2日目 試練1
私は朝5時に起きる。
なぜ、外出許可時間ぴったりに起きるかというと、おそらく時間ぴったりに捜索スタートするであろう男に会いたくなかったからだ。あのつかみ所のない男と共に行動していたら、非効率この上ないことになるであろう。
部屋で作り置きした朝食を食し、15分遅れで外に出る。
念のため外から寮の窓を見渡すが、人の気配がするのは1部屋。おそらく2階の奥、相原の部屋。そして、もぬけの殻と化しているのが日向の部屋だ。
昨日彼は旧校舎へ行くと言っていた。
話した印象では嘘ばかりつくような男ではあるが、このヒントに関しては真のように感じる。
私は、他に教室の多い新校舎へと向かう。
あたりは静まり返っており、他に人影は見えない。私は早速、上階よりコードを探し始めた。
2時間かけてみつかったコードは3つ。
まだ足りない。
朝日が差し込み、あたりが眩しくなってくると、いよいよ7時のチャイムが鳴る。窓からグランドを覗くと一斉に飛び出してくる。
もうすでに出遅れていることなど知らず、愚かにも。
私は自室のコード含め、次々と読み取る。
その後も追加で3階のフロアのコードをすべて集めたが、2階にはすでに別の人がいたためやめる事にした。自室のコード含め、6pt。
上々だろう。
そういえば、とふと思う。
昨日、日向が言っていた地下の隠し部屋とやら。
あんなことを言っていたのだから片鱗があったのだろう。時間に猶予もあるため、そちらに回ることとした。
旧校舎へ行くと、視聴覚室にてしゃがみ込む日向を見つける。何かに集中しているようで、私の存在を気にしていないようだ。
驚かせてやろうかと思い、なるべく気配を消して中に入った。
「あ、なに?もう来ちゃったの?早いやー。」
待ってましたと言わんばかりのタイミングでこちらを振り向き、ニヤリと笑う。さすがに正面から捉えられると私も逃げようがなく諦めてため息をつく。
「……何点ゲットした?」
「5点。」
勝った。
私は内心ほくそ笑む。
「それよりさー、興味深いもの見つけたんだよ。
これ、地下への秘密基地ー!」
「入らないの?」
「入れたら入ってるよ!」
手元を見ると4桁の数字の鍵。
現在、数字は6507を示していた。
「もしかして、一通り試してるわけ?」
「うん。昨日から人がいないのを見計らってちょこちょこ来てたんだけど、まだ見つかってなくて。ちなみに、みんなオレがここのコード根こそぎ集めたのを確認したら誰も来なくなってくれたんだよね。」
やれやれと首を横に振る。
「ちょっとだけやっといてよ〜。オレトイレ行きたくてさ〜。」
「は?」
そう言うとパーっと行ってしまう。
私はしぶしぶ視聴覚室の絨毯をめくった下に存在するパスコード付きの扉に6508から入れていく。
そもそも本当にその数字まで入れたのだろうか。
というかすでに開けており、得点はもうとったのではないか。
やや疑心暗鬼になりながらも、頼まれたことを黙々と始めた。戻ってきた日向はそれを見て不審そうに眉をひそめた。
「…岸サン本当にやってくれてたの?」
「アンタがやれって言ったんでしょ。」
「…ふーん。はい、お土産。」
そちらを見ると小さいペットボトル。時間がかかると思っていたがこれを取りに行っていたのか。
納得し、開栓しようとした。
しかし、そこで違和感。ペットボトルがすでに空いている。
不審に思った私は飲み口に鼻を近づけるとなぜかお茶の中からニンニクの臭いがした。
「くっさ!」
「あちゃー飲む前にバレちゃったか〜。
相原サンに同じのやったら引っかかったのになぁ。」
バレるのも想定内といったように笑う。そしてもう1本ペットボトルを投げて来た。今度は未開封の普通のお茶のようだ。
「…どういうつもり?」
「別に?労りの気持ちだけど。」
場所を譲ると再び日向は作業を始めた。
6718からスタートだ。
数十分続けると、扉からカチッとした音がした。
「お。」
番号は9168。
扉を開けると下には梯子が続いている。
「人1人分かぁ…。
どうする?岸サンもくる?」
「当たり前でしょ。得点の有無関わらず、設備については知っておいた方がいいから。」
「……へぇ。」
日向は僅かばかり目を細め、口角を上げた。
日向は飛び降りるようにホイホイと下に降りていた。私は梯子を使いながら降りる。
そこは開けたスペースが存在する。正面には扉が2つ。異様にしっかりとした換気扇が置いてあり、棚には目隠ししてある。
「なんだこの部屋…。」
「ねーねー見て見て!大人の玩具があるよ!」
バッと宣告なく見せてきたため、とっさに顔を背けた。名前は知っていたが、使い方は知らず。僅かながらな見知ったものもあるが、この状況で、2人きりで手を触れるには厄介すぎる。
「岸サンウブだね!
