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鬼人族の宝刀

 飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎが三日三晩つづいた。

 これくらい放蕩三昧を満喫すると思いのほか怠けることにも飽きがくるもので、もはや惰性で飲んでいる風な気配すら漂っていた。

 そろそろ頃合いだろうか。

 俺は晩酌前の休憩をしていたオルカに声をかけ、応接室に来てもらった。


「なんの用だ、改まって」


「いや、たいした話じゃないんだが、俺にとってはいっとう大事なことでね」


「てめえの緩んだ笑みが拝めるなんざ、ろくでもねえ企みを考え付いたようにしか思えねえな」


 内心の悦びが顔に表れていたらしい。いかんいかん。

 しかし、この悦びがやすやすと抑えられようか。


「話の前に確認だ。オルカ、お前のその腰にある二本の刀、ゆずってもらうことはできないよな?」


「斬り捨てられてえのか」


「確認だと言っただろう。話はここからだ。それならせめてお前の立ち会いのもと、そのふた振りを少しだけ見せてはもらえないか?」


 斬れるような殺気を収め、オルカは心の底から嫌そうに顔を歪め、あごの無精ヒゲをさすった。


「目的は?」


「見てればわかる。なに、お前の刀をどうこうしようってわけじゃない。見せてほしいだけさ」


 オルカはますます疑いの目で俺を見下ろし、渋々といった体で腰に差した二本の刀を差し出した。

 桜色と黒色の鞘。


「いいかてめえ。傷一つ付けやがったらただで済まさねえぞ」


「ていねいに扱うから心配するな」


 俺は《鑑定ジャッジ》のスキルを発動させた。

 まずは桜色の鞘から刀を引き抜く。

 重みのある刀身は生きものを殺生するための道具。

 それとは裏腹にうっすらと桜色がかった刀身、ところどころに桜の花弁の意匠が凝らされている優美さ。じつに美しい。

 芸術品として見てもその価値は非常に高いと言える。

 これほど雅な宝刀を見て心躍らない者など名ばかりのコレクターだ。

 俺は思わず生唾をごくりと飲み込んだ。


 次に黒い鞘から鈍色の刀を引き抜いた。

 深い灰色の刀身にはザラつきのようなものを感じる。

 常態ではただ濃い灰色の刀身をしているが豚の王と戦ったときは技の発動時にどす黒い瘴気を発していた。

 あれは闇というより死そのものに近い属性が感じられた。

 桜色の刀とは対極の、危うさを秘めた渋い逸品だ。


「このふた振りの名前は?」


「……桜が《桜花》。黒が《絶無》だ」


「ふむ、なるほど……」


 刀を鞘に収め、丁重にオルカにお返しした。


 さて、ここからだ。

 俺は《無限の宝庫アナザーポケット》から《探知逃れフルスケープ》の指輪を取り出して指にはめた。

 脳裏で「リミッター」を解除する。

 体中に力と魔力がみなぎっていく。

 その力の流れに気付いたのか、


「シュウジ、てめえは……ッ!」


 俺は人差し指を立てて口もとに当てた。

 黙って見ていてくれ。


 頭のなかで《桜花》と《絶無》を思い描く。

 桜色の見る者を虜にするほど美しい刀と、命を絶つことにのみ特化した死の刀。

 その形状、その性質を《鑑定ジャッジ》で得た情報をもとに組み上げていく。

 一つ一つの要素が組み合わさり、ふた振りの刀が脳裏に浮かび上がる。

 完全な姿、性質で組みあがったそれらを維持したまま、俺はドワーフ族の秘儀《大地人の匠腕アルケミア・マイスター》を発動させた。


 眼前のテーブル上に二つの丸い光が生まれ、ゆっくりと長細い形状に変化していく。

 それらは反りのある形となり、細かい凹凸まで再現していった。

 次第に光が輝きを失っていき、一つは桜色の、もう一つは黒色の鞘に収まった刀の姿が現れてくる。

 完全に光が消えたとき、テーブル上に二本の刀が顕現した。


「なんだ、と……ッ!」


 桜色の刀を鞘から引き抜く。刀身に桜の花弁の紋様。うむ、異状なし。

 黒色の鞘から刀を引き抜く。鈍色の刀身にザラつき。同じく異状なし。

 何も問題はなさそうだ。

 我ながら上々の仕上がりだと自画自賛したい。


「おい、シュウジ、説明しやがれ……ッ!」


「何をだ?」


「とぼけんじゃねえ! どう見ても《桜花》と《絶無》じゃねえか!」


