3日目 警戒と親友
「………。」
「おはよう刹那。」
「おっはよー!岸サン!初日寝坊した人とは思えない早さだね!」
「別に寝坊してないし…。というか、2人は何してるの?」
「わかんない?ゲームだよゲーム!」
そう話しつつ画面に視線を戻すと今の会話の間に何かが起きたのか日向がうわっと悲鳴をあげた。
そして、相原が無表情ながらも、誇らしげに鼻を鳴らす。
「日向が早朝にこれを持って訪ねてきて…私に挑むなんて数年早いわ。」
「言ったじゃん、相原サンの間抜け顔見ないと始まらないって。でもこんなに格ゲー強いとは予想外だったなー!もっと鈍臭いと思ってた。」
本体と一緒でね!というと悔しそうにンー、と唸る。否定はしないんだな、とつい苦笑が漏れてしまった。
「また明日やろー!オレゲームしまってくるから!」
「おー…。」
日向が席を外すと必然的に相原と私が食堂に2人きりとなる。
「よくあんな得体のしれない奴とやる気になったね。」
「まぁゲームやる人に悪い人はいないからね。
日向もなかなか強くてやりがいはあったよ。」
力強く頷いているが、なんと当てにならない意見だろうか。私は呆れつつも、そうですかと言っておいた。
「にしても昨日は刹那意外だったよー。
あんなにポイントにガツガツしてるとはー。」
「別に、たまたまだよ。」
「そっかー。私もポイント頑張りたいんだけど面白いゲームいっぱいだからそこまで手が回らなくて…。」
逆な気がする。
しかし、それほどまでに相原はゲームが好きということか。この情報はいざという時は使えるかもしれない。
「でも、日向以外対人ゲームする人いるの?」
「青島とか梶山はするけどー、すっごく弱くてつまんない。吹雪は結構強いから好きかなー。刹那もやってみない?」
「私はあんまりやったことないけど…。」
「あ、ゲームだけじゃなくても、オセロとか将棋とかでもどんと来いだよ!」
鼻息を荒げながら迫ってくる。
ゲームへの情熱が並々ならぬことはわかったので、接近してくるのはやめてほしかった。
相原と話していると、言い出しっぺの青島、朝走ってきたという鬼頭と細野、早起きしたらしい野呂、ゲームを置いてきた日向がやってきた。この辺は安定して早起きができるメンバーだろう。
時刻が迫ると一ノ瀬や辻村、新倉など比較的コミュ力の高いメンバーが起きてくる。
時間になっても出てこないのは橘、神崎、加瀬、永瀬だ。本来なら相原もここに入るのだろうが、日向がゲームを誘う限りそれはないだろう。
「案の定アイツら起きてこねーか。よし、起こしに行こうぜ刹那!」
「2人きりにさせるか!」
「オレも行く!橘クンや永瀬クンの部屋とか超興味ある!」
「じゃあ3人で行きなよ…。」
3人にぐいぐいと押したり引っ張られたりする形で寮の方へ戻る。
「あ、尚寛じゃん!はよー!寝坊だぞー!」
「関係ねーだろ。この時間に起きただけマシだろ。つーか、大所帯でどこ行くんだよ?」
「永瀬クンと同じお寝坊さん起こしに行くんだよー!一緒に行こー!」
「はぁ?!別にいいわ!」
そう言いながらも青島と日向にズルズルと引っ張られ、強制参加となる。私も強制参加となった身、同情した。
「そっちで女子回ってくんねーか?さすがに女子の部屋覗くわけにはいかねーし。」
「わかった!いこ、刹那ちゃん!」
一ノ瀬に引っ張られ、まずは1階の加瀬の部屋。何度かチャイムを鳴らすと、バッチリメイクを決めた加瀬が出てきた。
「もーうるさいんだけど…メイクしてたのに…。」
「朝食会の時間だよ!」
「分かってるし〜。すぐ行く。」
そう言うと部屋に戻る。中からバタバタ音がするため、こちらは大丈夫だろう。
次に同様に1階神崎の部屋。チャイムを何度か鳴らすと寝汚い神崎が現れた。
「うっせーな。」
「吹雪ちゃんおはよ!」
「私はこもるからな。」
「橘!さっさと起きろやクソヤロー!」
「あーもー!ピッキングしてあげてやるからな!」
鋭い目つきでドアを閉めようとした時男子の部屋の方から声が聞こえた。その声にピクリと肩を震わすと神崎は私たちに向き合う。
