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芽生え

 璃帆のLINEに、藤崎からメッセージが届く。

「手首、大丈夫?」

「なんとか、マウスは動かせるから、大丈夫」

「無理は、ダメだよ。木曜日、野球だからね」

「楽しみにしてる。お仕事、頑張って」

「うん、連絡するよ」

「待ってる」


 璃帆は、そっと唇に指を当てる。あのキスは、今思い出しても体が熱くなる。触れただけなのに、溶けそうだった。

 藤崎が、璃帆にとって、特別な存在になっていく。今になって、ドギドキする。一緒にいると、安心感のほうが強くて、初めてのデートだったということも、忘れていたのに。


 藤崎は、帰りの車中で思いがけないことを言った。

「どうして、俺だったんだろう……。今まで、あんなことは、一度もなかったのに。璃帆ちゃんは、そんな能力がある人なの?」

「私には、見ることができない。知ってるだけ。ううん、知ってると思ってるだけ。だから、夢を見始めたのも、この1ヶ月ほどだし。藤崎君が見つけてくれるためだったんじゃないかって、今は考えてる。藤崎君が、きっとその力を持ってるんだと思う」

「それは、ないよ」

 あまりにそっけなく言うので、嫌なのかと思い、その後はその話はしなくなった。


 人は、生まれ変わる。

 私の中では、それは確信としてある。だが、こういったことを、全く信じない人もいる。そのことを、私は否定しない。

「カルマ」という言葉を知ったのは、15歳の時だった。私の両親は、特段熱心な仏教徒でもなければ、新興宗教の信者でもない。ただ、「肉体」と「魂」は別に存在していて、「生まれ変わる」ということは、何となく信じてはいた。それがいつからなのかは、覚えがないが、だから、「カルマ」の存在について知ったときは、衝撃だった。


 今の人生は、他人への前世での借りを返し、魂の成長をするためのもので、それを成し遂げない限り、また次の人生でも同じことを繰り返す。その借りが、「カルマ」といわれているものだ。

 借りは、他人へのものばかりではなく、自分の中の克服しなくてはならない課題も含まれている。

 例えば、人を妬まないこと、恨まないこと、拒絶しないこと、傷つけないこと、暴力をふるわないこと、慈しむこと、敬うこと、信頼すること、許すことなど、人によって実に様々で、その深刻さも全く違う。最終的には、愛することを学び、神に近づいていく……。いや、戻っていくというべきか。


 もともと「魂」は、愛であり、3次元のように実存するものではない。目に見えない、エネルギー体といえる。そしてそれは完璧なものであり、敢えて言葉にすれば、「神」であり、「絶対的な存在」と言い変えられる。

 そのエネルギー体が、「痛み」を体感できる「肉体」を持つことにより、愛以外のものも、抱えることになってしまったと記述されていた。

 本来は「肉体」を持つことで、愛をもっと体感し、魂をワクワクさせ、興奮に満ちた経験をするだけの筈だったのに、その代償として、その反対の体感も経験することになってしまった……。プラスマイナス、どちらかだけでは成り立たないらしい。


 しかも、ここからが1番ショックだったことだが、なんとその課題は、自分で生まれる前に決めてきているというのである。次の人生では、これを学ぼうと。

 その課題を克服するために、生まれる環境や、抱える病気、身体の特徴、出会う人々、全て「自分で選んで」生まれてくるとされていた。


 そんな特集が、女性ファッション誌に特集されていて、高校生の同じ部活だった仲良し5人組みで、興奮して読んだ。部活そっちのけで、皆で話し合い、

「いつ魂は、体に入るのか」

「課題をクリアしなければ、次の体になった時、どんどん課題が増えるばかりなのか」

「自殺はどうなるのか」

「クリアするとは、そもそも何なのか」

 などなど、疑問は増え続け、私たちの生きる指針が、あの時、定まったかの様に思ったものだ。

 その後璃帆は、その知識を広げるために、文献をよみ、公演を聴き、セミナーに参加したりして、ずっと勉強してきた。だから、知識だけはあるのだが、今回のように、自分で経験することは、初めてだった。なぜそんなことが急に起こったのか、やはり、自分の能力ではなく、藤崎の力によるものだと、漠然と感じていた。


