16.ギルドの奴隷
「せっ聖女様!お待たせいたしましたァ!!ご案内いたしますゥゥゥゥ!!!」
ブートキャンプかなってくらい気合の入ったご案内ありがとうございます…
「あちらでギルド長が待っておりますのでェ!!!」
暑苦しいお見送りを受け、ギルド長とやらが居る部屋へ通される。
初老の穏やかそうな男性がギルド長とのことだった。
勿論その強そうな足腰です、普通のご老人ではないのでしょうね。
「受付が粗相をしておりませんか?」
開口一番それですか。
「元気のいいお嬢さんですね」
苦笑いをしておこう。
「入ったばかりの者が申し訳ありません、きちんと指導しておきますので…!」
あっ嫌味じゃないですよ、京都風の「ええ下駄やねえ」みたいなやつじゃないですから!!
「必要ありませんよ。それで、わたしのお話は伝わっているのでしょうか?」
こういうやり取りが面倒なのでこれからはざくざくっと切っていきましょう。
「ええ!奴隷の治療をしてくださるとか…その、報酬はいかほどお支払すればよいでしょうか?正直あまり奴隷への予算はなく…」
「その前にお聞きしたいのですけれど、奴隷は怪我をするとどうなりますか?」
ルーリアの街とは違う事情がここにはありそうです。
「契約時、一律で下級ポーションを支給するとしております。」
「そのポーションで治らない場合は?」
「雇用主によります。雇用主が金を積めば中級、上級ポーションを与えることができます」
「なるほど、ギルドにはそこまでの責任がない、のですね」
「そもそも下級ポーションで賄えないほどの怪我をするほうが少ないのです」
というのも、そもそもギルドに寄せられる奴隷の依頼は店番だったり留守の間の掃除だったりとしっかり契約で犯罪を防ぎたいからする依頼が殆どらしい。
盗みや横領などのリスクがなくなるから。
しかし稀に強盗等に怪我を負わされることがあるらしい。
あとは旅の荷物持ちなんかで魔物に襲われたり。
また、病気に関しても同様で、ギルドとしては下級ポーションか治療院での一度の診察のみらしい。
そこまでやっていれば確かに普通の従業員に対してよりは手厚いとはいえる。
現代日本にだって自分の会社の社員にそこまで手厚い会社なんてなかったことを思えば破格かもしれない。
「ではそれで治らない場合は?」
「契約する際の価格が下がります。安くなるので、それで喜ぶ顧客もいます」
「その先は?」
色々説明してくれた彼が先ほど言いかけたその先。嫌な予感しかしませんね。
「…聖女様のお耳に入れるには…」
「いいです、お話しください」
目をしばらく泳がせて、床の一点を見つめ漸く意を決してくれた。
長いです。
てきぱきお話してくださいよ、どうせ視ちゃうんですから。
「オークションに出します」
「オークション?」
今までとどう違うのかピンときませんね。
わたしが分かっていないのを理解してくれ、詳しく説明を受ける。
オークションはつまり非正規の奴隷の一歩手前、らしい。
衣食住と命の保障だけは約束されるが、給料はなくなる。
そして契約主の命令は絶対。
つまり暴力行為なんかも黙認される。死なない程度なら。
ただし殺してしまうとさすがに罰則が下るらしいけれど。
わたしの想像する奴隷に近づいてしまった。
この世界はホワイトなんだなあなんて暢気だったわけですね。
「なるほど理解しました。では報酬はいりません。」
ルーリアの奴隷斡旋屋さんは多分だけれど、最後まで面倒をみているのではないかと、どこか希望もいれつつそう思うことにしました。
わたしに無償でたくさん施してくれた彼を、あまり嫌いになりたくはないのです。
もちろんこの方たちにも生活があり、やむを得ないとは承知しています。
それでも、わたしは嫌いになるのでしょう。
このギルド長のことを嫌いになってしまったように。
だってオークションにかけることないじゃないですか。
解放して差し上げればいいじゃないですか。
そのお金が下級ポーションや治療院の費用にあたるのでしょうけれど。
わかっていても人をオークションにかけるということに嫌悪を覚えてしまうのです。
連れられた先は、やはり小奇麗な部屋が並ぶ場所でした。
ギルドの地下は奴隷たちの部屋になっているようです。
「病気や怪我の者は更に下の階です。奴らも運がいい」
『オークション行きを免れたのだから』
ですか、そうですか。
彼らはオークション行き手前だったようで、病気に喘ぐ声や痛みに呻く声が聞こえる。
ルーリアではこんなに酷い人はいなかった。
やっぱり彼は酷い人ではない、のですね。だといいなと思います。
