19.ウィルヘルム
まだ明るい時間でしたが、あわててウィルさんが帰宅されたようです。
「リン様、ご予定なければ兵舎へ来ていただけませんか?」
「兵舎へ?ええと、なぜ…?」
「あなたの旅の護衛をせめてお付けしたく…」
とても紳士な申し出ですが、正直迷惑です。
足手纏いですらあります。
「あ、え、いえ必要ありません。ウィルさん、落ち着いてください。一人で大丈夫です」
「ですが、か弱い聖女様お一人では…!」
一撃で屠られない限り逃げることが可能だと懇切丁寧に説明したら納得してくれました。
危うく見知らぬ人間をお供にするという苦痛を受けるところでした。
危ない。
ただでさえ人見知りなのですよ。
一人の時くらいゆっくり眠りたいのです。
さすがにつけていただいた護衛を撒くなんて真似したくありませんでしたし。
今のところどんな形であれ同行者は必要ないと思っていますから。
強いて同行者を募るなら奴隷の方が良い…というかお一人くらい救いたいと思うくらいはいいですよね。
「それよりも折角ですし、最後に少しお話しさせていただけませんか?」
役に立ちたかったと訴えられては(心の中でですけれど)あまり粗雑にもしたくありません。
この方とってもお優しい方ですし。
「よろしいのですか?」
「ええ、お礼になるかはわからないですが。」
とくに差し出せるものも無いですからね。
ぱっと笑顔を向けてくれたので多分喜んでいるでしょう。
マリアさんがささっとお茶の準備をしてくれたので、夕食前のお茶会ということになりました。
「ドレス、ありがとうございます。」
「いえ、既製品で申し訳ないのですが」
貴族は期待に漏れず普通オーダーメイドでドレスを仕立てるそうなのですが、その時間はないですからね。
というか既製品でも十分綺麗です。
「他の赤の精霊の街へ行く時に着させて頂こうと思います」
折角いただきましたし、精霊さんの印象は上げていきたいですし。
「ええ、きっと精霊たちが喜びます。シュルツも姿をお見せできないことを残念がっていますが、とても喜んでいますよ」
ええ、そうでしょうね。髪や瞳がさきほどからゆらゆらと紅く揺れていますから。
「さすがに普段からこんなに感情を出すことはないのですよ」
苦笑しているのでウィルさんもシュルツさんの興奮っぷりには手を焼いているのかもしれませんね。
「わたしもシュルツさんや他の精霊の方ともお会いしてみたかったです。」
残念さをアピールすると更に激しく炎が飛び出している。
思わず顔を見合わせて笑ってしまう。
穏やかなウィルさんのおかげで、楽しく滞在を終えることができた。
マリアさんは怖いけど。
***
翌朝早朝、わたしはシュルツの街を発った。
ウィルさんとマリアさんだけの見送りだ。
御屋敷の裏の目立たない門を使わせてもらえることになったから。
何もできない代わりに、と食べ物やら衣類やら石鹸やらを鞄に詰め込まれた。
この鞄底なしかな。
「あ、あの…わたしは転移が使えますしすぐに街へ行くこともできますから」
と言ったのに聞いてもらえなかった。
解せないです。
「必要なものがあればいくらでも頼ってくださいね!!!」
と強めに大量の紙幣を押し込まれたのはもう受け取っておくことにする。
ありがたくいただきます。
どうやら奴隷の一人でも、と思ったのか、かなりの大金が入っていました。
後日改めてお礼に伺いたいところですね。ええ。
お礼をいいたい人リストがどんどん増えるばかりで全く実行に移せませんね。
あと"貴族のマナー(初級)"もちゃっかり入っていたのはマリアさんの無言の圧力だと思いました。
意地でも読んでやるものか…!




