取引成立
「じゃあ、以上をもって取引成立と見ていいか?」
「うむ、梗概はそれで良かろう。細かな点は後で詰めてゆけば良い」
握手をすることはないが、互いに納得のいく内容で要件を満たしあうことができた。
取引は成功と見ていいだろう。
結果的に、リッチには魔侯爵が居城としていた館の主になってもらうことになった。
ボルゲン丘陵に発生するアンデッドを支配する代わりにスペディオ帝国の攻撃を捌いて王国の盾となってもらう。
王国側の悩みを解消しつつ、リッチの望みも叶えるという観点ではこれ以上ないくらいキレイに利害が一致している。
念のため、パトリシアのパーティメンバーでネクロマンサーのラブを連絡役として紹介することになった。
仮面の男の正体はドッペルゲンガーだった。
彼の場合は娼館の運営方針を見直す代わりに人間の欲望感情を味わうことですでにギブアンドテイクが成り立っているので特別な条件の追加はしなかった。
ただ、互いに利益を得ながら共存共栄を図るために運営監視と経営管理をかねてレクスト、ナルミが彼と俺たちの連絡役を担うことになった。
最後に、ワイルドは貧民街にある、さびれた教会を増改築して教会兼孤児院として運営することになった。
教会のシスターとの顔合わせは後日、パトリシアが取り計らって行う。
また、こちらも連絡役として姫様と直接、つながりのあるパトリシアが任されることになった。
いずれもパトリシアのパーティメンバーがかかわることになったのは彼女たちが基本的に王都をホームに王国内で活動しているという理由からだ。
もともと貴族であるパトリシアの実家もあり、王女とも幼馴染みなので何かと情報も入りやすく、動きやすい。
たしかに、種族もバラバラで今後の行動範囲も不明瞭な俺たちよりはよほど適任だった。
俺はパトリシアに全責任を丸投げした形になったことを謝り、レクストやナルミ、ラブにもよろしく伝えるよう頼んだ。
また、何かあれば《伝達》の魔法で知らせてくれればすぐに駆けつけることを約束した。
「シュージ! 何かくる!」
魔族とはいえ仮にも取引を成立させた連中となごやかな雰囲気に浸っていたとき、ケイウッドの緊張をはらんだ声が響いた。
「ケイウッド、方角は?」
「東…………森のほうから!」
東のザカの森に目を向けると、木々のなかから人影がぽつぽつと現れてくるのが見えた。
今度はいったい何だっていうんだ?




