49日目 動き出す
子どもの頃からいつもアイツはリーダーで。
他の人を従えてないと気が済まない奴。
本当にプライドが高くて、嫌味を嫌味と思わず言い始める。
でも、確かに人を見る目はあって。
それに能力もしっかりある。
それに対して私はなんだ。
頼りにしてほしいけど、彼に見合ったスペックは備えていない。
小さい頃からずっと一緒にいたはずなのに。
だから逃げた。
努力もしなかった。
適当なやつとつるんで、適当なやつと付き合って、適当に遊んで。
だから、誰かを好きになって、争うなんて初めてだった、初めての感情をここで抱いた。
だから、初めて認めてもらおうと、自分から動いた。
私はゲームを潰す。
でも、私にそのスペックはない。
だから。
「……成功してください。」
彼を信じるしかなかった。
何となく、今日は起きられなかった。
身体が怠く、ベッドから起き上がる気分にはならない。
しかし、今日は試練の日。
浦のことも結局誰にも相談できなかったので、警戒するためにも行かなければならない。
私は時間ギリギリに食堂に向かおうとした。
すると浦が部屋から出てきたところに出くわした。
「「………。」」
何となくお互いに黙る。
「……おはよう。」
「ああ。」
横目で顔色を窺うが、昨日とさほど変わらない。
まぁ、向こうが何もしてこないならば、不必要に警戒することもないだろうと私は肩の力を抜き、浦を背後にしたまま食堂を開ける。
すると食堂にすでに揃ったメンバーは明らかに浦の方へ意識を向けた。
一ノ瀬や野呂は明らかな警戒、橘の嫌悪感、加瀬の困惑は明らかだった。浦は特にリアクションすることなくいつもの特等席に腰掛ける。
『おはようございます。今日は全員揃っているんですね。』
「そうだよ〜。みんな仲直りしたからさっさと話してね〜。」
日向が相変わらずモニターに向かって挑んでいく。先日の挑発の件で懲りていないのだろうか。
『では、皆さんお待ちかねの、試練の説明です!
試練は「気づけるかな?」です。』
「これは過去最高に意味分かんねーな…。」
青島が唸るように呟く。
『体育館床に赤い円が書いてあります。
その円内は重量計になっております。ペアを組んでいただきますとステージに置いてあるパズルピースの入った箱が開き、ステージ床にピースを嵌め込む枠が出てきます。この2つの準備を調えるには、円内に40〜50kgの重さの人が乗り続けることが条件です。
そして、モニターにクリア条件が表示されるのでそれをクリアできれば試練クリアです。
ポイントは、円内に乗った人物には5pt、ピースをそれぞれ正しい箇所に入れた枚数が多いメンバー、上位5名に5pt差し上げます。
ちなみにこの試練はチャレンジ権のない方も手伝っていただいて構いません。特典は、皆さんが最後の試練を有利にするためのものを用意しておりますので。』
「今回は、何だか簡単そうだな?」
『まぁ、ミルクパズルなので時間との戦いになるかと思いますがね。』
「問題ねーな。」
神崎があっさり言いのける。モニターは質問がないか尋ねると電源を落としてしまった。
「オイ冬真!」
「………。」
説明が終わった途端、食堂から出て行った浦を青島が追いかけていく。たまたま食堂の出入口に近い私と野呂は隙間から様子を見つめる。
「……冬真、その、朝食会出てこいよ。」
「別にお前らに用はないから必要ない。」
「でもよ、オレら試練に挑んできた仲間じゃねーか。もし、その…瑞樹にやられたこと気にしてんならよ。」
「くだらないな。」
「あ?!」
浦が呆れたように溜息をついた。
実際に呆れているのだろう、しかし、浦にしては珍しく正面から青島を捉えているような身体の向きだ。
「そのお前の大好きなお仲間のことが大嫌いなんだよ。それに、あのクソガキにやられた覚えはないがな。」
「……じゃあ、瑞樹のこと襲ったのお前じゃないんだよな?」
「あ?何の話だ?」
青島が懸念していたことは私と同じであったようだ。
おそらく、青島も先日の試練で日向にやられたことを逆恨みし、短絡的な行動に出たのではないかと懸念したのだろう。
しかし、浦は疑われたことに対する不快感を示すのみであった。
「……オレだったらそんな犯人が分かるような真似しないがな。余程のバカなんじゃないか?その犯人。」
「そうかよ…。悪かったな、足止めさせて。」
