2.そして今
このお話は2話ですのでご注意ください。
というのが既に一月も前のこと。
召喚されたのは王城の神殿だったようですが、その日のうちに送り出されたのでした。
今日もわたしは馬車に詰め込まれ、どこかへ運ばれています。
ドナドナです。
窓はないしドアは開かないので馬車というか檻ですね。
1日1度の食事以外なにもありません(しかもパンと水だけ)。
この馬車はすべてふっかふかのベッドで出来ているので快適ではありますが、正直寝るしかできません。
暇です。そしてお腹がすきました。
転移前は少しぽっちゃり体型でしたがすっかりスレンダー体型です。
痩せたいとは思っていましたがこんな強制ダイエット望んでいませんよ。
食べれるようになる…かはわかりませんが絶対食べた途端にリバウンドしてしまいますよね。
それと毎日湯あみと称した水掛け?なんていうんでしょうね?
魔法か何かでびしゃっと丸洗いされるんですが、扱いひどくありません?
トイレは隣の車両に設置されていて、食堂も反対側の扉から行けます。
食堂のほうは鍵が掛かっていますが、それが開くと食事が用意されている状態なのでそれ以上はわかりません。
明らかにパン以外のおいしそうな香りがするので、わたし以外は少なくともパンだけではなさそうです。
何より眼鏡がないのでわたしも何もできないのですが。
ただこのままだと歩けなくなるので、出来る限りストレッチやら運動やらをやっています。
効果のほどは不明ですが。
正直トイレと食堂の往復で、それも数歩なので不安しかありません。
こうして体力を衰えさせる目的だったらどうしましょうね。
最初のころは戸惑い何度か外に出してほしいと訴えてみたけれど全て無駄でした。
全員無視、反応すらありませんし。
この言葉がわかる指環とやらがあっても意味がありません。
ぷんすか。怒っていますよ。
今日も変わらぬ一日なんだろうかと思っていると、乗せられてから今まで一度も開かなかった扉が開く。
あまりに急だったので盛大に肩が跳ねた。少し恥ずかしいです。
「お降りください」
と言葉だけは丁寧に、しかし口調には一切の熱もない。
何ですか本当、わたしが何かしました?
この人たちは最初からずっと態度が悪い。
わたし聖女じゃなかったのかしら。
小さく溜息をついて、外へ出る。
そこは泉だった。
妖精さんでも舞っていそうなほど幻想的な。
多分、あんまり見えていないので、多分。
四方八方をがっちりと兵士らしき人たちに囲まれて、その泉の傍へ行く。
「そのまま進め。」
と背を押され、冷たい泉を進まされる。
腰あたりまで水があるが、そこより深いところはなさそうです。
「そこでいい」
後ろから声がかかり、立ち止まる。
すると、空からきらきらとした何かが降り注いできた。
あわてて周辺を見渡してみても、わたしの周りだけ。
とても綺麗。
頭に声が降りてくる感覚。
神託ってやつでしょうかね。
「私は女神フロレンティア。貴女に聖女として相応しい力を授けます」
どうやらこの国は女神様の名前を冠す国らしい。
その女神さまが聖女というのならそれだけは信じてもよさそうですね。
さすがに女神を名乗る不届き者ではないと信じたいです。
姿は見えないけれど、声は響いているわけですし。
「ひとつは聖女の証、癒しの能力」
ぽわりと丸い光の塊がわたしの体に吸い込まれた。
「もうひとつは疑い深く視力の弱い貴女へ、千里眼の能力」
続けてもうひとつ。
涼やかな美しい声が最後に「よろしく頼みましたよ」と告げると降り注いでいたきらきらもなにもかもなくなってしまった。
千里眼があれば癒しがなくてもいいような気がしたけれど、それはそれとして視力を治す。
これでやっと見えます、とても有り難いです。
しかも以前より遥かに見えます。
早速大感謝です女神様。
よくわからないけれど、視力治したいなと思った時点で治ったので特別何かをする必要はないらしい。
呪文とか必要だったら少し困るところでした。
わたしは人より記憶力が悪いのです。
あと恥ずかしい。
「こちらへ戻れ」
と後ろから横柄な声が聞こえてきたが、しばし悩みます。
千里眼とやらで彼らの心が読めるのでしょうか。
それとも現在の他の場所が見えたり。
はたまた未来が見えたりしちゃうのでしょうか。
千里眼と聞いて思い浮かぶ可能性をひとまず試してみましょう。
とりあえず声をかけてきた彼をじっと見つめてみる。
『はやくしろよこのクソ女』
という彼の心の声が聞こえてきた。
おお、心が読めるみたいです!
口が悪いですね。お城の兵士さんでは?
