多頭の沼蛇
スワンプ・ヒドラは頭をもたげた。
体勢を整え、急に割って入ってきた小さきものどもに舌先をチラつかせて敵であることを認識する。
ゆっくり体を正面に向けて、いくつもの冷たい双眸が俺へと注がれる。巨蛇にとって人間などエサ以外の何ものでもないだろう。
戦意は十分。敵意も充足。
俺は駆け出し、《無限の宝庫》から小瓶とスクロールを取り出した。
すでに多頭には魔力が集まり始め、次の邪悪魔法が放たれようとしていた。
「こいつで……ッ!」
小瓶を多頭めがけて思いきり投げつけた。頭の一つが力任せに小瓶を横殴りにし、砕けた小瓶から粉末が飛び散る。
直後、粉末のあいだに火花が走り、激しい光を発して爆発を起こした。
《炸裂薬》。爆発そのものは大した威力ではないが、目もくらむほどの光を発するのがこのマジックアイテムの特長だ。
ねらい通り、スワンプ・ヒドラの多頭は突然の光に驚き戸惑い、織り上げられていた魔力が霧散していた。
今が好機とスクロールを宙に放った。皮紙に描かれた魔法陣に魔力が満ちて魔法が発動する。
念じた標的はスワンプ・ヒドラ、そしてその頭上。多頭の上空に赤黒い雲とも煙ともつかないもやが漂い、赤い魔力がたれ込めていた。
「《火球・驟雨》!」
スワンプ・ヒドラが頭上の異変に気付いて見上げるもすでに遅く。
赤黒いもやは渦巻く雲となり、炎の雨を降らせ始めた。
火球の雨。それも無数の火球が瀑布のごとき勢いで降り注ぐ灼熱の豪雨だ。
多頭の沼蛇の頭、首、胴体のすべてに火球がぶつかり、華を咲かせた。
「ギャアアアアアッ!」
たまらず上げた絶叫も虚しく、沼蛇の肉とウロコは焼けただれていく。
途切れることのない火球がヒドラの身を焦がしていくのを傍目に、俺は空き瓶を取り出した。
苦しみにうねり、もだえるヒドラに意識を集中させる。
高レベルのモンスターといえど灼熱の雨を浴びてダメージを受け、集中力も乱れた状態であれば。
俺はスワンプ・ヒドラに手をかざし、魔力の流れを知覚する。
俺の意識がヒドラの千々に乱れた複数の意識と接触した時、
「《魔物の懐柔》!」
緑色の光が燃えさかる火の海でのたうち回るヒドラの巨体を覆った。
ヤケドを負った沼蛇は助けを求めるように俺の意思につながり、小瓶へと収まった。
消えたヒドラの残した沼地を焼き尽くすと、炎の雨は嘘のようにすんなりと止んだ。