11.隷属
翌日も"奴隷の廃棄場"という地区へやってきた。
道は覚えていなかったですが、転移できるのだから楽なものです。
「おはようございます。ベン君」
メリーちゃんのお兄さんです。
今日もお手伝いしてもらえるそうです。
他の何人かもお手伝いをしてくださるようで、助かります。
わたしが首輪を取り、怪我や病気を癒して服を浄化します。
その後はベン君はじめ若い方々が、お湯で体を洗うように案内してくれます。
そのお陰で随分たくさんの人々がこの地区を出ていくことができました。
そのままこの街を出て故郷へ帰る人や、この街で働く人など様々だそうです。
漏れなく全員に崇め奉られるのは少々居心地が悪いですね。
全員漏れなく平伏して泣きながら崇めていかれるので。
数日ここで同じことを続けたのでこの地区には望んで居座る人以外いなくなりました。
ただここへ連れられる人がなくなるわけではないので根絶は無理でしょうね。
不法奴隷商の方をどうにかしないと。
さすがにそこまではできません。
残念ながらチート能力を授かったわけではありませんから。
英雄にはなれないのです。
「ベン君、マリーちゃんお手伝いありがとうございました。わたしはもう行きますね」
「ごめんなさい、聖女様…なんのお礼もできなくて」
健気でかわいらしいです。
「こちらこそ、食べ物の提供ができなくてごめんなさい。頑張って大きくなってくださいね」
「聖女様こそ…ちゃんと食べてくれよ」
彼らは病気で奴隷だったお母様と3人で暮らしていたそうですが、この街で暮らしていけるよう頑張るそうです。
もともとベン君はこの地区の外で仕事をしていたそうですから、問題はないでしょう。
数日共に過ごした彼らとは別れ、奴隷を売る場所というのを探してみることにしました。
ベン君によると貴族たちが住まう地区にあるそうです。
教会や市場のある場所は灰色の石造りでしたが、貴族たちの住まう地区は真っ白な石でできているようで、とても眩しい。
一応門で区切られてはいたけれど、聖女だとわかればフリーパスでした。
城から通達とかいってたら捕まるかもしれないと思いつつ、それならもう捕まっているので堂々と行こうと思います。
こちらはパリの繁華街や銀座の街並みのように、高級そうなお店がずらりと並んでいる。
香水、化粧品、宝飾店、ドレスなどなど。
お高そうなレストランもありますね。
お金ってあるところにはあるんですねえ。
相変わらずの無一文なので少し心が寂しいです。
そのうちのひとつがどうやら奴隷を売る店らしい。
「見るだけでも入店できますか?」
と受付で聞いてみれば、すんなり入れてもらえた。
わたしを奴隷にしようとはさすがに思わないみたいでよかった。
まあ髪の毛をみればすぐにわかっちゃうし向かないんでしょうね。
彼らは小さいけれど1人1部屋与えられていて、鉄格子の向こうでもなく窓から様子が窺える。
丁度食事中だったのだけれど、普通にパンと数品食べていた。
悲しいことにわたしの扱いが奴隷以下だったことが知れてしまって辛いです。
「聖女様も旅のお供にいかがですか?絶対に裏切ることがありませんし」
バイヤーの男は丁寧で、派遣の斡旋をしているだけといった風だ。
奴隷というか、専属契約する従業員という意識の方がいいかもしれません。
彼らの中には進んでこの奴隷になる者もいると言う。
給与もきちんと出るらしいので。
完全にわたしより厚遇!
