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非愛転生〜カタオモイ〜  作者: オサム フトシ
第3章 私に必要な者
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36話 儚き幸せと共に

 



 ルナを感じた場所へ急降下し、地を風で抉り進むと薄暗い空間に出た。


 瓦礫が崩れ砂煙が収まると、目の前に白衣のようなものを着た男とその背後の壁に貼り付けられたルナを見つけた。


「ルナッ!!」


 クリスはルナの名を叫んだ。

 ルナは身体中血だらけで顔色は真っ白になっており、意識は無い。

 まるで死体のようだった。


「ルナに、何をしたぁ!!」


 クリスの濃い魔力が充満し、白衣を羽織った魔族の男はそれに当てられ身動きが取れなくなる。



「……まだ生きています。無闇に体を動かさない方が良いですよ」


 そう言い両手を挙げた。抵抗はしないという意味だ。

 カールはクリスから明確な死を感じ取り、ルナを利用してその隙に逃げるつもりだった。


 クリスは瞬時にルナのそばへ駆け寄り、その拘束を解きはじめた。



「ルナ!ルナっ!」


 手錠を解き、焦る気持ちを抑えてゆっくりと杭を抜く。するとルナが前のめりに倒れてきた。


 クリスは片腕で()(かか)えた。


「よかった、ルナ。……ぇ、ル…ナ?」


 そこで異変に気がついた。


「え、ルナ?ルナっ!?」


 ルナの手足は重力に従いまるで豆腐のように崩れ落ち、ボトボトと音を立てクリスの胸から滑り落ちた。


「──っ!!ルナあぁぁぁぁっ!!!」



 クリスの絶叫がこの空間内に反響する。

 それに反応して勢いよく飛び出した青の根は、ルナに絡みついた。


 その隙にカールは研究所から脱出を試みたが、行先にマティルが立ち塞がった。


「そこをどいてください」


「……カール。お前だけは、絶対に許さない」



 マティルは知っていた。ルナの症状はピクトルを打ち込まれた者に起こるものだ。

 体の細胞が安定しないと、簡単に崩れ落ちる。

 安定したところで人格の存在は無くなり、気味の悪い生物へと成り果てる。


 記憶も細胞も、全てを崩壊させる魔薬。

 注入してから身体に循環する数十秒の間に、打ち込まれた部位を切り落とさなければ助かることの無い。


 それがピクトルというものだ。


 ルナの様になってしまったら手遅れだ。

 それを確かに感じ取っていたマティルは、涙しながらカールを睨みつけた。



「あぁ、あの女の事は申し訳ないと思っています。なので道を開けてもらっていいですか?」


「お前は……絶対に許すものかっ!」



 まるで何も思ってないような口振りで申し訳ないと言ってきた。

 それにはマティルも怒りで狂いそうだった。


 マティルは腰に刺した剣を抜き、カールに襲いかかった。

 カールも短剣を懐から出し、それに抵抗する。


 マティルの振り下ろした剣が、カールの短剣にぶつかり火花を散らした。

 マティルの方が力は強く、カールは壁際まで吹き飛ばされた。


「本当にどいてください!邪魔なんですよ!!」



 カールは巨石を召喚したため、魔力が底をついていた。召喚士であるカールにとって、今のマティルの攻撃は身体的にも厳しいものがあった。


「邪魔なのはお前だ。俺はお前を……殺す」


 一瞬でカールの懐に飛び込んだマティルは剣を振り上げ、カールの胴体を斜めに数センチ程切り裂いた。

 カールは遅れながらも反応し、致命傷までは至らなかったが肋骨を切られ、血を吹き出した。


「くっ……」


 残り少ない魔力で止血をする。

 しかしその隙をマティルは見逃しはしない。


「はぁぁあっ!!」


 マティルの猛攻を防ぐ(すべ)を持たないカールはマティルの剣に切り刻まれた。


「があぁぁぁぁあっ!」


 カールは回復に力を注ぐが、マティルに負わされる傷の方が早く増えて行き、魔力も尽き、足の腱を切られ倒れ込んだ。


 マティルはそれでも容赦しなかった。


 次第に腕や足が短くなっていき、カールは大量出血で動かなくなった。


「……死ね。カール」


 マティルは留めに脳天を剣で貫いた。


 完全に動かなくなると、その体から【ソウル・テル(魂の遺言)】が出てきた。

 しかし、その蒼白い炎は勢いを無くし、散った。


「……」



 それを確認したマティルはクリスとルナに駆け寄る。

 クリスはただ、ひたすらにルナの名を連呼し、泣き崩れていた。


「マティル……どうしよう。どうすればいい?このままじゃ、ルナ死んじゃうよ」




 ───


 ルナにやっと会えた。


 ルナを取り返した。


 ルナを守った。


 ルナを抱きしめた。



 なのに、ルナは……



 私の魔力をゆっくりと注ぐ。ルナは私の魔力を良く使っていた。私の魔力に馴染むはずだ。

 なのに……ルナの体は沸点に達した液体のように、泡だっただけ。


 ルナの体の魔力に合わせて、回復を試みる。

 なのに……ルナの体は、もう私の知ってる体じゃない。


 青の根を使い、生命そのものを回復させる。

 なのに……回復より腐食と崩壊の進行の方が早い。



 悟ってしまった。いや、本当はとっくに気づいていた。

 もう既に手遅れだと。私には治せるものではないと。


 なんでこうなった?

 なんでルナは死にかけてるの?

 私が遅かったから?守れなかったから?



 マティルが傍に来た。

 (すが)るような気持ちで言う。


「マティル……どうしよう。どうすればいい?このままじゃ、ルナ死んじゃうよ」


 だが、マティルは悔しそうに首を横に振った。


「なんでよっ!どうしてなの!!

