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全身麻酔

 藤崎の母美千代は、ヒーラーである。ホームページも開設し、講習会も各地で行っている。もちろん、個別セッションも行っているが、今は美千代を支えるグループが出来上がっており、ネット上で多くの人との、同時ヒーリングイベントなども開催している。


「先生、今度のイベントなんですけど、ひろ子さんが参加できないって連絡が入りまして……」

「あぁ、旦那さん、入院するんだったわね。手術、長時間になるって言ってたわね」

「はい。このイベント、ひろ子さんの新しいアイデアがかなり中心になっているので、残念がっていました」

「そうね。エネルギーをパソコンの画面からプレゼントするなんて、私の昭和頭脳では、思いもよらないもの」

「でも、そうやって画面で具現化すれば、気持ちも合わせやすくなりますし、波動も高まりますから」

「そうなのよね。過去2回、好評だったものね。で、ひろ子さんがいなくても、大丈夫なのかしら?」

 ここで、美千代のブレーンのひとり、沙織は困った顔をする。

「実は、パソコン関係、ひろ子さんほど詳しい人がいなくて……。当日、ホームページの管理なんかをできる人、先生知りませんか?」

 美千代は腕を組んで、考え込む。

「う〜ん……。当てがない訳でもないんだけどねぇ……」


「何、俺に参加しろっていうの!?」

 藤崎は、電話口で思わず叫んでいた。

「頼むわよ。今回だけだから。夜の2時間くらいでいいから」

「無理だよ。俺も色々、忙しいの」

「大体ねぇ、『色々』っていう人は、大して忙しくないものなのよ。何なら、璃帆さんに参加してもらってもいいわよ。彼女なら、楽しんでくれそうだもの」

「璃帆まで、巻き込むなよ。ダメダメ、自分達で何とかしてよ」

「ほんっと、息子って頼りにならないっ! いいわ、璃帆さんに直接頼むから」

「おいっ、ダメだって、お袋……!」

 藤崎は、切れてしまったスマホを片手に、ため息をついた。

「璃帆、絶対引き受けるよなぁ……。はぁ〜」


「龍一さん! なんか、お母さんから楽しそうなお誘いがあったよ(^o^)/」

 璃帆からLINEが来たのは、璃帆の会社が終わった17時15分。きっと、終業を待ちわびてLINEしたのだろう。

「やっぱりか……」と頭を抱えながら、「無視してヨシ!」のスタンプを送る。

「えぇ〜。絶対参加したい〜。土曜の夜だし、龍一さんの家に泊まって、一緒に見たい〜」

 ハートマーク炸裂スタンプまで付いている。

「うっ! 泊まってって……、断れないワードを……」

 璃帆も、お袋も、押さえるべきポイントを決して外さない。2対1では、勝てる気がしない……。


「はじめまして。息子の龍一です。母がいつもお世話になっております。」

「すみません。急にお願いすることになってしまって。ご迷惑お掛けします」

 さすがに看病疲れした様子で、ひろ子は病院の待合室で、龍一と対面した。

「お疲れですね。オーラ、曇ってますよ」

「息子さんもオーラが見えるんですね……。毎日、家と病院の往復で……。瞑想もできないし、先生のヒーリングも受けられなくて……」

 と、視線が下を向く。その瞬間に、夫婦喧嘩の映像が、藤崎に流れ込んできた。

「ご主人、スピリチュアルなこと、信じてない方なんですね……」

 ひろ子は一瞬驚いたが、諦めたように、また視線を下に向けてしまった。

「さすがに、噂通りですね。隠し事はできませんね。主人、現実主義的な人で、『人は死んだら、全て終わり』という考えで……。受け入れてもらうのは諦めました。先生のところでの活動も、あまりいい顔はしないんですが、私も今はこれが生きがいなので、なんとか折り合ってやってきたんです」

「そうですか……」

「そういえば息子さんも、この間まで力を封印して、普通に生きてこられたとか。主人と同じですよね。どうしたら、主人に分かってもらえますか?」

「封印なんて、そんな立派なことではありません。スピリチュアル的に言えば、心を閉ざしていたと言った方が、正しいと思います」

「では、全く信じていなかった訳では、ないのですね?」

「ええ。門前の小僧で、母や祖母の様子は日常的に見ていましたので、否定はしていませんでした。ただ、実際に体験するまでは、自分には関係のないものだと考えていただけで」