 木曜日、会社で昼食の休憩に入った直後、LINEが入った。

「今日、ゴメン。行けなくなった。」

「どうしたの? 忙しい?」

「ちょっと、体の調子が悪い」

「熱は?」

「大丈夫、心配しないで。本当に、ゴメン」

 慌てて、電話に切り替える。

「もしもし」

「もしもし……」

 苦しそうな藤崎の声がした。

「ごめん……ね、ちょっと、起きれなくて」

「会社は?」

「昨日、早退……」

 何でもっと早く教えてくれなかったのか。

「家に、行くから。住所教えて」

「大丈夫、本当に……」

「そんな声聞いたら、心配で、仕事なんかしていられない。お願いだから……」

 藤崎の、荒い息遣いが聞こえる。話すのも、しんどいのだろう。早く終わらせるために、決定打を放つ。

「もし、私が藤崎君だったら、どうする?」

 沈黙が流れたのち、小さな声が戻ってきた。

「そうだな……。ごめん、じゃ頼んでもいい?」

「何か欲しいものが、あるのね」

「水。ミネラルウオーター……。何にも喉を通らなくて……」


 朝から寒気がすると仮病を使い、午後から半休を取った。この際、使える手は全部使う。仕事での万が一の徹夜に備え、会社に置いてある着替え一式を持って、電車に駆け込む。途中、水とポカリを購入して、藤崎の部屋のドアの前に立った。


 中からカギが開く音がする。慌ててドアを開けて、愕然とする。藤崎の顔色が、土気色になっている。どこが、大丈夫なのか……!

「救急車、呼んだ方がいい……」

思わず、スマホに手を掛けるが、ベットに倒れ込んだ藤崎が止めた。

「月曜日の夜に、病院には行ってるから。クスリも受け付けない……」

「どうして、こんなひどくなるまで……」

 とにかく、ミネラルウェーターをゆっくり飲ませる。不思議なことに、高い熱があるわけではないのだ。病院でも、診断がつかず、一応風邪の処方と、吐き気止めの薬が出されただけのようなのだ。

「何も、食べられないって、どうすればいいの……」

 璃帆は、途方に暮れてしまう。もう、胃液しか出てこないような状態なのに、藤崎は苦しそうに吐き続ける。そっと背中を擦るしかしてあげられることがなく、見ているだけで涙が出てきた。しっかりしなくてはと、少しずつでも水分を取らせる。


 突然、藤崎のスマホが鳴った。画面には「母」と出ている。迷ったが、スライドして藤崎の耳に当てた。

「龍一、あなた大丈夫?」

「お袋か。何、大丈夫って……」

 藤崎は、必死で普段の声を出そうとしている。璃帆はビックリした。こんな状態なのに、母親にまで隠すつもりなのか……。

「あなた、私を誰だと思ってるの! 今、死ぬ思いしてるでしょ」

「……」

 藤崎は黙って、スピーカーモードにした。私にも聞かせるつもりらしい。

「あなた、今、体と魂がズレてるのよ。何があったか知らないけれど、1人じゃその状態は抜けられない。お母さん、今、熊本なの。すぐには帰れないのよ。誰か、私のお弟子さん、そっちに行かせるから」

