総力をあげて
ベルナンディアの《巨人殺し》がマドンの《狂戦士の魔剣》と激突し、火花を散らした。
力だけなら互角……いや、わずかにベルナンディアが競り負けている。
衝突の反動で押し返される度合いが大きい。
「《木立縫い》……!」
間髪入れず、オルカが桜色の刀をもって目にも留まらぬ速さで様々な方向から斬撃を撃ち込んだ。
巨体の各所からかすかに血が流れ、決して攻撃が無意味でないことを教えてくれる。
だが、あまりにも硬い。
オルカほどの腕をもってしても、かすり傷程度のダメージしか与えられないとは。
いかにマドンの攻撃力、防御力が高いかという事実を否が上にも突き付けてくる。
前衛をベルナンディアとオルカに絞って正解だった。
純粋なアタッカーではないパトリシアやまだオルカほどの技量を持たないバンドウが前に出ても返り討ちに遭うのがオチだ。
ベルナンディアが真っ向から斬り結び、マドンの動きを抑えている隙にオルカが巨躯を削る。
魔法が使える者はタイミングを見計らって、死角から支援攻撃を放つ。
「《火炎放射・重》!」
メルティエの指向性を持った火属性魔法がマドンの背中全体を焼き焦がした。
ブスブスと黒い煙を上げているが、今ひとつ攻撃が効いていない。
防御力だけでなく、体力も頭抜けて高いのだろう。
「ぬるいわ……!」
「ヌシの相手はわしじゃ!」
メルティエに気が逸れそうになったマドンにベルナンディアが啖呵を切る。
両手斧が赤い光を帯び、残像が浮かんだ。
「《重層烈断・加重弐式》!」
赤い光の三層撃に追加の三層撃を重ね合わせ、凶暴な肉食獣のごとき三本の爪痕をマドンの胸に刻みつけた。
深い傷から血しぶきが上がり、しかしーー
「小癪……ッ!」
がら空きになったベルナンディアの腹にマドンの拳がめり込んだ。
肺の空気を吐き出しつつも態勢は崩さぬまま、大地に二本の轍を作りながら吹き飛ばされ、それでもなおベルナンディアの闘志は消えない。
「貫くのじゃ! 《突き上げる巌嶺・重》!」
峻厳なる大地の剣山を地面より生じさせ、マドンの足裏から甲まで貫いた。
「ぐッ……ドワーフの小娘が……ッ!」
「どこ見てやがる!」
ベルナンディアに注意が逸れた隙にオルカが桜色の刀を振り下ろした。
「《桜吹雪・乱れ嵐》!」
刀から噴き出した大量の花弁がマドンの上半身に貼りつき、埋め尽くし、
「裂けろ! 《裂》!」
花弁もろとも表皮を切り裂き、無数の切り傷を負わせた。
続けざまにオルカは黒い鞘から鈍色の刀を引き抜き、マドンの腕に斬りかかった。
これを難なく受け止められ、もう一方の腕からくり出されたカウンターの拳に鈍色の刀で迎え撃つ。
拳と刀がぶつかり合う瞬間、
「《絶命・枯死吸傳》!」
刀がどす黒い瘴気をまとい、マドンの拳を受け止めた。
拳はオルカを弾き飛ばすこともなく、逆に黒い瘴気に巻かれて一部灰色に変色した。
あれは…………壊死している?
