23.ロゼの街
3日しっかりとロゼさんの森の澱みを取ったので、今日は出発できる。
街へ行けなかったのは残念だけれど。
そのわたしの様子を汲み取ってくれたのか、
「ねえ、変化の魔法を使ってみない?」
という提案を受ける。
どういうことだろうと首を傾げていると、初級の本には載っていない中級魔法以上の話らしい。
――青の精霊は水と浄化の精霊だが、加えて保存の魔法も管轄する。
同じように、
赤の精霊は炎と熱に加えて移動の魔法
黄の精霊は地と重力に加えて空間の魔法
緑の精霊は樹と成長に加えて幻術の魔法
白の精霊は光と雷に加えて創造の魔法
黒の精霊は闇と冷気に加えて契約の魔法
をそれぞれ管轄している。
「つまりわたくしのもう一つの管轄は幻術の魔法なの。変化もそれに入るのよ」
「え、と、じゃあ」
見た目を変えられるなら願ったり叶ったりだ。
「ただすこーし消費魔力が多いのよね。まだスズの魔力じゃ1時間くらいしか保てないかもしれないわ」
「門を越えられれば多分大丈夫なんですけれど」
「それなら迎えを寄越しましょう!」
いいアイディアだわ!とふわふわ笑う笑顔に少しだけ嫌な予感が混じる。
「来るまで練習しましょ!」
と誰が来るかは教えてもらえなかったが、髪の色だけ変えて、黒いの目の方を眼帯で隠すことにした。
初めて使う魔法でどこまでできるかはわからないし。
練習が必要。
髪の色はこの世界でよくあるというロゼさんの栗色をそのまま真似した。
想像するより真似するほうが簡単みたいです。
「素敵ね、上出来よ。」
笑顔で手を引かれるまま建物から出ると、少し先に立派な馬車がある。
ロゼさんが迎えなんていうから薄々勘付いてはいましたが。
「…お迎えに上がりました、リン様」
恭しく頭を垂れたのは家令らしきご老人だった。
まあ間違いなくロゼ家の。
「その子を門の中で適当に降ろしてあげて」
ロゼさんが命じると、「仰せのとおりに」と言ってくれたので一応信じますよ!!
***
彼はロゼさんの言う通り、門の中まで連れてきてくれて、その上人通りの少ないところで降ろしてくれた。
「ありがとうございます。」
「…このような場所で申し訳ございません、聖女様」
「わたしのわがままなんです、謝るのはこちらですよ。すみません」
ぺこりと頭を下げ、"奴隷の廃棄場"の場所を聞いてからその場を後にした。
髪の色が違うだけで分からなくなるのか、誰も話しかけて来ないのが素晴らしい。
問題なく目的地へ辿りつき、わたしはルーリアの街とのあまりの違いに絶句した。
「もふもふ…パラダイスです…!」
そこにいたのはなんと獣耳の付いた人たちだったのです。
大興奮です。思わず言葉が漏れてしまうほどです。
いくつも街を見てきましたが、獣人、というのでしょうか?は初めてみました。
子供から大人までかわいらしい耳がぴょこぴょこと…!
天国ですね。
しかしここにいるということは奴隷ということ。
格好は薄汚れていますし、一様に痩せている姿には心が痛みます。
一刻も早く解放して差し上げないと。
少し奥まで行き、髪の色を元に戻しました。
「せ、聖女様!?」
ざわりと周囲がわたしに注目したのがわかります。
緊張しますが仕方がありません。
「どなたか、よろしければ協力していただきたいのですが」
声を掛けると、1人の猫耳少女がおずおずと近寄ってきてくれます。
「いくつか質問させてください」
こくりと頷くのでそっと手を握ります。
えっ肉球ついてるじゃないですかさいっこうですね!!!
心の中は大興奮ですが全力で押し込めます。
ここで鼻息を荒くなんてしてしまえば間違いなくひかれますからね!
「ここは奴隷を棄てる場所、で合っていますか?」
「…うん」
「この首輪を外せば自由、であっていますか?」
「えっ…!?う、うん」
「ありがとうございます。では取ります」
転移の魔法でちょちょいです。
それをみた周りの方々がきらきらとした目を向けているのがわかります。
「服を綺麗にしますね。」
洗浄の魔法を服に掛け、温かいお湯を盥に出してタオルを差し出します。
「これで綺麗にしましょう。そうすればこの場所をでられます…ね?」
少し遠巻きに囲んでいたみなさんを見ると、それで問題ないようでした。
平伏はまだ早いですから!!いえずっといらないですけど!!
