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学び

 その日、帰りの電車で、璃帆は珍しく一番前の車両に乗っていた。降りる駅の1つ手前の駅に電車が入り、間もなく停車するという寸前、ガタンという小さい衝撃が車両の下からしたかと思うと、列車が急停車した。いつもの停車位置より、かなり手前で停車していた。


 車掌のアナウンスが入る。この停車位置のまま、ドアを開けるらしい。最後尾の車両の乗客に、この駅で降りる人は、前の車両まで移動するよう、誘導の指示が出された。

 皆何事かと、車内がざわつく。取り敢えず降りて様子を見る乗客もいる。駅員と運転手と車掌の動きが慌ただしくなり、その一人が大きな毛布を持ってきたところで、まだ車内に残っていた璃帆は、やっと電車から降りた。これは、1時間はこの駅に停車することになる。


「今、乗ってた電車が人身事故にあったの」

 璃帆はLINEを送った。乗客の何人かが、先頭車両の下を、ホームと車両の隙間から覗き込んでいる。璃帆から言わせれば、趣味が悪い。

「まだ仕事だよね、藤崎君。もう少し残業した方が、今日はよさそうだよ」

「乗ってたの?」

「うん。小さい足元の衝撃も、分かった」

「まだ駅にいるの?」

「うん。ベンチでどうしようかと、只今帰路を検討中」

「すぐ、そこから離れて!」

「?」スタンプを送る。

 と同時に、電話が鳴った。

「璃帆、長くそこにいちゃいけないから、とにかく離れて」

「でも……、タクシーもきっと捕まらないよ」

 少し、沈黙があって

「ちょっと、手遅れだったみたいだな……」

 と、落胆した声がした。

「何?」

「今日、どうしてもやり切らなきゃならない仕事があって、迎えに行けないんだ」

「いいよ。大丈夫だよ。そんなつもりで、連絡してないよ」

「悪いけど、俺の会社まで来て」

「何? どうしたの。できれば、あんまり動きたくないかな。ちょっと、頭痛いから……。」

「だろうな……。会社の住所送るから、反対の電車に乗って、すぐ来て! 分かった? すぐだよ!」

 璃帆は、何だか疲れが倍増した気分で、ため息をついた。

「いくら藤崎君でも、ちょっと、強引だよねぇ……」

 と言いつつ、自販機で水を購入し、携帯している頭痛薬を飲み、のろのろと向かいのホームに移動した。


 スマホで住所を確認しつつ、藤崎の会社の前までやってくる。藤崎に連絡しようと、LINEの画面を入力していた璃帆の前に、藤崎が立った。

「ひゃっ、びっくりした。なんで分かったの?」

 それには答えず、藤崎は、いつもとどこか違う目で、璃帆を見ていた。

「驚きだな。増えてるぞ……。璃帆、鎮痛剤飲んだんだろ。頭痛直った?」

 と言いながら、ホコリでも落とすように、璃帆の肩をポンポンと何度か払った。

「かぜ薬の方が、よかったかな……。ちょっと、だるくなってきちゃったし……」

「だろうなぁ。ちょっと座るとこ、ないかな。璃帆を座らせたい」

「う〜ん、ない! どうでもいいけど、疲れちゃった……。帰りたい……」

 璃帆は、何だか本当にどうでもよくなってきて、その場にしゃがみこんでしまった。

 明らかに、いつもの璃帆とは様子が違う。随分、なげやりで、無気力な態度だ。藤崎は眉根を寄せた。

「まずいな……」

 璃帆の手を取りつつ、かなり躊躇(ちゅうちょ)したが、スマホを取り出し電話を掛けた。

「藤崎です。梶原さん、申し訳ありませんが、会社の会議室、30分程お借りできませんか? ……はい、彼女の体調が悪くて、すぐよくなると思いますので……。はい……。ありがとうございます」


 藤崎の建築事務所は、5Fにあった。会議室に着くころには、璃帆は口が利けなくなっていた。様子を見に来た梶原にも、挨拶すらしない。ただ、ぼぉっと下を見ながら、藤崎に手を引っ張られるように歩いていた。