「そうだが?」


 怒りというより驚きと困惑まじりの声色で詰問するオルカ。

 こうなることは予想していた。

 だから説明もちゃんと用意してある。


「驚くのも無理はないが、これは正真正銘《桜花》と《絶無》だ。模造品のような劣化したニセモノじゃない。俺のスキルでお前の刀からもうひと振りのホンモノを創り出した」


「……ッ!」


 驚きつつも否定しないところはオルカ自身が目の前にあるふた振りが本物であることを確信しているためだろう。


「そんなことが可能なのかと言いたいのだろうが、結論から言えば可能だ。俺が用いたスキルは非常に高度で特殊なものだ。できればこのことは他言しないでもらいたい」


 困惑の抜け切らないオルカに念のため謝罪もしておく。


「先に謝っておく。鬼人族の二つとない宝具を複製するのはお前たちの誇りに傷をつけ、侮辱する行為に値すると罵られてもしかたがないだろう。そのそしりは甘んじて受けよう」


「……シュウジ、その刀をどうするつもりだ?」


「安心しろ。これを使うつもりも悪用するつもりもない。ただコレクターとして稀少なアイテムを収集したいだけだ」


「……理解できねえな。道具は使ってこそ、その価値が正しく評価される。使われねえ道具はガラクタと一緒だ」


「わかれとは言わないさ。こればっかりは俺の性分なんでね。お前だって腕の立つ戦士がいたら闘いを挑まずにはいられないクチだろう。それこそ俺には理解できないが、それが性だと言うならわざわざ否定するつもりもない。それと一緒だ」


 言葉の上では理解できても腑に落ちてはいないという風だ。

 俺はもうひと押し、弁明の言葉を継いだ。


「本音を言えばお前がこの部屋から去ったあとで複製を創り出すこともできた。だが、それを俺は良しとしなかった。お前を、鬼人族をだますことに感じられて後ろめたかったからだ。たとえ罵られようとも、お前たちの誇りをあざ笑うほど俺の良心も廃れていなかったというわけだ」


 オルカはうめきにも近いくぐもった声を漏らしながら、もう一つの重要な点について問いただした。


「……答えろ。てめえのその力は何だ? てめえは何者だ?」


 この力は何か……と聞かれると俺も返答に困る。

 死んで転生したらゲームのステータスを引き継いでいた、なんて説明をしても理解が及ぶとは思えない。

 嘘でもなく、まじめに答えるのであれば、ただひたすらゲームを愛し、ゲームに没頭し、人生を捧げてきたということを伝えるくらいしかできない。


「……愛、かな」


「愛……?」


「修練を慈しみ、修練を愛し、己の極地を望んだ果ての結果だ。とり憑かれたように修練した、と言えばまだ正解に近いか……」


 若干の疑問を残しながらも一応の得心はいったのか、オルカはフンッと鼻を鳴らした。


「まったく……どこまでも食えねえ野郎だぜ」


「このことも併せて他言無用で頼むぞ。お前を信頼してるから明かしたんだ。それと闘え、っていうのもナシだ。俺はお前やベルナンディアのような騎士でも戦士でもない。ただのアイテム使いなんだからな」


「言われなくても挑まねえよ。力量差くらいわきまえてらあ」


 それは逆に捉えると力量差がほぼなくなれば闘いを挑んでくるということか。勘弁してくれ。


「てめえの仲間に同情するぜ。まさか自分らがとんでもねえ腹黒野郎と組んでるとは思いもしねえだろうからよ」


「その言い方は心外だな。俺は少なくとも仲間たちを害するような企図も行為もしていない。極めて常識人として穏やかに過ごしているだけだ」


「それがかえって気に食わねえ輩もいるだろうがよ」


 ああ……、なるほど。ベルナンディアか。

 たしかに強者との闘いに飢えている彼女にとって本来の力を秘匿していることは失礼な行為にあたるのかもな。

 だが、こればっかりはどうしようもない。

 いつかベルナンディアにもちゃんと説明して謝ろう。


「まあともかく内密に頼む。恩着せがましく言うなら、この部屋で起こった出来事すべてが俺にとっての報酬だ。これで貸し借りはチャラにしたい」


「釣りが足りねえぞ、ちくしょうが……」


 オルカは腰の得物がちゃんとそこにあることを確かめるようにさすった。

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