「じゃ、主人とは、土壌が違いますね……」

 がっくりと肩を落とし、ため息をついた。


「ひろ子さん、否定は否定しか生まないと思うのですが……。ご主人を一度認めてみては」

「どういうことでしょうか……」

「ひろ子さんは、いつから「魂」と「体」が別々に存在すると、考えるようになりましたか?」

「小さい時から、だと思います。自然に、そう考えていました。祖母に教えられたからだったかしら……」

「では、『本当はそんなものは、ないんですよ』と言われたら、どう感じます?」

「あぁ、この人は信じてないんだな。と思いますが……」

「そうでしょ。そこで、『自分が間違っているかも』とは、考えませんよね」

「はい……。あっ」

「そういうことです。ひろ子さんが信じる同じ強さの想いで、ご主人は信じていないのです。ですから、ひろ子さんは、信じられないご主人の気持ちは、分かってあげられるはずなんですよ」

 信じるものは違っても、信じる強さは同じなのだ。

 顎に指を当てて、腕を組む。じっと考えていたが、納得したように言葉が返ってきた。

「そうですね。まず、私がそのことを理解すれば、本当に腹も立ちませんね!」

「よかった。分かって頂けて。そこから糸口を探せばいいと思います」

 藤崎は微笑んだ。

「まずは、ご主人の病気を治すことを、第1に考えましょう」

「そうですね……。でも先生、それでは逆に、永遠に分かってもらえないってことですよね……?」

「先生は、止めて下さい。龍一で結構です。まぁ、そういうことですが……。しかし、怒りを抱えなくなるだけでも、ひろ子さんにとっては、楽なことだと思いますが……」

 あまりの落胆振りに、藤崎も、一応関わったものとしての責任を感じ、少し勇気を与えたくなった。

「ひろ子さんは、何か特別な感覚はお持ちなんですか?」

 ひろ子は力なく首を横に振る。藤崎は、そんなひろ子をじっと眺めていた。


「チャクラ……、それなら分かると、守護霊さんはおっしゃってるけど……」

「えっ!」

 驚いて、思わず藤崎の顔を凝視する。ほんのり、ひろ子のオーラが輝いた。

「分かるというか、本当に分かってるんでしょうか? そんな気がするだけで……。でも、信じて実践はしてるんです。間違ってないんでしょうか!?」

「俺の母も、同じことを言ったと思いますが……」

「先生は優しいから、励ますのが上手なんです。だから、私も励まされてるだけなのかと……」

 ひろ子の目から、思わず涙が落ちる。ハートのチャクラが、回転を取り戻す。これで、少しは元気になれるかなと、藤崎は微笑んだ。

「間違ってませんよ。ちゃんと、実践できてます。自信をもって下さい」

「……ありがとうございます」

 流れ出した涙は、しばらく止まらなかった。金色の粒子が宙を舞う。藤崎は、浄化の光を見ながら、今までひろ子がいかに葛藤しながら頑張ってきたのかを知り、こんな一言で、力を与えることができるのだと、改めて驚いていた。


 ひろ子が落ち着いたところで、ホームページの管理方法の説明を受ける。簡単にいえば、実際に当日することは、ほとんどなかった。

 イベント開催と終了の設定は、システム上で既に済んでいるし、解析ソフトも入れてあるので、アクセス数の確認なども後日でよい。アクセスが集中すると言っても、503エラーが立つほどアクセス数が上がることはないし、ダウンしたところで、手の打ちようはないとのことだ。せいぜい、ちゃんと開催されたのか、終了したのかの確認ぐらいである。

「俺、参加する必要あるのかな?」

 と内心疑問に思うが、ひろ子曰く、「知らない人にとっては、『大丈夫』といってくれる存在が必要なのだ」と説得され、とりあえず引継ぎを終えた。


「立ち入ったことをお聞きしますが、ひろ子さん、ご主人とのこと、どうしたいと考えていらっしゃるのですか?」

「……、わかりません」

 このままお互いの信じることをぶつけ合っていては、お互いのオーラに良い訳がない。実際、このままでは、ひろ子も病気になりそうな「気」の流れになっている。体の中で、停滞してしまっているのだ。

