51話 死闘を越えろ
──迷宮攻略7日目。
なんて言うか、さすがに飽きてきた。
最初は珍しい事ばかりで興奮してきたが、それが見慣れてしまうと面白くはない。
しかし、それでもとてもいい修行になっているとは思う。
そして今いる場所は地下六階。困った事に落とし穴がふたつあるのだ。
「レイラ、どっちだと思う?」
「……少し待ってて下さい」
レイラが抜刀して右の落とし穴に突っ込んで行った。
──ギャアア!!グァア!ゴアアアッ!!──
「……おかえりレイラ」
「はい。ただの行き止まりでした、左ですね」
モンスターハウスをなんともしないレイラがかっこよすぎるんだが。
──迷宮攻略9日目。
夢が叶った。夢が叶った。
揺れるものに騎乗しながら心も踊る。
私は相棒をみつけた!
キ〇ーパンサーが目の前の通路を走っていたのだ!
自分を抑えられなかったよ!後で絶対怒られるけどまあいいさ。
お前の名前はボロンゴだ!
あの爽快なワンテンポ上がったBGMが流れてくる。
さあ!広い世界へ大平原のマーチと行こうじゃないか!
「……ねえ、いつから後ろにいたの?」
「最初からに決まってるじゃないですか」
レイラが微笑みながら剣を抜く。
「まって、これには深いわけがあってね、昔の私の相棒なんだああああああ」
──ザシュッ!──
「いやあああ!ボロンゴぉぉぉぉおお!」
──迷宮攻略15日目。
また夢が叶った!夢が叶った!
揺れる相棒に跨りながら心も踊る。
そう!久しぶりだな相棒よ!
さっき遠目で見つけたから一瞬で騎乗したのだ。
怒られるけどそれでもいい。私はこいつがすきなんだ。
しかし、今回は抜かりない。騎乗した瞬間に後ろを振り返ったが、レイラは騎士達と話していたんだ!
念の為もう一度振り返るが誰もいない!
ふっ、私の勝ちだな。
やっぱり名前はプックルかな?
「ねえプックル」
「グァアア!」
「うおっと!危ないじゃないか」
キ〇ーパンサーもどきの魔物はどんどん加速し、私を振り落とそうとしてくる。
じゃれてるのか?ふふ、負けるか!
そうしてプックルと楽しそうに(思い込み)洞窟内を駆けていると前方に人影が見えてきた。
「ちょ、やばレイラだよ!プックル逃げて!」
「グァアアッ!」
レイラはいつの間に回り込んだのか。
プックルは私を落とすのに必死で気がついてない。
レイラが抜刀したのが見えた。
「やはいよ!プックル逃げて!殺されちゃう!」
「グァ?グァアア!?」
レイラのすぐそばまで近づいたので、混乱状態のプックルもやっと気がつき、その殺気に当てられ急ブレーキをかける。
レイラが一歩踏み出す。
プックルが二歩後退する。
レイラが笑みを浮かべた。目が笑ってない。
「ひっ、プックル!逃げて!!」
「グァアア!!」
プックルは一瞬でUターンして全力で駆け出す。私は思いっきりプックルにしがみついた。
「逃げるんですか?」
「「ッ!!」」
恐怖のあまり、まるで本当のパートナーのように完全に気持ちが一致した。
後ろを振り向くとめっちゃ近くでレイラがついてくる。
「ひぃい!プックル!もっと早く!」
「グ、グァァアア!!」
「遅いですねっ!」
──スパンっ!──
「ああ!プックルぅうううう!!」
「グアアァァァ……」
──迷宮攻略21日目。
私達は地下十九階層まで到達していた。
記録には10~20階くらいはあったと書いてある。
つまり次の階層、地下二十階層がボス部屋かもしれない。
この洞窟にもヌシのような魔物がいるらしく、やっとRPG要素が出てきたなと思った。
それにしてもこの20日間はとても濃い内容だった。
十階層を過ぎてくらいから魔物がとても強くなり、交戦に時間がかかるようになったのだ。
といってもレイラから教わった事を忠実にすればなんとかなるレベルだったが。