「あのう、わたしはまたあの馬車に?次に出られるのはいつでしょうか?」
一応こう、怯えた声みたいなのを出してみました。出ているはずです。
「……早く戻れ」
苛立った声でこれしか言ってくれませんでしたが、心の中はばっちり聞こえました。
『クソ、早くしろ。次なんか知るか、俺はただの護衛だ』
とのことなので残念ながら彼は何も知らないらしいです。
しかし嬉しいことに、彼らはこの泉へは入って来られない様子。
声をかけるばかりで、一歩も踏み入れようとはしてこない。
であれば、もう少しわたしはここで授かった力を試してみようと思います。
まずは他の場所の様子が見えるか、ですね。
知っている人が2人しかいないので、おもしろそうな方を思い浮かべてみます。
ジルヴェスター殿下、と。
すると、目の前に彼がいるかのような鮮明な映像が脳内に直接広がるような感覚。
不思議、視界ではしっかり泉や護衛さんたちを捉えているのに、同時に脳内に別の映像が見えます。
ここは彼の執務室、でしょうか。
丁度ランプレヒトさんとお話し中のようです。
どっちを思い浮かべてもよかったですね。
「あの聖女はどうだ」
なんとも都合よくわたしのお話をしているようなので、もしかするとリアルタイムではないかもしれません。
「予定通りであれば本日女神の泉にて能力を授かるでしょう」
ここは女神の泉という名前なのですね、召喚した聖女はまずここへ連れてこられるのでしょう。
そうでないと何の能力もないただの小娘ですし。
「そうか、つかえる能力ならばよいが。さっさと連れ戻せ、使えぬようならどうしてやろうか」
くつくつと嗜虐的に笑う顔は正直王子様って感じではありませんね。
本当にこの国大丈夫です?
「折角言うことを聞いてくれたのですから無碍にしてはいけませんよ?」
「知るか。下賤の人間がどうなろうと俺には関係ない」
「本当にひどいお方だ」
くすくすと笑うランプレヒトさんも別に止める様子はありませんね。
ふーむ?
どうやら聖女っていうのは本当。
けれどランプレヒトさんの話は全部嘘、若しくは嘘ではないけれど聖女を違う風に使おうとしている。
この能力だけに用がある…のですね。
ふーん、ふーん、なるほどなるほど。
この馬車に乗ればまた城に戻されて、使えない能力ならどうなるのでしょうね?
それを確かめようとは思いませんね、既に一月も人間らしい扱いをしていただけていませんし。
となると他に聖女がいるのかとか知りたい気もしますが、それはさておき。
「なるほど、帰りたくありませんねえ」
ふっと思わず笑ってしまう。
次いで未来視ができるか確認しようと、ここの少し先の出来事を思い浮かべてみたけれど
それはできませんでした。
いまのところ目の前の人間の心の声と、現在(仮)の遠くの様子が見える能力のようです。
確かに"疑い深いわたし"、と"視力の悪いわたし"、には合っていますね。
とりあえず満足したので顔をあげると、
がやがやと五月蠅くなってしまった泉の周辺にはぐるりとわたしをここまで連行してきたらしい兵たちが囲んでいた。
『クソ女め、逃げられたらこちらの首が飛ぶんだぞ!』
とか、
『いっそ殺してやろうか』
なんていう物騒な心の声が響いている。
さすがに殺したらまずくないですか?
馬鹿なんですか?
なぜか蛇蝎の如く嫌われていますねえ。
さて、どうしたものでしょうね。
ここから逃げ出そうにもわたしにあるのは癒しと千里眼。
戦えませんし、腰まで泉に浸かった状態で何かできるとも思えません。
けれど、ここは女神様の泉のようなので、わたしは思い切ってこちらから声を掛けてみることにします。
「女神様、どうかわたくしの声を再度お聞き入れください」
なんて。
「ここから逃げだしたいのです。どうかそのための御力を授けてはいただけないでしょうか」
と声を重ねれば、
「声を掛けられたのは初めてです。存外嬉しいものですね。いいでしょう。では貴女には、転移の能力も授けましょう。」
女神様が結構チョロ…いやなんでもありません、ありがたいです。
「貴女が訪れたことのある場所へ飛ぶことができますよ。次の聖女が現れるまで、わたくしは眠ります。浄化は頼みましたよ」
では、さようなら。
じゃないですよね、女神様。
わたしが行ったことあるって認識できるのってあの城とここしかないんですけど!?
道中の道なんて窓なかったから確認できてないし。
仕方がないので一か八かで馬車の中に転移する。
扉はあいたままでよかったです。
そっと外を確認すると、見張りの兵士が1人残っているだけで、あとは誰もいないようです。多分。
彼に見つからないようにこっそりと一番近くに居た馬へ近づき、「乗せてもらえませんか」と頼んでみます。
護衛のだれかが乗っていたのか、大人しそうで立派な鞍も付いています。
もう一か八かなので。
大人しいその馬は、人のように目を細めると、軽く屈んでくれたので乗ってもいいようです。
遠慮なく跨り、「来た路と逆のほうにいきたいのです」とお願いしてみます。
心得たというように頷くと、その馬はいきなりトップスピードで駆けだした。
わたし馬に乗ったことないからお手柔らかにお願いしたいんですけど!!
20200118:誤字報告感謝します。×捕らえる○捉える