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17.契約の魔法

マリアさんに借りた本を素早く捲って行く。


――契約の方法

書面に契約内容を記し、双方の名を書いて血判を押印する。

そして黒の精霊に捧げ、書面が消えると契約の完了と見做される。


「消えたら内容確認できないと思うんだけどな。」

――契約の確認

契約があれば、ステータスに表示されるようになる。


「ステータス表示とかできたんだ、それを最初に教えてほしかったですよ。」

やってみようと思ったけれどできなかったのでこれは後回し。

今重要ではないのです。



――契約の魔法の制約

契約の魔法は後から書き換えることができる。

契約内容が不平等かつ被契約者の同意があり、契約者の魔力を越えている場合のみ。


「奴隷の方が望み、わたしの魔力があの商人の魔力を越えていれば上書きが可能ということですね」

ですが今は難しそうです。今のところわたしの魔力はそんなに高くないようなので。


――隷属の魔法の制約

隷属の魔法は魔力に差がないと発動しない

「ということは、わたしが魔力をガンガンに上げていけばランなんとかさんの魔法を防げるのですね」

今は無理だと思うので逃げ回るが勝ちですね。




コンコン、と軽いノック音が部屋へ響き、びくりと体が跳ねる。

「リン様、お食事のお時間です」

「う、あ、はい。もうそんな時間でしたか、」

夕食までに目を通そうと思っていた貴族教本のほうは見れていない。

マリアさんの目がすっと細められたのに気づいてしまった。

ごめんなさいごめんなさい…!!



案内された食堂にはずらりと見ただけでわかるほど豪華な食事が並んでいる。

きらきらしているようにすら見えます。

間違いなくこの世界にきてから一番のお食事ですね、こわい。



「リン様、お待ちしておりました」

「お待たせしてすみません、ウィルさん」

彼のエスコートにおずおずと手を出し、席につく。

こういうの初めてですからね。


食事中会話は少な目らしく、なるべく静かに食器を動かす。

いい大人ですもの、フレンチの簡単なマナーくらいはわかります。

同じかはわからないけれど、音を立てないのがよしとされそうなことは想像できます。

というかウィルさんのカンニングをする限りそうです。



大変美味な食事が終わり、お茶が運ばれてくるとウィルさんが話を振ってくるのでここが会話時なのでしょう。

「今日はどう過ごされたのですか?」

興味深そうに聞いてくる彼の胸の内は真っ白です。

『聖女様は健やかに過ごされたでしょうか』でしたので。

こんな清廉な方が領主で大丈夫ですか?騙されたりしてません?



「街を見てまわりました。いたるところにいる兵士…でしょうか?の方々がご挨拶してくださり安心して回れましたよ」

「それはよかったです。彼らはこの街の兵士です。きっと聖女様とご挨拶できて喜んでいるでしょう」

心底ほっとした顔をされるので、インテリ眼鏡というかただの優しい眼鏡という評価になりつつあります。


マリアさんのほうがよっぽど厳しい目で見てきますからね、ええ今もです。

何が悪いでしょうか、わかりません。


「ギルドという場所は初めてみたので興味深かったです」

「ギルドへ行かれたのですか。どうでしたか?」

少し驚いた顔をしているところを見ると、ギルドって街の管轄じゃないのかもしれない。


「とても賑やかでした。ギルド所属の方々に癒しをかけたりさせていただきましたよ」

というと、ガタッっと椅子を跳ね除けて立ち上がるウィルさん。

大きな音だったのでわたしもびくりと体が揺れる。


「癒し、とはもしや奴隷の!?」

「ええと、はい…」

「ウィリアム様、落ち着いてください。聖女様が驚いておいでです」

してはいけないことをしでかしたかな、と内心冷や冷やです。


「…聖女様にはお礼を申し上げます。ギルドは街の管轄からはずれるため、治外法権が認められています」

なるほど、それで。

「だからギルドからのオークション出品がこの街で出来てしまうのですね。オークションも街の管轄外、でしょうか?」

「はい。ギルドとオークションはそれぞれ独立国家のようなものです。悔しいことに私…は疎かフロレンティア王国の王ですら手を差し伸べることは叶いません。

そうすればこの街に住まう他の全ての住人…いえ国民すべて危うくなります」


ぎゅっと両手を握りしめるウィルさんは、心根が美しい。


「"わたし"なら大丈夫なんですね?」

一応ご迷惑を掛けたくないので尋ねれば、こくりと頷かれる。

「聖女様は全世界で大切にされるべきお方。この国はフロレンティア様のご加護があり聖女様の召喚が可能ですが、決して聖女様の所属がこの国ということではないのです」

なるほど、わたしも治外法権というわけですね。


国からは保護もされてませんけど!

