47話 新しい剣
その後、私主催である会議が開かれていた。
「そう、第一回ゴミ屋を良くしようの会ー!」
「おおお!」
私のテンションに合わせ、ガルが拍手をする。
「リル様……第一回って、第二回があるんですか?」
「それは未定だよノリだよ!」
レイラの立場は帝国騎士副団長であり、それは国を代表する立場の重要人物だ。今は勇者の護衛という任務についているからこの鍛冶屋に来れたが次いつ店に来ることができるかわからないと思う。
それまでレイラはガルのことを心配すると思うし、だったら今のうちに改善策を練ったほうが良いのではないかと思ったのだ。
「まず、外装は全て取り壊すとして」
「ちょっと待った!あれは俺が金をかけて試行錯誤した……」
「全部無駄でしたね、では取り壊しということで」
「そんな……そんな……」
あぁ、なんかガルさん可哀想。
でもレイラの言うようにあんな外装をしていたら客なんて寄ってこない。絶対に。
私も取り壊しが正しいと思うなぁ。
「ねえ、ガルさん。気になっていたんだけどさ、入口上の大きな看板に書かれた上下逆の文字……あれまさか店の名前?」
「あぁ、それは私も気になりました。『ゴミ屋』とか、なんの冗談かと頭が痛くなったものです」
レイラが眉間を指で摘みながらため息をつく。
そんなレイラの心境に反して、ガルは自慢をするように語り始めた。
「あぁ、前は『ガル鍛冶場』という名前だったろ?」
「はい、帝国の鍛冶屋では店主の名を店の名にするのが常識ですが……」
「俺はそれじゃ、古いと思ってな」
「は?」
レイラの目が点になる。
「ひと目でわかる最強の名前にしたくてな!『最強鍛冶屋』『剛極鍛冶屋』!!だが俺はそんな安易なネーミングにしなかったんだ……そう。そこで引っ掛けたわけよ……」
誰に引っ掛けたんだよ……と、心の中で秒で突っ込んだ。しかしこの流れは想像がつく。そっと隣を見ると鬼がいた。
背筋が凍るような悪寒にゾッとした。
「で?」
「でよ、敢えて駄目な名前にしたんだ……それも上下逆でな!」
「「……」」
もはや何も言うまい。とにかく隣にいるレイラが気になって仕方がない。
「ふははは、この意味がわかるか?最低の言葉を上下逆にした事で、最上級の名へと変わるんだよ!」
「さすがに、いやここまで馬鹿だとは思いませんでした。馬鹿に申し訳が立たない程馬鹿ですね」
やばい、レイラの目がゴミを見る目だ。
「何言っているんだ!この意味に気がついたら絶対入店するだろ!」
「元々ゴミ屋のような外装している建物が、ゴミ屋と掲げたらゴミ屋でしょ?いや、ゴミ屋と書かなくてもゴミ屋としか見えないでしょ?」
「ぐっ、それは……」
自覚はあるらしい。
「そもそも帝国では鍛冶屋は店の名に『鍛冶』を入れるのが常識なの。店主の名前を入れるのが当たり前なの。それを無くしたら鍛冶屋だと思われなくなるんだよ?」
「だからそれは……」
「私の言う事を聞くって約束したよね?」
なんか……はい論破って感じだ。
目が泳ぐガルを見下すようにレイラはスっと立ち上がり、剣を抜いた。
その仕草にガルの顔がサッと青くなる。
「わ、わかった。俺が悪かった!」
「それはさっきも聞きいた」
「もっといい名前にするから!」
「そういう事じゃ、ないっ!」
──ザンッ──
言葉の勢いと共に、レイラが剣を横薙に払った瞬間、肌に強い風を感じた。それに続くは何かを切った音。
レイラが素早く刀身を鞘へ収めると、入口付近で何かが崩れ落ちる音がした。
自然とそっちを見る。店の入り口や壁にかけて大きな切れ込みがのようなものが外の景色を覗かせた。横漏れのようにネジが飛沫を上げ、「この店凄い」と書かれた紙が真半分に舞う。一番インパクトがあったのは、半分欠けている古びた看板が入口にある地割れに突き刺さっていた事だ。
レイラがやった事なのだろうか……それも店内の備品に一切の傷をつけずに。
って、え?斬撃を飛ばしたとか?いやいや嘘でしょ?レイラって何者なの!?
