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メッセージ

 ここは、大きな港町だった。ヨーロッパの港のようだ。スペインかもしれない。そして、俺は大きな船に乗り、出航する。離れていく岸が、俯瞰(ふかん)で見えていた。

「また、1人だ……」

 この国を離れる。この街には、割と長くいたようだ。次の国に行くために、俺は船に乗った。俺は、旅人らしい。商人かもしれない。若く、白いターバンの様なものを頭に巻いていた。肌の色は褐色で、長いこと旅をしているからか、肌はひび割れたようになっている。ずっと、こうやって移動した人生を過ごしている。自由だ。この人生に、不満はないはずなのに、体に流れる込む感情は、ただ1つ。

「俺は、また、1人だ」


 ここで、藤崎は目を覚ました。時計を見ると、6時前だ。

 最近、毎日のように夢を見る。広島に来てから、毎日だ。そして、その夢はいつも、自分が旅をしている夢。

 昨日は、機関車か、汽車かに乗って、流れる車窓をずっと見ていた。あれは、大陸の鉄道なのか。荒涼とした赤土の大地を、硬い電車の振動を感じながら、ずっと見ていた。

 心にあるのは、「また、1人だ」という感情。

 その前は、キャラバン隊にいる、少年だった。大陸の西と東を継ぐ道を、やはりずっと旅していた商隊の一員。少年なのに、周りに家族はいない。やはり、1人なのだ。

「何か、あるのか……」


 広島に来て、無事受注に漕ぎつけた。施主との打ち合わせも順調で、予定通りだ。今のところ、仕事に焦燥感はない。

 藤崎は、ベッドから出た。カーテンを開け、目の前に広がった景色に、目を細める。瀬戸内の尾道水道の景色が眼前に広がる、高台のホテルに泊まっていた。光に包まれた水面が、キラキラ光っている。

「璃帆が見たら、喜ぶだろうな」

 と1人つぶやいたところで、LINEが入った。シンクロしてるな、俺達……。

「おはよ。今日も、こちらはいい天気です」

 最後に太陽サンサンマークが付いている。

「電話にしろって、言ったのに」

 思わず微笑む。


 璃帆は、よっぽどのことがない限り、電話をしてこない。もちろん、仕事の邪魔にならないようにとの配慮だろう。こういった、小さな1つ1つが、藤崎を安心させた。

「こっちも、いい天気だよ」

 メッセージと共に、この朝の光に包まれた、港の写真を添付して、返信した。

「うわ〜最高! ありがとー! 今日も、頑張ってね」

 と、予想通りの返信が来る。瞳をキラキラさせている姿が、目に浮かんだ

「璃帆も」

 と、口にするが、もう、返信はしない。それで、璃帆は十分だと分かるのだ。


 璃帆と離れているから、あんな夢ばかり見るのだろうか。いや、それは違うと、不思議な確信がある。まだ、光を眺めながらぼぉっとしていた藤崎の頭に、突然声がした。


「許しなさい。そして、手放しなさい」


 あの、女性の声だ。「手を取れ」といった、あの声。

「誰を許して、何を手放すんだ……」

 藤崎は諦める。これ以上の声は、いつもない。でも、きっとそうなるように、全てのエネルギーは流れているような気もしてくる。そう、璃帆に会えたことのように。

 藤崎は、もはや分かっていた。手を取れとは、璃帆のことだったと。

「さあ、仕事に行くか」

 朝の支度を始めた。


 今回の施主は、尾道に昔から住んでいる、会社を経営している社長だ。62歳。

 この坂だらけの立地を生かし、更に住み易くと、建て替えをする。次の世代のことは、全く考慮しなくてよいという、当初からの指示だった。

「しかし、よくもこうまで坂を生かしたプランを、提示してくれた。意匠もそうだが、生活もしやすそうだし。できるのが、楽しみだよ」

「私、昔から高台からの眺めが、大好きで。こんな素敵なロケーションでの設計ができることは、本当に楽しい作業なんです。空を、飛びたくなりませんか? こんな景色を毎日見ていたら」

「嗣海と同じことを言うな。なぁ」

 と、社長は奥さんに話しかける。

「ツグミさん……、ですか?」

「初孫なんですよ。藤崎さんは、まだ会ってないわね。娘の、初めての子供です」

「あぁ、お孫さん」

「今日、来ると思うわ。嗣海ちゃんがね、家に来るたびに言うの。鷹になって、飛んでみたいって」

「鷹……、なるほど。上昇気流を掴むには、この立地は最高ですからね」

 藤崎は、一瞬、目眩がしたような錯覚を感じる。

 飛び立った瞬間、体に風を受け、すごい力で上空に引き上げられる。そして、眼下に広がるのは、さっきまで自分がいた陸地が、ジオラマの様になった世界……。耳に届くのは、風を切り裂く音だけ。


 我に返る。藤崎は、慌てて出されたお茶を一口飲んだ。

「今のは、何だったんだ……」

 社長や奥さんを、見る。奥さんは社長にお茶を渡していて、2人共こちらには気づいていなかった。それぐらい、ほんの一瞬のことだったのだと、確認できた。


「設備のことを、もう少し詰めたいんだが、いいかな? 女房がうるさい……」

「はい。台所と、お風呂の件ですね」

 気持ちを、仕事に戻した。


 その晩見た夢は、今までとは、少し違っていた。

 明らかに、日本と分かる。俺は、狩衣(かりぎぬ)とか直垂(ひたたれ)とかいわれる着物を着ていたから、平安辺りの時代だろう。また、旅をしている青年だった。

 位が高い訳ではないのだろう。戦の影響で、生まれた土地を離れなくてはならず、旅をしていると分かる。

 何が違うかと言えば、誰かを探している場面が、鮮烈に記憶に残っていることだ。

 両脇に見事な竹林が、ずっと続いている。竹藪を切り開いたかと思われる道だ。誰かの名前を呼んでいるのだが、はっきりしない。その人が、道の前方にいるのを見つけた。俯瞰(ふかん)の眺めである。そう、この眺めは、昼間一瞬見た、鷹の目で見た世界だ。

 俺に呼ばれて、彼女は振り返る。が、そこに立ち尽くして、泣き崩れてしまうのだ。


 そこで、目が覚めた。

「夢、だぞ……」

 自分に言い聞かせる。この、胸の痛みはなんだ。すごい後悔の念が、藤崎を襲っていた。振り返った彼女は、璃帆だったのだ……。

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