今はいいでしょう。


「わたし、オークションを見てきます。」

「そ、それは聖女様にお見せするようなものでは…」

「と、みなさんが思ってくださるなら彼らにとって少しは良い契約になりませんか?」

「どう、でしょう。奴らはあまり…」

言葉を濁したけれど、あの商人を見る限りそうでしょうね。

薄汚れた商売を堂々とするんだもの、優しさも甘さもないのかもしれない。


ウィルさんの反応で、オークションは黒よりのグレーということがわかった。

「もしだめなら、わたしが契約の魔法に介入してみます。できる限り。」

「それで本を…?」

「はい、ありがとうございます。役に立ちそうです」



***



そうして約束の時間。

わたしはオークション会場の裏へやってきた。

転移で一瞬ですけどね。


「ようこそおいでくださいました、聖女様」

「もうはじまりますか?」

「ええ、どうぞ」

商人に促されるまま壇上へ向かう。

ここに"商品"が展示されて、値段をつけてゆくらしい。


わたしが出た瞬間、ざわりと会場が揺れたのがわかった。

努めて穏やかににこりと微笑み、無言のまま彼らをじっと見る。

ひとりひとり、顔を覚えるぞというように。


もちろんわたしの記憶力で顔を覚えるのは不可能ですので、気休めですよ。



どうやら元気な状態の"商品"を見て、かれらは何か思うところがあったようです。

それでも勢いよく進む競りに、わたしは頬の内側をぎゅっと噛み耐えます。

商人の男が隠し切れないほど興奮しているのできっといつもより相当の高値がついているのでしょうね。



「ねえ商人さん、わたしに契約するところ、見せていただけませんか?」

「ええもちろんですよ、聖女様様です。」

オークションが全て終わったあと、別室で契約をするらしく、上機嫌で小部屋へ案内してくれた。



順番に一人ずつ。

今日は5人。



部屋へ入ってきた契約主がぎょっとしているのがわかる。

そして買われた方も。

擦れた声で、「せいじょさま」と囁いたのが聞こえた。

なるべく穏やかに見えるように笑ったのだけれど、伝わったかな。


「後学のためにお伺いしたいのだけれど、この方をどう働かせるおつもりですか?」

「えっ!?」

うろうろと視線を泳がせる契約主。

『せせせ聖女様に性ど…など言えるわけあるまい!?』

15歳くらいの少女ですけど、ロリコンなんでしょうかね。


「かッ家事や身の回りの世話ですよ、聖女様。そういった長期の契約は、ギルド相手だと少々面倒なもので」

なんて曖昧にしたけれど、そこは許しませんよ。


「身の回りの世話とは、炊事・洗濯・お部屋の掃除くらいでしょうか。」

「えッはい。そうです!」

「だそうですよ、商人さん」

「はいはい畏まりましたよ」

仕事の内容を事細かに書いてしまえばそれ以上のことはできない。

契約の魔法に誓うとはそういうことだ。


「わッ私の命令には従うようにしてくれたまえ」

「このお仕事に関係する内容なら、もちろんそうですよね?」

ここに書かれた以外のことは契約外だぞ、と伝えて少女の代わりに契約書を読む。


大丈夫、多分おかしなところはない…のです。

自信がないのであとは祈るだけです。


悔しそうな顔を隠しもしない彼に、商人が何か囁きましたがわたしもきっと今回限りしかお手伝いできないのです。

根絶しなければ意味がありませんから。

次回はお安くしますよ、とかなんとか言っているのでしょう。


(黒の精霊様。どうかこの男が使用する契約の魔法の効力が弱まりますように)



部屋を出ていく少女と契約主の男を見送ると、商人の男がこちらを睨んでいる。

「今日だけにしてくださいよ」

「ええ、弁えていますよ」

すまして答えます。

この男もわかっていると思います。

わたしがいつまでもここに滞在できないこと。



その後も過酷な労働を強いようとしていたり、娼館で働かせようとしたりしていたので

やんわり妨害しておきました。

完全に阻止できなかったことは本当に心残りですが。

契約の魔法への介入がうまくできたかはわかりませんでした。



「では、わたしはこれで失礼します。」

(あなたに天罰が下ればいいのに)

と軽く呪詛を吐きながら、ウィルさんに借りている部屋へ戻った。





「お帰りなさいませ、リン様」

静々と礼をするマリアさんに、ほっとした。

もう明け方なのに。待っていてくれたのだ。





20200118:誤字報告ありがとうございます

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