「すぐ支度するから日向のヤローをこっちに来させんなよ。」
ピッキングというワードが響いたのだろう。とりあえず女子は大丈夫そうだ。
階段を上って男子の方へ合流するとちょうど橘の部屋の鍵が開いたところのようだ。
「本当にできるんだ…。」
「まあねー。オレんち鍵が多い家でねー。よく忘れるんだよねー。」
ハイ侵入〜と中へ入っていく。不躾にも程があるし、理由に真実味がない。
にしても、気になることといえば入っても電流が流れないということはブレスレットをつけっぱなしということだろう。
さすがに中にズケズケ入るのは憚られたため、私と一ノ瀬は外から覗くに留まった。
橘の部屋は殺風景というに相応しかった。多くの者…私も含め、皆倉庫から備品を補充しているらしかった。
ベッドを見るとすでに着替え終わった橘が寝落ちしていた。二度寝したのか、暇で横になったら寝てしまったのか定かではないがすぐに出られそうだ。
永瀬が胸倉を掴み揺らすのを、青島が宥めている。日向は部屋を一通り見回すと興味が無くなったのか部屋から出てきた。
「……なんで部屋開いてんの?」
やっと覚醒したらしい橘が眠気眼を擦りつつ首を傾げて尋ねる。
「瑞樹がピッキングで開けたんだよ。」
「そーそー!だからやられたくなかったら明日からちゃんと起きてきてねー!」
「……分かったよ。」
橘はやれやれと諦めたように肩を竦めた。まぁ、部屋に侵入されたらそりゃそんな顔にもなるわと私も感じた。一ノ瀬もそう感じたらしく苦笑いしていた。
そんなことを言っているうちに加瀬と神崎も準備が整ったらしく、部屋の外に出てきた。
食堂に戻ると皆、各々メニューを頼み終えていた。後から来た私たちもすぐに準備を終える。
隣には相変わらず一ノ瀬がいる。
「刹那ちゃんはさ、この後誰かと約束してる?
よかったらこの後体育館行かない?辻村くんが体育館にボーリングする場所ができてたって聞いたんだ!」
「はぁ?ボーリング?」
私が見た1日目にはなかったはず。何を企んでいるんだと不審な目を向けると察したのか慌てて手を横に振る。
「何か家事ロボットいるじゃない?
あの子達に娯楽品作ってってお願いしたら作ってくれたらしいよ?まぁ元々あったのを開放してくれた、が正しいのかな?」
「そうそう!他にも作ってくれそうなところありますよ?」
急に向かいから鬼頭が話に参入して来た。
「私と美沙子さんも行くので行きましょう!他の女子の皆さんは別の方と過ごしたり断られたりしたので!」
そんな元気に言うことだろうか。肝心の相原はノーリアクション。気乗りしないけど無理やり参加にさせられたのだろう。
「分かった。」
やれやれとため息を吐くと一ノ瀬と鬼頭は喜んでいる。
朝食を終えると青島がふらふらと寄ってきた。
「刹那は今日どーすんの?」
「一ノ瀬たちとボーリング。」
「えっ、いいなぁ。」
「は?男は参加拒否です。」
相原が食器を下げるのを待っている鬼頭がほぼ同じ高さの青島を睨みつける。青島が柔道全国区の威圧に負け、後退する。
格好悪いぞ。
「分かった分かった!じゃあ刹那、明日!明日は?」
正直気乗りしないが、ポイント的には良いはずだ。
「いいよ。」
「刹那ちゃん?!」
「刹那さん?!」
なぜか2人がギョッとする。青島は嬉しそうにガッツポーズするとじゃあなー!と辻村たちの方へ行ってしまった。
「なんで了承したんですか?!この生活で絡んでくる男なんて下心しかないんですよ?!」
「それって辻村のこと?」
「そうですとも!って美沙子さん?!」
いつのまにか相原が戻ってきたらしいが20cm下の彼女に気づかなかったのだろう、オーバーリアクションで驚いてみせた。
「真緒ちゃん、辻村くんに絡まれてるの?」
「……。」
「だから今日の女子会だよ。女子会って言っちゃえば普通の男なら青島みたいに遠慮するからさ。」
男子嫌いの鬼頭にとっては確かにこの上ないイベントだろう。案外相原もうまくやるなと納得する。
「案外、真面目に狙ってるんじゃない?」
「仁奈さん恐ろしいこと言わないで!」
