さっそく揉めごと
酒場の料理のにおいが俺の空腹にクリティカルヒットを食らわしていたところ、突然、男の野太い声が響いてきた。
「ふざけんな! このイカサマ野郎!」
元々、にぎやかな酒場でもそれは談笑の声によるもの。
男の怒声に酒場の空気は一瞬、凍りつき、しかし次の瞬間にはわいわいガヤガヤと元のにぎやかな喧騒が戻っていた。
いや、むしろさっきより活気づいている気がするのは気のせいか。
見ると酒場の入り口近くの席でガタイのいい男と線の細い優男がテーブルを挟んで睨みあっていた。
より正確に言うと大柄の男が顔を真っ赤にして立ち上がっていて、優男はイスに腰かけて何食わぬ顔で木製の杯のエールを煽っていた。
テーブルの上にはヨレヨレのトランプみたいなカードが散乱し、皿には鳥の唐揚げがいくつか載っている。
やばい、あれはおいしそうだ。
思わずヨダレが垂れそうになるのを必死に我慢する。
「イカサマとは心外だね。負けたのはアンタのカードの腕前がオレより下だった、ってだけのことだろ?」
「この野郎……!」
男がテーブルを横になぎ倒して優男に詰めよる。
ちなみに卓上にあった鳥の唐揚げの皿は宙を舞い、俺がすばやくキャッチした。
これも女神アエラのお恵みか。
食べものを粗末にする罪深き者には神罰を。
そして、敬虔なる仔羊には鳥の唐揚げを。
つまんで口に入れると脂と肉汁が口の中いっぱいに広がった。
ああ、なんという美味!
俺はパクパクと鳥の唐揚げを平らげて女神アエラに感謝の意を捧げた。
「まったく、カードで負けたくらいでうるさい野郎だぜ」
「なんだと!」
「じゃあ、お望みどおりネタばらししてやるよ。そうだな……そこでいま鳥の唐揚げを平らげた男がオレにサインを出していたのさ」
……は?
「そいつがサインを出してくれていたからアンタの手札なんざ丸見えだったぜ。ま、イカサマなんかにダマされるほうが悪いってことで、この金はありがたくもらっていくぜ。授業料だとでも思いな」
優男の言葉によって俺のまわりの人垣が割れていく。
大柄の男の怒りに満ちた視線が一直線に俺に注がれる。
おいおい、あの優男、何いってくれちゃってるの?
俺まったく関係ないんですけど。
いや、鳥の唐揚げ食べちゃったのはアレだけど、食べものをムダにしないという善意によるものだしさ。
なんて心のなかの言いわけが通用するはずもなく。
大柄の男がのっしのっしと俺に向かって近づいてくる。
ああ、なんだこの展開……。
いや、腹は膨れたけどさ。
なんでいきなり関係ない連中のいざこざに巻き込まれてるんですかねぇ。
「おい、イカサマ野郎のお仲間さんよ」
俺の目の前で立ち止まって、男は敵意剥き出しの視線を向けてきた。
「てめえのせいで大損こいちまったんだがよ。この落とし前はちゃんとつけなきゃいけねえよなあ」
まったく、この状況どうするよ。
手持ちがないから金は支払えない。
戦う? 逃げる?
「二度とイカサマなんざできないようにしてやるよ」
男が指の骨をバキバキ鳴らして完全にケンカモードに入っている。
気づけば周囲の冒険者たちはやっちまえ!だの、ぶちのめせ!だの無責任なヤジを飛ばして一層、盛り上がっている。
やれやれ、こうなったら手は一つしかない。
「あ、あそこにすごい美人の冒険者がいるぞ!」
酒場の奥を指さすと同時に駆け出した。
男が思惑どおり指さしたほうを向いた隙に優男のところまで走り、腕をつかむ。
「お前、ちゃんと責任取れよな」
男がこちらに気づく前に優男の腕を引っぱり、すぐ近くの扉から酒場の外へ逃げ出した。