 璃帆には微かに、この時の記憶がある……。本来なら、仕事中の藤崎の会社に行くことも、その上司に挨拶もなく会社の一室を借りるなど、璃帆の常識からしたら、あり得ないことだったが、何故そんな態度でいたのか、後で色々説明されたが、璃帆には未だに理解できない。


「どうした。彼女、大丈夫か?」

「すみません。ちょっと、倒れそうで。迎えに行けば、よかったのですが……」

「悪いな。急な設計変更で。タクシー呼ぶか?」

「ちょっと、その前に処置しないと……」

 言葉を濁す藤崎に、梶原も眉を寄せる。

「何か、問題か?」

「いえ、大丈夫です。しばらく、会議室お借りします。すみません」

「何かあったら、すぐ呼べよ」

「ありがとうございます」


 璃帆は、手を離した藤崎から逃れるように、会議室に入るなり、部屋の隅の床にそのまま座り込み、じっと壁を見て虚空を見つめる状態になった。

 藤崎は、璃帆の前までいくと、厳しい声で話しかけた。

「なぜ、彼女について来たんですか」

「……」

 その人は、初めて藤崎のほうを見た。

「私のことが、見えるのですか? さっきから、すれ違う人が皆私を無視するのです。ぶつかりそうになるのに……」

「はい、見えてます」

「優しそうな人だと……」

「そうですね。とても、優しい。けれど、彼女は、あなたを助けることは、できません。それでも、いいんですか」

「この人、一緒に来てくれないかなぁ。とても、優しそうだし……」

「それは、無理だと、言っている」

 厳しく藤崎に言われ、その人は突然泣き出した。

「もう、死ぬしかないんです。私、もう……」

「どうしてそんなに、死にたいんです?」

「生きていても、何にもいいことは、ありません。この先だって、きっと何にもないわ……。ひとりだから。ずっと、ひとり……。誰も私の苦しみなんて分からない! 誰も助けてくれない……。どうして私だけ、こんな苦しい思いをするの? みんなは、私が死ねばいいと思ってるんだわ! もう無理だと言っているのに、仕事を押し付けるばっかり……。夜は、寝ることもできなくなった。私はもう、疲れました……。誰からも相手にされず、この病気を抱えて、お金もありません。母は、もう疲れ切っています。父は、私がいることも、忘れているようです。今日は、気分が良かったので、やっと家から出られました。いつもは、家で寝ているばかりなのです」

「家から出て、どこへ行くつもりだったのですか?」

「死のうと思っていたのに、上手くいきません。もう、ひとりは嫌です……。この人、きっと一緒についてきてくれますよね……」

 藤崎は、脈絡もなく続くと思われる会話に、区切りをつける。

「もう、行きましょう。あなたは楽になりました。よく感じてみてください。痛みはないはずです」

「あぁ、そういえば、頭が痛いのも、喉が詰まる感じも、胸の苦しさも、なくなりました」

「もう、あなたに苦痛はありません」

「本当ですね……。素晴らしいわ!」

「あなたは、とても愛されていました。今なら、分かるのではないですか?」

「……あぁ、そうですね。今なら分かります。両親も、同僚も、とても心配してくれていました。気づくべきでした。私は、死ぬべきではなかった……」

「なにか、誰かに伝えたいことはありますか?」

「いいえ、何も。こんなに楽になったのなら、なにも望むことは、ありません」

「そうですか。では、光の中で、少し休みましょう。あなたは、とても頑張りました。多分、他の人より多く休まなければ、ならないでしょう。やっと、全ての苦痛から解放されたのですから、ゆっくり休んでください。お祖父さんが、迎えに来てます。分かりますか?」

