56話 憎しみの矛先
騒音が鳴り止む事は無い。血を目にしない時がない。生々しく脳内に焼き付けられる臭い。まるで永遠に続くかのような戦場。
みんな酷い表情で、感情のままに襲いかかる。
それは、とても言葉にできるものではない。ただただ、酷かった。
俯く騎士へ、魔族が剣を振り下ろした。
そこへ瞬時に移動し、剣を弾き腹部に蹴りを入れる。まともにくらった魔族は目に見えぬ速さで飛んで行った。
「ほら、立って!諦めないで!」
「あ、ありがとうございます。勇者様……」
死体に向かい、膝をつく騎士。いくら訓練を積もうが、同僚や仲間、少なくとも知り合いが目の前で死んだのだ。それは大きな隙となり、死が迫る。
頭でわかっていても、振り切れないんだ。
そんな光景は、この戦場に来てからずっと目にしている。
「このままでは、いつまで経っても終わらない」
最優先に怪我人や重傷者を保護、そして馬車へ運んでいる。けが人一人に対し馬車を走らせる訳にも行かない。馬車の数も限られているんだ。
回復魔法を使う帝国騎士の部隊がそちらの班に加わっている。
しかし、このままでは怪我人が増えるだけだ。何かきっかけか、起点がほしかった。
そんな時、戦況が変化した。
魔族達が後退しだしたのだ。
「何が……!」
そんな中、一人の魔族が進み出てきた。大きな羽を広げ、空中に留まっている。
魔族と戦闘してわかった事だが、力の強い魔族はその背に羽がある。
「俺はこの隊を率いる魔王幹部だ。そこの勇者、お前が加わってからこちらの被害が甚大でな。一旦退かせてもらう」
「……そう、わかった。私達もこれ以上戦うのは合理的じゃない」
そう、戦場は最悪だ。これ以上続けても、何も得られない。……失うだけだ。その提案はとてもありがたい。
しかし、それに反論したのは、人族の騎士達だった。
「なっ!何を言っているんですか勇者様!今こそあの忌々しい魔族らを滅する時ですよ!」
「そうだ!あいつらを生かして帰らす訳にはいかない!」
悔しそうに騎士達が訴える。その目はひどい憎悪に満ちていた。
しかし、現指揮官としてこれ以上無駄死には避けなくてはならない。
「良く考えて!!続けても怪我人が増えるだけ!これ以上今いる隣の人を、仲間を死なせて何になる!?」
「ぐっ、それは」
「し、しかし……」
戦争に勝つも負けるもなかった。ただ、死ぬだけなんだ。
「……みんな頑張ったよ、一旦引いて、死んだ仲間を弔おう?」
「……はい」
「わかり、ました」
みんな悔しそうに嘆く。
……例え勝ったとしても、何かになったのかな。
勝って得られるものと、戦って失うもの。どちらの価値が大きいのか、私にはわからなかった。
「おい、ガリュド!撤退するのか!?」
私達の後方の遥か上空から、大きな声が聞こえてきた。振り向くと羽を広げる魔族が二人いる。
それは魔王幹部といったあの魔族に対してだろう。
「あぁ、この勇者のせいでな。お前が止めていればこんな事にはならなかったんだぞ、ガムラ」
……は?今こいつ、なんて言った?ガムラって確か
「人族の騎士の副団長ってのが想像以上に手強くてな」
「おい、なぜお前がいる!ガムラッ!!」
思わず叫んでいた。
鼓動が早くなる。嫌な予感が頭をよぎる。
だって有り得ないんだ。あいつをここにいるなんて……有り得ない。
レイラはここに来させる事を許すなんて、絶対にそんな事はしない。
「あぁ?なんで勇者に呼び捨てされるんだ」
「答えろ!レイラは!なんで、なんでレイラじゃなく、お前がここにいるんだっ!!?」
無意識の内に身体中から放出された魔力が、その覇気が大気を震わした。
「な、なんつー魔力だよ、勇者って化け物か」
「答えてやれよ、ガムラ」
ガムラはどこか難しそうに、その当てられた魔力から逃げるように言った。
「……いや、自分で見てきたらどうだ?」
私は、この場の指揮や立場を全てを投げ捨て、レイラのいるであろう場所へ、無我夢中で走り出した。
その時の私にはわからなかった。わかっていなかった。
その行動が、どんな意味を持っているかを。
「……おいガムラ、良くやってくれた。これで、撤退する必要が無くなったな」
それは、残った人族の絶望でもあり
「ぇ、勇者、様……?勇者様ぁッ!!」
魔王幹部が三名揃った、魔族の蹂躙だった。
「今のうちだ!この憎き人族を殺せェ!!」
「そんな……そん、な」
───
レイラ、レイラ!レイラは!?
