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非愛転生〜カタオモイ〜  作者: オサム フトシ
第5章 失う恐怖と揺れる心
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56話 憎しみの矛先

 



 騒音が鳴り止む事は無い。血を目にしない時がない。生々しく脳内に焼き付けられる臭い。まるで永遠に続くかのような戦場。

 みんな酷い表情で、感情のままに襲いかかる。

 それは、とても言葉にできるものではない。ただただ、酷かった。


 俯く騎士へ、魔族が剣を振り下ろした。

 そこへ瞬時に移動し、剣を弾き腹部に蹴りを入れる。まともにくらった魔族は目に見えぬ速さで飛んで行った。


「ほら、立って!諦めないで!」


「あ、ありがとうございます。勇者様……」


 死体に向かい、膝をつく騎士。いくら訓練を積もうが、同僚や仲間、少なくとも知り合いが目の前で死んだのだ。それは大きな隙となり、死が迫る。

 頭でわかっていても、振り切れないんだ。


 そんな光景は、この戦場に来てからずっと目にしている。


「このままでは、いつまで経っても終わらない」


 最優先に怪我人や重傷者を保護、そして馬車へ運んでいる。けが人一人に対し馬車を走らせる訳にも行かない。馬車の数も限られているんだ。

 回復魔法を使う帝国騎士の部隊がそちらの班に加わっている。

 しかし、このままでは怪我人が増えるだけだ。何かきっかけか、起点がほしかった。


 そんな時、戦況が変化した。

 魔族達が後退しだしたのだ。


「何が……!」


 そんな中、一人の魔族が進み出てきた。大きな羽を広げ、空中に留まっている。

 魔族と戦闘してわかった事だが、力の強い魔族はその背に羽がある。



「俺はこの隊を率いる魔王幹部だ。そこの勇者、お前が加わってからこちらの被害が甚大でな。一旦退かせてもらう」


「……そう、わかった。私達もこれ以上戦うのは合理的じゃない」


 そう、戦場は最悪だ。これ以上続けても、何も得られない。……失うだけだ。その提案はとてもありがたい。

 しかし、それに反論したのは、人族の騎士達だった。


「なっ!何を言っているんですか勇者様!今こそあの忌々しい魔族らを滅する時ですよ!」

「そうだ!あいつらを生かして帰らす訳にはいかない!」


 悔しそうに騎士達が訴える。その目はひどい憎悪に満ちていた。

 しかし、現指揮官としてこれ以上無駄死には避けなくてはならない。


「良く考えて!!続けても怪我人が増えるだけ!これ以上今いる隣の人を、仲間を死なせて何になる!?」


「ぐっ、それは」

「し、しかし……」


 戦争に勝つも負けるもなかった。ただ、死ぬだけなんだ。


「……みんな頑張ったよ、一旦引いて、死んだ仲間を弔おう?」


「……はい」

「わかり、ました」


 みんな悔しそうに嘆く。

 ……例え勝ったとしても、何かになったのかな。


 勝って得られるものと、戦って失うもの。どちらの価値が大きいのか、私にはわからなかった。



「おい、ガリュド!撤退するのか!?」


 私達の後方の遥か上空から、大きな声が聞こえてきた。振り向くと羽を広げる魔族が二人いる。

 それは魔王幹部といったあの魔族に対してだろう。


「あぁ、この勇者のせいでな。お前が止めていればこんな事にはならなかったんだぞ、ガムラ」



 ……は?今こいつ、なんて言った?ガムラって確か


「人族の騎士の副団長ってのが想像以上に手強くてな」


「おい、なぜお前がいる!ガムラッ!!」


 思わず叫んでいた。

 鼓動が早くなる。嫌な予感が頭をよぎる。

 だって有り得ないんだ。あいつをここにいるなんて……有り得ない。


 レイラはここに来させる事を許すなんて、絶対にそんな事はしない。


「あぁ?なんで勇者に呼び捨てされるんだ」


「答えろ!レイラは!なんで、なんでレイラじゃなく、お前がここにいるんだっ!!?」


 無意識の内に身体中から放出された魔力が、その覇気が大気を震わした。


「な、なんつー魔力だよ、勇者って化け物か」


「答えてやれよ、ガムラ」


 ガムラはどこか難しそうに、その当てられた魔力から逃げるように言った。


「……いや、自分で見てきたらどうだ?」


 私は、この場の指揮や立場を全てを投げ捨て、レイラのいるであろう場所へ、無我夢中で走り出した。



 その時の私にはわからなかった。わかっていなかった。

 その行動が、どんな意味を持っているかを。


「……おいガムラ、良くやってくれた。これで、撤退する必要が無くなったな」


 それは、残った人族の絶望でもあり


「ぇ、勇者、様……?勇者様ぁッ!!」


 魔王幹部が三名揃った、魔族の蹂躙だった。


「今のうちだ!この憎き人族を殺せェ!!」


「そんな……そん、な」




 ───



 レイラ、レイラ!レイラは!?


