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15.シュルツの街

「このお部屋を聖女様のシュルツ滞在時の拠点にしてください。必要なものは私にお申し付けください。食事は朝と夜はこの館で摂っていただきたくお願い申し上げます」

「はい、わかりました」

案内されたお部屋は美しいお庭を見下ろす日当たりの良いお部屋でした。

多分子供部屋、だと思います。

ウィルさんはまだお若そうだしお子さんはいないのでしょう、このお部屋の調度品も客間用のようです。


この世界にきて一番のお部屋です。

三ツ星ホテルのスイートルームと呼んでも過言ではありませんね、ここ。


「聖女様、不躾なことをお伺いしますが」

「あ、はいなんでしょうか」

「貴族教育は受けていらっしゃらないのですか?」

「ええと、この世界に来てから教育らしい教育は受けていないですね。ルーリアの街では教会の司祭さんに魔法について少し教わりました。本も…まだ読めてないですが歴史の本や魔法の本を数冊いただきました」

もう隠しても仕方がないので包み隠さずぶちまけましょう。


「お答えいただきありがとうございます。そのお召し物はどちらで?」

「これはルーリアさんに頂きました」

「この場合のルーリア様は、精霊の?」

「あ、はい。精霊のルーリアさんです」



なんでそんなこと聞くのかなと思えば、

『聖女様ともあろう方がマナーもなっていないし服装も貧相…』

とのことでがっかりされているみたいです。

服装は貧相かもしれないですけどこれすっごいいい生地だと思うんですけどね?

ただのワンピースで装飾品のひとつもないのが駄目なんでしょうか。

『お肌や御髪も乱れていらっしゃる…』

段々かわいそうな物を見る目になっていますね、栄養が足りていなかったのとわたしが自分の世話を適当にやっていたからですね!

石鹸やシャンプーは有ったのですが、化粧水やオイルのようなケア用品の類はもちろんですが入っていませんでした。


この世界ではどうしているんでしょうね。


マリアさんの心の声は一旦無視することにして、わたしはこの街を見て回りたいのです。

内部を仕切る門がないのであれば、おそらくルーリアの街のように奴隷を分離するような場所はないでしょう。

であれば怪我や病気を癒してまわりましょうか。


ルーリアさんは、聖女の力をなるべく使って常に澱みを受け入れる()を空けておくようにと仰っていました。

フィルター機能が鈍るんでしょうかね、よくわかりませんが。


「マリアさん、街を見て回っていいですか?」

「ええ。」

「では夕方くらいには戻りますので」

許可を頂いたので、入ってきた門の近くまで転移です。




門から一直線に道が伸びていて、その最奥が領主の館、という立地のようです。

領主の館の奥には街の外へ続く門がありますね。

どうやらルーリアの街と同じく4方に門があるようで、この世界の街はもしかすると全部そういう作りなのかもしれません。


太い道沿いにはたくさんのお店が並んでいて、とても賑やか。

その奥はすぐに住宅地のようで、とたんに静かになります。

この街は領主のウィルさんが優秀なのか、整っていてきれいです。

治安もいいようで、路地に入っても薄汚れた雰囲気はありません。

その上街の兵士なのか、警備をしている人がそこかしらに居るので安心して探検できますね。

どの方も「こんにちは聖女様!」と挨拶してくださるのでなるべくにこやかに応じます。


聖女はイメージ商売、です。多分。

というか聖女というだけで手放しに歓迎されてはこちらも変なことができませんよね。

少しだけ息が詰まります。

矢張り街にはあまり長く滞在したくないですね。



ひときわ大きく賑わった建物があったので、教会かと覗いてみると、どうやらギルドと呼ばれる場所のようです。

ルーリアの街にもあったのでしょうか?

気が付きませんでした。


「ここは何をする場所なんでしょうか?」

手近な男性になるべく穏やかな笑顔を浮かべて尋ねてみると、ぎょっとされてしまいました。

またあれですね、聖女様の教育は云々かんぬんですね、面倒なので無視です。


いえ一応覗きます?

『せせせせ聖女様あああああああああああ!?』

あっ違いました、これ次の言葉が想像できるやつです。

「なぜこのような場所に!!!」

そして平伏。


「あの、お顔をお上げになってください、ここがどんな場所なのか聞きたかっただけなのですよ」

笑顔より困った顔のほうがいいとルーリアの街で学びましたからね。

案の定顔を上げてくれて、彼がさっきまで座っていた椅子を勧められる。


その真横で直立不動のまま大きな声で話し始めるので本当に困りました。

「あの!どうか貴方もお掛けになって、そしてもう少し声を落としてください。」

涙目になりながらもその通りにしていただけたのでよしとします。



このやりとりが本当に不毛なのですけど、どうにかなりませんか。

質問には可及的速やかに答えのみ頂きたいです。

少々イラッとしてしまうのも仕方ないですよね?


