10.街
翌日は朝一で日課となっている癒しを掛け、街を見て回ることにした。
無一文なので見るだけだけど。
何かお金を稼ぐ方法が欲しいところですね。
次の街では癒す能力をお金にしたほうがいいかもしれませんが、それをすると今度は"聖女"のイメージ的によくないかもしれませんねえ。
悩みます。
市場らしきところへやってきました。
所謂青空市場ってやつですね。
鮮やかな赤のパラソルが一面に咲いていて、その下で食料品から日用品、工芸品なんかも売られているみたいですね。
海外でこういうところ見たことがありますよ。
わたしが聖女だということはもうわかっているようですが、どなたも気を遣ってなのか積極的に話しかけには来ないですね。
ありがたくゆっくり品物を眺めて歩きます。
通貨はペトラで、10ペトラでりんご(らしき果実)1つのようです。
逆に1万ペトラでなにやら魔法の効果のついた道具が売られているようですが何かまではわかりませんね。
そういう品は食料品や日用品に比べて高いようです。
「聖女様、よろしければおひとついかがです?」
ああ、あまりに赤い果実を凝視していたのでしょう、おずおずとおばさまに話しかけられてしまいました。
「あ、いいえ、ごめんなさい。お金もってないんです」
申し訳なさそうに笑えば、おばさまがこの世の終わりみたいな顔をされています。
『聖女様がお金をお持ちでないってどういうことだい…!?』
あっ周りの方々も悲しい顔をされてますね。
これはいけない。
「えっと、ではこれで失礼しますね」
さすがにいたたまれないのでダッシュで逃げました。
転移も使いました。
うーん。もうあの市場いけませんね!
どうやら聖女という職を甘く見ていたようです。
報奨金的な物をたくさんもらっているのが当たり前だったのでしょうか、自分のものなんて服2着と靴1足だけなんですけど。
あっ悲しくなりますねこれ。
そして現実問題としてですが、わたし1人で無一文で旅にでられるのでしょうか。
準備すらできませんね…
せめて毛布の一枚、かばんの一つくらいは欲しいところです。
食べ物は…まあ森で果物など食べればなんとかなるでしょう。
育ちざかりではないですし。
考え事をしながら適当な道を歩いていたからでしょう。
街並みががらりと変わっていることに遅ればせながら気が付きました。
具体的にいうと石造りだったのが木造の小屋になっていますね。
所謂スラムとかそういう場所でしょうか。
臭いもなんだかきついです。
しんと静まり返っているのが少し不気味です。
人の気配はあるので無人ではないようですが。
「せいじょさま、」
不意に、小さな女の子が腰に縋りつく。
「はい、どうかしましたか」
「おにいちゃん、たすけて」
3,4歳かな。随分小さく、痩せている。
「病気ならなんとかしてあげられるのですが、残念ながらお金もちではないので食べ物は持っていないのです」
「けが、なの」
「それなら任せてください!」
助けてあげられそうでほっとします。
彼女に続くと、さらにぐねぐねと入り組んだ道を進んだ奥に少年が蹲っていた。
「大丈夫ですか?」
声を掛けて同時に癒す。
「う、わ!え、聖女様!?」
「驚かせてごめんなさい、あなたの妹さん?」
わたしの足にすがりついたままの幼女をそっと撫でる。
やせ細っていて胸が痛む。
せめて、と服を洗浄し、桶に水を張ってそれを温める。
「これで体を拭きましょう。清潔にしていれば病気のリスクが減ります」
「聖女様、なんかくいもんもってねーですか?」
同じくやせ細った少年に胸が痛みます。
「ああ、ですよねえ…お役に立てず申し訳ないのですが、わたしはお金を持っていません。1ペトラも」
聖女とか言うくせに役立たずで申し訳ないです。
ちょっと埋まりたいレベルです。
「す、すいませんオレこそ怪我なおしてもらったのに」
「いいえ、怪我くらいお安い御用です。折角来ましたし、他の方も怪我や病気なら癒して差し上げたいのですけれど」
食事を用意できないことがあまりに心苦しいのでせめて、と提案です。
「いいのか!?」
嬉しそうに顔を綻ばせる少年は、このような状況で暮らしていてもきっと優しいのでしょう。
こちらまで嬉しくなりました。
少年に連れられ、彼らの水源であろう井戸の前で妹の少女と共に待ちます。
名前はメリーというそうです。
少年が次々に声をかけて、井戸に癒しを求める人々が集結してきました。
皆一様にわたしよりも襤褸の服と、薄汚れた肌。
最初にきたおばあさんにもう少し人が集まるまで話を聞くことにします。
「ここは…どうしてこのような?」
「聖女様は知らなくて当然。ここは"奴隷の廃棄場"さ」
「奴隷…の廃棄場、ですか?」
「ああ、この世界は奴隷を禁止していない。大概はまともな家でちゃんとした雇用を受けられるんだけどね、たまにいるんだよ、悪いやつっていうのがね」
法律上奴隷と言えどきちんと寝食は保障され、傷つけることは許されない。
が、不法に取引された奴隷たちは酷い扱いを受けると言う。
それがここに居る彼ら。
彼らは働けなくなってここに遺棄された。
その子孫も居て、少年とメリーちゃんはそれにあたる。
更に、つけられた首輪のせいでこの地区を出ることすらできず、ただここで細々と日々を繋ぐのみだという。
「隷属…なるほど、彼らはわたしをこうするのが望みですか。」
首輪は魔法具らしく、彼らには外せないという。
「少し試してみてもいいですか?」
「試す?」
おばあさんの首輪をじっと見つめ、それだけを掌の上に転移するよう念じる。
「あ、できました」
ひゅん、と移動してきた首輪をひらひらと見せる。
「!?せ、聖女様これは!!!」
「わたしが病気も怪我も治しますし、その服と体も綺麗にしましょう。それなら外にでられますか?」
余計なことを、なんて言われてしまうかもしれないと少し怖くもありました。
けれど、そのおばあさんは地面に頭を擦り付けてわたしのことを崇めるのでした。
うーん、また失敗しましたか、これ。
時間の許す限り彼らの首輪を外し、癒し、清め。
まったく手が回らなかったので、明日に持ち越しです。