 その人は、藤崎の見つめる方に振り向き、まぶしそうに目を細める。

「おじいちゃん……」

 もう1人、姉が迎えに来ていた。3人は、再会を喜ぶと、そのまま光の中に消えていく。

「ふぅ……」

 藤崎は、さすがに初めてのことなので疲れを感じ、椅子に腰かけた。


「藤崎君、さっきから、誰としゃべってるの?」

 やっと視点が定まってきた璃帆が、体操座りのまま藤崎に声を掛けた。

 藤崎は璃帆の手を取り、立たせてやる。そのまま、椅子に座らせて、両手を取った。

「ちょっと、力を抜いて……」

 と言ったかと思うと、すごい熱のようなものが、璃帆の体に入ってきているのが分かった。

「ふわっ、あったかい……」


「横川さん、ありがとうございました。無事、なんとか、離れてもらえました。……はい。……はい。連れて行かせるわけには、いかないので。助かりました。……はい。では」

 藤崎はスマホを机に置いた。

「璃帆、タクシー呼ぶから、今日はこのまま、必ず俺の部屋に行って」

「何で。どうしたの? 私、ただでさえ、今すごく迷惑掛けてるよ。なぜ、ここにいるのかも、ほとんど覚えてないし、理由も分からないんじゃ、いたたまれない。『藤崎の彼女、常識ない』って言われる。藤崎君に申し訳ない。しかも藤崎君の家に行けって、どういう事。自分の家に、ちゃんと帰れるよ」

「緊急事態だったから。先輩には、ちゃんと説明しておくから。こんなに、急変するとは思わなかったんだ。仕事すっぽかしてでも、迎えに行くんだった……。これ以上、後悔させないで……」

 真剣な目で見つめられ、璃帆は次の言葉が出ない。

「何があったかだけ、教えて。そしたら、言うこと聞く」

 本当は伝えたくないことを伝えるのだという顔をしながら、藤崎は話す。

「さっき、璃帆が乗った電車に飛び込んだ人が、璃帆に憑いてた」

 璃帆の表情が、固まった。藤崎が、冷静に続ける。

「彼女は、まだ自分が死んだことに気づいていなかったから、あれでは、あそこで何回も飛び込むことになる。……璃帆は、彼女に見つかった。電話したときには、遅かったよ」

 少し笑いながら、藤崎は続ける。

「しかも、ここに来る途中で、あちこち関係ないものまで、璃帆は引っ付けてきたんだ。それは、すぐ祓えたんだけど、本体はちゃんと霊界に送る必要があったんだ。あのままだと、璃帆は連れて行かれてしまうところだった」


 通常、人は死ぬと魂が体を離れ、今まで自分の魂の器だった体を、上から眺めることになる。その後、光に迎えられ、魂の休む場所に移動する。その際、生前その魂と縁のあった魂が、迎えにくる場合が多い。彼らは、生前の姿のままだったり、亡くなった時より随分若くなっていることもある。どちらにしても、その人が誰であるかは、すぐ認識できる。

 ただし、この世になにかひどく執着を持っている場合や、死が突然すぎて、自分が死んだことに気づかない場合など、その光に気づかないことがある。そうすると、霊界に行くことができず、この世と霊界の間にいることになる。


 そしてこれは、自ら命を絶ったものも変わりはない。どのように死のうが、体から魂が離れ、次の段階に行くのだ。そして、そこで魂を休息させ、更にもう一度、この世に体を得て生まれ変わり、魂の成長を図るのか、もう体は持たず、魂としてもう1つ上の段階へ行くのか、分かれていく。

 ただ、自ら命を絶った場合や、他人の魂の成長の邪魔をした罪「殺人」を犯した場合などは、カルマの加重や待ち時間が長引くことになる。それは、魂にとっては楽しいことではない。

 では、この世と霊界との間に留まってしまったものは、どうなるのか。魂の休息場所にすら行けずに、苦しい状態を保ち続けてしまうことになる。そして、生きている人とも近いため、人に影響を与える歪んだ魂になってしまうことがある。俗にいう、地縛霊や悪霊などが、その代表と言える。

 

 最終電車で、藤崎は自宅に戻った。璃帆が、出迎える。部屋に入った途端、璃帆を強く抱きしめた。それは、苦しいほどで、璃帆は戸惑いが隠せない。

「璃帆は、もともと霊の影響をとても受けやすい体質なんだ。それが、俺と会って、更にその力が強くなってしまった。今まで以上に、今日のようなことが増える。どうしたら、いいのか……」

