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変化

 あんなに好きだった肉が、食べられない。ファストフードも、刺激の強いものもダメになっていた。藤崎は、おにぎりを頬張りながら、頭を抱える。

「あなたのエネルギー体が、急速に変化してるの。こんなふうに来るとは、思わなかったけど、きっかけさえあれば、いずれはこうなってたわよ」

 ドヤ顔で、母に言われた。熊本から帰ってきて早々、家に居座られた。もう、いいからと何とか2日目には追い出したが、「この際だから」と説明された話を思い出して、藤崎は虚ろになった。


 母によると、藤崎の能力は、本当は母以上だというのだ。小さい時から、人には見えないものを見て泣いたり、笑ったりしていたし、藤崎が怖がって近づかなかった人が、その後すぐに亡くなったり、確実に母の家系の能力だという。

 だが、お釈迦様を見てから変わったという。人にそのことを話して、バカにされ、笑われて、心を閉ざしてしまったというのだ。

「神様に『もうこれは、いりません』って、お願いした」

 と藤崎が言った日から、本当に、そういうものが見えている素振りが、なくなったらしい。慌てて母が確認すると、

「うん。もう見えないよ」

 と、言ったというのだ。藤崎には、全く覚えがなかった。

「参ったな」

 早々に食事を終わり、図面に目を落とす。やらなければならないことが、山ほどあった。


 あの日、良太がしづを連れて行った日、最後にものすごい光に包まれた。目が開けられないほどの光量だというのに、暑くも苦しくもない。ただ、優しさと労りと、愛情に満ち溢れた光……。頭の中にすごい量の情報が、一度に流れてきた。

 それは、魂のことだとか、人として生きる意味とか、なぜ苦しみが存在するのか、偏るのではなく中庸が重要だとか、最終的には、愛が全てであると締めくくられた、メッセージの数々。とても、処理できる量ではなかった。ただ、その言葉全てが、藤崎の心を貫いていったことは、確かだ。

 このことは、まだ誰にも話してなかった。


 その後、あの体の不調が始まった。母曰く、これは始まりであって、今、体調が良くなったからといって、終わるわけではない。あなたにはあなたの使命があるのだと、受け入れる日が来るわ、とのことだ。


 もう、いい。藤崎が仕事に専念しようとしたところで、先輩設計士の梶原(かじわら)に声を掛けられる。

「来週、広島に行けるか?」

「はい、大丈夫です。ご心配掛けました。長谷川邸のプランは、もう用意できていますので」

「そうか、良かった。倉敷邸を見てのご指名だからな。お前じゃないと……。頑張れよ」

 梶原にはいつも、何かと気にかけてもらっている。大学の2年先輩になる。

 広島には何度か打ち合わせで、行っていた。今度のプランで、受注に至るだろうと自信はあった。が、現地の施工会社や材料屋などとの打ち合わせを、今からしていかないと後手に回る。多分1週間程度の出張になると思われた。

 璃帆に会いたいと思っていた。先週の休みが、キツかったなと、独りごちる。まぁ、いざとなれば、10分でも会えればいいかと、自分に言い聞かせて仕事に戻った。


「それは、どういう事ですか?」

 璃帆は、会社帰りに藤崎の母、美千代と会っていた。

「つまりね、しづさんとの出会いが、龍一を覚醒させたということかしら」

 熊本から帰ったお母さんが、数日藤崎の家にいたことは、聞いていた。もともと、藤崎の実家は鎌倉にある。この母の生まれた家でもある。藤崎の父親は、婿養子らしい。2人姉妹の長女であるこの母が、実家を継いだとのことだ。そして、美千代の家系は、代々ヒーラーを務めてきたというのだ。昔は、もちろんヒーラーなどという言葉はなかったから、巫女の様な扱いで、見えざる者の神託等を伝える役目を担ってきたというのだ。


 璃帆は、藤崎にその力があるという、あの時の自分の考えが正しかったのだと思うと同時に、現実のこととは思えない出来事に、さすがに少し(ひる)んでいた。

「あの子が、お釈迦様を見たのは、知ってる?」

「はい、龍一さんから聞きました」

「そう。その話ね、多分大人になって話したのは、あなたただ一人だと思うわよ」


 ――笑わないって、約束できる?


