突入準備
ボルゲン丘陵の頂にその城はあった。
暗闇で細部までは見えないが、横に広い館のようではあるものの縦に高い建物ではなさそうだった。
俺たちは馬を降り、それぞれのパーティで装備や持ちものを確認した。
「みんな、集まってくれ」
俺は仲間たちに声をかけ、一人一人の顔を見まわした。
ベルナンディア以外はやはり昨夜の疲労、特に精神面での疲れが残っているようだ。
駆け出しの冒険者だった俺たちがあれだけの軍勢を相手にしたのだから当然か。
ここはやはり万全を期して臨むべきだろう。
「ネムリ、《精神浄化》の魔法は使えるか?」
「うん、使えるようになったよ」
神聖魔法で肉体の疲労とはべつに精神面の疲労を取り除くことができる魔法だ。
有効だし便利ではあるが、あまり頼りすぎてはいけない魔法でもあった。
魔法による回復はどこまでいってもかりそめの回復。
肉体の疲労もそうだが、睡眠や食事、運動といった基本的な生活習慣のなかで心身が連動して得られる休息こそ実体を伴った根本的回復である。
どれだけ発達しても魔法は万能ではなく、一時しのぎであることを忘れないようにしなくては。
「ネムリ、頼めるか?」
「了解だよ、シュー」
ネムリが呪文を唱えると俺たち全員の体は青い光に包まれ、消えた。
「おいおい、ネムリすごいねこれは! 気分がスッキリしていっきに元気になったよ!」
「すごい魔法ですね。これならまだまだ戦えそうです」
ケイウッドとメルティエの賞賛を受けてネムリは照れながらモジモジと両手の手指を絡めた。
たしかに昨夜の激戦で摩耗した精神が癒されたように感じる。
すり減った感情が再生されたように、気分がさわやかになり、前向きな気持ちに勢いまで付いている。
「ありがとうな、ネムリ」
「えへへ、どういたしまして」
これで準備は万端だ。
あとは敵の本拠地に突入するのみ。
俺たちは同じく準備を終えたガルド、パトリシアたちと示し合わせ、魔侯爵の城門に手をかけた。