 急にスピリチュアルワードがあふれ出てきて、璃帆は理解が追いつかない。

「大丈夫だよ。誰も寄こさなくて。寝てれば直る」

 藤崎は、かなりぶっきらぼうに答え、横になったまま両手を目の上で組み、荒く息をしていた。そんな藤崎に、璃帆は小さく声を掛けた。

「ごめん、藤崎君。私、苦しんでるの、見ていられない。お母さんと、話していい?」

 一瞬躊躇したようだが、1度だけ顎を引き、ぐったり口を閉ざしてしまった。


「すみません。藤崎君の力になりたいのですが、何か私でもできることはありませんか?」

 と、電話口に話しかけた。

「あら、龍一のお友達? めずらしい……。あなたお名前は?」

「失礼しました。今枝璃帆と申します。少し前に、藤崎さんとお会いして……、お付き合いさせていただいてます」

 すごく、勇気のいる言葉だったが、ぐずぐずしている場合ではないと思った。

 藤崎が璃帆の手をそっと握る。「それで、いいよ」と言うように。

「あら、そうなの。ちょっと、待って。そのまま、切らないでね」

 と言ったきり、音信がない。1分ほどして、やっと声が返ってきた。

「あなたと会ったせいみたいね。龍一の、それは」

 何をしてそんなことが分かるのか。璃帆の知識によれば、遠隔地にいる人の波動まで、分かってしまう人はいるようだが、少なくとも璃帆の人生においては、会ったことはない。私のせいというのは、この間の、しづさんと良太のことを言っているのだろうか。璃帆には、とんと見当がつかない。でも、もしそうなら、余計ほっとけない。

「私、何かできますか? 龍一さん、本当に苦しそうで……」

「できますかどころか、あなた達は……。いいわ、今回は彼女に手伝ってもらう。いいわね、龍一」

 何か、奥歯にものが挟まったかのような言い方だったが、そんなことより早くなんとかしてあげたい。

「彼女には、迷惑かけたくない……」

 藤崎は、渾身の力を振り絞って答えたが、

「何言ってるの。こんな人がいたなんて、母さんに内緒にしておいた人が、言えるセリフじゃないわね。それに、彼女は適任だから、頼みます。あなたの意見は、却下」

 病人に、それはないなと内心思いつつ、璃帆は藤崎の母からの指示を待った。

「璃帆さん、まず背中を擦ってやって欲しいの。……あなた今、ケガしてるわね。」

 もう、こうなると、驚くことに慣れてしまったかのようだが、でもやっぱり唖然とした。

「左手でいいから、なるべく強く、心臓の後ろ辺りを中心に擦ってやって。それで、すごく熱が発散されるはずだから、ちょっとあなたも苦しいかもしれないけど、やってくれる?」

「分かりました。他には?」

「LINEで、瞑想方法の文を送るから、龍一の瞑想を促してやって欲しいの。龍一、どうせやり方忘れちゃったでしょ!」

「最初っから、覚えてない……」

「んもぉ、璃帆さん、よろしくね。ちゃんと本気出してやりなさいよ。璃帆さんの声なら、きちんと聞けるはずだから。まずは、自分の周りを白いオーラで包みなさい」

 と、一旦指示は終わった。その後、寝るはずだから、それまでお願いねと、電話は切られた。璃帆は思わず藤崎に尋ねる。

「お母さんって、何者?」

「ヒーラーだよ……」


 それからが、少し璃帆にも辛い作業となった。藤崎の背中を強く擦り始めた途端、すごい熱が璃帆に流れ出してきて、璃帆も吐き続けることになったのだ。しかし、璃帆に熱が伝わった分、藤崎の様子が楽になっていくのが、璃帆には手に取るように分かる。

 璃帆が最初に吐いた時点で、藤崎は身をよじるように璃帆の介抱を拒んだ。

「もう、いいから。止めて、璃帆ちゃん。君が苦しむのは、見たくないから……」

「大丈夫。多分、あなたの数倍楽な気がする。それに、体、少しでも楽にならない?」

「楽になってるから、言ってるんだ! 俺の分が、璃帆に移動するだけなら、本当に意味がない!」

「どんどん、私に流れてくるエネルギーが少なくなってるの。もう少しの気がする……。それに、私そんなにダメージ受けてない。だから、続けさせて!」

 楽になってきたとはいえ、それ以上の抵抗ができるほど、藤崎に体力は残っていなかった。璃帆にされるがままになり、それから3回程璃帆が吐いたところで、藤崎が眠りについた。


 規則正しい藤崎の呼吸を見ながら、璃帆は安堵する。先程藤崎に言った言葉は、嘘ではなかった。確かに吐くという行為は苦しいことではあるが、逆に吐いてしまえば、すっきりするのだ。藤崎のように、いつまでも吐き続けるということは、なかった。

