3話 忘れないで
誰もいない場所のはずだった。
暗い森の中……蠢く少女がいた。
死んだ……彼は死んだ。
死んだんだ 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だあぁぁぁぁ
あぁ、私も死んだのか?
あはあははははっ!
嫌だ……嫌だあぁぁぁ彼が彼がああああああああ
……あはっあはっあははあああうああああ
《ドクン》
えへ?…なんだ?
《ドクンッ!》
はははっなんだああああああ
《ドクンッ!!》
……ああああ!?!!???????
そこへ一人の青年が現れた。
「おい、そこの君。
何をしている、大丈夫か?」
(彼だ!!)
「あぁ……やっぱり夢だった!!あんなの嘘だったよね!貴方が目の前からいなくなるなんて……良かった、ああ良かった!!あのね、好███████」
(こえが?!?)
─少女の世界が止まった─
思いを告げられた《彼》は ……
どこからか現れた猛獣に生きたままゆっくりと、
肉を割く様に……喰われた。
そして《私》も……
……肉を裂かれて死んだ。
────────
──いつもと変わらぬ日常での違和感──
目を覚ますと私は机に寄りかかっていた。
半目の目を両手で擦り、欠伸をする。
何かがおかしいと、違和感を感じた。
どこ?ここは……
なにも思い出せない……思い出した!
って、急に私は何を言ってるのかしら。
私は……私の名前はエレ─ナ・ペルゼン。公爵の娘よ!
──虚無感。そして焦り──
今年で17になるのにこんな事考えるなんてどうかしたのかしら。
はぁ、最近のお母様といったら作法だの勉学などと。
きっとそのせいですわね。少しくらい休みを頂いてもよろしいでしょう!
自問自答を繰り返し、何かの安定を図る。
背伸びをして、この違和感を振りほどこうとする。
17になって面倒になった事といえば成年になった事かしら。
貴族の跡取りやらなんやらで、求婚や面会ばっかり。
どれもイマイチピンと来ないのよね ほとんどが権力目当て……
──自身の存在価値──
私はいつものように同じような日々を繰り返すだけ。
私自身が特別な事など無い ただ公爵の家に生まれただけ。
私自身の価値がわからない。
そんな事を考えていた時だった。
──それが始まった──
《ドクン》 ……?
なんでしょう?今の感覚。
どこかで……
ううん……気のせいでしょうね。
《ドクンッ》
な、なんなのよ……これは。
この暴力的な力の奔流は!?
《ドクンッ》
くっ!!? 熱い!
「はぁはぁ……」
この私が地に膝をつくなんて……
肩で息を繰り返し、胸を抑える。
《ドクンッ!!》
「くはっ!?………うあぁ!!」
何も……考えられない。
部屋の扉を誰かが叩く音がする。
「エレ─ナ様!大丈夫ですか!?」
「……《ドクンッ!!!》ぐっ!」
このままだと……まずいわ。
しびれを切らした者が、扉を蹴破り部屋に侵入してきた。
「エレ─ナ様!失礼します!!」
なっ……
あぁ…あああああああああああああ!?!???
膨大な記憶と感情が津波のように押し寄せた。
え?ああああああぁあああああぁああああああああああああああ!!!!!!?????
驚愕した。感動した。涙が出た。
そして気がついたら体が動いた。
「エレ─ナ様ッ!お気を「ヒカルうぅぅうううううっ!!!」 !?」
大きな咽び声が響いた……
エレ─ナ・ペルゼンはたまたま来日中で廊下を通った男爵 ホ─ルド・パルクム に抱きついた……
───
ホ─ルドは、エレ─ナが落ち着くまで心配そうに待っていた。
「気分はいかがでしょうか?エレ─ナ様」
「えぇ、なんとか状況がわかったわ」
エレ─ナは少しだけ冷静になれた。
そして、優菜の……前世の存在を捉えた。
何故ならこの人はヒカルじゃない。
そして私にはエレ─ナの記憶がある。
全く意味がわからない。
だが、エレ─ナは頭脳に長けて優秀だ。
しかし唐突に思い返すにはとんでもない情報量だった。
その情報処理能力をもっても整理に時間がかかった。
そして悲しみという感情の情報が私にものすごい影響を与えた。
知らない人をいきなり抱きしめるほどに。
だが……このホ─ルドって男は、多分……いや、絶対にあの彼だ
私にはそれだけはわかる。
なんでわかる? それはわからない。
彼は死んだのに?あぁ、私も死んだか。
姿形違うのになんで分かるのか。
彼は私を覚えてないのか?
「ねぇ、ホ─ルド。……もういいわ ありがとう」
「いえ、どういたしまして」
「ところでホ─ルド。優菜って……知らない?」
「……えぇ、申し訳ございませんお嬢様、存じ上げておりません」
「……そう、ならいいわ」
いくつかわかった。
まず彼は彼だ。
ヒカルではないけど彼だ。
そして私は優菜だ。……そしてエレ─ナだ。
そして、ただ今は……形変われどまた、彼に会えて良かったと私は少し、ほんの少しだけ安堵した。
───
……知らない天井だわ。
いや、エレ─ナの知識としては知ってるけれども!
気がついたら寝ていたのかしら。
っ!彼は、彼は生きて。
「お目覚めですか?エレ─ナ様」
「あ、ヒカル、じゃないホ─ルド。……良かった」
彼は生きていた。そして私も生きている。
その感情が私の心を占めていた。
「メイド長に事情を説明しときました。
それと……その、先程言われた『ヒカル』と言うのは……?」
「!? ……そう。
なんでもないわ。気にしないで、私はもう大丈夫ですから」
「はい……そのお様子でしたら大丈夫そうですね。
また何かありましたらすぐお呼びください」
「あっ……待って!
貴方は、私を?」
「? どうなさいました?エレ─ナ様」
「いえ……なんでもないわ」
「左様ですか。では失礼します」
ホ─ルドはそう言って出ていった。
1人になったエレ─ナは……様々な感情に呑まれ咽び泣き続けた。