情報収集
俺は完全に戦意が失せたことを示すために人狼化を解いて人間の姿にもどった。
「ふむ、諦めの良さも肝心だ。最後までもがく姿ほど醜いものはない。賢明な判断に免じて苦痛を長引かせることなく殺してやろう」
デーモンの表情は勝利を確信した喜びに満ちていた。
これならいける。
俺はこの時とばかりに質問した。
「これから死にゆく者として、せめて悔いを残さず死にたい。餞別と思って俺の質問に答えてくれないか?」
やつは歓喜の笑みを浮かべ、
「いいだろう。何でも聞くが良い」
よっしゃあ!
「お前は転生がどうとか言っていたが、あれはどういう意味なんだ?」
俺以外のはじめて会う転生者だ。
なるべく情報は多く集めておきたい。
「私は以前、別の世界に生きていた。そして「コレクターズ」というゲーム……まあ遊戯だな。それに熱中していた。だが、ある時そのゲームがサービスを終了してしまい、途方に暮れた私は街をさまよい歩き、気付いたらトラックという乗り物にひかれ、死んでしまった」
やっぱり転生の条件って死ぬことが必要なのか?
「そして気が付いた時にはこの世界の王国の貴族として生まれ変わっていた。奇妙にもこの世界は私が以前、熱中していたゲームの世界観と酷似していた。まあ、結局ただ似ているだけのくだらない現実だったがな」
そこがよくわからない。
俺は「コレクターズ」とほとんどおなじ世界に来れて嬉しいのに、こいつは嬉しくないという。
こいつにとっては世界が「ゲーム」であるかどうかの一点が重要だったということか?
まあいいか。
「それじゃあ、今回の魔侯爵の一件だが、なぜ王国の貴族という恵まれた境遇にありながらこんな事件を起こしたんだ?」
デーモンはすこし遠い目をして答えた。
「簡単だ。退屈だったからだ。日々、大した仕事もなくゲームもなく、王派閥だの貴族派閥だのと権力争いに明け暮れる貴族どもに付き合い、夜は知人間の付き合いで社交会の毎日だ。ああ、やはりゲームがないのがいけない。私にはゲームだけが生きがいだったのだ。あれさえあれば、私は満足することができただろうに……」
ゲームだけが生きがいだった、という部分には共感できた。
貴族だからといって思ったより充実した生活が送れるとは限らないんだな。
「ゲームの話ができる友もなく、生まれ変わりを信じる者もなく、私はこの退屈な世界に少しでも波を立て、おもしろおかしく生きてやろうと決めたのだ」
共感してくれる話し相手がいなかった、という点だけは同情できなくもない。
俺もいまの仲間たちに出会えていなかったら、もっとみじめで退屈な日々を送っていたかもしれない。
しかし、だからといって罪のない人々を巻き込んで事件を起こそうとするのは違うと思う。
「お前の他に生まれ変わった者がいないのはわかったが、たとえばおなじデーモンや魔族の仲間はいなかったのか?」
「貴様、いい勘をしているな」
デーモンはニヤリと含みのある笑みを浮かべた。
「私の他にも魔族はいる。王都に、私ほどの強者ではないが三人か。王家や貴族には私だけだが、王都の人身売買や麻薬の密売、娼館の経営など裏社会の商売にはそれぞれ同胞が介入して活動を行っている」
ゲームの「コレクターズ」ではありえない、現実社会の闇の部分とでもいうべきものか。
「その様子だと貴様は知らないだろうが、いま世界は闇に覆われようとしている。邪教の司祭が邪神ダースデワルズの託宣を受けた。近々、魔王となる者が現れるらしい。そのために世界中でモンスターは活発化し、各国にも魔族の者が潜入して情報を集めている。まあ、私はうさんくさい話だと思っているがね」
たしかケイウッドがここのところモンスターの動きが活発になっていると出会ったころに言っていたか。
だが、まさか王国内だけでなく、世界規模で魔族が活発に行動しているとなると見過ごせない。
「コレクターズ」にそっくりなこの世界が自然の成り行きで変化していくのであればともかく、邪悪な意志によってねじ曲げられてしまうのは放っておけない。
俺は次に肝心な質問をした。
「俺はめずらしいアイテムを見るのが好きなんだが、この世にはどのような貴重なアイテムがあるか知っているか?」
「何をもって貴重とするかだが、とりあえず私が没頭していた「コレクターズ」というゲーム世界と比較してみるなら……」
おお、それ最高の比較方法!
「……この世界にしか存在しない貴重なアイテムはあまり多くないな。基本的には各国の統治者や優れた力を持つ者が所有する秘宝や神器くらいか。他の国は知らんが、私の知る王国内では四大貴族が保守することになっている四至宝がそれだな。まあ、暇潰しに私以外の三人のうち、二人から奪ってやったが、貴族であるためモンスターと戦うこともなく、使い道もない。宝の持ち腐れだ」
なんという僥倖か。
お前が王国の四至宝のうち三つを所持しているとは。
これは何としてでも手に入れなければいけない。
「最後の質問だ」
長々と話し込んでみれば共感できるところもあるやつだった。
置かれた状況を考えれば同情だってできる。
こいつ自身も自分の身の上話ができて、まんざら悪い気分でもなかったのではないか?
だが、こいつが本質的にどういう性質の持ち主であるかを俺はしっかり見極めなければならない。
「フレッシュ・ゴーレムをつくるための新鮮な人間の死体、あれはどうやって調達したんだ?」
眼前のグレーター・デーモン・イビルは表情ひとつ変えることなく、
「王都の人間をさらって殺した。平民もいたが多くは貧民窟のゴミどもだ。死んで悲しむ者もいない。むしろゴミの掃除もできて一石二鳥だった」
やはりか。
人の迷惑も顧みずに魔侯爵事件を起こした時点でそんな気はしていた。
「こんな世界、元々はゲームから生まれた世界だろうからな。私のように元から生きていた者と違い、この世界の人間がいくら死のうが気に留める必要もない。貴様も……いや、転生を経験したことのない者に同意を求めても詮ないことか」
デーモンは小さくため息をついた。
いいや、たとえ転生していてもお前の意見には同意しかねるね。
「コレクターズ」に似ているだけだと?
人間がいくら死のうが気にならないだと?
あれだけ愛した「コレクターズ」にそっくりな世界で生きる、これ以上の喜びがあるものか。
そして、この世界で実際に命を燃やして生きている人間たちと笑い、泣き、苦楽を共にすることにどうして価値を見い出せないんだ。
生きた人間の喜びにも悲しみにも共感できず、あまつさえ平然と虐殺できるお前は、なるほど、たしかに立派なデーモンだよ。




