5日目 ペアは誰?
「最悪ー!」
「こっちのセリフだよ〜」
食堂へ向かうと相原と日向2人がギャンギャン騒いでいた。この2人3日連続ワンツー到着だが、どれだけ仲がいいんだ…。
「あ、岸サン来たねおはよう!」
「あぁ…おはよ…どうしたの。」
「聞いてよ!というか入って来てよ!何で遠巻きで見てるの!」
騒ぐ日向につられて入ると手首にガチャン、と手錠が掛けられる。隣にいるのは涙目の野呂と無機質な回転音を出す器用なロボット。
私は訳が分からず目を見開くと、日向の表情が一変、悪い大爆笑顔になった。
「ざまぁー!!!…って言っても女子同士で組んでるからそれほどざまぁでもないんだけど。」
「日向さっきから手動かさないでご飯溢れる!」
「はぁ?何朝食食ってんの?そんなんやってたら相原サントイレ行きたくなんじゃん。バカなの?」
なるほど、と納得した。
おそらくこの手錠がミニゲームの内容なのだろう。
「よかった…野呂で。」
「へっ?!あっ、ありがとう…。私も女の子でよかった…です。」
「敬語じゃなくていいよ。」
どうやら私のことが怖かったのか、へっと声を裏返すと安心したように微笑む。確かに、人見知りの人にとってはこんな空間耐えられないだろう。
変人ばかりいるもので、そんな感覚が薄れてしまっていた。
そんなかんやで、次々と手錠ペアができていく。
鬼頭と一ノ瀬、新倉と細野、神崎と加瀬、青島と浦、橘と辻村、永瀬と梶山といった具合だ。
8時になるとモニターが点き説明が始まる。
『初めてのミニゲーム…思ったより同性同士でくっついたんですね。』
「もー早くして…。」
新倉と日向はげっそりとしている。異性同士でくっつかされるとそれだけでもストレスフルなのだろう。
鎖はそれなりの長さがあるとはいえ、面倒だ。
『さて、早く始めたい人もいるでしょうし、ルールの説明です。
手錠で繋がれている相手がペアです。12時までに校内にある鍵を見つけて、解くことができたらゲームクリアです。時間を超えても見つけられなかった場合は自動で外れます。ボーナス得点は5点です。』
質問はありますか?と問われるが、特になし。
何人かは文句を言っているがいっても始まらないため、諦めているようだ。
「じゃあ行こうか。ご飯食べてからにする?」
一部は揉めているが、私たちには関係ない。とりあえず野呂の意志を聞きたく思い、尋ねるとハッとしたように返答してくる。
「べ、別に何でもいいよ…。」
「はぁ?」
ひっと野呂は息を飲む。
おっと、優柔不断な態度にイラつき睨みつけてしまった。内心で反省する。
「…だって私が言っても無駄でしょ。それに、みんな私のこと嫌いだし…。」
野呂は思っていた以上にうじうじした人間のようだ。大概こういう相手には何を言っても無駄なのだが、言うことは言わねば、今後の精神衛生に関わる。
そのためにはまず冷静に。
「別に嫌いじゃないよ。ただそんな言い回しを続けるようなら私はアンタのこと嫌いになる。」
「でも言ったところで…。」
「でも、じゃなくて。
アンタが今までどんな人と付き合ってきたかは知らないけど、人の話も聞かない奴と私を一緒にしないで貰える?どんな意見でも言わない奴が1番苦手なの。主張して。」
野呂はみるみる泣きそうになる。
言い過ぎたか?