 それでも離れられないカルマでも持っているのかと、ひろ子のエネルギーに集中してみたが、そうではないようなのだ。つまり……、離れることも可能なのだ。


「大きなチャンスなのです」


 と、声がした。藤崎のマスター達の声ではない。ひろ子の守護霊でもない、違う誰かの声だ……。


「お前、こんなとこで、何やってるんだ!」

 ひろ子の後ろから、罵声が飛んできた。ご主人の健吾だった。

 藤崎は、すっと立ち、健吾をひたと見つめた。

「始めまして。藤崎龍一と申します。いつも奥様には、母がお世話になっております」

 と、名刺を差し出した。やはり、男性には社会的立場を明らかにしておいたほうが、信用が得やすい。

「1級建築士……」

 健吾は名刺を見ながら、藤崎を確認するように見つめ返す。

「はい。主に住宅や公共施設の設計をしています」

「そうですか……。おい、ひろ子、もうすぐ検査らしいから、看護師さんが説明に来るそうだ。お前も、聞いておけ」

 と、不愉快さを隠すこともなく、病室に戻ろうとする。そんな健吾を見て、思わず藤崎は声を掛けた。

「よかったですね。セカンドオピニオン受けられて。でなければ、ちょっと大変なことになっていたでしょうから……」

 その言葉を聞いて、健吾は一気に激怒する。ひろ子を罵倒した。

「お前、赤の他人に、そんなことまで話すのか!」

 ひろ子は、思わず首を横に振った。

「いいえ。失礼しました。ひろ子さんから聞いたことではありません。よい結果が見えたので、思わずお知らせしたくて、言葉にしてしまいました。出過ぎた事を致しました」

 と、頭を下げる。

「本当ですか! 主人、良くなるんですね? 手術も上手くいくんですね?」

 縋るように確認するひろ子を見ながら、藤崎は微笑みつつ、ゆっくり頷いた。

「お父さん……、良かった!」

 ひろ子は、泣き笑いの顔で健吾の手を取る。

「ふん。信じるものか! 担当の先生だって、上手くいくって言ってるんだ。あたり前だ」

「はい。今回の手術は、この先生でなければ、ダメのようです。この手術の経験数が、ずば抜けて多い方のようだ。……同僚の方ですね、紹介して下さったの。最初の先生では、今回の手術に関しては、経験が足りなかった。……よかったですね、ひろ子さん」

「……な、なにをいい加減なことを! お前達は、そうやってひろ子をたぶらかして……」

「今は、信じていただかなくて結構です。手術後に、先生から説明があると思いますから」

 さすがにここまで藤崎に言い切られて、健吾も言葉が出ない。確かに紹介してもらったのは、会社の同僚だった。

「行くぞ!」

 と、ひろ子を置いて、さっさと言ってしまった。

 藤崎は最後に一言、ひろ子に言葉を残し、病院を後にした。


 土曜の23時。ヒーリングイベントが始まった。

 今回は、美千代のホームページに特設ページが設けられている。このページには、鏡のイラストが描かれており、そこにアクセスしたものが、このイベント中、直接、美千代たちからのエネルギーを受け取れるというものだ。画面の前で、待つことになっている。

 こういったものは、信じないものからしたら、本当に胡散臭く映るだろうし、信じているものにしたら、自分が本当に感じることができるのかどうか、試してみたくてウズウズする行事だろう。

 案の定、璃帆も1時間前から興奮しっぱなしである。

「ねぇ、私いつも龍一さんからしかエネルギーもらったことないから、できるかなぁ」

「さぁ。やってみれば分かるよ。今回、参加ボタンを押した人が多かったから、お袋とお弟子さん2人の、3人でエネルギーを送るらしいから。誰かと波動が合えば、できるよ」

「楽しみだな〜」


 このやりとりを、何回繰り返したことか……。はぁ〜、始まる前に、気力が無くなりそうだと思いつつ、その時を待った。実際、藤崎としても、どんな感じになるのか、興味はあったのだ。


 一瞬、画面が小さく歪んだ。そして、光の粒子が、微かに画面から放出されだす。

 これは、美千代たちのエネルギーが伝わってくるというよりは、璃帆のマスター達がやっていることなのだと、藤崎は気づいた。つまり、受け取る側の守護霊や指導霊たちとの交信が上手くいけば、感じることができる。画面の前の人の波動を高めるために、画面に集中させることは、分かりやすい手法だと感心した。