「連れて行かれるって言ってたのは、私が直ぐに死ぬってこと?」

「色々だよ。璃帆がその魂の波動に近くなっている時に、直接引っ張られることもある。そうでなくても、君に憑いて、ずっと君のエネルギーに影響をし続けて、最終的には、璃帆が自ら命を絶つようにすることもある……」

「そんな……」

「今は、さっきエネルギーを入れたから、何ともないかもしれないが、この先少し気を付けけて。気分が落ち込んだり、意識が飛んだりすることがあるかもしれない。どんな影響があるかは、俺には分からないんだ」

 璃帆は、しばし考える。そして、そんなことなんでもないというように、笑った。

「ねぇ、私今まで大丈夫だったんだから、きっと大丈夫よ」

「璃帆……」

「そんなに深刻にならないで。藤崎君と会う前から、きっとそうだったんでしょ。でも、ちゃんと生きてる。これ、すごくない?」

「……」

「藤崎君こそ、大丈夫? なんか、ぜーんぶ1人で守ろうとしてくれてない? それ、きっと無理だよ」

 あっけらかんと言われて、藤崎は力が抜ける。

「無理って……」

「私には、私の生きる理由がきっとあるから。確かに、藤崎君に会って、何か変わったかもしれないけれど、それは、全て私が学ぶべきことなんだと思うから。誰かに守ってもらわなきゃできない約束は、きっとしてきていないと思うの。無理やり力を操ろうっていう方が、バランスを崩して、破綻をきたすと思う。どお?」

「それは……」

「もう少し私の生きる力を、信じてみて! さぁ、お風呂入って、温まって。私、もう寝るね。私が起きてると、また藤崎君、心配で寝られなくなっちゃうでしょ」

「……」

 璃帆に背中を押され、お風呂に向かう。確かに、疲れが全身を脅かしている。これでは、まともな思考もできないな……と、言われた通りにすることにした。


 お風呂から出たら、本当に璃帆はすやすや眠っていた。

「なんだか、すごいな……。大した、もんだな」

 璃帆を起こさない様に、そっとベッドに入った。璃帆の体を後ろから抱き締めるように包み込み、藤崎も眠りにつくことにした。とにかく、今日はゆっくり眠ろう。


「彼女の言っていることは、正しい」

 藤崎は、明け方夢を見た。その夢で、あの指導霊の女性の声が語る。

「魂の成長は、人それぞれ、スピードが違います。あるものはとても早く、あるものはとてもゆっくり成長する。全て、決まっていることです。そして、彼女の場合、まず頭で理解をし、それを体現していくのに、時間を掛けると決めてやってきました。そのため、あなたのように、直接我々と対話できる様な力は、持たずに生まれました。もともと持っている病気や体質、出会いや環境、身に起こることの全ては、彼女が生まれる前に、自分で決めてきたことです」

「では、生きている我々は、それに何も逆らえないと……」

「いいえ、選択できます。大きな流れは変えられませんが、途中、多くの選択をすることができるのです」

「選択……」

「そうです。そして、それをあなたと一緒に、共にすることで、あなたも、彼女も成長することができる。そういう、約束をしてきていることは、もう気が付いていますね」

「はい」

「では、彼女の邪魔はしてはいけません。それは、できないことなのです。やりすぎることは、何につけても良くありません。中庸が大切なのです。共に学びなさい」

 目が覚めた藤崎は、隣でぐっすり寝ている璃帆の顔を、眺め続けた。

「共に学べ……か」


 週末、璃帆がデートと称して、藤崎に頼みごとを持ってきた。

「そういえば、藤崎君って霊とかって、姿は見えないんだよね。声だけって言ってたような……」

「横川さんに、教えてもらった。俺は、高次のエネルギーとのコンタクトの仕方しか知らなかったらしくて、もっと低いエネルギーとの交信は、自分のエネルギーを小さく? 荒く? すればできるって」