浦はそれ以上の言葉を発することなく、部屋に戻ってしまった。そしていつもの定位置に、浦の監視用ロボットが止まった。
「……浦じゃないんだね。」
「……何か、静かすぎて不気味だよね。」
浦の悪行の被害者である野呂はやや青ざめた表情で呟く。
すると、食堂の中央で神崎が全員に声をかけた。このパターンはあまりいい思い出はなかったが、野呂と私は姿勢を戻した。
「試練について提案がある。」
「……んだよ。また裏切り者がどうとか、そういった揺さぶりかける提案じゃねーだろうな。」
明らかに永瀬が警戒している。
神崎はそれを知ってか知らずか鼻で笑い、流してしまう。それに対しては僅かに梶山が不快感をあらわにする。
「せっかく、新倉と加瀬がペアになってくれたんだから試練だって滞りなく進めるべきだろ。なら効率優先で、先に作戦を立てて置いた方がいい。」
「そんなに自信満々に言うってことは具体的な対策はもちろん、自分が働けるって確信があるって思っていいよね?」
「愚問だな。」
神崎が暗に肯定を示す。そのリアクションを見て日向は沈黙を決めることにしたようだ。
「で、吹雪ちゃん。作戦は?」
「私が中心になって指示を出す。チャレンジ権のある奴は口が通じるからもちろん作業側、新倉と加瀬はスマホをかざしておく必要があるから参加できないとして…日向と相原はセオリーを知ってるな?」
「まぁ…。」
相原が頷く。そして神崎は次に野呂を見る。
「野呂は50kg切ってるだろ?お前が円に乗れ。」
「え?ああ…うん。」
「か、神崎さん…ちょっと。」
一方的に決めていく神崎にストップを掛けたのは鬼頭だ。
「何だ?」
「円に乗れ、って言いましたけど、円内が安全とは限らないですよね?瞬発勝負になったら千明さんでも厳しいと思いますけど…。日向さんなら、咄嗟に動くのもできそうですし、ダメですか?」
「……まぁ食事抜いてパンイチで行けば50kg切るかもしれないけど。」
「パンイチかよ!」
「切るんすね……。」
青島と永瀬が噴き出し、辻村がほう…と驚いている。細野も口角がヒクついていた。
屈辱を味わったらしい日向は該当者をひと睨みするが、あまり気にはしていないようだ。
「日向はダメだ。指示なしでもまともに動ける数少ねー人間だ。なら野呂より動けねー相原乗せるか?」
「……そう言って千明さんが危険な目に遭ったらどうするんですか?! 日向さんの方がリスクは低いはずです!」
「やめて!2人ともオレのために争わないでいってぇ!」
先程から微妙にうずうずしていたと思ったら悪ノリし始めたので橘から制裁が降りた。そして争いの輪から遠ざけられた。
「き、鬼頭さん…私は大丈夫だよ?
ロボも壊れてて別にそんな命に関わるようなことはないはずだし、別に私が何かやらなきゃいけないってことじゃないよね?
それに、私が及ばなくても、みんなが助けてくれるって信じてるよ。」
「千明さん…。」
野呂からその言葉が出てくるとは、おそらく誰も予想していなかったのだろう。その言葉を言われたら鬼頭も引き下がるしかないようだ。
「分かりました。……ただ少しでも違和感があれば教えてくださいね。」
「うん。ありがと。」
神崎は話を中断されたのが嫌だったのか、少々しかめっ面のまま続けた。
「じゃあ、円に乗るのは野呂な。
次、他メンバーは私の指示に合わせて動いてもらう。日向と相原は邪魔にならねーようにサポート頼む。」
「はーい。」
「おっけーだよ!」
そこへ辻村がおずおずと手を挙げた。
「あの〜オレミルクパズル?やったことないんで分からないんすけどそもそもどんなゲームなんすか?」
「ミルクパズルは、絵柄のない真っ白なピースを並べるパズルだよ。宇宙飛行士の試験にも使われたか何かで話題にもなったね。絵柄がないから、本当にピースの形だけをヒントに進めていくのみ、だよ。
で、コツがあるんだけど…吹雪、私から話してもいい?」
「ああ。」
神崎が頷くと相原が活き活きとしながら話し始めた。
「まずは外枠の完成。
次にピースの形ごとに分ける…特に1つ出てる奴または引っ込んでる奴を拾って組み合わせてみる。
これで基本形が完成。そこからは合わせて確認して、の繰り返し、数がものを言うかな?基本的には角から確認しつつ、嵌めてくしかないかな。」
「ま、目が慣れてくればできるとは思うけどね。」
「あとはどこの山にこのピースがあったなぁとか思い出せたら早いんだろうけど。」