 璃帆が受け取っているのは、残念ながら少し小さすぎる。いくらエンパスといえども、これではちょっと難しいだろう。実際、璃帆も画面を見ながら小首を傾けている。目で、藤崎を確認していた。

「私、できてる?」

 いつもの「うるんだ瞳」攻撃に、藤崎は観念する。ほんの少し、手伝うことにした。


 璃帆の左手を取る。璃帆のマスターたちの波動に合わせるように、少しずつエネルギーを送り、璃帆の波動を上げていく。あぁ、璃帆のマスターの1人は、あの修道女の彼女なのかと、新しい発見をした。


 波動が近づくに連れ、画面からの粒子が具現化してくる。キラキラと光りだした。

「わぁ……!」

 璃帆が喜ぶ。それに呼応するように、あの璃帆から出ている「信頼の花びら」が、目に見えるようになる。真綿が舞うように、大小の白い光の粒子が、部屋中に広がった。

 これで、最後っ!と、璃帆のエネルギーの限界まで、大きくした……。


 画面から、蝶が舞う。それは、部屋中に散らばった光と共に、キラキラと輝く。そのうちの1匹が藤崎の肩に止まった。璃帆が小さく手を広げれば、そこにも蝶は止まった。蝶達が、羽を羽ばたかせるたびに、金色の光が舞う。小さな蝶が生まれては、消える。

 これは、藤崎がしていることではない。全て璃帆のマスターたちの成せる技だ。

 綺麗な音がする。藤崎は初めて聞いた。璃帆がいつも言っている音とは、このことなのか……。細く硬質な音なのだが、澄んだ空間を、高く高く作り出す。絶えず響き、鳴り続けている。藤崎も一瞬、宇宙に飛びそうになった……。慌てて、グラウンディングする。

 最後は、璃帆に止まった蝶と、藤崎に止まった蝶が、光の粒子と共に回転しながら上へと消えていった……。


 璃帆も、藤崎も言葉が出なかった。たった今消えた世界は、璃帆だから表現できた世界なのだ。璃帆には、こんなに美しいエネルギーが流れているのかと、余韻に浸った。

 大きなため息と共に、璃帆が声を出した。

「綺麗だった……ねぇ……」

「そうだね」

「あれは……、龍一さんが手伝ってくれたんだよね」

 それには答えず、藤崎はやさしく微笑んでいるだけだ。

「なんか、感動しちゃった……。ありがとう……」


 ホームページも、途端にアクセスが多くなる。

「イルカが見えました」

「手が、あったかくなって、ドキドキした」

「わらわらと、ドラゴンの子供が出てきました」

「キターーーーー! 天使が見えたーーーー!」

「皆さんが、羨ましい。少し、画面が光ったと感じるくらいでした……」

「何、もう始まってるの!? 全然わからーん!」

「心が揺り動かされて、泣けて来ました」

 あらゆるコメントが、次から次へと投稿される。藤崎は、イベントの終了を見届けるため、パソコン画面に張り付いた。


 23時30分に、無事イベントは終了した。コメント確認や、返信等は他の担当者さんが行うらしいので、各担当者に「無事終了」メールを送り、藤崎は無罪放免となった。

 と、璃帆に振り向くと、なんとスヤスヤ寝ているではないか……。

「うそっ! 璃帆、寝ちゃったの? 璃帆、起きて」

 思わず揺り動かす。が、すっかり深い眠りの中らしい。

「え〜っ、そんなぁ〜」

 がっくり肩を落とす藤崎の目の前に、小さな蝶がどこからともなく現れる。キラキラと舞ったかと思ったら、フッと消えていった。


「楽しかったわ。ありがとう」


 あの、修道女のマスターの声がした。


 手術室の天井近くに、健吾は浮いていた。健吾の意識は今、体から抜け出していた。

 そして、今、まさに自分が手術されている様子を、上から眺めている。

「先生! これは……」

「なんだこれ……、こんなとこで血管を巻き込んで癒着してる。まずいな……」

 手術室が慌しくなる。臓器を色んな角度から確認し、医師は皆に告げる。

「大丈夫だ。これは、何度か経験している。予定を少し変える。こちらも切除する。セッシ!」

「はい!」

 助手一同、一斉に声が上がる。出血量の確認や、麻酔時間の調整を行う。手術室が落ち着いていった。


「分かるかい。健吾」

 健吾の横に、女性のエネルギー体も浮いていた。健吾と同じくらいの年齢と思われる。ただ健吾には、光の塊としか見えていなかった。それでも、声だけで亡くなった母だと分かった。