ひとまずルーリアの街と同じようで安心です。
最初の少女はヴィーと名乗り、手伝いを買って出てくれました。
「あの、わたし貴方たちのように動物と同じ耳がある方たちのことを知らないのですけれど、教えてもらえますか?」
「えっ聖女様しらないの?」
きょとんとした顔に常識知らずと書かれておりぐさりと胸が刺されました。
うぐう、道中できちんと本なり読んでくるべきでしたね…!
「ごめんなさい、貰った本にもなかったし、今までの街にはいなかったのです」
「あたりまえだよ。あたしたち獣人は、緑の精霊の街にしか住めないきまりなの。」
この少女と、近くにいた老人が補足してくれた話をまとめるとこうだ。
――獣人は人間より身体能力が高いなど能力が優れているが、数が少なく立場が弱い。
奴隷にされやすく、全ての獣人の奴隷は最終的にこの街へ棄てられる。
人間より身体能力が高い部分を買われているので、少しでも使えなくなるとすぐにたらい回しにされる。
奴隷にならなかった獣人も、緑の精霊の街でしか生活できない。
緑の精霊の街は青・赤・黄・緑の4つの中で一番数が少なく、あぶれてしまう者も少なくない。
今ここで知りましたけど、"人間領"にはどうやら最上級精霊は4名なんですね。
白と黒は"魔族領"でしょうか?
それは置いておいて。
「どうして…」
思わず出てしまったこの言葉の中には、色々な気持ちが入っていました。
「ねえ聖女様、みんなが終わった後でいいんだけど、うちへ来て」
それを汲み取ったのかはわからないですが、そっとわたしの手を握ってくれたヴィーのお願いはできる限り叶えてあげたくなりました。
ここでもわたしには何もできないんですね。
獣人の立場をよくする、とかそういうことは。
ヴィーに連れられて彼女の家に行くと、いまにも崩れてしまいそうな木造の扉の奥に、人の気配がある。
けれど、それはもう消えてしまいそうな儚い灯だ。
「獣人は丈夫だから、まだまだ生きるよ。けど、動けないの。あたしのお父さんと、お兄ちゃん」
ベッドはなく、床に藁を敷いただけのそこに横たわるのは灰色の犬のような耳をした男性2人だ。
ヴィーの猫耳とは違うようです。
「あたしはお母さん似なの」
もういないけど、と呟くので察したが、かれらは一家で奴隷だったらしい。
彼らの傍に寄ると、何か病気らしく弱弱しく不規則な息を吐いているのがわかる。
苦しそうだ。
首輪を移し、癒し、服を綺麗にする。
穏やかな息遣いに変わったのを見届けると、わたしはヴィーに向き合う。
きっとこんな姿の獣人が他にもいるからヴィーはわたしに見せたのだ。
「ヴィー、あなたの知る限りでいいんだけれど、立ち上がれない人って他にもいますか?」
「いるよ、いっぱい」
「案内してくれませんか」
「いいよ。任せて!」
待ってましたとばかりにわたしの手を握り、ヴィーは駆けだした。
はあぁ…おててがふにふに…!
すっかり日が暮れた頃、漸く「これで全部。」と手を離してくれた。
わたしはへとへとなんだけど、ヴィーは全く疲れてないようで違いを実感します。
「申し訳ないのですが、ごはんを買ってきてもらえませんか?わたしはあまり街中を歩けません」
「知ってる、聖女様のこと探してるって昨日兵士がたくさん来たもん」
うわ昨日でしたか。
「安心して、ここにいるって教えるひとなんていないから」
にこっと微笑む彼女に銀貨を渡す。
「気を付けて行ってきてください」
獣人とか以前に美少女なので!!
「大丈夫、あたしたちでも使えるお店があるの。聖女様が食べられるかは…」
少し顔を曇らせたけれど、あえて笑顔を作る。
「気にしないでください。お願いしますね」
虫とか入ってるんじゃなければ問題ないです。
あっという間に小さくなるヴィーを見送り、まだ眠るヴィーの父親と兄の体を拭う。
髪をそっと拭うと、かれらの毛色は灰色ではなく銀色だということに気づいた。