 ルナは……私はッ!!」


 マティルに当たる事じゃない。マティルは何も悪くない。頭ではわかっていた。なのにマティルにぶつけてしまった。


 マティルも目から涙を流している。血が滲むほど、手を握りしめてる。


 ルナを助ける事もできず、マティルに当たることしかできない。私は最低だ。


 涙が止まらなかった。


 掠れた声が聞こえた。



「……最低、なんかじゃ、ない」


「──っ!?ルナ!!!」


 直ぐに気がついた。

 四肢を失いその肉片の中、ぐちゃぐちゃになったルナの口が開いた。


「最低なんかじゃ、ないよ。クリス」


「だって……ルナが」


「ううん、クリスのせいじゃない」


 ルナはそういって微笑んだ。

 だが、今にも命が消えそうで……


「ルナぁ、死んじゃ嫌だよ。」


「私だって、クリスを残して死にたくないよ」


 クリスがルナの背に片手をまわして抱き上げた。

 それを心地よさそうにしてルナは笑う。



「自分の事だからわかる。私はもうすぐ死ぬ……。クリス、最後に言いたいことがある」


「いやだ!いやだいやだっ!!」


 ルナの口から死ぬなんて聞きたくなかった。

 認めたくなかった。考えたくなかった。


「ふふ、わがまま言わないの。私の言うこと、聞いてくれない?」


「いやだよ……死ぬなんて言わないでよ。

 でも、ちゃんと聞く」


 それでも、ルナの言う事はちゃんと聞かないと。


 クリスが聞く姿勢になったのを確認したルナは、ゆっくりと話し始めた。



「まずね、クリス。大好きだよ」


 ルナは優しく微笑んだ。

 クリスは目を真っ赤にさせ、涙ながら答える。


「うん。知ってるよ」


「うん、知ってる事も知ってる。」



 ルナはとっても温かかった。

 嬉しかった。


「私がいなくなっても、悲しくなって泣いてくれるのは嬉しいけど、マティルに迷惑かけないこと。」


「……うん。」


「私が死んだ事で自分を責めないこと。」


「うん、わかった。」


「どこに行っても、元気でいること。」


「うん。」


「幸せに、なること。」


「……うん。」



「マティル、耳塞いでくれる?」


「あぁ、もちろんだ。」


 ルナがマティルにそう言うと、マティルは軽く距離を置き、耳を塞いだ。


「クリス、彼が見つかってよかったね。…マティル、とってもいい人だよね、だから私との約束。……大丈夫。マティルともっともっと、仲良くなること、いいね?」


「……うん、わかったよ、ルナ」


 ルナがマティルに目配せすると、マティルは2人の隣に戻ってきた。


「ねぇ、マティル。もう知っていると思うけど、この子寂しがり屋だからさ、これからもそばにいてあげてね」


「わかった。約束する」


 ルナの命が勢いよく削れている。

 それをクリスの青の根が、命の限界を引き伸ばしていた。

 クリスはそれを一番確かに感じ取っていた。



「……いやだ!ずっと一緒がいい!」


 ルナとこれからも一緒にいたい気持ちが、その現実が、それがお別れだなんて嫌だった。溢れた気持ちが、零れた想いが、小さな涙となってルナを濡らした。


「……大丈夫だよ。ずっと一緒にいる。必ずどこかで見ている。だって……私がいないと、クリスは泣いちゃうもんね」


「ルナぁ……」


 ルナはゆっくりと深呼吸をして天井を見上げた。


「あぁ、楽しかったなぁ。『森の家』に一緒にまた戻るという約束、果たせなかった。ごめんね」


 満足そうに、そして残念そうにクリスに伝えた。


「ううん、今ならできる気がする。

 ルナが覚悟決めてるのに、私がずっと泣いてちゃだめだよね」


 クリスの魔力が溢れ出す。

 それは温かく、この空間を満たした。


「じゃあ、今から約束を果たす、よ【回想転移(あの場所へ)】」


 それは記憶の魔法。思い出の場所へ、強く願い転移する。


 クリスの瞳と髪が青く光り、波打つように魔力の波動が広がった。



 辺りが青に満ちたと思うと、次の瞬間クリスとルナとマティルは、幼少期ずっと2人で過ごした『森の家』の幹の下にいた。

 中央にある巨樹は、まるで出迎えてくれたかのようにいい風の音を奏でる。



「ははっ、懐かしい。……そして、やっぱここが一番好きだなぁ」



 ルナは様々な事を思い出していた。

 この森の家での思い出。2人で競い合った日々。

 楽しかった毎日。ずっと一緒にいた相棒のクリス。


 どれも大好きで、大切だった。


 転移魔法の名残りか、クリスの髪が、青の光が波打つ。


「ねぇクリス。その髪、私は好きだよ。

 とっても、綺麗……っ!

 ……なんだ、そういう事だったのね」


 何かに気がついたルナは納得したように微笑んでクリスを見つめた。


「最後に、もし私に会う事が、あったら……謝っちゃ、ダメだよ?」



 ルナの命の終わりがすぐそこまで迫っていた。



「……そんな事があるなら、私は──っ!!

 ルナっ!!ルナっ!!!」



 もう声も出そうにない。

 だけど、最後に。もう一度だけ。


「大好き、だよ。クリ……ス……」


 あぁ、幸せだったなぁ。……最後に言えて、よかった。

 マティルと仲良くね?ばいばい、クリス。



 ルナは幸せそうに、ゆっくりと(まぶた)を閉じた。


「ルナ!私も大好きだよ!ルナっ!ルナっ!!

 あぁ、、ルナあぁぁぁぁああああああッ!!!」




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