「以前手術したときの癒着が、予想以上に広がっていたんだ……」

「そうだよ。だから、この先生じゃないと危なかったんだよ。母さん、そのために、この先生に会える様にしたんだから……」

「そうか。ありがとう、母さん」

「お前は、まだまだこちらの世界でやらなきゃならないことがあるからね。ちゃんと、見てるから、頑張りなさい。私達は、またいつでも会えるよ」


「挿管、外します」

 と言う声で、意識が戻った。喉の違和感から、解放される。

「移動します! 1、2、3!」

 自分の体が、手術台からストレッチャーに移動される。まだ、目は開けられない。が、廊下を移動している感覚は分かる。最後に、ベッドに移動した。

「お父さん、お父さん。分かる。手術、終わったよ」

 娘の声で目を開ける。ひろ子と、娘と、息子の顔が、健吾をのぞきこんでいた。

 声を出すことは、まだできない。ただ頷いて、返事をした。ぼぅっとした頭のまま、もう一度眠りにつこうとした時、ひろ子が声を掛けた。

「お義母さんには、会えましたか?」

「ああ……」

 声を出して、答えていた。


 手術の翌日、病室で健吾はひろ子に聞いていた。

「どうして、母さんに会ったって、分かったんだ」

「藤崎さんが、そうなるって教えてくれたの」

「あの、建築士か……」

「それで、お父さんが、私の言うこと、少しは信じてくれるようになるから、安心してください」って。

「そうか……」

 あれは、夢ではなかったのだと、思った。夢にしては、あまりにもリアルだったし、確かに術後の医師からの説明で、今回は予定した臓器以外にも、一部切除したとの説明を受けた。

 しかも今回は太い血管を巻き込んでの癒着だったため、あまり症例もなく、担当の医師が過去に経験していたからこそ、無事手術は成功したのだ。

 何より、自分のこの眼で、その一部始終を見ていた……。


 ――今は、信じていただかなくて結構です


 全て、あの建築士の言った通りとなった。ここまで経験させられては、頭から否定することは難しい。

「ひろ子、お前のやってることを、少し分かるように説明してくれないか」

「お父さん……」


「ひろ子さんが、龍一にお礼言っといてって」

 美千代からLINEが来た。

「あなた、何やったの」

「伝令係だよ」


 ――大きなチャンスなのです


 あの日藤崎は、声が聞こえたすぐ後に現れた健吾の後ろに、健吾の母がいるのが見えていた。なので、あの時健吾に言ったセリフは、全て母の言葉だったのだ。藤崎は言われたことを、そのまま伝言したに過ぎなかった。

 健吾の母は、病気のことも心配していたが、健吾とひろ子とのことも、とても心配していた。子供2人は間もなく独立してしまう。そうすれば、残るのは夫婦だけだ。その2人が今のまま角つき合わせていては、離れてしまうことになるだろう。それは、藤崎にも想像ができた。


 全身麻酔による意識の離脱。実際に、この現象は大変多く証言されている。近年、このことを考慮して、医師は、手術中の患者の扱いを変えたとまで言われている。それまで、ぞんざいに扱う医師も多かったのだ。本人に見られていると思えば、当然、丁寧に扱わざるを得ないし、暴言も慎むことになる。

 

 そこで健吾の母は、この手術を大きなチャンスと捉えたのだ。

 これは、健吾に考えを変えさせる、最後のチャンスだったのだろう。結局、藤崎は健吾の母に呼ばれたに等しい。

 ただし、術後すぐに健吾に声を掛けるように伝えたのは、藤崎の考えによるものだ。

 たとえ母に会えたとしても、意識が自分の体に戻った際、忘れてしまうことが多くある。なので、目覚めた直後、次の眠りに入ってしまう前に、記憶に植えつける必要があると考えた。それで、ひろ子との別れ際、必ず手術直後に声を掛けるように伝えたのだ。上手くいったらしい。


「これから、仲良くなるといいけど」

 とLINEを送る。

「また、今度イベントがある時は、ヨロシクね」

 と来たが、ぐっすり眠ってしまった璃帆の顔を思い出し、

「もう、懲り懲りです!」

 と送っておいた。


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