それよりこの部屋調べないと!絶対ここにシークレットコードあると思うんだよねー!」
「は…ここ調べるの…?」
いるだけで気分が悪くなりそうな部屋だというのに。
私の気分なんて関わらず、ドアにチェーンをくくり、開け放した状態を作り出す。ご丁寧に両方の部屋の分を。
「当たり前じゃん。どっかにゲーム攻略のヒントとかあるかもよ?
あ、もしかしてオレに襲われるとか思ってる?」
「それは思ってない。騙されそうな気はするけど……。」
ジト目で睨みつけるとやれやれといったように首を振る。なんだその白々しい反応は。普通に腹が立つわ。
「ま、その通りかもしれないけどね。
今はしないよ。それに岸サン、好みじゃないしねー!信頼できないだろうからお互い別の部屋見よ!閉じ込められても困るしこんな感じで!」
「あぁ…私もアンタは好みじゃないわ。
ドアありがとう。」
ゲラゲラ笑う声が反対の部屋に入っていった。
こんな奴に構っていたら日が暮れる。さっさと作業しようと私も向かって左の部屋に入った。
部屋の中を見てみるがどうも娯楽品やいかがわしい動画ばかりだ。
ベッドの隙間を見てみると何やら壁にある気がするが、さすがにベッドを動かすには至らないため、最後に日向を呼ぶことにした。
「こっち何にもないよー。岸サン何か見つけたー?」
律儀にドアの中に入らず、こちらに顔を出す。
「ベッドの隙間に何かあるけど届かないんだよね。」
「ふーん、動かしてあげようか。」
「よろしく。」
はーいと退屈そうな返事とともに中に入ってきた。身長は同じくらいで私より細身なくせにフンッという掛け声とともにベッドは動く。
勢いをつけすぎたのかそのまま倒れ込んだ。
「いったー。こっちはこんなに簡単に動くのかよー。」
いてて、と起き上がる日向の手元にはコードの紙が落ちていた。
「こんなベタなところにあったんだー。はい、岸サン。」
「え?アンタが取り込むんじゃないの?」
「「は?」」
声が重なる。
私は手に入れた日向が取り込むものだと思っていた。反対に日向は見つけた私が取り込むものだと思っていたらしい。
日向は一瞬固まったが、何か考えるような様子を見せるとニヤッと笑い、私の横をすり抜ける。
私はハッとしたが手遅れ。
「そんな風に言うなら遠慮なくもらっちゃおうかなー。」
「まっ…!」
「いんやー、岸サンはお人好しだね。そんな子に育てた覚えないんだけど…。」
「私もないし!」
どんな手際のよさか、もう取り込んだらしく紙を丸めてゴミ箱に放り投げる。すると同時にスマホからピロンと音が鳴る。
どうやら、2時間も一緒にいたらしい。
「……せっかくだしポイント貰っとこうか!」
「……。」
「そんな腹立つクソガキみたいな顔しないで!」
ヘラヘラ笑いながらポイントを獲得し、視聴覚室に戻る。視聴覚室に出ると地下にいたせいかやけに外が明るく感じる。
私が目を細めながら窓の外を見ていると日向は黙々と隠し部屋を閉め、絨毯の下に片付けた。
「何で隠してるの?」
「えー、隠しといた方がいいじゃん。またここでしかできないボーナスあるかもしれないしさ、岸サンも秘密ね!」
「……。」
「オッケー!じゃ、またね!」
何も言っていないが勝手に了承と捉え、そう言うと去って行ってしまった。
本当に嵐のような男だ。
そして数分経つと、スマホのアプリにメッセージが届く。
『Congratulations!!非情に優秀、昼を迎える前に終えることができましたね!