 璃帆は、驚く。同時に、信用してもらえたことも、嬉しかった。

「本当は、あの子、すごく力を持った子なの。それを、自分で封印してしまった。それが、あなたと出会って、エネルギーの流れが出来たんだと思うわ。結果、今まで封じ込められていた扉が、開いたっていうことかしら」

「では、龍一さんは、今までと変わってしまうということですか?」

「本質的なことは、一緒よ。でもね、あの能力のせいで、周りが変わることは、よくあるわね」

 璃帆は、黙ってしまった。「周り」の中に、私も入るのか。分からなかった……。


「それと、私がヒーラーとして存在していたことで、ひどくあの子を傷つけてしまったことがあるの……。あの子が中学生の時に――」

 そこまで聞いて、慌てて璃帆は声を掛けた。

「お母さん、ちょっと待っていただけますか。申し訳ないのですが、そのお話は、私、聞けません……」

 おや、という顔をしたお母さんが「なぜ?」と、表情だけで聞いてくる。

「怖いかしら?」

「いえ、もちろん、聞きたいです。今は、龍一さんのこと、本当に色々知りたい……。でも、それは、本人から聞くべきだと思います。彼が話さなければ、私は知るべきではないし、一生聞かせたくないと思っているなら、一生聞いてはいけないと思うんです。折角、お時間作って会って下さったのに、すみません……」

「なるほど……。私が、いけなかったわね。つい、自分の子供のことだと、目が曇ってしまって。ありがとう」

「いえ、ほんとに、すみません」

「ただ、これだけは知っておいて。あの子は、その傷のせいで、多くのことを犠牲にしてきたの。もしかしたら、あなたのことまで、諦めてしまうかもしれない。だから、必ずどうしようもなくなったら、私に教えて欲しいの。これは、私が背負うべきことだから」

 璃帆は、ただその言葉を真摯に受け止めた。そして、必ずそうしますと約束した。


 土曜日の午後5時、藤崎から電話が掛かった。

「夕食、一緒に食べよう。やっと、時間ができた」

「どこに行けばいい?」

「飲みたいから、電車で。俺の家のそばに、美味しい居酒屋があるの。どう?」

「藤崎君、そこなら食べられるものあるの?」

「あるある」

「じゃ、6時集合ね」

「待ってるよ」


 その店は、60歳後半と思われるおかみさんがやっている、お袋料理が自慢の居酒屋だった。カウンターには大皿料理が並び、お酒は日本酒に焼酎がメインで、ワインなど洒落たものはない。