 璃帆は、藤崎のスマホから、お母さん宛てにLINEを送る。

「とりあえず、背中からの熱は、ほとんど排出できたと思います。今、龍一さんは寝てますが、そのままでよかったですか?」

「ご苦労様。あなたの体質だと、あなたもかなり苦しかったでしょ。ありがとう。龍一は、とりあえず休憩させましょう」

「瞑想は、いつすればいいのですか?」

「次起きたら、水分をきちんと与えてあげて。それで、龍一の準備が出来たら、私に連絡が欲しいの。ここから、ヒーリングするから。同時にしないと意味がないの」

「分かりました。本人にお話しして、LINE入れます」

「了解」とのかわいらしいスタンプが、終了の合図になる。


 寝ている藤崎の顔を見ながら、愛おしさが溢れてくる。

 私は、どうしたのだろう。会って話すのは、まだ4回目だというのに、今も目を離さずにはいられない。顔に触れたくて、仕方がない。せっかく寝た藤崎を起こしてはならじと、理性フル活動中の璃帆だったが、やはり勝つことができず、そっと顔に掛かった髪に触れてしまった。目が覚めなくて、良かった……。


 璃帆は、最近子供への恐怖が、ほんの少しずつ減ってきていることに気が付いていた。あの良太の一件以来である。前世を知ることは、今世での生きづらさを、解消する手段になると、以前読んだ本にあった。私にとって、子どもへの漠然とした恐怖は、しづの魂が救われたと同時に、手放していいものになったのだと思う。


 しづの魂が川底にずっとあったのに、なぜ「その後の魂」である私が存在するのか、これもよく友人5人組で議論した部分である。文献によれば、簡単だ。魂は、「分裂する」ということだ。

 そもそも、生まれ変わるといっても、1つの魂が、ずっと1体だけでいるわけではない。必要に応じで分裂するし、成長が続いて体をもつ必要がなくなった魂は、もう人として生まれることはない。今、私に繋がっている魂は、スタジアム一杯の人数に匹敵するといった人までいる。あなたは人として89回生まれ変わっていますと、自分の指導霊に教えてもらった人もいる。すべて、「……らしい」という言葉が付く「知識」であるが。


 ――それは、ないよ


 藤崎を見つめる。藤崎に、その能力があるんだと思うと言ったとき、あまりにもそっけなく否定した。こんなことは、初めてだとも言っていたし、なにより、ヒーラーである母のことを、あの時点で黙っていたということが、璃帆に色んなことを考えさせた。

 それに、私にとって、しづは前世であるが、良太は藤崎にとって、どういう存在だったのか。ただの、霊媒としての存在だったのだろうか……。お母さんに聞けば、全て分かるのだろうか……。


 そんなことを考えていたら、璃帆はウトウトしていた。さすがに、体力を消耗していたのだろう。先に気が付いたのは、藤崎だった。


 時計を見ると、25時を回っている。璃帆はベッドの横のフロアにすわったまま、頭をベッドに預けて、こちらを向いて寝ている。乗っている右手の湿布が痛々しい。身を起こそうとしたが、重くて起き上がれない。それでも、何日も悩まされてきた吐き気がなくなって、本当に楽になった。

 そっと、璃帆の前髪をかき分けて、顔を眺める。なんて、幸せな光景なのかと、今の状況を全て無視して、満喫していた。この子を手放したくないと、切に思う。今回、助けてもらったからとか、出会い方が衝撃的だったからとか、そういう事ではないと思う。ただ、離れたくないと思うのだ。「もう」離れたくないと、思うのだ。


 ドライブから帰って、ひどい疲労感に襲われていたのだが、寝れば治ると思っていた。ところが、時間がたつにつれて、めまいが始まり、そのめまいが、ひどい吐き気を起こすようになった。

 とにかく、仕事が立て込んでいたので、自分でなければ決定できない事柄を優先的に片付け、無理にでも打ち合わせもキャンセルしなかった。当然、食事ができなくなっていき、水曜日には、椅子から立ち上がれなくなった。

 周りが仰天し、即座に帰宅を進め、タクシーにてなんとか帰ってきた。そこから、七転八倒という言葉を、身をもって知ることになった。

 翌日に、スマホが璃帆とのデートをアラームで知らせてくれなければ、キャンセルの連絡すらもできないところだった。

 そして、その声がしたのが、今朝のことだ。


「恐れないで、手を、取りなさい」


 はっきりした、声だった。女性の、凛とした、知性を感じさせる声。藤崎は、聞き覚えがない声だった。実際に、耳に届いた声ではない。この間の良太のように、思念に直接流れ込んでくる声。