今までにない程に全力で走る。転がるように、ただ前へと、進む。
嫌だ、嫌だ!きっとレイラは、他の奴と戦っているんだ!ガムラの嘘なんだ!
最悪を否定するように、それを否定するために走る。
血の道を駆け抜け、肉片を蹴り飛ばし、血飛沫を巻き上げて進む。
固まった血溜まりが、まるで不幸を現すかのようにヒビが入った。
レイラが負けるはずがない!だって私の師匠なんだ!きっとあいつらは空を飛んで、レイラから逃げてきたんだ!
だって、レイラの剣術は《無敗の剣術》なんだよ!?私に、負けないようにって、教えてくれたんだよ!!
知っている。レイラが空飛ぶ相手にすら退かない事を。
私が戦ってる場所に、強大な戦力となる幹部を寄越すことなんて、絶対にないって事を。
もしかしたら、疲れて休んでいるとか!だってレイラが負けるわけが…………
……ぁ
何かの塊が見えた。否定する。でも、見える。
嘘だ、嘘だ!!!
レイラが、負けるなんて、無いんだ!!
恐る恐る近づく。レイラの愛剣が刺さっているのが見えた。
そ、そうだ、そうだよ!少し疲れて、寝て、る、だけ……
あ、、ああああ、あああああ!!!?!?!??
そこには、固まった血が赤黒く纏まりついた、光のない半目を開く、レイラがいた。
「ぃ、いやあぁぁぁぁぁぁあぁああああ!!!!」
血で赤く染まったレイラの剣が、悲しそうに倒れた。
──
「……ぁ、ぅぁ…」
もう、声が枯れていた。心も疲労していた。
どれほど経ったか覚えてない。
なんでこうなったのか。なんでレイラが死んだのか。
考えたくなかった。何も、考えたくなかった。
レイラの身体は、腹部が弾け、胴体から腰が繋がっていなかった。
その手は完全に冷え切り、動く事はない。
いつからその手を握っていたのかわからない。辛く、苦しく、もう全てが嫌になっていた。
頭に浮かぶのはレイラとの記憶。一緒に剣を交えた時、初めてレイラと会った時、ガルさんの鍛冶屋へ行った時、《無敗の剣術》を教わった時、一緒に剣を磨いた時、遠征でレイラが無双した時、私が、不安で泣いている時、慰めてくれた時。
それが、もう二度とすることが出来ない。もう二度と戻れない思い出。
涙が止まらなかった。
あの時、私が残っていれば、レイラを先に行かせていれば……
募る後悔が津波のように押し寄せる。
「なんで、私はずっと失うだけ……」
心から声が出た。
そうか。私は、レイラを失ったのか。
レイラは、死んだのか。
……辛いよ、レイラ。
ねえ、なんでレイラが死んじゃうの?
なんでレイラが死んじゃったの?
おかしいよ、なんでよっ!
レイラは、まだ死ねないって、言ってたじゃん。
何でだよ!!!
……そうか、レイラは死んだのじゃなくて、殺されたのか。
あいつに殺されたのか。
いや、魔族に、殺されたのか。
……許せない。
「よお、勇者。お前が上手くいなくなってくれたから、騎士達を皆殺しにする事ができたよ」
「私の魔法で私達に死者や怪我人は出なかったし」
「ガムラがここまで策士だったとは思わなかったぞ」
「いや、この副団長ってやつの死に方がな、余りにグロくて」
私の後ろから、声が聞こえた。振り向かなくてもわかる。魔王幹部の連中だ。
こいつらのせいで、レイラは死んだんだ。
……憎い。
「なぁ、死ねよ」
無意識にそんな言葉が、私の口から出ていた。
「ああぁああああ!!!!」
振り向き様に、白銀の剣を振り抜いた。
女の魔族と、ガムラの胴体を真っ二つにした。
ガリュドと言う奴はいつの間にかいなくなっていた。
「ぐぁあああっ!」
「ちっ、【再生】!」
女の魔族の魔法が二人の体を繋げた。
それに目をくれず追撃する。
女の魔族に向けてその剣を奮った。
「あぁああああ!!!!」
頭を裂き、四肢を断絶する。胴体を切り刻み、無我夢中に蹴りや殴りを入れる。
それでも、この女は死ななかった。
「あああああ!!」
──ドオオオオオオン!!!─
剣を振り続けていると、その爆発が私に直撃した。
──ドオオオオオオン!!!
ドオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!
……痛くも痒くもない。
その元凶の元へ移動し、首を跳ね飛ばした。
その頭をサッカーボールのように遥か上空へと跳ね飛ばす。
身体は小刻みにしてやった。
ふと、周囲を見渡すと、魔族共の有象無象が一斉に襲いかかってきた。
「はあああああああああッ!!」
剣を無茶苦茶に奮う。殴り、蹴りを入れる。引っ掻く、潰す、ちぎる。
私も何が何だかわからない。
ただただ、こいつらが憎い。憎い憎い憎いぃぃぃい!!!!
私の剣が、弾かれた。そんな事関係ない。魔力を最大に込めた両手で、身体で暴れた。
それは、血の惨劇だった。
しかし、魔族達は死なない。あの女のせいだ。
その女の元へ向かい、思いっきり彼方へと蹴り飛ばした。
「これで、やっと殺せるね?」
「なっ、化け物か!」
「ち、引くんだ!死ぬぞ!!」
「逃がすかああああああ!!!!」
──ドオオオオオオン!!!─
その拳は、魔族共の命を簡単に散らした。
「はあああああああ!!!!」
殺して、殺して、殺す。
憎くて、憎くて、苦しい。
こいつらのせいで、レイラは死んだんだ。
許せなかった。
気がつけば魔族共の血溜まりの中、いくつもの肉片が転がり、無数の蒼白い【ソウル・テル】が浮かび上がった。
幹部の女は蹴り飛ばしたから居ないのはわかるが、あのガムラとガリュドがいなくなっていた。
いつの間に逃げたのだろうか。
この場にいる、全ての魔族を殺し尽くした。
これで……死んだ騎士達に、レイラに報いることはできたのだろうか。
魔力を酷く使った為か、身体が痛い。全身が焼けるようだ。
──ガサッ─
「……?」
そこの木の影で、音がした。
「ひ、ひぃ」
近づくと、そこには魔族の子供がいた。
「……なんでこんな所にいるの?」
「いや、見てただけで」
「まあいいや、魔族だもんね。死んで」
私にとって、魔族は憎き敵だ。憎しみの、殺すべき対象だ。……今なら帝都にいた騎士の気持ちもわかる。魔族は、とてつもなく憎い。例え、こんな小さな奴でも。
その子供を、その思いを、辛さを消すように、魔力を本気で込めて、躊躇なく拳を振りおろした。
──ドオオオオオオンッ!!─
衝撃から赤い砂煙が舞い上がる。その中で、ムチのような何かが迫ってきた。体を捻り、瞬時に後退する。
「お前も!魔族かあああッ!!」
憎悪が消えない。
ただ、レイラを殺した魔族が憎かった。私から大切な人を奪った魔族へ、復讐をしたかった。
砂煙の中から現れた、その子供を背に隠したフードの男は、私に負けない大声で叫んだ。
「おい、何故お前らは!何故人族は!こんな小さな命まで手をかけるッ!?」
「黙れえぇぇえええ!!!お前らが!レイラを殺したからだ!!」
涙が流れた。
「……な、お前は、あの時の」
その気持ちを爆発させた私は、暴走する魔力を宿し、目の前の男に本気で襲いかかった。
何かに気がついたフードの魔族のその顔は、私には見えなかった。
ちょっと「人生」という道に迷いまして遅くなりました。今回の話は書き溜めていたやつです。
今年の夏にはに続き書いてくよ!
わわわ忘れてたわけじゃないんだからね!