この調子だと1ヶ月以内で帝都へ帰れそうだ。
そして今、目の前には大きな穴がある。今までよりも大きい。飛び込めということなのだろうか。
「レイラ、みんなで飛び込む?」
「う〜ん、この洞窟の主だというのならその方が身の安全がとれますね」
「まあ、私の訓練だし騎士達は何かあったらよろしくという事でどう?」
「では2人で飛び込みますか。ここで待機していてください。呼んだら来てください」
「はい、了解しました」
「では行きますか」
「うん!」
私の飛び込みにレイラが合わせて穴に落ちていく。とても広い空間にでた。
ああ、いかにもボス部屋だ。
すると、奥へとひろがる巨大な道から大きな怪物がぞろぞろと出てきた。
「なっ!リル様、あれはミノタウロスです。それも覚醒しています」
レイラが驚くという事は相当強いんだろう。覚醒っていうのは知らないが、魔物のパワーアップか何かの状態の事だろう。だって口から煙出てるし目がめっちゃ光ってるし。
その覚醒した青のミノタウロスが8体、そして奥から赤のミノタウロスが2体出てきた。
「赤のミノタウロスなんて……聞いた事ないです。恐らくかなりの強敵ですよ」
そして全ての個体がその身に合った巨大な斧や剣を持っている。
個々の力が優っても、この数相手は不利すぎる。
「リル様、これは私達だけでどうにかするのには数が不利です。騎士達を呼んだ方が……」
「いや、大丈夫だよ。それにレイラも手を出さないで」
「っ!?何を言っているのですか!状況が、危険がわからないリル様じゃないでしょ!?」
「うーん、本当に駄目だなって思ったらすぐ引くよ。簡単に引き下がりたくないって気持ちもあるし、私がどこまで通用するかも試したい。相手の戦力が未知数だからこそ、私は挑戦したいんだ」
「リル様、しかし……」
「ねえレイラ、私は貴女に剣を教わったんだよ。私の晴れ姿を一足先に見て欲しいの。私は……勇者だからさ」
「っ!……わかりました。危ないと思ったら私も直ぐに参戦します」
「うん、ありがと」
レイラが渋い顔で端の方へ移動した。
……レイラに悪かったな。心配するだろうな。でも、私は強くなった。もっと強くならないと……まだ死ねないから。
強くならないといけない。
レイラはそんな私の意志を汲んでくれたのかな。
「あなた達は私の踏み台になってもらうからね、覚悟してよね」
愛剣を優しく撫でて抜刀する。
光を反射する白銀の刀身が、その矛先がミノタウロスに向けられた。
それを挑発と捉えたのか、青のミノタウロス8体が一斉に迫ってくる。
「「グロオオオオオ!!!」」
「はっ!」
同時に振り下ろされた2本の巨大斧の攻撃を、その身一つで、一本の剣で受け止めた。
身体に魔力が巡っているのがわかる。
剣で受け止めた巨大斧を弾き返そうとすると、真横から別の巨大斧がすごい勢いで迫ってきた。
斧と斧の隙間に入って、横から迫り来る斧を蹴り2体のミノタウロスの顔前まで来た。
「【魔砲】ッ!」
─ボンッ!!─
目の前の空気を左拳で殴りつける。するとそこから魔力が大砲のように発射され、ミノタウロスの上半身を吹き飛ばした。
この技は唯一私が使える魔法である。
いや、魔法というほど立派なものではない。
何回も魔力を練ろうとしている内にそれをコントロールするのは不可能だとわかった。しかし、練った魔力を吸魔石に吸わせないと体内に留まり魔力暴走と共に激痛と身体破壊が起こるので魔力を体外に出す特訓を行った。つまり、放出することによって、魔力を練った痛みを軽減することに成功した。
しかし、ただ魔力を体外に垂れ流すのは勿体ないと、どうにか攻撃手段にならないかと考えたのだ。
それが拳に魔力を集めて前方へただ放つという荒業に至った。
威力は魔力に依存する。つまりランダムな攻撃力と言って良い。