「ちぇー女子トークの花形、恋バナができると思ったのに。」
唇を尖らせながらそんなことを呟く。鬼頭ははは…と力なく笑うしかないようだ。
「そんなかんやで辻村が絡むせいで友好度がうなぎ登りらしいからね。」
「恐ろしいこと言わないで…。」
「近づいてきたら投げ飛ばしちゃえばいいじゃない。」
「さすがに素人にそれやったら怪我するから…というか刹那さんアグレッシブすぎませんか…。」
「そう言って私に近づいてきた日向投げ飛ばしてたじゃん…。」
さすがに少し同情した。絡んでもいないのに投げ飛ばされるとは踏んだり蹴ったりすぎる。
「まぁ日向くんは大丈夫でしょ!」
一ノ瀬の根拠はどこからやってくるのだろうか。
じゃあ行こう、と一ノ瀬の掛け声により、4人で移動を始める。
ボーリングの球が数個足りないということで倉庫へと取りに、中庭に出ると珍しく橘が出ていた。
ここ数日は食事以外外で出てこない彼が。
「あれ?珍しいね何してるの?」
一ノ瀬が近づいていくと面倒くさそうな顔をする。近くには細野もいた。
「ハンモックを作っている。」
「ハンモック?」
おお、と相原が食いつく。
その様子に無表情な細野もふっと頰を緩めた。
大方小動物を見る気持ちなのだろう。よくよく周りを見てみると工具や木の板やら紐やら色々とある。
「日向の発案でな。アイツは今足りない紐を取りに倉庫に行っている。完成したらみんなも使うといい。」
「本当?!さすが細野!」
相原と一ノ瀬のちびっ子コンビは拍手している。
さすがに照れ臭かったのかやめろ、と頰を染めていた。
「クソ男子……。」
細野への嫉妬が止められないらしい鬼頭が目を血走らせながら呟くのを私は聞かなかったことにした。
2人とはそれで別れ、倉庫に行くと案の定日向がいた。
「あれ、女の子4人で揃ってどうしたの?あ、1匹ハムスターが混ざってるけど。」
「うるさーい!」
「クソ日向!」
体格的に私をメインに一ノ瀬とともに鬼頭を止める形になる。まぁ相原の一言の制止により済んだ話だが。
「ボーリングの球とか見た?」
「ボーリングの球?ボーリングするの?」
「そうそう。」
「へー、楽しそうだね。さっき見たよ、ちょっと待ってね。」
私が訝しげな目をしていると日向が軽めのボールを出しつつ首を傾げた。
「もしかして、オレも混ぜてー!とか言うと思った?」
「思った。」
「あちゃーさっくり言うね。でもさすがのオレもそこまで空気読めないやつじゃないんだけどな!」
分かっていたかのように頭を叩く。
「いや、読んだ上で破りに行くタイプ。」
「まぁ、それは否定しないけど今日はハンモックとブランコを作るという壮大な任務があるからね。」
はっきり言い放つと残りのボールも出してくれた。それを素直に受け取り、私たちは再度体育館へ向かった。
結果から言おう。
全員下手だった。
相原はボールに振り回されひっくり返るし、鬼頭はガーターを通り越すほどの豪速球…つまりボールが軽すぎたのだ。私はやったことがなかったため前半はダメダメだったが、後半はそこそことれた気がする。一ノ瀬は割とうまかった。といっても1ゲームあたり107点だったが。
「やっぱりこのメンバーで運動は無理だよ〜。」
「何を言ってるんですか!美沙子さんだって汗かいてスッキリしたでしょ?」
「汗かいて気持ち悪い〜。というか腕上がらないよ〜。」
恥も外聞も捨て、体育館で横になっている。今は休憩中で、一ノ瀬が食堂に食事を取りに行ってくれている。そのまま体育館横で食事をとることにしたのだ。
「ゲッ!」
鬼頭が遠目の一ノ瀬を見つけたらしい。問題はその横に辻村がいたことだ。
なぜ。
「なんでアンタがいる?!」
150cmに満たない相原の後ろに隠れる鬼頭、悪いけど全く隠れられていない。
「いや、そんなに露骨に嫌がらなくたって…。一ノ瀬さんの手が足りなかったからオレが来ただけデス…。」
「他の人がくればよかったじゃないですか!」
「いや、梶山くんが中庭組にお昼置きに行ってて…食堂はオレしかいなかったんす。」