私は恐る恐る顔色を見ると小さい声で何かを言おうとしている。
「朝ご飯、いらないから早くとりたいです…。」
「同意見。早く外しましょ。」
野呂はコクリと頷いた。
新校舎を探すが、なかなか見つからない。
「全然見つからない…。」
「ごめんね…私が足を引っ張ってて…。やっぱり私がこんなゲームに参加するなんて場違いだったんだ…。」
私ははぁ、とため息をつく。明らさまに野呂はビビったようで肩を震わせる。
「私だって見つけてないんだから大丈夫。というか、野呂だってコード探しの時何個か見つけてたじゃん。100%足を引っ張るなんてことないんだからしっかりしなよ。」
「岸さん……。」
「まぁとりあえず移動してみる?」
このままじゃ埒が明かないと感じ、移動を提案してみる。しかし、野呂の反応はすぐ得られない。
どうしたものかと思い、顔を覗き込むとまた何かボソボソと言っていた。
「どうしたの?」
「と…トイレ探してないから、あるんじゃないかって。」
確かに。すっかりトイレの存在を忘れていた。
「盲点だった。近場から行ってみようか。」
「…うん。」
私が誘うと驚いた顔をした後、素直にぱたぱたとついてきた。順に3階から覗いていくと、1発目に早々トイレで見つかった。もしやと思い、鍵穴に合わせてみると案の定手錠は取れた。それと同時にスマホにミニゲームクリアの連絡が届き、通知が鳴った。
「野呂すごいじゃん。1発目で正解。アンタのお陰だよ。ありがと。」
「いや…だって岸さんが見つけたお陰だし…私は…。」
「でも野呂が言ってくれなきゃ始まらなかったよ。」
野呂がパッと顔を上げると照れたような、嬉しそうな色を映していた。これが自信になればいいのだが…。
味方ではないものの、何かと心配になるため、これを機に変わってくれればと思ってしまう。
「こ、こっちこそ…ありがと…。岸さん、あの、頑張って私、いっぱい話すから、今度は手錠なしで過ごしてくれる?」
「もちろんいいよ。終わったし遅めの朝食行こうか。」
「…うん!」
僅かに微笑むと野呂は私の後ろをついてきた。
食堂には手錠イベントが終わったらしい日向と相原、青島と浦、永瀬と梶山がいた。
「あー2人もお疲れ様!」
「やっと女の子来た!!」
相原が半泣きで私と野呂に飛びついて来た。
本当に何があったんだこのペア。
「もう泣きたい…。なんでよりにもよって女子トイレに…。」
察した。
というか、女子トイレに鍵ありすぎではないか?
今回のミニゲーム、色々とおかしい気がする。
「というか相原サンも相原サンだからね。トイレ行きたくなるから朝食食べるなって言ったのにぃ〜」
「で、でも私が行かなきゃ鍵見つからなかったでしょ!」
「まーまー落ち着いて。」
「うっさーよガキ共。そんなことごときで取り乱してんじゃねーよ。」
「永瀬クンと違って純情なんです〜。」
日向はどうってことないと言ったように永瀬にカウンターを食らわせている。それに永瀬はキレてさらに食堂が騒がしくなる。
確かにこのリアクションされると全く女子として意識されていない感じもするし、相原としては色々と複雑だろう。
野呂が慣れないながらもよしよしと相原を元気付けている。
「お疲れ刹那。なんか野呂と仲良くなったんだな。」
「名字呼びなんだ。」
「下の名前で呼んだらドン引きされた。」
傷ついたような顔をしながら呟く。まぁああいった子なら馴れ馴れしい感じは苦手だろうなと容易に予想がつく。
最終的にこの組に加瀬と神崎ペアが合流してゲームは終了となった。
ついでに野呂とポイント交換もでき、ラッキーだ。
「おう、岸!お前午後の約束忘れてねーよな?」
「覚えてるけど…。」
「じゃあ視聴覚室な!」
「現地集合…?」
言葉を紡いでいるうちに神崎はさっさと食堂から出ていってしまった。
結局ゲーム後はモニターから労いの言葉を頂いたものの、みんなゲーム内容が気に食わなかったようでかなり辛辣な扱いになっていた。まぁそりゃそうだろう。
「刹那ちゃーん!この後お茶どう?」
「お昼食べた後なのに?」
「お茶と言う名の美沙子ちゃんを慰める会。」
昨日の喧嘩が嘘のように相原が鬼頭に泣きついている。どうやら野呂と新倉も参加するようだ。
「神崎に呼ばれてるから。加瀬でも誘ったら?」
「優月ちゃんは辻村くんと細野くんとどっか行っちゃったもん。」
何かと加瀬は女子と行動したがらない。基本、神崎か男子と行動している。今日は私が神崎と行動するからであろう。
少し心配だ。
「じゃあ終わったら吹雪ちゃんと合流してねー。」