しかしこれ程魔力の無駄使いと言っていいものは無いだろう。弱い相手には確実にオーバーキルになるコストの問題、攻撃に必要な魔力とただ体から垂れ流す魔力がごっちゃになっていて消費が激し過ぎるのだ。
普通の人間がこれをすると一瞬で魔力が枯れるだろう。無駄に魔力を持ち合わせているリルならではの必殺技なのだ。
しかし、身体を経由するため使い過ぎると激痛と共に身体が傷ついてしまう。それがリスクだ。
「あ〜、やっぱ痛むなぁ」
左手で魔砲を放った為、右腕の剣技は健在だ。自由落下中、斧が頭上から降ってきたので剣を斧に添えて自身の体の位置を少しずらし、その斧を伝ってミノタウロスに接近した。
脚に力を込めると魔力も無意識に比例して込められ、目に見えない速さでミノタウロスの首を吹き飛ばした。
あと6体……
一体のミノタウロスが口から魔力の咆哮を放ってきた。まるで魔力のビームだ。
それを軽く躱すと、真上から別のミノタウロスが降ってきた。
「なっ!はあっ!」
その胴体を真っ二つにしてやった。
するとまたその上から……
「ああ!しつこいっ!【魔砲】ッ!!」
その攻撃はミノタウロスの胴体に風穴を開けた。
「はあ、つっ、左腕の魔砲は次で最後かな」
それにしても数の暴力って凄い。休む余裕が無いんだもん……でも、あと4体。
ミノタウロスも体勢を整える為か、若干距離を置いてきた。
その隙に息を整える。
いつの間にかそばに来たのか、レイラが心配そうに聞いてきた。
「リル様、私も」
「まだ、いけるから大丈夫」
そう、答えは決まっている。ここを乗り越えないと駄目なんだ。
「そう、ですか。わかりました」
レイラがさっきの場所まで下がって行った。余計に心配させちゃったかな。後で謝らないと。
ん?赤のミノタウロスがいな……っ!
「リル様!上!!」
レイラの声に反応して真上を見上げた時には、もう遅かった。私は赤のミノタウロスに潰された。
─ドゴオオオンッ!!─
爆発的な砂煙が充満する。
「ぐあっ、くっ」
かなりのダメージをくらってしまった。でも、まだ大丈夫。
「はああああああっ!!!」
赤のミノタウロスを両手で持ち上げ、その手にした剣で真っ二つに斬り裂いた。
ズドンっ!ズドン!!
「はぁ、はぁ……くそ、まだ!」
休ませてくれない。しかし、こんな攻撃を受けても凹みもしないレイラのおさがり防具が頼もしい。青のミノタウロスは疲労している私に身体中から煙を吹き出して接近してくる。
斧の軌道を読み、そこに合わせて剣を置く。軌道をずらされた斧は地を掘り進み埋まって動かなくなった。
それに焦っているミノタウロスの腕を切り飛ばし、首を狩った。
あと3体と、赤1体。
青のミノタウロスが火を噴いてきた。ミノタウロスって火を噴けるのか。
跳躍して躱すと次は斧が2本飛んできた。
高速に回転しているが関係ない。剣は添えるんだ。そして軌道をずらす。
レイラから剣術を学んでいなかったら力技ではね返そうとしていただろう。剣術をちゃんと学んでいてよかった。
丸腰になったミノタウロスは焦った様子もなく、その拳を突き出してきた。
合わせてやる事にした。
「はっ!」
力を込められた私の拳には強力な魔力が乗り、それはミノタウロスの腕を粉々に砕いた。
絶叫を上げるミノタウロスの肩に乗り、首をはねる。
もう一体の丸腰ミノタウロスも強力なグーパンをボディに決めて蹲ったところで首を切り飛ばした。
最後の青のミノタウロスは既に勝負にならないだろう。懐に入り込んで、下から真上へ2つに割いた。
さすがに息切れする。こんなに動いたのは初めてかもしれない。
最後は赤のミノタウロス一体か。1対1ならなんとかなると思っ……
「リル様!危ないッ!!」
「え?ぐっうああああ!!」
─ドオオオオンッ!!─
