勝利は痛みとともに
マドンを倒した俺たちは喜ぶのもそこそこに囚われていた鬼人族の女性たちを救出し、急いで王国騎士団のもとへ向かった。
《転移門》を抜けると騎士たちは剣を収めて立ち話をしていた。すでに戦いは終わっているようだ。
「シュージ殿!」
「ガルドさん!」
こちらに気付いたガルドが近寄ってきた。
後ろではアレクセイがダングスト侯爵、コルケス男爵と話をしている。
見たところ生き残っているオークの影はない。王国騎士団が戦いに勝利したということで間違いないだろう。
「無事であったか」
「はい。幸いにも俺たちに死者は出ていません。騎士団のほうは……」
「見ての通り勝利はした。だが、あのオークどもを相手にして被害をゼロにすることはできなかった」
ガルドは悔しそうに目をつぶり、やりきれない思いをにじませた。
まわりを見まわすと談話している騎士もいるが、他の騎士たちは命を落とした者を丁重に運び、遺体を並べていた。
王国の騎士として懸命に戦ったものの、《狂戦士化》したオークはさすがに荷が重かったのだ。
通常のモンスターならいざ知らず、死をも厭わない狂気の軍勢相手では士気を保つのもやっとだったはずだ。
むしろよく戦ったと敬意を表するべきだろう。
ガルドの話では王国騎士団と戦ったオーク軍に指揮官やハイオーク、オークロードと思しき個体はいなかったようだ。
俺たちのほうの話を伝えるとガルドは驚きと恐縮の態度を見せた。
「またシュージ殿には返せぬほどの借りを作ってしまったな。王にも報告せねば」
「たまたまですよ。それに今回は俺たちに協力してくれる人がたくさんいました。彼らの力があればこそ、無事に帰って来られたと言えます」
「そう謙遜されるな。あの巨大な光、あれもシュージ殿のアイテムか魔法だったのだろう?」
「あれは俺じゃないです。今は気を失っていますが、ケイウッドが背負っているネムリの魔法によるものですよ」
背中にネムリをおぶってあげているケイウッドを指さした。
ガルドはいっそう驚いた様子で、
「なんと、あの少年があれほどの魔法を使ったというのか……!」
あ、そういえばガルドは俺とネムリとはイムネマの風呂屋、しかも男湯で出会ったんだったか。
本当は女の子なんだが、まあわざわざ訂正するほどのことでもないか。
いずれにせよ、ネムリの魔法、そしてあの変身とでも言うべき変化は謎だ。
俺の精気を吸い取ったことから種族が「吸血鬼」なのは間違いない。《状態目視》でも確認した。
問題はどういった仕組みで、なぜあの時あのようなことになったかだ。
俺が「人狼」に変化した例もあるからその類例と考えられなくもないが、あとでネムリに聞いてもろもろをしっかり把握しておいたほうがいい。
ネムリ自身にとっても、パーティのみんなにとっても仲間の状態を把握しておくのは安全のため重要なことだ。
「ガルドさん、ひとまず王都に帰還したいと思いますが……」
「ああ、世話をかけるが頼む」
ネムリを除いた、魔法を使える術者9人で巨大な《転移門》を展開した。
ガルドの誘導により、王国騎士団は死んだ仲間を抱えながら門をくぐっていった。
戦いには勝利したものの失ったものも大きく、騎士たちの表情は暗い。
俺はこの危険と隣り合わせの世界にやってきて以来、幸運にも今まで身近な存在を誰一人として失うことなくやってこられた。
だが、騎士たちの表情が物語っているものが現実なのだ。
モンスターと戦うことは言葉通り命懸けなのだと、俺はこの時、あるいははじめて死というものを実感し、鳥肌が立つ思いをした。
 