「向こうの気が乗ればね。」
まぁそもそも私の気が乗らないのだが。
あまり、友好度を上げすぎても、ペア決定時のスケープゴートになりかねない。気を張らねばいけない。
そんなことを思いつつ視聴覚室へと向かった。
視聴覚室へ入るとすでにカーテンが敷かれており、暗い。何やら神崎が動画を見ているようだった。
「あぁ、やっと来たな。待ってたぜ。」
横目で動画をチラリと見ると放送されている動画はいわゆるこの番組の過去の放送。
41日目にゲーム終了を迎えた、数年前のもの。
いわゆる神回というやつだ。
「テメーはこの番組、見たことあるか。」
「全編通しては見たことない。クラスメイトが騒いでて概要は一通り知ってるけどね。」
「そうか、単刀直入に言うぜ。お前はこの“神回”、どう思う?」
「どう思う、と言うと?」
はぁ、とため息をつき、神崎は説明を始めた。
「この回は6年前のもので、唯一41日目まで続いたものだ。確か、31日目までは和気藹々と平和に過ごしていた。
私らの時以上にな。でも、その試練を超えてから場の空気が壊れ、41日目にはペアを作らず、終了の道を選んだ。これがどういうことがわかるか?」
「客観的に言えば、何か疑心暗鬼になるようなものが放り投げられたんでしょう。なんで私に聞くわけ?」
「……お前は、いや正しく言えばお前と日向は試練1の時、迷わず5時から動き出したな。つまりそれなりに頭が働くっつーことだろ。」
バレていた。
しかし、だからと言ってなんだ。ここで動揺してやる必要はない。
私は表情を変えることなく、神崎を見据える。怯まない私の様子を見て神崎は鼻で笑う。
「おめーも日向も図太いやつだよな。
まぁいい。それで、だ。お前らも知ってると思うけどな、試練の時は、一応全員が体育館にいるが、何だか権利がねー奴はほぼ映らねえ。あと、過去今まで、試練や開放条件については開示されてねぇ。どういうことか分かるか?」
「放送されたら、今後の参加者への大ヒントになってしまうんじゃない?」
「そうだな。日向も私も同じ結論だ。あともう一つ、話は変わるが放送するのに必要なものは何だ?」
「は?カメラでしょ。」
神崎は頷く。
「じゃあカメラのねー場所はどこだ?」
「……個室と屋外、視聴覚室。」
「でも、放送の時は屋外の様子も撮られてたよな?何でだろうな?」
「……ロボかな。」
「あぁ、察しの通りだ。にしても、おめーは日向ほど警戒してなかったんだな。あのロボ、3台あって夜中含め、巡回してんだぜ?」
巡回?そんなの全く知らなかった。
私がそこで初めて表情を変えたことで神崎がペースをつかんだことを確信したようだ。
「…あのクソガキに関しては巡回ルートまで完璧に知ってたぜ。夜中2階窓から覗いてたらしいぜ。」
確かに日向の部屋は2階の部屋であるため外が見られる。短時間でどれだけ情報収集しているんだあの男、侮れない。
「…試練1のことも踏まえて私を選んだ理由は分かった。でも何でそんなに情報を渡すわけ?私は何も持っていないけど。」
「……私はな、疑ってんだよ。主催者サイドの人間が混ざってんじゃねーかってことをな。
賞金を渡さねーために、31日目に何かやらかしてくるんじゃねーかってな。
だからカメラのことで揺さぶりをかけた。」
ああ、やっと神崎が言いたいことがわかった。
「つまり、あまりにもさらりと攻略法を見つけた私たちをマークしてるわけね。」
「そういうことだ。おめーらが、何らかのイベントを起こすんじゃねーかってな。」
「でも、視聴率のこと考えるなら、そのイベントを乗り越えることを望むんじゃないの?それでこそ、神回でしょ。」
私は間を置かず自身の考えを示す。
主催側なら、ある程度は生活を継続させないと意味があるまい。
「そこまで疑われるなら言うけど、私は賞金目当て。勝てるなら何でもいい。例え、仲良く過ごさなくてもね。神崎は何が目的?」
「……私は試練を解くのが楽しいだけだよ。ま、今回は残念ながら頭使うような試練はきてねーけどな。賞金なんか興味ねーよ。」
私たちの間に沈黙が流れる。
互いに互いを疑い合う状態。
「……まぁいいさ。
お前の参加目的聞いて、主催者サイドの可能性は少し減った。」
「何で?」
「あくまでも私のイメージだが、主催者サイドはどっちかってーと仲良くしてぇとかほざいてる奴だろ。これに関しては根拠はねーが。」
おそらく今回の呼び出しは、私が主催者サイドの人間でないか確認するため、かつ主催者サイドの人間を追い詰めるための協力体制作りといったとこだろう。それを目に付いた私と日向にさせたということ。