 今までにない程に全力で走る。転がるように、ただ前へと、進む。


 嫌だ、嫌だ!きっとレイラは、他の奴と戦っているんだ!ガムラの嘘なんだ!


 最悪を否定するように、それを否定するために走る。


 血の道を駆け抜け、肉片を蹴り飛ばし、血飛沫を巻き上げて進む。

 固まった血溜まりが、まるで不幸を現すかのようにヒビが入った。



 レイラが負けるはずがない!だって私の師匠なんだ!きっとあいつらは空を飛んで、レイラから逃げてきたんだ!

 だって、レイラの剣術は《無敗の剣術》なんだよ!?私に、負けないようにって、教えてくれたんだよ!!



 知っている。レイラが空飛ぶ相手にすら退かない事を。

 私が戦ってる場所に、強大な戦力となる幹部を寄越すことなんて、絶対にないって事を。



 もしかしたら、疲れて休んでいるとか!だってレイラが負けるわけが…………


 ……ぁ



 何かの塊が見えた。否定する。でも、見える。


 嘘だ、嘘だ!!!

 レイラが、負けるなんて、無いんだ!!


 恐る恐る近づく。レイラの愛剣が刺さっているのが見えた。


 そ、そうだ、そうだよ!少し疲れて、寝て、る、だけ……


 あ、、ああああ、あああああ!!!?!?!??


 そこには、固まった血が赤黒く纏まりついた、光のない半目を開く、レイラがいた。



「ぃ、いやあぁぁぁぁぁぁあぁああああ!!!!」



 血で赤く染まったレイラの剣が、悲しそうに倒れた。




 ──


「……ぁ、ぅぁ…」


 もう、声が枯れていた。心も疲労していた。


 どれほど経ったか覚えてない。


 なんでこうなったのか。なんでレイラが死んだのか。


 考えたくなかった。何も、考えたくなかった。


 レイラの身体は、腹部が弾け、胴体から腰が繋がっていなかった。

 その手は完全に冷え切り、動く事はない。


 いつからその手を握っていたのかわからない。辛く、苦しく、もう全てが嫌になっていた。


 頭に浮かぶのはレイラとの記憶。一緒に剣を交えた時、初めてレイラと会った時、ガルさんの鍛冶屋へ行った時、《無敗の剣術》を教わった時、一緒に剣を磨いた時、遠征でレイラが無双した時、私が、不安で泣いている時、慰めてくれた時。


 それが、もう二度とすることが出来ない。もう二度と戻れない思い出。


 涙が止まらなかった。



 あの時、私が残っていれば、レイラを先に行かせていれば……


 募る後悔が津波のように押し寄せる。



「なんで、私はずっと失うだけ……」


 心から声が出た。



 そうか。私は、レイラを失ったのか。

 レイラは、死んだのか。


 ……辛いよ、レイラ。



 ねえ、なんでレイラが死んじゃうの?

 なんでレイラが死んじゃったの?



 おかしいよ、なんでよっ!

 レイラは、まだ死ねないって、言ってたじゃん。

 何でだよ!!!




