55話 死にたくない
──ドオオオオオオン!!!──
爆発が轟く。
レイラはその身に爆風の傷を負いながら、反撃の隙を窺っていた。
しかし、ジリ貧だ。このままでは埒が明かない。
「はああああっ!!」
爆炎が止んだ一瞬の隙をつき接近するが、ガムラという名の魔族はさらに上空へと羽を進める。地に居れば一瞬で接近も可能だが、上空にいたら攻撃手段も限られてくる。
この先の戦闘を考えて、あの技を使うのは避けていたが、仕方ない。
爆発する地に足を着いてガムラとの距離を測る。
「【所極斬】ッ!」
そして、剣をその場で振り払った。
それは爆炎の先にいたガムラの左肩を深く抉った。
「ぐああっ!?」
爆風に負けないような絶叫が聞こえた。その隙に跳躍して近づくが、更に上空へ昇っていってしまった。
すると続いていた爆炎が止んだ。
「ぐうっ、貴様!何をした!?」
「斬っただけですよ」
いつか、リル様が目を輝かせながら、斬撃を飛ばしたとはしゃいでいたのを思い出した。
ネタを教えると、リル様は私にはできないと少し残念そうにしていた。
実際、斬撃を飛ばした訳では無い。
「ちっ!【爆炎轟歌】ッ!!」
──ドオオオオオオオオオオオンッ!!──
レイラのいる一帯が、爆炎によって大きく抉られた。
さすがに耐えられないと思ったので、勢いよくその範囲外へと移動する。
ガムラという魔族は、遠距離でかなりの魔法を使った為か魔力をかなり消費したらしく、高度を下げてきた。
爆風に隠れながら追撃する。
「【所極二斬】ッ!」
見えぬ斬撃は、ガムラの胴体と首を確実に跳ね飛ばした。
重力に従い、地に落ちていく。
……首を跳ねたのだ。さすがに死んだだろう。だが、その体から【ソウル・テル】が出てこない。まだ息があるのだろうか。
「っ、あの爆風でのダメージが、思いの外ありましたね」
身体から瞬時に魔力を放出し、その身へのダメージを減らしていた。そう、爆炎の中では常に魔力を放出し、それを耐えていたのだ。
「くはっ、死ぬ所だったぞ、おい」
「ッ!?」
ガムラが落ちた場所からとんでもない魔力を感じた。咄嗟に距離を置く。
まさか、まだ生きていたなんて。
直ぐに、爆炎が目の前に迫っていた。
咄嗟に魔力を展開する。
──ドオオオオオオンッ!!!──
「くっ、」
爆炎が止んだ。かなり身体が軋む。魔力の残りも後少ない。
「おいおい、まだ死なないのかよ」
「あの爆炎をくらったら、私でも無事では済まないっていうのに……さすがですね、人族の騎士は。つくづく忌々しい」
土煙が薄くなると、その先に2つの影が見えてきた。そこにはガムラと、隣に並ぶ女の魔族がいた。
額から嫌な汗が出てくる。
「これは、不味いですね」
ガムラの首や胴体、更に肩の傷すら治っている。あの女の魔族の魔法と考えるのが妥当だ。
剣に目をやる。……刀身が欠けている。やはり、あの距離での【所極斬】は剣に深刻な傷を負わせた。この剣能は、強力な分負担が大きい。
焦りを隠すように剣先を向けると、不快な顔をした女の魔族が大袈裟な身振りをしながら話しかけてきた。
「自己紹介をしましょうか。私は魔王幹部の一人、マーラ・ペインといいます。貴方のような忌々しい人族が大の嫌いです」
予想はしていたが、二人目の魔王幹部。それも厄介な能力だろう。あの女を先に仕留めるとしても……それは厳しいだろう。でも、私が負けるとリル様が戦うことになるだろう。ここで魔族を足止めするには理由がありすぎる。いや、私が倒さなければならない。
「私は負けられません。登場して直ぐに終わってしまうのは可哀想ですが、本気を出させてもらいます」
「ぁあ!?……おっと、品のない言葉が出てしまいました。まあどちらにしろ、貴方には死んでもらいますけどね」
