたち獣人と別れ、新たな同行者、ヴェインさんを連れて街を出ました。
彼が担ぐ袋に入れられて、難なく。
森の中で降ろしてもらい、複雑な表情を浮かべるわたし。
「どうかしましたか?」
「こうも早速役に立つところを見てしまうと複雑です」
「いいじゃないですか。存分に使ってください、主様」
「そうですか…ヴェインさんはいいんですか?」
「俺のことはヴェイン、と。それと一目お会いした時にわかりました。貴女が俺の運命だと」
年上っぽかったので抵抗があるのですけれど。
恥ずかしいことを言っているのでスルーします。本当なんですかこの人!
主従の運命ってなんなんでしょうね、知らない習性ですか?
「で、ではわたしのことも名前で呼んでください。リンと名乗っています。」
「ではリン様、と」
恭しく頭を下げられ、溜息が零れた。
もうどうとでもな~れという気持ちです。
「わたしの本当の名前はスズ・クジョウ。偽名を使っているので絶対に呼ばないでください」
「はい。…ご命令ならば、そう言葉にしてください」
今のお願い形式では呼んでしまう恐れありってことですね?
「では命じます。わたしの本当の名は呼ばないでください」
ちか、と小さくヴェインの喉元が光ったように見えた。
え、そこ包帯巻いてますけどなにか隠してます?
ああでも知りたくありませんね。
そういうの諸々全部いったんは仕舞い込んで。
「…信じますよってことですよ、ヴェイン」
よろしくお願いします、と手を差し出すと、美しく微笑みながら固い肉球のついた手で握り返された。
落ち着いて気づいたけれど、美少女だったヴィーの兄らしく、かなり顔が整っています。
白銀の髪は今は少しぼさぼさだけれど整えれば美しく輝くでしょう。
涼やかな薄い青の瞳は白銀のまつ毛に縁どられた宝石のようです。
…あまり見ないようにしましょう。
美形に弱いのですよ、わたし。
「ところでヴェインは犬…ですか?」
「あ、いえ狼です、銀狼。こうみえて珍しい種族なんですよ」
完全に獣の姿にもなれるらしく、かなり大型のもふもふの狼になったことで完全にわたしが陥落しました。
「も、もふもふです…!!」
ヴェイン、あなたをわたしのベッドに任命します!!
ようやくひとり旅脱脚です、思っていたより長くなってしまいました!
よかったらこちらもよろしくお願いします。
完結済みです。
『光の勇者は竜の姫と月の騎士に執着される』
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