「それは私ができるから問題ない。」
神崎があっさり言ってのける。
「で、お前らに手伝ってほしいのはピースの分類だ。分類の時気をつけてほしいのが、私がピースを覚えるから形ごとに並べるとき、なるべく位置が変わらないように置いてくれ。
あと勝手に動かれて二度手間になるのは避けたいからチームに分ける。日向と相原は私のサポートな。
で、残りは岸、青島、辻村と一ノ瀬、橘、細野と梶山、永瀬、鬼頭の3人1組だ。もし、浦が来たらアイツは勝手に動けるだろ。動けなかったら日向、お前がどうにかしろ。」
「おっけー!」
本当におっけーなのだろうか。
日向は何も気にした様子がないようだが、浦からしたら迷惑なことこの上ないだろう。
「刹那、指示頼むぜ!」
「そうっす! オレたち頭はちょっとあれなんで!」
「亮輔、そこまではっきり言わなくてもいいだろ!」
「私もやったことないけど大丈夫かな…。」
「「絶対オレらよりは大丈夫!」」
神崎が問題児を2人押し付けて来たような気もするが、この2人なら特にストレスなくできるだろう。
やるべきことをやるだけだ。
「じゃあよろしく。」
「よろしくっすー!」
辻村はへらりと笑う。
一ノ瀬のところには橘がいるし、梶山もそれなりにボードゲームとかは強かったし、それなりに各班で上手くやるだろう。
「じゃあ岸たちはこの形、一ノ瀬たちはこの形、梶山たちは外枠、私たちは並行して組み立てを行う。
全種類並べたら私に声かけ、合図とともに各班、このピースの組み合わせを確認してくれ。」
神崎が手帳にサラサラと書き込み、配った。この短時間で割り振りを決めてしまうとは流石の頭の回転の速さというべきか。
「足の回転は悪いのにね…。」
「あ?何か言ったか?」
「………。」
余計な発言をした橘は顔を逸らした。
チームで確認することになり、その場では解散となった。私たちのチームは、青島と辻村が覚えられないと騒いでいたため、改めて別の紙に写してもらうことになった。
「そうだ…今回の試練も12時からってなると割と厳しいかもしれない。だから、昼飯は食ってこい。
もしかしたら夕食にも掛かるかもしれねーが、その時はチャレンジ権ないメンバーで頼む。」
「そんなに難しいんすか…。」
「100いかないんだったら大丈夫だとは思うけどなぁ。」
相原はいつもののんびりした感じで呟く。
一方で、そういった細かい作業が苦手らしい辻村と細野、鬼頭は少々困り顔だ。
「ま、やるしかねーだろ! 神崎もチーム分けありがとうな!」
「別に。」
「青島、写し間違ってる。」
私が指摘してやると青島はああっと悲鳴をあげた。途中相原と日向に茶々を入れられつつも何とか写し終え、あとは試練を待つのみとなった。
「んもー、何であのスマホをかざす台座って斜めなんですかね。」
「そうなの?」
「そうですよ?」
説明後は食堂で新倉と過ごす。
相原はおそらくあと数日で鬼頭とは友好度がマックスになると言っており、気合を入れていた。他のメンバーは誰もペアになるものはいないようだ。
「にしても、新倉が加瀬とペアになったっていうのが驚きだったな。」
「そうですか?」
私が思っていた疑問をぶつけてみると、新倉はおかしそうに笑った。
「……私これでも、刹那ちゃんにはすごく感謝してるんですよ?」
「感謝される理由がピンと来ないけど。」
「……そーいうところ抜けてますよね。」
苦笑され、さすがに少しムッとした。顔に出てたのか、微笑みながら謝られた。
「……永瀬くんもですけど、出会って1週間くらいの人に恋愛の相談持ちかけられて、一緒に悩みながら話してくれました。
確かにモニターの方の言う通り、みっともない醜悪な姿をさらした上、優月ちゃん共々振られるっていう見事な結果になりましたけども。
でも、思ったより得たものは大きかったんです。」
新倉は汗のついたカップを拭きながら僅かに目を細める。それは穏やかで、愛おしいものを見つめるような瞳。
「……あれからね、細野くんが、話すときに少しだけ笑ってくれるようになったんです。私も、みんなと話すとき、演技じゃない笑顔で話せるようになったんです。
優月ちゃんと、友達になれたんです。
みんなが、私たちの居場所を守ってくれたんです。
振られても、これだけの見返りがあるなら、最高の結果だって言えませんか?」
「そっか。新倉も、演じなくてよくなったんだ。」
「……ハイ。」