「色々、見えちゃう?」

「まぁ。その状態だとね。ちょっと、最初はビビッたかな……」

 璃帆は、大きくため息をつく。

「そうかぁ、大変そうだねぇ……。というわけで」

 柳眉をひそめている割には、大して大変そうに聞こえない同意の上に、「どういうわけ?」と藤崎は思うが、こういうときは、口を挟まないほうがいいと学習済みである。

「今日は、石のエネルギーを見て欲しいの! お願い……」

 うるうるモードの目で頼んでくる。これは、故意にできる「技」なのかもと、やっと最近疑うことができるようになった藤崎だが、抗うことが難しいことに変わりはなく

「しょうがないなぁ……」

 と、承諾する。このあとは、きっと「やった!」とくるに違いない。

「藤崎君……。()()()()、かっこいい……」

 上をいく、璃帆である。


 その店は、間口が2(けん)もない、小さなお店だった。壁一面に石が並べられ、窓際にはサンキャッチャーが何本も下がり、キラキラした光が店内に乱舞していた。

「予約していた、今枝ですが……」

「いらっしゃい。お待ちしておりました。どうぞ」

 にこやかに出迎えたのは、身長は低めで少しふっくらした、40代くらいの男性だった。少し天然の髪を伸ばし、後ろで括っている。このお店を1人で切り盛りしているらしい。

「予約までしていたのか……」と思いつつ、店内をひと通り眺めた藤崎は、璃帆が店長の前にテーブルを挟んで座ったのを確認して、その隣に腰掛けた。

「今日は、何についてのご相談でしょう?」

 話し方は柔らかく、声は意外と高い。藤崎は、この店長のオーラが、紫で包まれていることに感心していた。とても、慈悲深い色である。優しいだけでは、このオーラはまとえない。

「良くないエネルギーから、身を守る石が欲しくて……。やっぱり水晶でしょうか?」

「そうですね……」

 といって、璃帆をゆっくり眺めている。その瞳が、見覚えのあるものに変わる。藤崎は「あれっ」と思った。すぐに、もとの優しい眼差しに戻り、

「水晶にしましょう」

 と、石の選定に入っていく。

 璃帆はニコニコして、とても嬉しそうだ。藤崎のほうを見て、肩まですくめてみせる。

「身を守る」という言葉に、藤崎は璃帆の思いを知り、少し寂しく感じてしまった。


 いつも身につけていたいので、キーボードを打つ際、あまり邪魔にならないようにという璃帆のリクエストに、5mmと8mm玉を中心につなげて、1つ10mmを入れることにした。それをデザインボードに並べていく。同じ大きさの玉の中から、何度も入れ替えたり、選び直したりしている。最後に10mmを置いたところで、藤崎は気が付いた。

「なるほどな……」

 思わず口走った言葉に、店長も藤崎の顔を見上げた。

「分かりますか……?」

 どう答えようか迷ったが、藤崎は素直に言葉にすることにした。さっき璃帆を見たときの眼差しは、「見ることができる人」のものだったからだ。母や、横川さんと同じ目だ。

「エネルギーが綺麗に流れる道ができてますね。この大きな水晶も、とてもいい」

 目を(みは)った店長は、璃帆と藤崎を交互に見つめて、

「なるほど……。彼と離れているときが、心配なんですね。」

 と璃帆に確認する。

「はい」

 璃帆は、少し照れながら、はっきりと答えていた。

「この10mm玉は、パワーの強いものを選びました。今枝様には、これくらいは必要かと思います。今から組み上げますので、少し時間をいただきます。その間、ちょっと珍しい石をお見せしましょう」