一ノ瀬が頷いているあたり、本当なのだろう。鬼頭はそれ以上言い返すことができずくっと悔しがっていた。
辻村は持っていたお昼を置くと、じゃ、と去って行った。まぁ鬼頭がこの様子である限りここに留まることは不可能だろう。
私も手を洗い、貰ったお昼を食べ始めた。家にいる時より豪華な食事をとっている。本当に家族に送ってあげたいくらいだ。
「ねーねー、真緒ちゃん1つ聞いてもいい?」
「何でしょう?」
「どうしてそんなに辻村くん嫌いなの?いい人だよ?」
あー、と目を泳がせる。良くも悪くも一ノ瀬ははっきりという。
「あのさぁ。それ聞く?」
「え、ごめん!言いたくなかったらいいよ!」
「いや、大丈夫です!話しますから!」
相原がはっきり嫌悪感を示すと慌てて鬼頭がフォローを入れる。おそらくちびっ子2人が険悪にならないようにするためだろう。
私は傍観者に徹する。
「…私って身長高いし、目つきも鋭いし男っぽいじゃないですか?しかも柔道全国区だし…。
なのに…その…胸が…。」
赤面しつつ、ぽつりと言う。ダボダボの服ばかり着ていることもあり、分かりにくかったが言われてみれば確かにグラマラスな体型かもしれない。
「だから男女とか呼ばれたり…小中の時いじめられたり…まぁその頃には不届き者はバッタバッタ倒してましたけど。」
柔道全国区がバッタバッタ倒して大丈夫なのか…内心でいじめっ子たちの安否を心配する。
「だから、そういう下心とか、人を見かけで判断するとか、そういった人が嫌いなんです。
特に男の人、彼女がステータスとか、かわいい人が好きとか、元々昔のことがあったのを込みで嫌い。生理的に無理です。
でも…。」
「「でも?」」
相原と一ノ瀬が重なる。
「いえ、これ以上はないです。岸さんもつまらない話聞かせてごめんなさい。」
「つまらなくなんてないよ。それに、ボーリングだって楽しかったし…。ただ人を投げるのはやめた方がいいかと思うけど。」
「うっ…努力シマス…。」
鬼頭のリアクションに私を含め、3人で笑う。
自然と鬼頭も笑顔になり、笑い始める。
場の空気は一気に和やかになった。
それから一ノ瀬の提案でバドミントンを行う。
もちろん相原は力尽き、鬼頭におぶられる形となる。
ちなみにポイントはしっかりと交換した。
私は一ノ瀬と、他2人も一応していた。
ちょうど体育館から戻ると土だらけの細野とそれにおぶられる橘、よろよろついていく梶山と辻村、そして元気にスキップする日向がいた。
「あ、4人もお疲れ様。相原さん撃沈してるけど何してたの?」
梶山が苦笑しながら呟く。鬼頭はスススと自然な流れで離れていく。しぶしぶ私が答える。
「体育館でボーリングとバドミントンだよ。
そういえば辻村、昼ありがとね。他のみんなも美味しそうに食べてたよ。アンタが作ったの?」
辻村が照れたように笑う。
イケメンが笑うと目の保養になる、以前クラスメイトが言っていたのをなんとなしに思い出した。
「航一くんと作ったんすよ。」
「結局ハンモックとブランコはできたわけ?」
「できたよ。」
不意に橘が顔を上げて答える。
「コイツはブランコを作る前にへばってハンモックで伸びてたからな。」
「いい場所ができたよ…。」
「コラクソ日向ァァアア!!!」
「ギャアアアアア!!!」
声がした方を見るとなぜか相原をおぶるのは日向になっており、日向が猛ダッシュしている。それを鬼の形相で鬼頭が追いかけている。どうしてそうなったんだ。
「見てたけど、日向が何か言って、相原が降りて腰抜けて、日向におぶられて、ああなった。」
「雑だけど分かったわ…。それにしても、橘、なんかスッキリした顔してるね。」
「そう?」
「ああ、1日一緒にいたが、オレもそう思うぞ。」
橘をおぶる細野がそう言うと橘は拗ねたように肩口に頭を埋める。私と細野は顔を合わせると微笑みあった。
ちなみに視界の端では相原ごと日向を投げ捨てる鬼頭がいた。2人は仲良く砂山にボッシュートだ。
明日の相原の機嫌は恐らく最悪。でも、こんな穏やかな日々もいいだろう、私はほんの少しだけ肩の力を抜き、彼らの背景に広がる夕日を見つめた。