盗賊の男
冒険者ギルドを飛び出したはいいものの行き先がなかった。
しかたないのですこし走ったところにある商人ギルドに駆け込むことにした。
ひとまず怒りまくった男から逃れられればどこでもいい。
身を隠して、ほとぼりが冷めた頃合いに出て行けばいいだけだ。
「いてて、おいアンタ、いい加減、手を離せって!」
建物に入るとイカサマ男がおおげさに声をあげて俺の手をふり払った。
「お前な……」
逃走の原因をつくった男に呆れつつ、俺は優男のいでたちを確認した。
茶髪の長髪、細身で身長は俺と大差ない。
体には軽装のレザーアーマー、背中には小型の弓矢、腰にはナイフが両サイドに一本ずつ差してある。
その風体からして俺の直感が彼は冒険者、それも盗賊のクラスだと告げていた。
「おい、イカサマ盗賊」
「お、よくわかったな」
男は感心したように一つ口笛を吹いて近くのイスに腰かけた。
商人ギルドのなかは冒険者ギルドに似た構造になっており、商業手続き用のカウンターの向かいには簡単な酒場があった。
ただし、冒険者ギルドと違ってここには商業に関連する用事で訪れる客ばかりなのであまり酒場が繁盛している様子はなかった。
それも今は真っ昼間だ。
昼間から酒を煽っているようなやつは酒漬けのろくでなしか、クエストもまともにこなさない冒険者、つまりろくでなしくらいだ。
「おーい、注文いいかい?」
男はそのままテーブルに肘をついてウェイトレスを呼んだ。
「とりあえずエールと鶏肉のトマト炒め、チキンサラダでたのむ」
かしこまりました、とウェイトレスが去っていった。
「お前なぁ……」
俺は完全に脱力して同じテーブルのイスに腰を下ろした。
ケンカの直後とは思えない余裕のある笑みを浮かべ、料理を注文する姿から多少は冒険に慣れて自信がついていることがうかがえた。
「あのな、お前、自分のイカサマに人を巻き込むんじゃないよ。こっちはいい迷惑だ」
しかし、あまり誠実なやつではなさそうなことも同時にわかった。
「んな固いこと言うなって。そのおかげでアンタ、鳥の唐揚げ、食べられたじゃないか」
ぐっ……痛いところを突いてくる。
やっぱりこいつは誠実なやつじゃない。間違いない。