シンプルに、純粋に
「ねえ、シュー。あのクマさん、子どもが好きなんだよね?」
「ん、まあそうなんだろうな。たぶん嫌いではないだろう」
「それなら、お父さんやお母さんのいない子のごはんを作ったり、勉強を教えたりすればいいんじゃないかな?」
その場にいた全員に衝撃が走った。
子どもだと思ってなかば蚊帳の外に置いていたネムリから的を射た意見が飛び出てくるとは思いもしなかった。
「なるほど……。つまり孤児院の責任者としての地位を与えるということか。子ども好きならこの上ない交渉材料になるな」
「ちょっと待って。そんな単純なことで納得するかしら?」
横槍を入れたのはパトリシアだ。
気持ちはわかる。
だが、すでにこの交渉そのものが想定の範囲を超えているイレギュラーなのだ。
魔族相手にはなから話が通じるとは思っていなかった。
魔侯爵討伐による威圧で降伏させるか、正面から戦うか、このどちらかになると予想していた。
だが、奴らは思わぬ手段で応えてきた。
誰も傷付かない穏便な方法で。
であれば後は野となれ山となれ、やってダメならその時と吹っ切って行動したほうがいい。
この話はダメでもともとなのだから。
「いや、言ってみるだけの価値はあるさ。幸い、奴らは話を聞く耳を持ってる。戦わなくて済むならそれに越したことはないだろう?」
「……そうね。ここはネムリちゃんの提案に賭けてみるのが最善なのかもね」
他のみんなも異論はなさそうだった。
「パトリシア、もしこの話で通りそうなら貧民街の孤児たちを世話する孤児院を見繕ってもらえるよう、姫様に話してくれないか?」
「ええ、わかったわ」
俺はふたたびリッチらのもとへ戻り、告げた。
「ワイルド、孤児院の院長として働くのはどうだ? 親のいない子どもたちの生活を世話する仕事だ。もしお前が子ども好きなら適任じゃないかと思ったんだが、どうだ?」
ワイルドはその言葉に雷を受けたように呆然とし、それから全身の毛をざわざわと震えさせ始めた。
「いや、嫌だったらいいんだぞ? 魔族が子どもの世話をするなんてあまり格好がつくことでもないし、魔族のプライドもあるだろうしな。嫌なら別の案を考えよう」
相手を不快にさせないよう、断る口実を並べ立てていると、ワイルドは体を震わしながら野太い声を発した。
「……すばらしいクマ。……子どもたちの世話、最高クマ」
「え、いいのか?」
「……行き場のない子どもたちが笑顔になれる場所をクマがつくる、こんなにすばらしいことがほかにあるクマ?」
「いや、お前が納得しているならそれで構わない。施設はこっちで用意するから是非とも可哀想な孤児たちの親代わりになってあげてくれ」
「……まかされたクマ。……この国にきて今日ほどうれしい日はないクマ」
なんてこった。
ワイルドは体を震わせ、ネムリの提案を喜んで受け入れてくれた。
ネムリの子どもゆえにシンプルな発想が、ワイルドの子どものように純粋なこころに見事にマッチしたみたいだ。
俺はあとで目いっぱいネムリの頭をなでてやることを誓った。