自分でいうのもあれだが、この疑いが表面に出ない自信はある。
反対に私は神崎への疑いを強めたわけだが、邪魔をするならするで受けて立つ。
「話はそれだけ?他の情報ないと消すにも消せないけど?」
「本当お前ら口が立つよ。」
神崎はニヤリと笑う。
日向と一括りにされるのは気にくわないが、褒め言葉として受け取っておこう。
「番組を知らないらしい岸に2つ教えてやるよ。
ルールを破るとな、1回につき5点減点される。
これは過去の放送で周知の事実になってることだ。
あともう1つこれは勘だが…今回の試練は何だかやばい気がする。お互いに気をつけようぜ。
以上だ。」
パッとカーテンを開くとそこから一気に西陽が入り込んでくる。動画の放送はすでに消されている。
「お前らの動き、楽しみにしてるぜ。」
「神崎も、また呼び出し楽しみにしてるよ。」
「ハッ、食えねーやつ。」
ドアを開けようした、その時何か気配を感じた。
私は慌ててドアを開けるも、外には何者もいなかった。
気のせいだろうか。
「どうした?」
「…いや別に。誰かがいた気がしたけど気のせいだった。」
「…こぇーこと言うなよな。」
神崎はその手の話は苦手なようなのか、やや青い顔で呟いた。
そして時間は流れ、夜。
「ふー。すっきりした。」
バタバタしつつも5日目が終わろうとしている。私は髪を乾かし終えるとベッドに腰をかけてリラックスした。
完全に油断しているところだった。急にノックが鳴る。
私は驚き、スマホを落としかけたが何とか落とさずに済んだ。
覗き窓からドアの外を見ると新倉が立っていた。
予想もしてない人物の来訪に驚く。警戒しつつも扉を開けると新倉は涙目で立ってた。
「よ…夜遅くにごめんなさい…。相談に乗ってもらいたくて…。」
「いや、まだ21時だし遅くないけど、どうしたの?」
訪問してきた新倉は髪を下ろしており、何だか見たことあるような人物のように思えた。
まぁ、気のせいだろうが。
とりあえず、泣いている彼女を廊下に立たせておくわけにもいかず、食堂へと移動することになった。
食堂にはなぜか永瀬もいた。
眼鏡をかけており、髪がぺったんこなあたり、風呂の後コーヒーを飲みにきたところなのだろう。
私たちに気づくと面倒臭そうな顔をした。
「げっ、何してんだよこんな時間に。」
「永瀬こそ。」
「あ、永瀬くん…。良ければ永瀬くんも相談に乗ってくださ〜い!」
おいおい泣き出す新倉に永瀬もギョッとする。
数分前の自分も同じ顔をしていたんだなとしみじみ考えてしまった。
神崎が話していた通り、ロボは巡回のため不在のようで、永瀬が代わりに飲み物を淹れてくれた。
ココアを飲むと少し落ち着いたのか新倉は涙目ですんすんいっている。
「で、どうしたんだよ。俺関わりたくねーんだけど。」
「はっきり言う割にココアなんか淹れてあげて優しいね。」
「は…うるせーよ!岸!ぶっ潰すぞ!!!」
案外永瀬は悪ぶっているだけでいいやつなのではないか、変な考えがよぎり笑ってしまう。
どうやら青島のバカ思考が移ったか、そんなことを考えていると永瀬が不審そうな顔を向けてきた。
「で、新倉は何で泣いてんだよ。ミニゲームでなんかあったのかよ。」
「ミニゲーム?」
あぁ、と頷く。
「だって女共は食堂でずっとくっちゃべってただけだし何も泣くことねーだろ?ってことはミニゲームでなんかあったんじゃねーの?
相原もずっと文句言ってたじゃねーか。」
「なるほど…というか女子会覗いてたの?」
「公共の場でやってるアイツらが悪いんだろ!」
話を聞くと永瀬はコーヒーが好きらしく、ちょこちょこ取りにきていたらしい。
本来なら部屋でコーヒーを淹れてゆっくりしたいところだが、倉庫にコーヒーメーカーやケトルの準備は無かったらしくしぶしぶ取りに来ていたとのことだ。
「永瀬くん、察しがいいですね…。細野くんのことなんです。」
「相原みたいに日向のバカなら同性のオレでも嫌だけど細野だろ?問題なくねーか?」
「私もそう思う。」
言いたい放題である。
違うんです、と新倉は首を横に振る。
何のことかわからず、私と永瀬は顔を見合わせた。
「ペア組んだ時の細野くんが…すごく優しくて…私あんなに人に優しくされたことなくて…
す、す…好きになっちゃって…。」
開いた口が塞がらないとはこの事か。
それは永瀬も同様らしく、ポカーンとしている。
「「ええええええええ?!」」
深夜に差しかかろうとする寮に2人の悲鳴が木霊した。