わたしに優しくしてくれた人が、他の人にも優しいといいなんて、エゴですけど。
(彼らに癒しを)
いつものように念じると、怨嗟のようにも聞こえた声がぴたっとなくなった。
「ギルド長、オークションはどこで行われていますか?」
わたしの顔がきちんと笑顔だったかは、定かではないですが。
ギルド長のお顔が明確に恐怖に歪んだのはおそらく気のせいではないでしょう。
***
ギルド長に教えられた場所へ向かいます。
入り組んだ街の奥、更にカモフラージュされた扉を潜り、地下へ降りて行く。
その入り口にいる男性2人はわたしをみてぎょっとした顔をした。
そうでしょうそうでしょう。貴方たちが大好きな"聖女様"ですよ。
「見学させてください」
「こ、ここは聖女様がご覧になるような場所ではありません!!」
大きな体で阻害される。
「どうかお帰り下さい、お願いです!!」
どうにか"わたし"に見せないよう必死なようで申し訳ないけれど、転移で彼ら2人を入口まで飛ばす。
あまり遠くへ飛ばしては可哀想ですしちょっとだけですよ。
堂々と扉を潜るとここはバックヤードだったようで、檻に入れられた人が数人居る。
「おやおや聖女様、なぜこのような場所へ?」
いかにも商人といった格好の男、好きになれそうにない下卑た笑いを浮かべている。
きっとこの人は、わたしですら簡単に商品にしてしまえる人だろう。
城へ売り飛ばされる可能性があるので気を付けましょう。
「お聞きしたいのだけれど、この方たちは元気になればどうなるのでしょう」
「へえへえなるほどまさしく聖女様ですね。価値があがりますね。オークションでの」
「オークションは免れないのですね?」
「ええ、所有権は既にこのわたしめにありますので」
どうやらオーナーが既にこの男に移っているらしい。
お金がなければ彼らを助けることはできない、ということが解っただけだった。
いっそ奴隷捨て場にすててもらったほうが簡単かもしれません。
首輪を外すだけで済みましたから。
わたしの手持ちは約10万ペトラ。
彼がそんなに入れてくれたのは嬉しかったけれど、この奴隷たちを解放できる金額ではない。
悔しいけれど、何もできない。
「そうですか、ではせめて彼らを癒してもいいですか?」
「もちろん!聖女様のお心のままに」
下卑た笑顔のまま、覗かなくったって何を考えてるかわかる。
きっと価値が上がることを喜んでいるのでしょう。
「ごめんなさい。わたしではこれくらいしかしてあげられない」
彼らに癒しを授けることしか。
そもそも"聖女"の仕事ではないのだから、何もできない方が当たり前かもしれないけれど。
わたしの常識とは違う彼らの存在を見捨てるのも後味が悪いのです。
わたしは聖女なんかじゃない。ただ自分の心の安寧のためにやるだけです。
「ありがとうございます、聖女様、こんなところまで来ていただいて」
「聖女様、感謝します」
そう口ぐちに檻の向こうから寄せられる言葉は、わたしの心をずたずたにしていくようです。
だって、お礼を言われるようなことは結局できていないのです。
自分の無力さを実感するだけ。
「オークションはいつですか」
気付けばぐっと拳を握りしめ、それを尋ねていました。
別に何ができるわけでもない。
けれど、"わたし"が横にいることで罪悪感が生まれるかもしれない。
契約の内容が少し甘くなるかもしれない。
なんてそんな考えでした。
「ご覧になるので?それとも参加で?」
「見学させていただきたいのです。」
「では深夜0時にまたいらしてください。」
その言葉を聞くや否やわたしは転移。
「マリアさん、魔法について教えて下さいますか!?」
マリアさんの元へ!としたのですができました。
人への転移ができることがわかり僥倖です。
「…ええ、」
ああ絶対はしたないとか思われていますね、いいですそれどころではないのです。
「契約の魔法の精霊はどなたですか?」
「契約の?黒の精霊ですが…」
「ありがとうございます。詳しい本はありますか?」
「ええ、領主には必須の魔法ですから。少々お待ちを」
わたしの突然の登場にも質問にも一切動じず美しい礼をして去って行った。
マリアさん絶対わたしのこと嫌いだと思うので、あまり覗かないようにしましょう。
勝手に覗いて勝手に傷つくのは馬鹿ですから。
数分待つと、マリアさんの手には数冊の本。
「こちらです。それと、お時間があればこちらもお読みください」
では、と去って行ったマリアさんが残した本は"黒の精霊の魔法"と"貴族の作法(初級)"でした。
無言の抗議ですね、わかります。
20200118:誤字報告感謝します、修正しました