「もしご存知なら教えていただきたいのですけれど」
「なんでしょう」
「不法な奴隷を扱う店はありますか?」
「…見てしまわれたのですね」
悲しそうな顔をするバイヤーは嘘をついていない。
本当に心を痛めているようだ。
「店はないのです、行商で流れてきます。」
「なるほど…」
「どうか勘違いしないでいただきたい。あれは違法で、我々は認めていない」
「あ、ええ。わかりますよ。ここは清潔で、彼らは痩せこけてもいなければ辛い顔もしていない。それだけで十分ですよ。そうだ、病気やけがの方が居れば癒しますよ」
裏切らないしきちんと契約で縛れるのはわたしにとって魅力的で、旅のお供にどうかと少し思ったのですけれど、彼ら普通に100万ペトラとかするのでわたしには無理でした。
当たり前ですけど人ひとりですもんね、買えません。
後々必要になれば考えましょう。
仮にも聖女なのにお金がないのが気まずいので癒しにきましたよっていう風で乗り切ります。
ついでに隷属の魔法について教えてもらうのです。
知っておかないと、ランなんとかに施されてしまうかもしれませんし。
「隷属というか、契約の魔法ですね。ここで使用しているのは」
双方の同意の元に約束をし、それを破ることができないという魔法らしい。
雇い主は寝食を提供したり暴力を振るわないこと、一定の賃金等を約束するし、奴隷側は秘密を守ることや労働力を提供する。
その上病気やけがの場合はこの店と雇い主がお金を出し合い治療するというのだから普通に破格。
契約を破るとこの店に連絡が行き、違反した者にはしかるべき罰を与えるそうだ。
かなりちゃんとしてます。
「ですが、この世界には隷属の魔法と言うものも存在します」
というのがあの地区にいた彼らにかけられていた魔法らしい。
雇い主の言うことを全て聞くことを強要されていたそうだ。
なんの精霊さんにお願いすればこんな魔法が使えるんでしょうね。
「隷属の魔法は使用者が本当に限られています。…あの首輪なりの"印"を付けられると終わりだと思ってください」
最後の一言は多分わたしへの忠告だった。
彼はきっと、わたしが御尋ね者になっていることをしっている。
その上で、反逆にならない程度に忠告を与えてくれたらしい。
「聖女様がこの地区へ足を踏み入れた時点で門兵は報告せざるを得なかったはずです。そうしなければこの街の領主が責任を問われます。」
小さな小さな声でそれを教えてくれた。
誰かに聞こえてしまったら大変な目に遭うかもしれないんだろう。
あの王子が幅を利かせている以上仕方がないと思う。
「それだけわかれば十分です。ありがとうございます」
にこりと微笑むと、彼はぐっと眉をよせ、一見するとごく普通の肩掛け鞄を押し付けてきた。
「ええと…」
「せめてものお礼です。本来治療はかなり高額な金銭を要求してもよい行為ですから」
早口で告げられて、その店を追い出された。
どうやらあまり時間がないらしい。
小ぶりな鞄は、見かけよりもたくさん入るらしく、ぱっと見た限りお金と食糧が入っていた。
教会へ転移し、鞄から適当にひっつかんだお金を取り出す。
それを自室へ置き、ベネディクトさんや修道女、子供たちに慌ただしく別れを告げる。
どうやら既に情報が来ていたらしく、ラウラさんがわたしの手を引っ掴んで教会を飛び出す。
「門まで案内します。急いで!」
そのまま街を疾走。誰もが道を開けてくださるので、じんと優しさを感じます。
「城からの追っ手らしき兵がこの街へ入ろうとしています。門で止めているので、今のうちに真反対の門から出ます!」
「す、すみません…!」
「こちらこそ何もできず申し訳ありませんッ」
ラウラさんには、ベネディクトさんからということで何冊か必要になりそうな本を鞄にぶち込まれました。
「これかなり高価な収納鞄ですね、これくらい入るでしょう」
って言いながらぐいぐい入れてましたねラウラさん。
送り出された門の向こう側には、たくさんの住人が悲し気に見送ってくれたのでした。
権力に逆らうのは怖いですからね、気にしなくていいのですけれど。
せめて、とわたしは笑顔で彼らに手を振ったのでした。
およそ一か月過ごしたこの街は、とても居心地がよい街でした。