「ああ、そうだな。……品がないのはいつもだろ」
「はあ!?おい、くそガムラ!てめ──っ!!」
話に付き合っている余裕はない。マーラという名の女の魔族が横を向いた隙に、急接近して左腕を跳ね飛ばした。
「っち、くそが!【再生】」
マーラの飛ばされた左腕が意思を持ったように宙を舞い、癒着した。
呆気にとられたが、次の標的はマーラではない。ガムラだ。
また上空へ飛ばせる訳にはいかない。秒で終わらせる必要がある。
「はあっ!!」
無数の突きと斬撃を浴びさせた。ガムラは魔法を使う間もなく切り刻まれ、その命を落としたかのように地に倒れた。
後は一体一だ。
「【所極斬】ッ!!」
マーラの両足首を、切りとばす。
「ちょ、ガムラ!?しまっ」
動揺し、地へ崩れ落ちるマーラの目の前へ迫る。そして剣を脳天へ突き刺した。
いや、突き刺したつもりだった。
「ぐはっ……」
地が血に染まる。
吐血したのは……私だった。
腹部や胸部に違和感を感じる。恐る恐る腹部を見ると……真っ赤のクリスタルのような物が私の身体の真ん中に、突き刺さっていた。
いや、まるで生えていた。
その真っ赤のクリスタルは私の中で広がり、地に倒れると、結晶が結晶の根を張った。
身動きは取れず、ただただ身体から血が流れ出す。
何が起こったのか、わからなかった。
「ひっ、何よこれ、気持ち悪過ぎるでしょ!?」
頭上から女性の声が聞こえる。マーラだろう。
「ゴフッ、」
声が、出ない。
「ちょっと、ガムラ!【再生】っ!ほら起きて!」
「ぅ、あぁ、助かった」
「それより、早く帰るよ、さすがにあれは気持ち悪すぎる」
「……なっ!?あ、あぁ。わかった」
ゆっくりと目を開くと……その先で空へ飛んで行く二つの影が目に映った。
私は……負けたのだろうか。
私は、死ぬのだろうか。
胸が焼けるほど熱く、身体が凍えるほど寒い。
なんで負けたのか、わからない。
なんで身体が動かないのか、わからない。
死が近づいている事が……何故かわかる。
この先、確実な死が、待っている。
何故だろう。涙が出てきた。
「ゴホッ、ゴフッ!……」
口から血が勢いよく吐き出る。
あぁ、リル様。ごめんなさい。負けてしまいました。私は、このまま死ぬのでしょうか。
やり残した事が、沢山あります。死ぬ訳にはいかないのに……
私の実力が、足りなかったせいです。
リル様に、まだ教えてない事が沢山あります。今死んだら、未練ばっかりになってしまいます。
「ゴフッゴハッ!!」
帝都に残してきた、ガルも心配です。
ガルの鍛冶屋……ちゃんと改装されたかな。
お客さんに、ちゃんと良くしてるかな。
私がいなくなって、悲しくならないかな。
一人にして大丈夫かな。
「……」
リル様は、とても優しい方です。私が死んだら、泣いてくれると思います。
でも、泣いて悲しくならないで欲しいです。
私がいなくなっても、力強く生きて欲しいです。
私が編み出した《無敗の剣術》を、受け継いでくれて、本当に、嬉しいです。
これから、もっともっと、もっと強くなって、私みたいに負けないように、死なないように。
こんな所で死ぬなら、帝国騎士副団長じゃなく、普通の生活を送りたかった。
でも、あの時ガルに拾われて、本当に良かった。リル様に出会えて、この数ヶ月間、とても楽しかった。
ガル。リル様。私の事を、忘れないでほしいなぁ。
あぁ、死にたくないよ。
──コツ、コツ─
「【朱漿縛・解】」
魔力の込められた言葉。その胸の結晶が、精血へと変換する。
「良くやってくれた、副団長」
その現場で、堪えきれない程の笑みを浮かべた者は、嬉々として叫んだ。
「さあ、暴れよ!勇者よ」