「あら〜、藤崎君の彼女さん? 綺麗な人ね〜。これからも、ご贔屓(ひいき)にね」

 と、お通しを出しながら藤崎をイジる。藤崎が嬉しそうにしていたから、璃帆も嬉しくなった。

「どれも、美味しそう。藤崎君、頼んで」

「いいよ。璃帆が好きなもの頼んで」

「一緒に、美味しいねって言いたいじゃない。頼んで」

 と、コソコソ話をしていたら、

「あんまり仲が良すぎると、俺が邪魔するよ〜」

 と、藤崎の隣にいた男性が割り込んできた。もちろん、酔っている。

「藤崎が彼女連れてきたの、初めてだもんな〜。みーんな、興味津々」

 と、何気にデスられ、藤崎が口を尖らす。

「ダメですよ。口きくの、禁止です。特に、渋沢さんは、半径3m以内、侵入禁止!」

「うわ〜、ケチくさ〜。藤崎が潰れたら、後でゆっくり話しましょうね〜、彼女さん」

 楽しい面々である。こんな仲間がいて、藤崎は、結構楽しく過ごしてきたのだと、璃帆は少し安堵した。先日聞いたお母さんの言葉が、少し引っ掛かっていたから。

「そうですねぇ。その時は、よろしくお願いします」と返すと、

「話分かる〜。お前と大違い」と、藤崎を小突いていた。

「誰が、潰れるか!」

 まだ一杯目だというのに、ほんのり赤くなった頬を見て、思わず小さく声を掛けた。

「藤崎君、お酒も飲めなくなってる?」

「どうも、そうらしい。よし、今日は食べよう。俺が頼むから。それで、いい?」

 返事の代わりに、ニコニコ笑って答えておいた。お腹が、空きました!


 店を出て、2人で手を繋いで歩き出す。

 ここを曲がれば駅に向かう、という角に来た時、藤崎が璃帆の腰を引き寄せた。

「今日は、そっち行かない。こっち」

 こっちは、藤崎の家の方だ。

「藤崎君……」

「今日、お袋から聞いた。この間、会ったって」

「ごめんなさい。黙ってて。お母さん、すごく心配してらして。しづさんと良太のこと、話したの。で、今後藤崎君が変わるって言われて……」

「怖くなった?」

「藤崎君は、藤崎君のままだって。だったら、私は大丈夫……」

 と、藤崎の腕にそっとしがみつく。やはり、怖いのかもしれない。

「璃帆。ほんと、それ、ダメだから。もう、今日は俺の家に、お泊りだな」

 何がダメなのか自覚していないらしく、不思議そうな顔をしながら、藤崎をじっと見つめていたが、最後には恥ずかしそうに呟いた。

「優しく、してね……」

「璃帆。ほんと、ダメ……」


 日曜の日の出の光が、カーテンの隙間から差し込んでいた。

 そっと開けて、璃帆は目を細めた。太陽の光が雲間から差し込み、「天使の階段」を作り出している。しかも、見渡す限りである。

「綺麗……」

 思わず、呟いた。

 藤崎の部屋は、7階にある。景色がよくてここにした、と言っていたのを思い出す。


 昨夜の衝撃は、多分一生忘れないと思った。藤崎のキスが溶けそうなのは分かっていたのだが、体が一つになることは、その比ではなかったのだ。魂まで、溶けるかと思った。

 今も、その幸福感が、璃帆の体を包んでいる。

 

「璃帆……」

 起きてきた藤崎が、後ろからそっと抱き締める、光の景色に、藤崎も思わず息を止める。

「綺麗だな……」

「うん」

 首筋に、唇を這わせながら、藤崎がささやく。

「お袋が、君が昔の話を聞かなかったと、教えてくれた」

「うん……」

「もう一度、抱かせて」

 そう言って、璃帆をベッドまで連れて行く。


「藤崎君、これ……」

 璃帆は、藤崎の右腕の、上腕の内側を、そっと触りながらつぶやく。

「気が付いた? 俺も、昨日気が付いた」

 そういって、藤崎は璃帆の右腕の同じ場所に、そっと唇を当てる。

「形まで似てるだろ?」

 そこには、2人とも小さなアザがあった。横3cmほどで、楕円の様な形をしている。

 そのまま、藤崎の愛撫が続いていく。

「うれしい……」

「ん……、そう?」

 本当に嬉しそうに言う璃帆の声を聞いて、思わず璃帆の柔らかい体から、顔を上げる。

 顔を覗き込んだら、璃帆が首にしがみついてくる。

「お(そろ)いみたいで、すごくうれしい……」

 笑顔が、ずるい。思わず唇を深く重ねて、からませる。全身が、一度に熱くなる。

 あぁ、誰にも渡さない……。

「俺、今日から1週間、広島に出張なんだ」

「1週間……。長いね……。LINEなら、連絡してもいい?」

「ダメ。電話じゃなきゃ。声を聞きたい」

「う……ん。じゃ、待ってる……ね……」

 もうそれ以上、璃帆は言葉を続けられなかった。また、魂が溶けていった。


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