「はぁ……少しはスッキリしました。後は残骸を処分して新しく常識のあるものを作り直しましょう。後で私が手配します。後、店の名前は『ガル鍛冶場』にすること。わかった?」
「はいぃ!わかりました!!」
あぁ、こりゃ逆らえないわ。ガルが複雑そうな表情をしながら入口を見つめていた。
───
ガルが感慨深く店の入り口の残骸を集めてゴミ箱に入れている。そんな光景を風通しの良くなった店内の客間から眺めていた。
あの斬撃の話は後で聞くとして、レイラに一応注意した。あの時外に客がいたら危なかったんじゃないかと。そしたら「こんな店に客なんて来ませんよ」と笑っていた。
そうとう頭にきていたらしい。
レイラが暖かいお茶を新しく注いでくれた。そしてそれを飲み干した頃にガルが客間へと戻ってきた。
「待たせたな……」
「本当ですよ。今日はガルにお願いがあって来たんだから」
やっと本題に入れると、レイラは私に申し訳なさそうな表情をした。
「いや、大丈夫だって。こういう体験初めてだし」
「そもそも、なんでレイラはリル様を連れてここまで来たんだ?というよりリル様は何者なんだ??」
そう言えばまだ自己紹介してなかった。
「あー、私勇者なんだー」
「え、えぇぇええ!!!?!?」
一拍空けて、ガルが私を凝視しながら叫び出した。え、腰抜かしてる?
「ちょ、リル様!内密にと」
レイラが慌てたように立ち上がる。
「あ、いっけね」
とりあえず舌を出しといた。
「えぇぇええ!!!?!?」
ガルはそんな私とレイラの会話を聴きながら、指さしながら叫ぶ。
どうやら信じられないようだ。あ、腰抜かしてる。
なにも民の前で行われる演説の際に初めて勇者の顔を明かす予定となっており、それまでに知ることができるのは王様の許可した人だけなのだ。
ガルが口を滑らしたりでもすれば首が飛ぶ。
今、その事をレイラから知った。
そう言えばバレないようにと王様も言っていたな……
今回の勇者は異界の勇者と呼ばれ、初代勇者以来の英雄と城下町で噂されている。ガルはそんな勇者が目の前にいて、ましてやレイラと一緒にいるなど……とても信じられなかった。そりゃレイラが護衛で様付けとはどこかの貴族かと思ったが、まさか勇者様だったとは予想すらしなかったし、そもそも勇者は男性だと思っていたのだ。まさに頭がオーバーヒートである。
そんなガルの両肩をガシッと掴み、レイラが必死に丁寧にゆっくりと無駄に優しく語りかける。
「ガル、よく聞いて。馬鹿なあなたにもわかりやすいように説明するから。リル様が勇者様ってことを絶対に秘密にして。誰にも言っちゃダメ。というか忘れて。」
「そんなこと、言われなくてもわかるわ!俺だってまだ死にたくない……」
気軽に自己紹介したつもりが、知らぬ間にガルの身を危険にしてしまったらしい。二人の表情を見てそのことに気がついた。
私の立場は、私が思っているより重いんだ。
「あの、本当にごめんなさい!」
頭を下げた。私の失態だ。
そんな私をレイラとガルは優しくフォローしてくれた。
「リル様が謝らないでください!護衛として止められなかった私の責任でもあります。幸いガルが口を閉じていれば口外した事が無かったことにできます。……帝国騎士副団長という立場の私が言ってはいけない事ですが」
「レイラの言う通りだ。俺は口外なんぞしないから安心しろ。まあ、そういう意味では聞いたのが俺で良かったな。この事は三人の秘密な」
「うん、わかった……」
最後に二人が笑ってくれたおかげで救われた気がした。
「とは言えレイラ。お前はそんな大役を任されていたのか……俺は感慨深いぞ」
「剣技を教えする指導係に任命されて……それで護衛をやらさせてもらってるの」
まるで何もなかったかのようにふたりは話題を切り替えた。重大な事だと言ってたのに…………あぁそっか、なんだかんだ言いながらレイラはガルさんのことを信頼しているんだ。
レイラが敬語を使わない相手は初めて見たし……
なんだか私がうじうじしていたのが馬鹿らしく思えてきた。
「でも、もうすぐレイラに勝てそうなんだよ!」
「ほんとか!そりゃすごい!」
「ふふ、まだまだですよ。ですがリル様に剣技で適うのは既に団長か私くらいでしょう」
私の宣言に対してレイラは嬉しそうに微笑んだ。
「それじゃ、剣の腕も一人前ってことだ。大体読めてきたぞ。勇者の秘密特訓と呼ばれる遠征に使う剣を探しにきたのか」
「はい、その通りです」
「それでね!レイラが腕の良い鍛冶師って教えてくれたんだよ!」
「まぁ、ガルの腕は誰よりも認めてますからね」
「はは、よくわかってるな!」
ガルは立ち上がり、職人の表情を作った。
「リル様に合う剣を見繕ってやる」
初めて頼もしく見えたかもしれない。ガルについて行くと、店内に飾られていた一本の剣を渡された。
「片手で振ってみろ」
言われた通りに振ってみた。
……思ったより軽い。
「ほぉ、これは驚いたな。片手なのにしっかりと剣を振れている。剣跡がとても綺麗だ。さすが、レイラが指導しただけはあるな」
「リル様は私が教えてきた者達の中でもずば抜けて剣の才能があって、それはもう驚く程の成長スピードで」
