買い出し
俺は宿屋の一階で朝食のパンとスープを腹に収めてから買い出しに出た。
まとまった金が手に入ったのでさしあたり食と住には困らないだろう。
だが、早々に次の金策を考えねばいずれはジリ貧に陥ってしまう。
そのためにはまたダンジョンに潜ったり、何らかのクエストを達成したりする必要がある。
その際にはどうしてもモンスターとの戦闘を想定しなければならないわけで、そして戦う上で必要なものがある。
武具である。
俺に足りないものは攻撃に使う武器や身を守る防具だ。
基本的なものが何一つ足りていない。
まとまった金は未来への先行投資として武具をそろえるのに使う。
そのために俺は市場へと向かった。
露天商が元気よく客引きの声をあげている。
使えそうな武具、アイテム、それに水や食糧も蓄えておいて損はないだろう。
《無限の宝庫》を使っていて気付いたことだが、どうやらあの亜空間の内部では水や食糧が傷まないらしい。
つまり、あの亜空間の中では時間が経たないというか、時間の概念が適用されないと考えたほうが正しいかもしれない。
なので、水だけでなく食糧も傷んだり腐敗する心配をする必要はなく、好きな食べものをしまって冒険ができるということだ。
これはかなりありがたい性質だ。
深いダンジョンともなれば何日にもわたって潜りつづけることになるだろうから、閉鎖的な空間にいれば自然、気持ちも鬱屈としてくる。
そんなときに好きな食べものを食べられるのは精神面でのストレス軽減にかなり効果がある。
戦闘に直接、役立つスキルではなくてガッカリした気持ちもあったが存外、捨てたものではないな。
俺は水や干し肉などの保存食だけでなく、パン、ミルク、チーズ、ピザ、ホットドッグ、チョコレート、ケーキなどなど、さまざまな食べものを片っ端から買いあさった。
ついでに回復薬調合用の薬草を束でたくさん買い占めた。
市販のポーションと違って薬草は乾燥させて粉にしたり、煎じたりと使うまでにひと手間かかるので、意外と冒険者に敬遠されがちだった。
また、仲間に回復魔法の使えるプリーストやドルイドがいればそれで事足りる。
そのため、思ったより安値で仕入れることができるのがありがたい。
そして肝心の武具。
まとまった金ができたと言っても有限である以上、ムダ使いはできない。
最低限、必要な装備だけを整えたらあとは我慢だ。
もちろんネムリの分も買ってやらないといけないから、なおのこと慎重に選ばないといけない。
市場での買いものが済み、俺は「アイテムショップ グース」に顔を出した。
「よお兄ちゃん、よく来たな」
昨日来た俺の顔を覚えていたらしい。
「やあ、何かめずらしいアイテムでもあるかい?」
「いや、特別ねえな。とはいえ、うちの商品はどれも逸品ぞろいだ。さあさあ買った買った!」
うむ、やはりオヤジの愛想がいい。
これだけでだいぶ気分よく買いものができる。
「初心者向けの武具を見たいんだが」
「それならあっちの棚だな。じっくり見ていってくれい」
店の一角に「初心者向け」と札に書かれたコーナーがあり、駆け出しの冒険者がまず装備したい品々がそろえてあった。
この街、イムネマが冒険者になるのに適しているがゆえの配慮であり、販売戦略だ。
「オヤジさん、このロングソードとアイアンシールド、それにナイフを一式セットで買うから安くしてくれないか?」
ロングソードは銀貨8枚、アイアンシールドは銀貨5枚、ナイフは銀貨2枚でそこそこ値が張る。
だが、これらの装備はちゃんと手入れをしていけば長く使うことができる、コストパフォーマンスに優れた装備品だ。
初級者から中級者のあいだはずっと使うことができるだろう。
「ふむ、そうだな……じゃあ、まけて銀貨14枚ってとこでどうだ?」
「うーん、もうひと声ほしいなあ」
「じゃあ、銀貨13に銅貨10枚だ」
「これだけの装備をまるまる買う客なんてそういないぜ? もうちょっとたのむよ!」
「ええい、銀貨13枚だ! これ以上はまかんねえからな!」
「よ! オヤジ、漢だね! ところでこっちのウッドスタッフも買おうか迷ってるんだがなあ。懐が厳しいんだよなあ」
俺は腕を組んで悩ましげにうなってみせた。
魔法職向けのウッドスタッフは魔力を増大させる武器であるため、木製とはいえ、ふつうの武器よりやや高価な銀貨1枚だった。
「だー、ちきしょう! あんたは俺より商売上手だよ! 銅貨10枚まけてやるからぜんぶ買っていきな! もってけドロボー!」
「へへ、ありがとな、オヤジさん」
俺はロングソードとアイアンシールド、ナイフ、ネムリ向けにウッドスタッフを購入した。
ナイフはケイウッドにもらったものもあったがあれは友情の証としてもらったものであり、もはや世界にたった一つのアイテムだ。
唯一無二のアイテムはコレクションの対象である。
やつからもらったナイフは俺のアイテムコレクションの一つとしてすでに保管済みである。
「ところでオヤジさん、松明と薬研、空きビンはあるか? 昨日と同じ、手のひらに収まる小瓶でいいんだが」
「なんだい、まだ懐に余裕あるじゃねえか。演技派だねえ。まあ、あるにはあるけど、そんなもんでいいのかい?」
「ああ、空きビンがほしい。それもたくさんだ」
俺はダンジョンに潜るための松明、薬草などを挽くための薬研、それと空きビンを銀貨1枚で買えるだけ買った。
だいたい300個くらいは買えたか?
「買ってくれる分にはありがたいからいいんだが、昨日も聞いたけどいったい何に使うんだよ?」
「それはあとでのお楽しみさ。たぶん売りに来ると思うからその時を楽しみにしててくれ」
俺はそれだけ言って得意げに笑った。