何かに吹き飛ばされた私は、この広い空間の端から端まで地面を転がり、その壁に叩きつけられた。身体が埋まり瓦礫が酷い音を立てて降り注ぐ。
「ぐ、、うぁ……っ」
全身が悲鳴をあげている。
強力な攻撃をまともにくらってしまった。最後に見えたのはぶっとい赤い拳。いきなりの横からの攻撃を対処しきれなかった。咄嗟に力んだ為、身体に魔力が巡り致命傷と意識が飛ぶことは防げたが、身体が痛すぎる。
目の前には赤のミノタウロスがいたのに。瞬間移動をしたとでもいうのだろうか。
そんな攻撃を受けても手放さなかった愛剣を突き立て、瓦礫を押しのける。そこから見た光景は、信じられないものだった。
「なっ、んで……もう1体いたの!?」
2体の赤のミノタウロスが私の方を見ている。
「まって、……っ!!まさか」
立ち位置から私の事を殴り飛ばしたであろう赤のミノタウロス、胴体に線のようなものがある。
死んでなかった!?体を真っ二つにしたのに!?再生したとでもいうのか……
なんとか体勢を整え、剣を構える。深呼吸を繰り返すと痛みが引いていく。
ここでレイラに任せるのは間違っている。私が、私の力で勝つ意味があるのだから。
レイラは黙って私を見ていた。私の気持ちがわかるからだろう。
この死闘の越えてこそ、強くなれる。
軋む身体に力を込めて、突進する。
「はあああああ!」
「グロオオオオオッ!」
赤のミノタウロスが飛んでくる。突進の勢いを殺さずに横にずれ、その腕を下から上斜めに斬り裂いた。
「グロオオッ!」
腕を割かれた赤のミノタウロスはもう片方の手で腰の巨剣を抜いた。
「吹き飛べ!【魔砲】ッ!!」
反撃の隙を与えず腹元にゼロ距離で魔砲をぶち込む。さすがの頑丈さを誇る赤のミノタウロスでも綺麗な大きい風穴を開けた。
そのまま仰向けに倒れると動かなくなった。まだ死んでないのだろうが、傷が大きいので再生に時間がかかるのかもしれない。
そしてもう左腕は使えない。
目の前には無傷の赤のミノタウロスが巨剣を構えている。
今度こそ本当の1対1だ。
赤のミノタウロスが物凄い勢いで接近してくる。
上段から振り下ろされる剣を横へ弾く。真横からの斬撃は上下にずらす。突き出される剣先は軽く躱す。その繰り返しをひたすら行う。
段々と相手の剣が単調になって行き、それを自らの絶好へ誘導する。隙は与えない。隙は作るもの。ただひたすら流し、力まず滑らかに相手の攻撃を全てを支配する。
これがレイラの……私の剣術。
「無敗の剣術だよ」
気がついたら私は剣を振りかぶっていた。
突いてきた巨剣の上を走り、一瞬で頭上に移動した。
「さよなら、ありがとう。私はもっと強くなれる」
強敵だった。
振り下ろした剣は赤のミノタウロスを首を刎ねた。
鞘に刀身をしまい、右腕に魔力を込める。
風穴の開いた赤のミノタウロスも延長におき、最後の大技を繰り出した。
「【魔砲】ッ!!!」
─ドォォォオオオンッ!!!─
それは2体の身体を完全に消し飛ばすほどの威力だった。
「へへ、やった」
地面に倒れ込み、全身の力を抜く。本当に疲れた。
達成感が凄い。頑張ったよ。これで私は……
ズンッ……ズンッ……
ん?何だこの音。どんどん近くなる。
ズンッ……ズンッ!!ズドンッ!!!
え?な、そんな……
痛みで重い身体を引きずり顔を上げると……そこには先程の個体とは比べものにならない程の、巨大な黒色のミノタウロスがいた。
こんな、事って……
全てを出し切った。もう戦える力は無い。必死に頭を働かせようとするが、状況に混乱する。
そんな中、コツコツと私により近づく足音が耳に響いた。
「……リル様、お疲れ様でした」
「レイラ……?」
「先程の剣術は素晴らしかったですよ」
「あはは、ありがとう」
私が力無く笑みを浮かべると
「……後は任せてください」
横たわる私の前に立ち、レイラは優しく微笑んだ。