その時の笑顔は確かに、今までと違う。私はそう感じた。
「あ、新倉ちゃ〜ん。」
食堂で話していると、加瀬が新倉を呼びに来た。新倉が一言断りを入れると、2人はどこかへ行ってしまった。
私は1人になり、暇であったため、部屋に本を取りに向かう。その途中、相変わらず浦の部屋を見つめるロボがいた。
「お前も1人でご苦労だね…。」
ふとカメラの箇所を見てみるとガムテープが貼ってある。はて、私は剥がし損ねたのだろうか。
面倒だったのでそのままにし、自室へと戻る。
食堂に行くといつの間にか橘と細野がいた。
「あれ、岸1人?」
「新倉といたけど加瀬にとられた。」
「仲良くなったよな、あの2人も。」
それを聞いて笑う細野の包容力はもはや、高校生のものではなかった。どうやら橘も同じことを思ったらしく、はっきりと言葉にしていた。
「細野、おっさんくさい。」
「えっ。」
明らかに傷ついた顔をしていた。
「それからどう、橘?」
「………。」
「ロボットの方。」
「あっ。」
どうやら忘れていたらしく、手をポンと叩いた。
大丈夫かと心配の目線を送る。
「…忘れるくらいに動きはなかったよ。モーターの中身を揃えているのか、はたまた他の準備をしているのか…。
でもさぁ正直かなり怖いんだよね。」
「何が?」
「ロボットがさ、今ゲームマスターか、モニターの力かでさ、好き勝手に動いてる訳だよ。オレの部屋に強奪に来る可能性もあるよね。」
橘の言いたいことはすぐに分かった。
「ロボット、どうにかできるといいんだけど。」
「うーん。」
「壊すか?」
「細野、ポイント浦に強奪されたでしょ…。」
3人揃ってため息をついた。
そして、その晩、事件が起きたらしい。
らしいというのも私は詳細を一切知らないからだ。
食堂には私と青島、辻村、野呂、橘、細野、梶山がいた。少し離れたところに日向と永瀬が何やら話をしていた。
そこに、何やら怒った様子の神崎がやって来て、真っ先に日向に食って掛かったのだ。
日向も何が何だかという顔をしていた。
「お前…入ったな?」
「は?何の話?」
「オイ、いきなりつかみかかんなよ!」
青島が慌てて仲介に入る。
「じゃあ他に誰がいんだよ!?」
「ちょっと、本気で意味が分からないんだけど?!」
日向も流石に不快だったのか、容易く神崎の手から自身の服を剥がして開放される。神崎は興奮しているようで、青島に無理矢理止められているものの、肩で息をしている。
「……入ったな、って何?もしかして部屋の話?」
「そうだ。」
「荒らされてたの?……何か盗まれて困るものでもあったわけ?」
「……別にねーよ。」
「そう。なら鍵替えてもらえば?ちなみにオレは今日はほとんど永瀬クンと一緒にいたから。」
「お、ああ…証言できるぜ。」
神崎の激情に驚いていたのか永瀬はテンポ悪く答える。永瀬の証言に納得したのか神崎はそれ以上の追及を諦めたようだ。
「……部屋に誰かが侵入したってこと?え、ゲームマスターとか、ロボが合鍵を持ってるってこと?」
「ゲームマスターの可能性は低いんじゃないか?
瑞樹、美沙子の鍵かえた理由話した時、美沙子自身が自分の部屋の鍵を持ってなかったこととあと鍵穴傷つけたからって言ってなかったか?」
「おバカなのに何でそういうの覚えてるの…。」
日向は居心地悪そうに呟く。
となると、ロボが合鍵を持っており、神崎の部屋に侵入したということか。しかし、なぜ?
誰もそれ以上の答えにたどり着けず、その場は静まり返る。
「神崎、今日私の部屋泊まる? 寮の2階にはロボット来ないみたいだし…」
「いや別にいい。大方今回の侵入者の狙いはわかってる。」
「そう…。」
「瑞樹、お前は部屋に入ったりしてねーんだよな?」
「しつこいなぁ。オレは入ってないよ。」
日向は青島の質問にやれやれといったように答える。
さすがにチャレンジ権を失ってまで嘘をついているとは疑いたくないが、果たしてどうなのだろうか。
自室に戻ってしまった神崎を見送ると、どうも殺伐とした食堂はそのまま沈黙を守るのみとなった。
神崎は、例の物を入れていた自室の引き出しを見つめる。
こうなっては、もう1つの物販もここに置いておくのはまずいかもしれない。神崎は引き出しの中に隠していた箱を取り出し、再度中の物を見つめた。
「兄さん…アンタの仇は、必ず私が討つ…!」
神崎は最後の試練に向けて、決意を固める。
己の復讐を果たすという、決意を。




