終わった世界で
目の前に現れたのは白一色の世界だった。
自分の人生はごくごく普通に老衰で亡くなり、恐らく今頃は葬式の準備が着々と済まされているのではないかと予想する。
そこで自分の体に変化がことに気づく。まずしわくちゃな手は20代の頃のピチピチで生気溢れるものに変化していた、いや、戻っていた。
本来ならば赤松恭蔵の体は、腰は90°近くに曲がり歩くこともままならない脆弱な体だったが、背筋は伸び切っている。
そして何より驚いたのが前髪が復活していることだ。歳には勝てず、徐々にデコの広さは後頭部に達し、肩車で乗ってワシの髪を毟り取る孫のイタズラによって、消え去った髪があることだ。
「こりゃ、いったいどうしたんじゃ……」
周りを見渡してみて見るが、目に映るのは白の世界だけだった。ただ突っ立ってるだけでは何も始まる訳でもなく、取り敢えず施設の頃にしていた準備運動をしながら、辺りを見回してみることにした
「しかし、ここは何処なんじゃろな」
何も無いわけでない。建物自体は少ないが、昔に孫と一緒に遊んだブランコと、滑り台らしきものが置いてあり、砂場のような囲いがあった。
「公園みたいなものなんじゃろかね」
ボケたジジイの頭でもこれは変だと分かるが、人1人も居らず、音も色も建物も白の染められた場所で何をすればいいのか絶賛困惑中である。
準備体操を終え、本格的に探索でもしようと足を踏み出した時、先程には無かった明らかな違和感があった。
視線の先には誰も居なかったはずのブランコに20代前半と思われし女性が座っていた。
スゲェ爆乳じゃあ、と顔よりも真っ先に目が行くのがそっちかよ、と自分にツッコミ入れ男性として最低の発言を心のうちに留めておく。
「ブチ〇すぞジジイ♪」
満面の笑みで抹殺宣言する女性に驚くが、そんなことよりもこっちの思考が分かったことに驚愕する。
「お前さん、えすぱー、とやらかい!?」
「胸見てねぇで顔見て話せやエロジジイ、鼻の下伸ばしながら人の体見たら思考読まんでも分かるわ」
恭蔵に対して遠慮無しに暴言を吐くのは、腰まで伸びた白く透き通るような髪、それに合わせるように汚れ一つないワンピースに手足には金の輪っかを通しており、神様の使いとはこんな女性のことを言うのだろうなと思った。
女性は乗っていたブランコから降り、素足でこちらに歩いてくる。
「こんなスケベジジイがあの世界に送られてくると思うと頭痛がしてくるよ…」
「お前さんはどちらさんじゃ?」
「これは失礼した、私の名前はイブという。あなたは赤松恭蔵さんでいいか?」
外人さんかの?と疑問を抱くが敢えて聞くまい。恭蔵も自分が変人の自覚はあるが、それ以上にこのイブとやらは胡散臭いのだ。
そもそもこんな訳分からん場所にいること自体おかしい。
「そんなに不信感を出さないでくれない?これからする話が出来ないのだけど……」
先程の不機嫌そうな顔と違い、明らかに必要以上にニコニコと笑顔で近寄ってきて良い話があるんですよ、と言ってくる輩は振込詐欺の話しだと10年以上前のオレオレ詐欺&振込詐欺回避教室で言っていたことを思い出す。
「まず、あなたを地獄に行く途中でここに持ってきたのは私なのよ」
ワシ地獄行きだったのか、と内心驚きつつ下着泥棒や覗きやらで閻魔様にお呼ばれされても仕方ないかと納得してしまう。
「えーと、いぶ?さん?でいいのかの 、ワシの記憶では孫や息子達に囲まれて安らかに天に旅立った記憶があるのじゃが…」
「実際に行きかけたのは地獄でしたけど」
「そこはええとして、なんでこんなヘンテコな世界にワシは来たんじゃ?」
恭蔵の問いに答えるかのようにイブは指を鳴らすと、地面から突如自分の背丈ほどの大きな鏡が生えてきた。
「いぶさんは、やっぱりえすぱー、じゃないのか!?」
「話しが進まないから無視するけど、まずはコイツを見てください」
イブは現れた鏡をノックするかのようにコツンっと、軽く叩くと鏡の表面にある町が映る。
しかし、それを町と呼んでいいか分からないほどにそこは崩壊していた。本来ならばそこの場所は人が栄え、活気のある町だったのだろうが、辺りは火が燃え盛り、家や草木は辛うじて原型を留めている程度だった。
鏡を見続けると、人とはまるで違う姿をした化け物がそこにはいる。最低でも体長は2メートル後半で、顔はワニとそっくりな顔だった。そのワニらしきものは、爬虫類では考えられないほど、綺麗に二足歩行で歩いているのだ。
その化け物は人間を見つけると一瞬で距離を詰め、体を押さえつけ、手に持っていた首輪を人の首に付けると馬車の部屋の中に投げ入れた。
化け物は次の獲物を見つけたかのように町の中へ消えてしまった。
よく見てみると、その化け物は徐々に数が増えてゆき20体以上を現れては、さっきと同じように人を捉えていた。
「コイツぁ、どういうことじゃ……」
「次はこれを見てください」
もう1度鏡をノックすると、テレビの砂嵐の様なものが鏡に写り、砂嵐が消えると今度は別の風景に切り替わる。
鏡に写ったのは歳は16~18くらいの女子が雨の中、傘もささずに虚ろな目でただ目の前の事態を呆然と見つめている。
その視線の先にあるのは、恐らく人だったもの。人と呼ぶには余りにも原型を留めてはいなかった。
右足は太ももから、ネジ切ったかのように千切れており、上半身は胸から腹まで三日月状に欠けて、臓器などが飛び出ていた。
道を通る人々は、交通事故にあった猫の死体を避けるかのように目も向けずに通り過ぎてゆく。
恭蔵は次々と衝撃な映像を見せられ、嘔吐しかけたが、何とか食いしばり映像を見続けた。
「いぶさんや、これは……あれか、新手の嫌がらせかい?」
「あなたに見せた映像は、そこに居るべきものが何らの事情でいなくなり、物語自体が終わった世界です」
「言ってる意味がわからんぞい」
この女は恭蔵が言った言葉をすべてスルーするつもりかと思うくらい話しを聞かずに1人で語り続ける。
「私があなたをここに呼び出したのは―――――――終わるべきして、終わらなかった世界を修復するためだからです。」
ワシの意思完全無視で、目の前にいる牛乳女は精神年齢82歳のジジイに指さしながら、言い放った。