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理想主義

「わたくしの考えはシュージ様のお気持ちに沿うものと思います。わたくしはこのアルヘルム王国が清らかで優しい国になってほしいのです。シュージ様、アレクセイ様、どうかわたくしにお力を貸していただけませんか?」


 俺はアレクセイの顔をちらと見た。

 彼は顔色ひとつ変えることなく、沈黙していた。

 あれは自分の損得を計算しているな。

 貴族、領民を統治する立場にある者として、そして王に仕える身としてどういう答えが適切か、それを考えているのだろう。

 アレクセイはゆっくり口を開いた。


「さすがです、レイニア姫。殿下のお志には感服いたします。このアレクセイ・ラム・デ・ゴールドウィン、微力ながら可能な限り、お力添えすることをお約束いたします」


 可能なかぎり、か。


「しかしながら、我が領内では現在、散発的に問題が発生しており、その対処もあって全力で助力することがむずかしい状況にあります。私の領主としての不明をお許しください」


 賢明な予防線の張り方だ。

 統治をする上で問題が起こらないことなどありえない。

 常に何らかの問題が起こるものだ。

 どこまでが本心で、どの程度の問題が生じているかはわからないが、嘘をつかず不快にもさせずに姫様への協力をうやむやにしたというわけだ。

 見事なものだ。


 アレクセイを参考にするわけじゃないが、俺は俺のやり方でいくしかないな。

 元々、伯爵位も棚ぼたで得られたようなものだ。

 お姫様を怒らせて剥奪されたらそれもまた運命。

 甘んじて受け入れるより仕方ない。


「俺も協力したいと思います。ただ、どこまで協力できるかわかりません」


「と、おっしゃいますと?」


 このお姫様は理想主義が過ぎる。

 俺が元いた世界でも、この世界でも、人の在り方が同じなら世の摂理もまた同じはずだ。

 人は全知でもなければ全能でもない。

 光あるところには闇があり、清浄の裏には汚濁がある。

 だから、


「人身売買や麻薬の密売の撲滅には賛同します。けれど、娼館など人の生理にかかわる商売についてはすべてを否定するつもりはありません」


 俺の言葉に、お姫様よりむしろパトリシアのほうが驚いたようだった。


「食欲、睡眠欲とならんで性欲もまた人が生まれ持った欲求の一つです。その解消を目的とした商売を頭ごなしに否定するつもりはありません」


 レイニア姫は俺の眼を見据え、


「では、娼館については現状を維持なさる、と?」


「それも違います。人身売買による不当な営業さえなくせれば問題ないと思います。ですので、俺は娼館の従業員の免許制を導入してはどうかと愚考します」


 隣でアレクセイがふむ、とうなずいた。

 それは肯定の合図か、あるいは嘲笑の表れか。

 パトリシアは驚きの連続で二の句が継げないようだった。

 そして、肝心の姫殿下はあごに手をあて、無言で考えること数秒、


「……わかりました」


 目を閉じ、それだけ答えた。


「レイニア、ほんとにそれでいいの?」


 パトリシアが食い下がるとレイニア姫はゆっくり目を開けた。


「為政者として理想を追求することは大切です。そこに希望があるから民はついてくる。ですが、民草の上に立つ者として下々の欲求に応えることもまた責務であるはずです。わたくしたちは煌びやかな世界に身を置いているせいで夢を見すぎるのかもしれません。この間の人身売買の現場を見て、わたくしの意識は大きく揺れ動きました」


 姫様は奴隷オークションを思い出したのか、両手で腕をさすった。


「あれが人の欲望なのですよ、パット」


 それはパトリシアへの説得というより、自分に言い聞かせているかのようだった。


「姫様の理想をないがしろにするつもりはありません。世界は全き清浄さに包まれてほしいものです。ただ、人の世の俗には穢れもまた厳然として存在する。我々が動物の摂理から離れられない以上、それは消し去ることのできない事実なのです」


 追い討ちとなる言葉に姫様は答えなかった。

 たぶん、あの奴隷オークションの現場で見た光景から人の限界を悟ったのだろう。

 そして、自分の理想がいかに空想じみていたかも。

 酷なことだが現実を受け入れてもらいたい。

 しかし、それにはレイニア姫はあまりに若すぎた。

 この世の実情を背負うにはその細身はか弱すぎる。


 彼女を肯定する支えが必要だろうと考えた俺はテーブルの下でひそかにアレクセイの脚を軽くはたいた。

 アレクセイはこくりとうなずき、


「姫様、お気を確かにお持ちください。あなた様のお考えは何も間違っていらっしゃらないのですから」


 アレクセイのフォローに姫殿下はおそるおそる顔を上げた。


「為政者が夢を見、民にそれを示すのもまた責務。今回はただ少しばかり夢がまぶしすぎただけでしょう」


「アレクセイ様……」


 ナイスだ、アレクセイ。

 絶望のあとにはすがるものが欲しくなる。

 それを用意してさしあげるのも俺たち王派閥の貴族の役割だろう。


「レイニア姫、無礼な言の数々、お許しください」


「いえ、良いのです。変に言葉を飾られるより、よほどあなた様の人となりが理解できました。そして信用することができると判断いたしました」


 強い女性だ。まだ若いのに国のことを心から考えて行動しようとしている。

 それにアレクセイの利発さも信用に足る。

 このメンバーなら王女様の望み通りとまではいかないが、近いことはできるだろう。

 この姫様になら力を貸すのもやぶさかではない、そう思った。

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