「小賢しい真似を……!」
マドンが巨体に似合わない身のこなしで足蹴りを喰らわせようと構えたとき、脚の付け根に何本もの矢が的確に突き刺さった。
見ればケイウッドとレクストが弓を構えている。ナイスアシストだ。
マドンの動きが鈍った隙にオルカが後退し、妹のイルカから俺謹製の《薬草水》を受け取った。
ベルナンディアにはナルミが《薬草水》を手渡した。
ダメージや疲労はガンガン回復して敵に休む暇を与えることなく攻め続ける。
体力バカな敵相手には愚直なまでに正攻法で、火力で押しきるのが作戦としてもわかりやすい。
「煩わしい蝿どもめ……」
マドンはもっとも手薄で攻めやすいパトリシアたちのほうを向いた。
狙いを付けられたパトリシアが念のため《魔法防御壁》を展開する。
だが心配には及ばない。
詠唱を続けていた「深緑の森」のコルシェが声を張り上げた。
「神樹の防人よ! 《蔦樹の磔刑・二重》!」
「ぬう……ッ!」
「深緑の森」四人のエルフの魔力を合わせた強大な魔法、これによって生み出された多量の蔦植物がマドンの両脚を大地に縛り付けた。
森の住人とも呼ばれるエルフが得意とする自然魔法だ。
それもゴールドクラスの実力を誇る四人が力を合わせた束縛の魔法。
さすがの狂豚王もこれには抵抗できなかった。
移動を制限され、上半身の動きだけで戦うことを余儀なくされた。
作戦は順調に最終段階にまで達していた。
「深緑の森」と同じく、魔力を練り合わせていた邪悪魔法の使い手たち。
ネムリ、エルスラ、ラブの三人が意識と魔力を合成し、身動きの取れないマドンに向かって手をかざした。
「《滅殺の悪夢・二重》!」
三人の手のひらから亡者の怨念が解き放たれ、マドンに襲いかかった。
この魔法は俺が魔侯爵と戦ったときにも使ったシルバークラスの邪悪魔法。
髑髏の怨霊の群れが喰らい付き、精気を貪ることで対象を衰えさせる死出の魔法。
貪欲なるオークの王が喰われる立場になるとは皮肉なものだ。
そろそろ頃合いか。
邪悪魔法が途切れ、体中がズタボロに成り果てた豚の王ははっきり言って死に体だ。
あとは俺も前衛に加わって攻め続ければ勝利は揺るがない。
俺は脳裏で『咆哮』のコマンドパネルに意識を集中させた。
全身に力がめぐり、あふれるほどの活力が湧き上がってくる。
上半身に獣毛が生え、ワーウルフと化した俺は前衛の二人に先んじて吶喊した。
沈黙しているマドンの肉体に鋭利な獣爪を突き立て、切り刻み、返り血を浴びてなお気勢が高まってゆく。
無抵抗な相手を攻撃するのは躊躇われたが、そんな迷いもすぐに消え失せ、獣としての本能か、敵を痛め付け、血を浴びることに愉悦を感じていた。
そのとき、マドンの体から圧が放たれた。
「……ッ!」
俺はとっさに距離を置こうとして、だが目の前にはすでに巨大な拳が迫っていた。
両腕を交差させて防御するも、ボギンと嫌な音が響いて俺は吹き飛ばされた。
「シュージ!」
「つぅ……」
倒れ込んだ俺をケイウッドが起き上がらせてくれた。
激痛にうめき声が漏れる。
まずいな、両腕が完全に折れている。
だが問題はそれだけではない。
ワーウルフと化した俺にたった一撃でこれだけのダメージを負わせるのは不可能なはずだ。
しかしやつは、マドンはそれをなした。
顔を上げるとその理由がはっきりとわかった。
赤黒い闘気がやつを覆っていたはずだが、いまやその闘気は墨を落としたような黒い殺意の塊となってやつを包んでいた。
信じられないが認めざるを得ない。
これはオークの種族魔法、その中でも最秘奥のゴールドクラスの魔法、《欲深き混沌の覇者》で間違いない。
この魔法を使えるのは限られた者、オークの中でもとりわけ優れた能力と凶悪な暴力性、残虐性をあわせ持つ種族のみ。
俺たちは勘違いしていた。
やつはハイオークなどではなかった。
認めよう。
狂豚王マドンは最上位種、貪欲なるオークの中のオーク、オークロードだ。




