俺は人間だから
「だいぶ話し込んでしまったな。冥土の土産話としては十分に得るものがあったのではないか?」
「ああ、いろんな話が聞けたおかげで悔いはない」
俺の脳裏を仮定の話がよぎった。
もしも、こいつが悪魔などではなく、人間や他の種族として転生してきていたら、非道な考え方を持つこともなかったのではないか?
もしも、別の形で出会えていたら、おなじ転生者同士、杯を打ちつけあうような仲になれたのではないか?
「さて、死ぬ準備はできたか?」
俺は頭の中の考えを切り捨てた。
「もしも」なんて存在しない。
やり直しだってできない。
なぜなら、これはゲームではなく現実だから。
どんなに「コレクターズ」に似ていても、この世界はこの世界として生きているのだから。
そして、やつは平然と人間に危害を加えるデーモンであり、俺は同族の人間が害されることに嫌悪感を抱く人間だから。
だから俺は、こいつを倒す。
「最後に一つだけわがままを言っていいか?」
「聞くだけ聞いてやろう」
「さっき話してくれた四大至宝を用いて殺してくれないか? 貴重なアイテムによって殺されるのであれば、俺にとってこれ以上ない満足な死に方だ」
「ふむ…………いいだろう。試し斬りにもなるしな」
デーモンは《魔穴》の呪文を唱え、小さな魔空間から剣と盾、そして首飾りを取り出した。
剣は水色に透き通った美しい剣だった。
盾はおそらく軍神を描いているのだろう、いかめしい男の顔が彫られてあった。
首飾りは翡翠のような美しい緑色の玉がいくつかと紋様が刻まれた金色のプレートが付いていた。
それら三つの至宝を身に付け、デーモンは俺に向かって剣と盾を構えた。
準備はすべて整った。
脳裏で「リミッター」を解除する。
わき上がる膨大な体力と魔力。
俺は短くスキルを唱えた。
「《狡猾なる強奪》」
デーモンの体が黄色く光った次の瞬間、俺の両手に剣と盾、そして首飾りが握られていた。
「な、貴様……!」
俺はすかさず至宝のアイテムを《無限の宝庫》にしまった。
「貴様、どういうつもりだ!」
「悪いな。俺はアイテムマスターを目指してるんだ。この世のレアアイテムはすべて俺が手に入れる」
「自分の立場を忘れたか!」
九割の皮肉と一割の悲哀を込めて答えた。
「忘れちゃいないさ。しおらしいフリをしてお前をだまし、情報とアイテムをいただいてからお前を倒す。間違ってるか?」
「狂人め!」
グレーター・デーモン・イビルは両手を合わせ、魔力を充填していく。
これはおそらく邪悪魔法のシルバークラス。
「死ねい! 《滅殺の悪夢》!」
髑髏の形をした怨霊の群れが放たれる。
俺は片手をかざし、
「《滅殺の悪夢・二重》」
おなじ魔法を三倍近い威力で撃ち返した。
俺の放った髑髏の怨霊がデーモンの怨霊をも飲み込み、やつの体に食らいついた。
「ぐおおっ!」
さすがに魔族のデーモンに邪悪魔法はあまり効かないようだ。
攻撃を受けて呼吸を荒らげてはいるが、さほどダメージは負っていない。
だが、デーモンは何が起こったのか理解できない様子で叫んだ。
「貴様! 一体、何をした!」
「何って、おなじ魔法を撃ち返しただけだぜ」
「馬鹿な! 貴様ごときが邪悪魔法の、それも二重を撃てるはずがないだろう!」
「ウソだと思うなら《状態目視》で確かめてみればいいだろう」
デーモンは言われたとおり、俺に向けて魔法を唱えた。
直後、やつの顔が恐怖と驚愕の色に染まった。
「ふ、不可能だ……。こんなこと、どうやって……」
「お前とおなじさ。俺も「コレクターズ」が好きだったんだ。ただ、俺のほうが偏執的なまでに愛していた、それだけのことさ」
やつが見ているであろう俺のステータスパネルには9の数字ばかり並んでいることだろう。
俺はかつてレベル、HP、MP、能力値、全スキル習得、全スキルレベル、全属性適性値、全属性抵抗値すべてにおいて最強を目指した。
あらゆるクラスをカンストさせ、さらに能力値低下率の悪いクラスでレベル低下の魔法トラップにわざとかかり、能力値向上率のいいクラスでレベルをあげ、またレベルを初期化し、ステータス画面のすべての数値がカウンターストップするまでやり込んだ。
金と時間を際限なく注ぎ込んだ、ある意味で俺の生き様、「コレクターズ」への愛を数値化したものだ。
「く、狂ってる……ッ!」
デーモンが《時空小箱》を解除しようとしたので、俺は即座に《探知逃れ》の指輪を装備し、その魔法の上からさらなる空間固定魔法をかけた。
「《原始の箱庭》」
やつの真っ暗闇の空間が消失し、その奥から俺が作り出した緑豊かな庭園が姿を現した。
穏やかな時間と空気が流れる緑の箱庭。
「馬鹿な! 馬鹿な……ッ! その魔法はゴールドクラスをも凌ぐクリスタル級の古代魔法……! そんなもの、常人が習得できるはずがない……!」
「これ、覚えるのけっこう大変だったんだぜ。アークウィザードとドルイド、大賢者、それにエルフ族の種族魔法、加えて自然と神聖適性を最大値まで上げたんだ。あれは大変だったな」
デーモンはすべてをあきらめたかのように膝をつき、俺に問うた。
「貴様は神か……?」
「ただの人間だよ。まあ時々、狼にもなるけどな」
俺は抵抗も逃避もやめたデーモンに近づいていった。
「お前、「コレクターズ」のこと好きだったんだろう?」
デーモンは地面に手足をついて沈黙している。
俺の言葉が届いているのかもわからない。
「俺もさ、大好きだったんだ。だから……」
俺はデーモンの頭に向けて手をかざした。
「もし、また生まれ変わってくることがあったら、今度はこの世界を否定するんじゃなくてさ……」
手のひらに魔力を集中させ、ゴールドクラスの神聖魔法《空の楽園》を極限まで威力を高めた《極》で発動させ、
「……俺といっしょに、冒険しようぜ」
目も眩むほどのまばゆい光がグレーター・デーモン・イビルを塵一つ残さず消滅させた。