 と、奥から1つの石を持ってきた。透明で一見ただの水晶かと見間違うような、何の変哲もない、4cmほどの大きさの石だ。丸く加工されておらず、原石と思われる。

「これは売り物ではありませんが、お2人には楽しめる石だと思いますよ」

 といって、藤崎の手の平に載せた。

「石の声を聞いてみて下さい」

 店長はそのまま、石を組み始めた。

 藤崎はじっと石を見つめる。少し眉を寄せたかと思うと、目を閉じた。


 しばしの後、少し驚きの表情で目を開けた藤崎が問う。

「……これ、なんていう石ですか? 高次のエネルギーが、微かにある」

「レムリアンシードといいます。古代レムリア人の智慧と、後世の人々へのメッセージが込められている石だと信じられています」

 璃帆が、もう我慢できないという風に、藤崎の服をつまんでツンツンと引っ張った。

「ああ、ゴメン。ちょっと、波動を合わせるのに、手間取った。今、璃帆にも見せてあげるよ」

 藤崎は、自分の手のひらにその石を載せたまま、璃帆の手を繋ぐ。璃帆は目を閉じた。ゆっくりと、熱が伝わってくる……。

「声がする……」

「そっちに、近づいてごらん」

 璃帆が息を呑む。声のほうに近づけば、あっという間に白い光に取り込まれる。暖かく、もし母のお腹の中がこうだといわれれば、納得してしまうような、温もりに溢れた光だ。

「聞きたいことがあったら、聞いてごらん」

 少し間があったかと思ったら、璃帆の頬に涙がこぼれた。

 璃帆は藤崎の手を、ゆっくり離して、目を開けた。

「璃帆、泣かないの……。店長さんが、ビックリする」

「だって……。すみません」

 石を組む手を止めて見ていた店長は、思わず微笑んだ。

「いいえ。素敵なメッセージでしたか?」

「はい、とても……」

 といって、藤崎を見た。

 藤崎は、分からないというように首を振る。

「璃帆へのメッセージだからね、俺には伝わってこなかったよ」

「……『彼を、信じなさい』って」

 璃帆は、恥ずかしそうに藤崎を見る。

 驚いた藤崎は思わず店長と顔を見合わせて、破顔しながら璃帆の頭をポンポンした。


 組み上がったブレスレットを、はめてみる。

「本当は、ここで私がエネルギーを込めるのですが、やってみられますか?」

 と藤崎を見ながら、店長が提案する。

「ちょっと、コツが要りますが、お客様なら、大丈夫でしょう」

 といいながら、やり方を藤崎に伝えていく。

「急にエネルギーを送ると、水晶は硬度がありませんので、すぐ割れてしまいます。ですから、ゆっくり、ゆっくり送ってください。大きい石に送れば、後は自然に流れます。最終的には、結界の源になります」

 藤崎はブレスレットの上から、璃帆の手首を両手で包む。

「ああ、いいですね。それぐらいの、スピードで……」

 店長の指示を聞きながら、その作業は終わる。店長が、満足そうに微笑んだ。

「綺麗な、結界です。見事ですね……」

「なるほどな。璃帆、お父さんの写真立てと一緒だよ。小さいけれど、ちゃんと璃帆を守ってる」

「ありがとう。やっぱり、一緒に来てもらって、よかった」

 大切そうに、璃帆はブレスレットに手を添えた。


「ところで、お客様。うちで、働きませんか?」

 今回はこのブレスレットを、藤崎が璃帆にプレゼントすることになった。

 会計をしながら、店長が割と冗談とは思えない目で、藤崎に聞いてきた。社交辞令かと思って答える。

「いやいや、俺では役不足でしょう」

「いえ! こんな体験は、私も初めてでしたので……。無理でしたら、連絡先だけでも教えて頂けませんか?」

 と、これまた真剣に粘る。

 困ったなと璃帆を見ると、璃帆がきっぱりと間に入った。

「彼への連絡は、マネージャーの私を通してください」

 と、真面目くさった顔で言う。藤崎は、「おっ」という表情になった。

「私の連絡先は、予約した際に、お伝えしているかと思いますので」

 今度はニッコリ笑って付け加えた。

「……、さすがに黄色いオーラをお持ちのお嬢さんだ」

 と店長がつぶやくので、藤崎は、声を出して笑ってしまった。

「本当ですね。彼女は、優秀で楽しい最高のマネージャーですよ」

 璃帆はこれ以上ない満足な顔で、藤崎と手を繋いで、店を後にした。


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