 驚くという言葉では足らない。とうとう、幻聴まで聞こえる程、自分の体は壊れてしまったのかと、恐怖を感じた。

 これは、自分が作り出した声ではないのか、朦朧とした意識の中で、それでも璃帆にLINEをすることだけに、全勢力を傾けた。

 璃帆の声を聞いた途端、何故だか分からないが、とてつもない安心感に満たされた。苦しさは、変わらなかったが、璃帆にこれで繋がったという幸福感に満たされたのだ。

 母のことは、できれば知られたくなかった。が、璃帆ならば許されるような気がして、全て君に任せたんだよ。と、心で璃帆に語り掛ける。


 璃帆が、目覚める。ゆっくり、藤崎を見て、目覚めていることに微笑んだ。この笑顔を守りたいと、藤崎は心に刻んだ。

「水を、飲める? 白湯の方が、いい?」

「水を……」

 コップ一杯の水が、体に沁み込んでいく。肺に行き渡るように、大きく息を吸う。

「楽に、なったよ。ありがとう」

「よかった……」

「璃帆」

 藤崎は、璃帆の手を握る。「大切だから」と伝えたいが、言葉が見つからない。

「まだ、終わってませんよ。今から、ヒーリングの時間です」

 思わず藤崎の顔が歪む。

「イヤだよ」

「アハッ、元気になった。よし、では瞑想の準備をします」

 嫌がる藤崎を、璃帆は本気にしない。多分、藤崎もそれをしなければ、ここから抜け出せないことを、分かっていると思うから。


 呼吸を整えるよう、LINEの文を読む。

 実は、何年か前、璃帆は生きることに疲れていた時があった。その時に、現実から逃げるように瞑想をしていた。だから、この呼吸法はよく分かっていて、自然に伝えることが出来ていた。

 嫌がっていた割には、すっと藤崎の呼吸が整ってきたのを確認すると、次の段階に進む。

 頭の上から、白い糸が出ていると気持ちを向ける。そして、その糸が足の裏から体に戻っていくように気を流す。次第にその数を増やしていき、まるで繭に包まれているかのようなエネルギー体になる。

 さっき、呼吸が整ったところで、お母さんに連絡はついていた。きっと、遠隔ヒーリングが始まっていると思う。閉じた藤崎の瞼が、頻繁に動く。上手くいっているのだと、ベッドから離れた。


 朝、お米の匂いがする。璃帆が朝食を用意していた。


 さすがに、これだけ食べていないと、食事始めはかなり気を付けないといけない。お母さんに教えていただきながら、重湯から始めた。結局、日曜日まで、そばを離れられなかった。

 遠隔ヒーリングも何度か行い、自分でシャワーを浴びられるまでに回復した。


 明日から仕事に行くと言っていて、止めることはできないと諦める。確かに、後は体力的な事だけだと思えるほど、今までの藤崎に戻っていた。

「ほんとに、ありがとう。璃帆も今日は、ゆっくり休んで」

「うん。忙しいだろうけど、明日は声、聞かせてね」

「了解」

 心配されるばかりでは、心が疲れるだろうと、璃帆も言葉を選ぶ。

 玄関まで行って、あらためて花の香りがすることに気が付いた。

「これ……」

「気が付かなかった? あの日、璃帆の家からの帰り、花屋で見つけてね。今、藤ってこんな風に売ってるんだよ」

 盆栽である。花も4房ほど付いていて、いい香りが漂っていた。

「ずるい……」

「璃帆……」

 呼ばれて、振り向いて、唇を重ねられた。それは、優しくて、包み込むようで……。何度も、繰り返される。本当に、藤崎君のキスは、溶けるほどに柔らかい。

「このまま帰せるなんて、まだ俺は、しっかり回復してないんだな……」

 と、微笑みながら言われ、璃帆も思わず笑ってしまった。

 長い、週末が終わった。


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