ワイルドの素性
小太りの支配人が横にずれると、頭から足の先まで全身に布をまとった巨漢が扉をくぐり、部屋へ入ってきた。
俺は即座に《状態目視》の魔法を発動させた。
大男の種族は……ワイルドベア。魔族もといモンスターである。
こいつが魔侯爵が言っていた魔族の一体で間違いないだろう。
レベルも50弱とそれなりの強さだ。
今すぐに、というわけではないが、いずれ戦うことになるだろう。
「……メゾッカどの、落札者どの、このたびはおめでとうクマ」
野太い声でゆっくり、おごそかに話すのに語尾で拍子抜けしてしまった。
ワイルドベアだからかは知らないが語尾がクマって、あんまりにもおざなりじゃないか。
だがしかし、モンスターが人語を話しているだけでもすごいことだからこれくらいの癖は仕方ないのかもしれない。
ワイルド様は口をもごもごと動かし、またゆっくりした口調でしゃべり出した。
「……落札者どの、奴隷たちをよろしくたのむクマ」
「え、ええ」
……なんだか様子がおかしい。
魔族だからと警戒していたが、ふつう売り払った奴隷の扱いを心配したりするか?
同じ違和感を仮面の女も抱いたらしく、
「一つ聞きたいのだけれど、あの子たちのことを気に掛けるならなぜオークションに出したのかしら?」
もっともな疑問だ。
問われたワイルドは口をもごもごさせながら答えた。
「……やむを得ない事情があるクマ。それとも買われた商品のことを気にかけるのが、そんなにおかしいことクマ?」
「そ、そうは言っていないわ。気になるのなら、ええ、まあ……」
困惑ぎみなお嬢様の言葉もまた然り。
答えたは答えたが、そもそも奴隷として売りに出すのなら「商品」の身の上を気にかけるなんて奇妙な話だ。
そんなに気になるなら初めから売りに出さなければいい。
どうにもその「やむを得ない事情」とやらが怪しいな。
その事情さえなければ、人身売買をする必要がないとでも言いたげだ。
もし、その事情をなんとかできれば人身売買の問題は解決できるかもしれない。
「ぐふふ、落札者様、商品の受け渡しと代金の支払いはまた後日、改めてということでよろしいですかな?」
小太りの支配人が確かめ、お嬢様も応と答えた。
「メゾッカ様の賞金はこちらになります」
今度は俺にずっしりと重たい布袋を渡した。
封を開けてみると銀貨が何十枚も詰まっている。
最後の試合さえなければ楽な金儲けだったかもしれないな。
「さて、今度は俺の話をしていいかな?」
「……メゾッカどの、クマにいったいどんな用事クマ?」
このワイルドベアが魔族なのは間違いない。
できればここを足がかりに、芋づる式にいっきに問題を解決してやりたい。
「あんたがこの人身売買を取り仕切っていると見た。でだ、できたら麻薬と娼館を取り仕切っているやつらにも顔を利かせてくれないかね?」
俺の要求にワイルド以外の誰もが多かれ少なかれ驚きを見せた。
「……それは顧客になる、ということではないクマね?」
「ああ。あんたと同様、麻薬と娼館の元締めとも会って話がしたい。それも全員いっしょに、みんなが儲かる話を、だ」
ウソである。
全員が一堂に会する機会をつくりたいだけだ。
そして、可能であれば話し合いで、不可能ならば力ずくで魔族どもをねじ伏せる。
それもついでに俺の貴族としての功績にしたい、というねらいもある。
なので会うとしても叙勲式で正式に爵位を得て貴族になってからになるだろうか。
ワイルドは少し考え、答えを出した。
「……わかったクマ。他の二人にも伝えておくクマ」
そして、最後に威圧するような殺意の気配を込めて締めくくった。
「……ただし、ほんとうにクマたちの利益になる話でなかったときは覚悟するクマ」
「そっちも腰を抜かさないよう、覚悟しておいてくれよ」
俺は虚勢を張ってハッタリで返してやった。
こういう掛け合いは勢いで負けたらおしまいだ。
あくまで心理的に優位に立つことで話を自分にとって有利な方向に導いていく。
交渉なんて上等なものではないが、戦いはすでに始まっているのだ。
主導権を握った状態で残りの連中にも会う。
そして俺の望むとおりに事を運ぶ。
王都の治安を良くしつつ、貴族としての俺の名声も高めてみせる。