「あはは」
褒められるのは嬉しいけどどこかむず痒い。
「ではこの剣を振ってみろ」
ガルはガラスのようなショーケースに入った剣を指さした。見た目でも既に重そうだ。
剣や棚を傷つけないようにそっと掴み、両手で持ち上げる。
おっと、これは重い……けど、持てる。
無意識に体に込められた魔力が身体強化を促し、それに適応した私は剣を悠々と掲げた。
軽く振ってみると、ブォンといった音が鳴る。
そんな一連の動きを見ていたガルは目を丸くしていた。
「これは驚いたな……この剣を軽々と振るか」
「リル様は魔力を纏う身体強化が凄いのですよ」
確かに私は身体強化をしている。体感的には凄いと言われる程ではないと思っていたが、城内の展示品である模様の入った巨石を持ち上げられた時は自分に驚いたものだ。
1キロのダンベルを持ち上げる時、常に全力ではなくそれに応じた分の筋肉を無意識に使うのと同じ感覚だ。
ただ、私の場合はその上限が今のところ不明であるが。
「しかし、これで欠点と色々わかったぞ」
そんな私の軽い素振りにガルが職人の目付きで指摘した。
「確かに剣は振れているが、それはただ振っているだけ。剣を振るうには足りていないな」
「はい、それは次の遠征で気がついてもらうつもりでしたが……」
なんの事だがさっぱりわからない。ただ、私にたりてないものがあるのだと思う。
「まぁ、レイラの剣術は組み込み式だからそれを教えるにはそこまで関係はないと思うが……まだ剣を剣として使えてないな」
ガルが私に鋭い言葉を発した。
さっきまでの駄目な人とは思えない変わりようだ。
「私は剣を使えてない?」
ここ数ヶ月、ずっと剣を握ってきた。まだまだ足りてないと思うが使えてないと言われるのは心外だった。
しかし、次にガルに言われた言葉は盲点だった。
「剣はな、斬るための武器だ。叩くものじゃないんだ」
思わずレイラを見ると静かに頷いていた。
レイラから剣を学び、その過程では危険との事で刃を潰したものを使っていた。
そしてレイラからは敵の斬り方では無く、守り方を、凌ぎ流す型を学んできた。
最後の一撃を、絶対に当てられる最高の一撃を叩きつける。余計な攻撃を繰り出さないと、そう教わった。
良く考えればわかる。剣は本来斬るものだ。
斬らずに流し続けるという方が邪道なのだ。
「レイラの剣術は合理的で肯定しているが、俺は鍛冶師だ。正しい剣の使い方を知らないやつに剣の本質を知ってもらいたいものだ」
「私だってガルに色々教わってきました。それくらいわかってますが、実際にリル様に自ら気がついてもらいたかったのです」
そんな感じでレイラは拗ねたように言った。
レイラとの立ち会いで斬る事を頭にしながら剣を振るったことがない。斬ろうと振ったことがないのだ。遠征では魔物を殺すらしい。剣で肉を断つ……その時にレイラは気がついてほしかったようだ。
敵を斬るというのはただ振っているだけでは駄目だと。
いつもレイラは私が自ら気がつくまでその事を繰り返し続ける。その教えはとても自らのためになるし、考える必要がある。
今回は先に答えを知ってしまったが、とても理解できた。
「ほら、お前らは剣を選びに来たんだろ?この剣はどうだ?」
ガルが持ってきたのは細い長剣。
柄の部分に不思議な何かを感じる。まるで魔力を吸う《吸魔石》のような感覚だ。
「この剣は所持者の魔力を吸い、比重が増す。魔力があり力がある者におすすめの逸品だ」
感覚的に相性が良さそうな気がする。
ガルからその剣を受け取る。
最初の重さは普通だった。自然と魔力が込められる。
結構重いな。え……ちょ、重い!ん?軽い……のかな?、!?いや、重い!!
どんどん魔力が吸われ、どんどん剣が重くなる。その重さに適応するため体に自然と魔力が巡る。するとより剣が重くなり、さらに魔力が込められる。
「リル様!剣を離してください!!」
「う、うん」
このままじゃまずいと私も思った。レイラの言う通り剣を手放すと、
──ズドンッ!ゴオオォォ……──
と、逞しい音と共に真下の地中へと消えていった。
「「「…………」」」
「えっと、幾ら?ちゃんと弁償します」
「いや、いいんだ。驚いたがこれがあの剣の運命だったんだ。……そうだ、この剣を持ってけ!」
手渡された剣はこれまた長剣で、刀身が白銀の光沢があり……
「うん、これにする!ありがとうガルさん!」
「おう!お代はレイラに任せろ!」
「……俺に任せろとは言わないのですね」
色々なゴタゴタがあったが無事に剣を手に入れる事ができた。
何の効果もない剣と言っていたが切れ味は凄いものだ。有難く頂戴した。
試し斬りをしたいので早めに城内の訓練所に戻る事にした。
「ガルさん!色々ありがとう!またね!」
「おう!また来いよ!レイラもな」
「私の手配した大工にいちゃもんつけないでくださいね!」
なんだかんだこの鍛冶屋に来てよかった。それにレイラが嬉しそうで良かった。
帰り道、レイラはガルさんのことを父親で恩人だと言っていた。レイラが幼い頃、ガルさんに拾われたらしいから。




