手負いの闖入者
ザカの森から現れた人影は数十にのぼった。
遠目でよく見えないが、少なくとも俺たちの知り合いを呼んだ覚えはない。
「お前たちのお仲間か?」
「……知らないクマ。……クマたち、卑怯なことはしないクマ」
第三者ということか。
ならば人間の俺たちが魔族と取引している現場を見られるのはうまくない。
「リッチ、《転移門》は使えるな?」
「我々だけ先に王都に帰って身を隠せと?」
「理解が速くて助かる。話の続きは後日だ」
もの分かりのいいリッチは即座に《転移門》を開き、ワイルド、ドッペルゲンガーとともに姿を消した。
本当ならアレクセイもパトリシアを護衛につけて帰すべきなのだろうが、生憎ここはアレクセイの領地である。
彼の領内で異変が起こるなら領主であるアレクセイは事の成り行きを把握しておく必要がある。
貴族には領民から税を得る権利がある代わりに彼らの生活を守る義務があるのだ。
特権を得る代価としてどのような危機にも立ち向かう責務を負わなくてはいけないのが貴族のツラいところだな。
「アレクセイ、万が一のときは戦えるか?」
「嗜み程度に剣はふるえるが、君たちの足元には及ばないだろうね」
アレクセイは緊迫した面持ちで答えた。
無理もない。
貴族の主な仕事は戦闘ではなく領地の運営だ。
「パトリシア、アレクセイを護衛してくれるか? 念のためネムリとメルティエ、エルスラも一緒に後方待機していてくれ」
「わかったわ!」
「りょーかい!」
「任せてください」
「かしこまりました」
パトリシアとネムリで回復、メルティエとエルスラで攻撃、と攻守のバランスもいい。
「万が一」が起こってもアレクセイに怪我を負わせないことが友として、四大貴族の一員としての責務だ。
「そうなるとわしらで先陣を切る、というわけじゃな?」
両手斧を構え、久方ぶりの戦闘が起こりそうな気配に愉悦すらにじませてベルナンディアがたずねた。
「こういうときのベルナンディアちゃんはこえーのよねぇ」
ショートボウに矢をつがえながらケイウッドが苦笑いした。
俺も剣を抜き、
「それゆえに頼もしいのも事実さ」
いつでも戦いに入れるよう備えた。
だが、まずは何者が何のためにこんなさびれた場所に現れたのか、真意を確認するのが先だ。
だからいきなり攻撃をしかけるわけではない。
そこはわきまえておく必要がある。
「わかっておる。もしものときは戦うかもしれない、ということじゃろ?」
「その言い方はまるで戦闘になってほしいかのように聞こえちゃうねえ」
「二人とも、話はそこまでだ。来るぞ」
近づいてくるその集団はどこか歩き方が不自然だった。
……ケガをしている?
それに急ぎ足なのは何かに向かっているというより、何かから逃げているかのような必死さが感じられた。
「あれは……オーガか?」
目の利くケイウッドが訝しげにつぶやいた。
徐々にハッキリとしてくるその輪郭は、なるほどたしかに角が生えているのがわかる。
だが、ケイウッドが戸惑いまじりに反応したのもわかる。
通常、オーガは大鬼族とよばれるほど体が大きく、知性もあまり高くないモンスターだ。
小鬼族とよばれるゴブリンと比較するとその知性や野蛮さ、そして体格を巨大にしたのがオーガといっておおかた間違っていない。
ただし、鬼と言っても必ずしも角が生えているわけではなく、ヒトに害をなすという点からそうよばれている節もある。
あるいは突然変異的に優れた能力を持った者が角を有した外形で生まれることがある。
そうしたオーガには高い知性があり、体格も人間のそれと変わらず他のオーガたちを率いる素質がある。いわゆる王である。
そうしたオーガは特別な存在、種族としてこうよばれる。
「あれはハイオーガ……鬼人族か?」
めったに見られない希少なモンスター、いや、亜人に俺も驚きを隠せなかった。




