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君の名はエルスラ

 酒場でのどんちゃん騒ぎからネムリを避難させるため、俺は宿屋にもどった。

 相も変わらずケイウッドは他の冒険者たちと飲んでしゃべって、メルティエはベルナンディアを腿に乗せて恍惚とし、当のベルナンディアはガブガブとエールを煽っていた。

 子どものネムリには教育上あまり見せたくない光景だった。


「シュー、ボクたちはもう寝るの?」


「そうだぞ。ちゃんと寝ないと大きくなれないからな。ネムリも早く大人になりたいだろう?」


「うん! ボク、はやく大人になりたい!」


 ネムリはにこりと屈託のない笑顔を浮かべた。

 ああ、この素直でまっすぐな笑顔。天使だ……。

 酒場で飲んだくれている悪い大人たちのようにはなってほしくない。

 ネムリは俺が責任を持って立派な大人に育ててあげたい。

 彼女すらいたことのない俺だけど、親ごころとでも言うんだろうか、ネムリには無償の愛情をたっぷり注いであげたくなる。


「……しゅ……さ……」


 ネムリへの父性愛に目覚めかけていたとき、不意に音が聞こえた。

 いや、声といったほうが正しいか?


「シュー、いまなにか言った?」


「ネムリも聞こえたか?」


 俺とネムリが二人で訝しんでいるとまた声が聞こえた。


「……じ…………ま」


 どこからだろう?

 近いような遠いような、あるいは頭の中に響いてくるような。


「ネムリは何も言ってないよな?」


「うん、ボク、なにも言ってないよ」


 なんなんだ、これは。

 宿屋の一室、五人分のベッドが並んでいて部屋にいるのは俺とネムリの二人だけ。

 他には誰もいない。

 酔っぱらいの仲間たちはまだまだ帰ってくるはずがない。

 とすると、ゴーストか何かのモンスターの攻撃か?

 俺は警戒しながら四方を見回した。

 やはり誰もいない。


「ごしゅじんさま……」


「……え?」


 今度はハッキリ聞こえた。

 聞こえたけれど、内容がよくわからなかった。

 ごしゅじんさま……?

 まさか貴族に仕えていたメイドのゴーストとかではないよな?


「かしこまりました、ごしゅじんさま……」


 そのとき、俺の脳裏にいきなりパネルが開いた。

 自分のステータスを確認できる冒険者のあれだ。

 その表示の中で固有スキルの《無限の宝庫アナザーポケット》が点滅している。

 何がなにやらわからんが、とりあえず点滅している文字に意識を集中させてみよう。

 するとパネルが消失し、何事もなかったかのように元の静寂がもどってきた。


「なんだ、どうなってるんだ……?」


 目の前のネムリも不思議そうな顔で俺を見上げている。

 ……ん、俺を見上げて、いない?

 ネムリは俺の顔ではなく、俺の後方を見つめていた。


「ご主人様」


 急に背後で声がした。

 驚いた俺はネムリの隣に移動し、声のしたほうをふり返った。

 いまさっき俺が座っていたベッドの横に豊かな金髪を一本の三つ編みにしたメイドが突っ立っている。

 ロングスカートにエプロンを着け、頭にはヘッドドレス、青縁の眼鏡をかけていた。

 良家の屋敷にでも仕えていそうな清楚で上品な雰囲気のメイドだった。

 しかもかなり美人でスタイルもいい、というのはこの際、置いておこう。


「ネムリ、知ってる人?」


「ううん、知らない……」


 だよな……。

 怪しさ満点だが、スっと背すじを正して立っている様子から何か俺たちに危害を加えようというような意志は感じられない。

 とりあえず話しかけてみるか?


「あー、あの、あなたはいったい……?」


 俺が問いかけるとメイドさんは俺の前に膝をつき、俺の顔を見上げた。


「ご主人様、ご命令を」


 えええええ、どういうこと?

 隣のネムリを見るとネムリもさっぱり訳がわからないという表情でこっちを見ていた。そりゃそうだよな!

 と、とりあえず会話は交わせるみたいだから話してみよう。


「あのさ、ご主人様って、もしかして俺のこと?」


「はい。ご主人様はわたくしの命の恩人であり、わたくしの絶対なる主です」


 まったく意味がわからない。

 でも、あきらめてはいけない。くじけるな、自分。


「ちょっと待ってくれる? 俺は君のご主人様なわけ?」


「はい、おっしゃる通りです」


「なんで俺が君のご主人様なの?」


「貴方様がわたくしの命を救い、育ててくださったからです」


 待って待って、わからない。

 命を助けた覚えもなければ育てた覚えもないぞ。


「君の名前は?」


「お好きにお呼びください」


「えっと、名前がないの?」


「はい、個体名は持ち合わせておりません」


 ん、個体名?

 ということは種族名はあるってことか?

 でも、どう見ても人間なんだが。


「じゃあ種族名はあるの?」


「はい。スライム種のラージスライムがわたくしの種族名になります」


 あああ、わかった!


「君は俺がビンの中に入れて持ち歩いていたラージスライムなのか?」


「その通りでございます」


 なるほど、この金髪の美人メイドさんの正体はわかった。

 命を助けたっていうのはあれか、たしかゴブリンに追われていたのをテイムしたときのことか。

 育てたというのもいっしょに戦ってレベルが上がったということ?

 スライムはたしかに擬態する能力を持つものもいるけど、それがレベルが上がったことで知性を得て人間の姿になって出てきた、ということか?

 とりあえず一つだけ聞きたい。


「なんでメイド姿なの?」


「ご主人様が先ほど望まれたからでございます」


 ひええええ。

 たしかにさっきメイドのゴーストを想像したとき美人な金髪メイドさんを想像したよ!

 でも、そのとおりの姿で出てこなくていいだろう。

 これじゃまるで俺の性癖が金髪おしとやか眼鏡ボインメイドさん大好き!ってことになってしまうじゃないか。

 いや、けっして嫌いじゃないけど!


「えっと、なんで急に人の姿で出てきたの?」


「経験値を得るごとに知恵を身に付け、もっとご主人様のお役に立ちたいと願ったらこうなりました」


 うん、わかった。

 頭がいっぱいいっぱいだけど、とりあえずわかった。

 さしあたり、名前だけでもどうにかしたほうがいいのか?


「名前はないんだっけ?」


「はい、ありません。よろしければご主人様に命名して頂けると助かります」


 いきなり名前をつけろと言われてもなぁ……。

 スライム、金髪、メイド、ラージスライム、Lサイズ、スライム……。


「ん、ラージスライムのラージのLを取って、エルスラっていうのはどうだろう?」


「エルスラ、でございますか。かしこまりました」


 俺のとっさの思い付きに金髪メイドことラージスライムは素直に順応した。


「お名前を考案いただき、ありがとうございます。ではこれからはわたくしのことを、エルスラ、とお呼びください」


 ラージスライム、いやエルスラはその美しい顔に穏やかな笑みを浮かべた。

 こちらに向けられた整った顔立ちに、不覚にも俺はかわいいと思ってしまった。

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