 ……そうか、レイラは死んだのじゃなくて、殺されたのか。


 あいつに殺されたのか。


 いや、()()に、殺されたのか。




 ……許せない。





「よお、勇者。お前が上手くいなくなってくれたから、騎士達を皆殺しにする事ができたよ」


「私の魔法で私達に死者や怪我人は出なかったし」


「ガムラがここまで策士だったとは思わなかったぞ」


「いや、この副団長ってやつの死に方がな、余りにグロくて」



 私の後ろから、声が聞こえた。振り向かなくてもわかる。魔王幹部の連中だ。

 こいつらのせいで、レイラは死んだんだ。


 ……憎い。


「なぁ、死ねよ」


 無意識にそんな言葉が、私の口から出ていた。


「ああぁああああ!!!!」


 振り向き様に、白銀の剣を振り抜いた。

 女の魔族と、ガムラの胴体を真っ二つにした。

 ガリュドと言う奴はいつの間にかいなくなっていた。


「ぐぁあああっ!」

「ちっ、【再生】!」


 女の魔族の魔法が二人の体を繋げた。

 それに目をくれず追撃する。


 女の魔族に向けてその剣を奮った。


「あぁああああ!!!!」


 頭を裂き、四肢を断絶する。胴体を切り刻み、無我夢中に蹴りや殴りを入れる。


 それでも、この女は死ななかった。


「あああああ!!」


 ──ドオオオオオオン!!!─


 剣を振り続けていると、その爆発が私に直撃した。


 ──ドオオオオオオン!!!

 ドオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!


 ……痛くも痒くもない。


 その元凶の元へ移動し、首を跳ね飛ばした。

 その頭をサッカーボールのように遥か上空へと跳ね飛ばす。


 身体は小刻みにしてやった。


 ふと、周囲を見渡すと、魔族共の有象無象が一斉に襲いかかってきた。


「はあああああああああッ!!」


 剣を無茶苦茶に奮う。殴り、蹴りを入れる。引っ掻く、潰す、ちぎる。

 私も何が何だかわからない。

 ただただ、こいつらが憎い。憎い憎い憎いぃぃぃい!!!!



 私の剣が、弾かれた。そんな事関係ない。魔力を最大に込めた両手で、身体で暴れた。


 それは、血の惨劇だった。


 しかし、魔族達は死なない。あの女のせいだ。


 その女の元へ向かい、思いっきり彼方へと蹴り飛ばした。


「これで、やっと殺せるね?」


「なっ、化け物か!」

「ち、引くんだ!死ぬぞ!!」


「逃がすかああああああ!!!!」



 ──ドオオオオオオン!!!─


 その拳は、魔族共の命を簡単に散らした。


「はあああああああ!!!!」


 殺して、殺して、殺す。


 憎くて、憎くて、苦しい。


 こいつらのせいで、レイラは死んだんだ。

 許せなかった。



 気がつけば魔族共の血溜まりの中、いくつもの肉片が転がり、無数の蒼白い【ソウル・テル】が浮かび上がった。


 幹部の女は蹴り飛ばしたから居ないのはわかるが、あのガムラとガリュドがいなくなっていた。


 いつの間に逃げたのだろうか。



 この場にいる、全ての魔族を殺し尽くした。



 これで……死んだ騎士達に、レイラに報いることはできたのだろうか。


 魔力を酷く使った為か、身体が痛い。全身が焼けるようだ。



 ──ガサッ─


「……?」


 そこの木の影で、音がした。


「ひ、ひぃ」


 近づくと、そこには魔族の子供がいた。


「……なんでこんな所にいるの?」


「いや、見てただけで」


「まあいいや、魔族だもんね。死んで」


 私にとって、魔族は憎き敵だ。憎しみの、殺すべき対象だ。……今なら帝都にいた騎士の気持ちもわかる。魔族は、とてつもなく憎い。例え、こんな小さな奴でも。


 その子供を、その思いを、辛さを消すように、魔力を本気で込めて、躊躇なく拳を振りおろした。


 ──ドオオオオオオンッ!!─


 衝撃から赤い砂煙が舞い上がる。その中で、ムチのような何かが迫ってきた。体を捻り、瞬時に後退する。


「お前も!魔族かあああッ!!」


 憎悪が消えない。

 ただ、レイラを殺した魔族が憎かった。私から大切な人を奪った魔族へ、復讐をしたかった。



 砂煙の中から現れた、その子供を背に隠したフードの男は、私に負けない大声で叫んだ。


「おい、何故お前らは!何故人族は!こんな小さな命まで手をかけるッ!?」


「黙れえぇぇえええ!!!お前らが!レイラを殺したからだ!!」


 涙が流れた。


「……な、お前は、あの時の」


 その気持ちを爆発させた私は、暴走する魔力を宿し、目の前の男に本気で襲いかかった。


 何かに気がついたフードの魔族のその顔は、私には見えなかった。



ちょっと「人生」という道に迷いまして遅くなりました。今回の話は書き溜めていたやつです。


今年の夏にはに続き書いてくよ!

わわわ忘れてたわけじゃないんだからね!


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