あの時のお嬢様
アレクセイと領民の統治について話していると、急に会場がにぎやかになった。
「おでましのようだね」
アレクセイの言葉に広間の入り口付近に目をやると、王様に続いて姫殿下、王子殿下が俺の叙勲式のときとは異なる、優美な衣装に身を包んで姿を現した。
王は威厳ある白と赤を基調とした格好、姫は白ベースに桃色がかった色合いのドレスを、年端の行かない幼い王子は目の冴えるような青の衣装に着られているような感じだ。
あれが貴族たち、平民たちの上に、そしてこのアルヘルム王国の頂点に立つ者たちか。
魔侯爵を討伐したときに謁見したかぎりでは俺に対して、冒険者に対して特別、偏見のない王に見えた。
善良にして賢い王に見えるが、そんな王をしてでも王派閥と貴族派閥のいさかいを食い止めることはできないのか。
むずかしいものなんだな、権力闘争ってやつは……。
王が現れると真っ先に行動したのは貴族派閥のダングスト侯だった。
礼をしてから王になにやら話しかけている。
王様の表情がやや硬いのは俺の気のせいではないだろう。
軍部との関係が深く、貴族派閥筆頭のダングスト侯が話す内容だ。
あまり気持ちのほぐれる内容ではないのだろう。
せめて俺の悪口でないことを祈っておくか。
王子のまわりには同じ年頃の子どもを連れた貴族らが集まり、王子は子どもたちとはしゃぎ声を上げ、大人たちは王子の侍女に話しかけていた。
たわいない話か、はたまた将来の王子とのコネクションづくりのための交流か。
アレクセイに忠告を受けたせいか、この広間にいる人間はすべて信用してはいけないような、疑心暗鬼の気持ちに駆られる。
そして、穏やかなアレクセイ本人もまた貴族の一人である。
もしかしたらアレクセイは自分も含めて貴族というものを信用するな、という意図で先の言葉を発したのかもしれないな。
そんなことを考えているとお姫様と気の強そうな金髪の女性貴族……あれはパトリシアか、二人が俺とアレクセイのほうに向かってまっすぐ歩いてくる。
ん、お姫様のふわっとしたキレイな金髪、どこかで……。
「ごきげんよう、レンドル南方伯」
「ご機嫌うるわしゅう、姫殿下」
俺に合わせてアレクセイも軽く礼をした。
なんだなんだ、貴族ですら俺なんかにさして関心などなかろうに、なぜお姫様が俺のところにやってくる?
「シュージ、伯爵位おめでとう。驚いたわよ」
「ありがとう。でも、なんでパトリシアが王女殿下と?」
「あら、言わなかったかしら? わたし、彼女と幼馴染みだって」
そういうことか。
なるほど、顔まではわからなかったが、その髪や物腰に今のパトリシアの言葉で理解した。
だが、それだと新たな疑問がわいてくる。
「南方伯、あなたの考えていらっしゃることはわかります。ですが、その困惑は今この場にふさわしいものではありませんわ」
「シュージ、あなた、このお姫様に目をつけられたのだから覚悟しておきなさい」
「まあ、パットったら……」
姫殿下とパトリシアは上品ながらも何やら剣呑な雰囲気でじゃれあった。
うう、女性のこういう緊迫感のある冗談のやり取りは苦手だ。胃がチクチクする。
「あまりたくさん話していると怪しまれますわね。南方伯、いえ、シュージ様。あとでわたくしの部屋に来てください。よろしければアレクセイ様も。パトリシアと四人で今後のことについて話し合いましょう」
俺の返答も待たず、簡単に礼をすると王女様とパトリシアは他の貴族たちの集団に挨拶しに行った。
風のように現れて風のように去っていったな。
「シュージ、いきなり姫殿下の誘いを受けるだなんて色男じゃないか。何をやらかしたんだい?」
「茶化すなよ。たまたま運命の糸が絡まっただけさ」
俺も俺で好き勝手に行動はしているが、それがこんな形で王族の人間とつながるとは思いもしなかった。
パトリシアの言葉を鑑みると、厄介ごとに巻き込まれつつあるというのかな。
俺は果実酒を口に含み、ため息とともに飲み込んだ。




