二つの疑念
一週間も経つと誰もが暇を持て余すようになり、鬼人族の男剣士たちは中庭で剣の稽古を、女性たちはメイドさんたちに混じって屋敷の家事を手伝うようになっていた。
パトリシアたちも次のクエストを求めてすでに冒険者ギルドへ向けて出立した。
先の戦いは厳しいものだったが、心身の疲れは皆だいぶ癒えたようだった。
「さてさて、いいかげんダラけるのも飽きたことだし、今後のオレたちの活動について話そうじゃないか!」
ケイウッドも酒杯ではなく水の注がれたコップに口をつけた。
ベルナンディアを見ると向こうも俺に視線を走らせた。思うところは同じということか。
「今後の活動について語る前に確認しておきたいことがある」
俺はオルカに向き直り、単純かつ大切なことを確認した。
「オルカ、二つ聞きたい」
あぐらをかいたオルカは無精ひげをさすりながら次の言葉を待った。
「まず、お前たちの集落が襲われたとき、狂豚王の気配はあったか?」
「ねえな。豚どもも統率の取れた動きはしてやがったが気が触れているようには見えなかった」
「不可解じゃのぉ……」
「なに、どういうこと?」
左右に顔を泳がすケイウッドにメルティエが補足した。
「鬼人族の方々が襲われたとき、オークは通常の状態であり、あの狂豚王もいなかった、ということですね」
「そんなことありえるの?」
「ありえません。もし、あれほど強大な王が軍を率いていたなら彼らだけでなく、「深緑の森」も気付いていたでしょうから、もっと多勢で戦に赴く算段を立てたはずです」
「だから、ふかかい、ってこと?」
その通りだ、と賢いネムリの頭をなでてやる。
狂豚王ほどの存在が確認されていたらたった1万程度の軍勢では蹴散らされて終わることが容易に想像できたはずだ。
だが、オルカたちも「深緑の森」も《狂戦士化》の王について微塵もその存在を気取ることができていなかった。
「諸々の条件をすべて混ぜ合わせると、狂豚王は突如として現れた、ということになるな」
「奴も《転移門》を使用したと仮定すれば一応は筋が通るの」
「それしかないんじゃない?」
本当にそうだろうか。
理屈は通る。だが、そんな単純なことなのか?
《転移門》を使用した目的は?
初めからオーク軍を率いていなかった理由は?
そして、やつがネムリの吸血鬼化した姿を魔祖と呼んでいたのはなぜだ。なぜそんなことを知っていた?
「コレクターズ」をやり込んだ俺ですら知らないことなのに。
ふとネムリのことが気にかかり、
「ネムリ、体調は大丈夫かい?」
「うん、元気だよ!」
笑顔で答えてくれた。
見たかぎり、そして本人の感じるところいわく問題はなさそうだ。
そういえば思い出してみるとネムリも初心者向けのダンジョンの最奥にいた。
次から次へと初心者パーティが訪れるダンジョンの奥に、だ。
ほかの誰かに救助されていてもおかしくなかったはずだ。
なぜネムリはあそこにいた……?
「仮定ばかり考えていても話は進まん」
ベルナンディアに言われて思考を中断する。
俺は二つ目の問いを口にした。
「オルカ、お前たち鬼人族に子どもや老人がいないのはなぜだ?」
オルカたち男性は剣士として、イルカたち女性は巫女として誰もが戦闘に参加できる者ばかりだ。
集落といえば通常、非戦闘員である子どもや老人がいて不思議ではない。
むしろ、いないほうが不自然だ。
この問いかけにオルカはざんばら髪をガシガシかき乱し、苦々しい顔で口を開いた。