それでも畏まった彼の説明によると、ここは登録した人が依頼を受けていく場所ということらしい。

依頼は誰でも、どんな内容でも出せて、材料の採集や警備、魔物の退治なんかが多い。

他にも従業員を募集するような長期の契約もある。

この規模の街、つまり貴族用の地区がない街のことでしょう、ではギルドが奴隷の斡旋も担う。


「ということは、わたしがお仕事することも可能でしょうか?」

「せせせせ聖女様がですか!?」

あっ無理そう。

この声は受付の方から聞こえてきたので。

お金を稼ぎたかったんですが、やはり"聖女"は邪魔です。

とすると変装なども視野に入れる必要があるかもしれませんね。



説明をしてくれた彼にお礼を言い、受付の女性にターゲットを変更します。

「あの、得意なのは癒すことなのですけれど、何かできないでしょうか?」

「せせせせせせ聖女様にお仕事を回したなんてことになってはこのギルドがつぶれてしまいますううううう」

べこっ!と音を立てながら受付台にヘッドバンギングするのをお止めになって。


「落ち着いてください。顔を上げて、こちらを見て」

おでこから血が出てるじゃないですか。

それを癒し、治ったことを確認する。

「御迷惑のようですのでわたしはもう行きます。ごめんなさい」

どこに行っても過剰な反応をされてしまうので、あまり街は歩かないほうがよさそうですね。



「あっそうだ。」

先ほど解放した男性に再び話しかけます。

びくっと肩を揺らす彼にごめんなさいね、すぐ終わりますから。と心の中で謝罪します。

「けがや病気の治療はどういう方が行うんでしょう?」

ルーリアの街ですっかり聞くのを忘れていたんですよね。

お医者さんが全くいないわけではないと思うのですけど、わたしの所業ってその方々のお仕事を奪っていますし。


「治療院というのがどの街にもあります。治療は普通緑の精霊に力を借りる"成長"の一種なので、聖女様のように治療をしているわけではありません」


何が違うんだろうと思うと、自己治癒能力を高める魔法を掛けているということだった。

「あとは採取した草などを使ってポーションを作っています」

そのポーションを処方するか、外科的手術をしたりということらしい。

ポーションのほうが高額で、支払えないと外科的手術になるそうだ。


「…それでは奴隷の方は怪我や病気になれば価値が下がってしまうのでは?」

「そうですね、一応は治療院で診てもらえますが、酷いと治りませんし。

上級ポーションは高級ですから雇用主によっては支払えません。

あまり価値がなくなると…あ、いやなんでもないです」

どうやら言えない奴隷さんの末路があるようですね?


彼を覗いても、『あああああいらねえこと言ったああああああ』という叫び(シャウト)しか聞こえないので別の方に聞くとしましょう。



「であれば提案なのですけれど、わたしに奴隷の方の治療をさせていただけませんか?」

受付の女性を再度見やり、笑顔で提案。

ひえっとかなんとか悲鳴をあげつつ「しょしょしょしょ少々おまちをおおおおおおお!!!」

と今度は受付の奥へ駆けていきました。


「…わたし怖いんでしょうか」

流石にこの反応は傷つきますよ。


「聖女様、ひとつよろしいでしょうか」

色々説明してくれた男性が意を決したように話しかけてくれる。

「はいなんでしょう」

「この世界の人間にとって、聖女様は国王陛下よりも尊いんです。」

引き攣った笑顔でなんとか笑ってくれる彼。

「聖女様が思っていらっしゃるよりずっとずっと、我々は感謝しています」

それはただの一般市民だったわたしには、ずしりと重い言葉になってしまった。


"聖女"の肩書が重く邪魔に感じてしまう。

最初からそうだったけれど。

それでも自分の住む世界になるのだから滅びては困ると思って、つまり自分のためにやっているのに。


こんなふうに距離を置かれて崇められると、逆に活動を阻害されてしまう。

わたしはただ旅の途中で聖女の力を適当に使って効率を上げたいだけなのに。



「それは、わたしなんかとは仲良くしてもらえないぞということでしょうか?」

ルーリアの街でもたしかに子供くらいしか仲良くしてもらえなかったけど。

「そういうわけではなく…聖女様は敬われるのはお嫌いですか?」

「はい。嫌いです、困ってしまいます」




敢えてはっきり言えば、彼は今度こそきちんと笑ってくれた。

少しは気安い存在になれたでしょうか?






20200118:誤字報告感謝します。

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