得点は以下の通りです、ご確認ください。
日向10pt
岸5pt
加瀬3pt
野呂3pt
永瀬2pt
浦2pt
神崎2pt
細野1pt
なお自室得点は加味しておりません。
おまけの得点ですから。
18時に食堂にお集まりください。』
しかしこれはボーナスポイントを取らなくて正解かもしれない。さすがに2桁は悪目立ちする。
やることがなく、私は寮に戻ることにした。
グランドをとぼとぼ歩いていると後ろからドンと背中を叩かれる。
「刹那ー!お疲れ!お前すげーな。」
「青島…。」
おー、と青島は無邪気な笑顔を見せる。
本当にコイツは賞金に興味はなく、ゲームを楽しみに来ているんだろうなとつい信じたくなってしまう。
「でも、オレお前のこと探してたけど、全然見なかったよな?どこにいたんだ?」
「……新校舎の上階にいたよ。あとは移動してたけど。」
「そっかぁ。オレ体育館の方にいたわ…。一緒に探したかったんだけどな!」
とりあえず視聴覚室の地下のことは今は伏せておいても問題あるまい。まずは信頼できる人の選定が重要だ。
「というか、バカなわけ?まずは部屋数の多いところを探すべきじゃない?」
「ハッ…!確かに…!」
先程まで日向と話していたせいか、青島には毒気を抜かれる。コイツまで疑っていたら胃痛になるのではないかと。
そんなことを話しながら食堂に向かうと、一ノ瀬が駆け寄ってきた。どうやら私を待っていたらしい。
「刹那ちゃんおめでとう!すごいね、あんなに得点してて!
…青島くんと探してたの?」
「だったらいいんだけどな〜。」
「青島と探してたらこんなにポイント取ってないから。」
はぁ、とため息をつき、昼食を取り始める。青島が何やら騒いでおり、それを一ノ瀬が宥めているが、私は無関心。何でこの2人は私に構うのか理解ができない。
そう思いながらも夕食は何にしようかとどうでもいいことに思いを馳せた。
そして時間は経ち、18時。さすがに全員が集まった。
にしても得点下位に位置した人たちから、視線を感じる。
それ以上にすごいのは日向だ。
その更に熱い視線が集まっているはずなのに飄々と辻村や梶山に絡んでいる。絡んでいると言えば青島も一通りの人と話したようだ。この2人は正反対のようで意外と似ている所が多いようだ。
約束の時間になるとモニターがついた。
『はーい、皆さんこんばんは!得点をとれた人もとれなかった人も楽しかったですか?
僕たちスタッフは楽しかったです。
日向くんは1位おめでとう!』
「べっつに〜。みんなバカだったからサクサクとれたよ〜。」
一部の者が日向を睨みつけてるのを気づいてか気づいていないか、定かではないが、挑戦的な笑顔を見せる。
「このままじゃ、賞金はほとんど俺の物かなあ?」
『まぁ口は災いの元…ほどほどに。
さて、今回のように試練の後はこのように食堂に集まっていただき、明日以降のことをお伝えします。
そして今回お伝えしたいのが特典について。』
「試練をクリアした人に対するポイント付与とかですか?」
新倉が尋ねると、モニターはいや、といった。
『そうとは限りません。
特典は、参加者全員に対する利益。例えば、校舎屋上のギミックが開放される、とかですかね。』
「それは次から適用されんのかよ?」
神崎が尋ねるとええ、と頷かれる。
『せっかくなので、次の特典は屋上開放にしましょうか。』
「屋上かぁ…やっぱ高校生活青春の醍醐味っすね!」
「分かるわ〜。」
辻村と青島が呑気に笑っている。
『しかし、またこれで分かったでしょう。皆がどういった考えでこのゲームに臨んでいるか。それを踏まえた上で、次の試練開放まで、平和に過ごしてくださいね…。』
では、と言い残すとモニターは消えた。
狂っている、狂っている。
お金のために貪り合う日々に、どのような平和を求めて過ごせばいいのか。
その後、全員で夕食を摂り始めると唐突に青島があっ、と声を上げる。
「なぁみんな!明日から朝食は一緒に食おうぜ!」
「えー面倒くさいー。」
「優月もそう思うー。」
「あんでだよ。」
順に相原、加瀬、永瀬の順で反対意見が出てくる。神崎や橘も口には出さないが、そう思っているようで浮かない顔をしている。
「だってそうしねーと顔を全く合わせない奴とか出てくるだろ!お金にしろ、楽しむにしろ、コミュニケーションは必要だろ?それなら1番合わせやすい朝食がよくねーか?」
「そうだね。オレも青島くんに賛成かな。」
「うんうん、楽しそうっすね!オレも賛成!」
「はーい!私もいいと思うよー!」
浦、辻村、一ノ瀬が順に同意する。
それに青島は満足そうに頷く。
「他はどうだ?多数決にしようぜ!今4対3!」
「別にいいよ…。」
「僕もいいと思います。」
「オレもいいと思うよー!相原サンだっていいじゃんね、君の間抜け顔見ないと朝が始まイッタ!」
「必要以上に相原さんに絡まないで!汚れる!」
鬼頭に日向は突き飛ばされ、椅子から吹っ飛ぶ。
野呂と梶山、そして不安要素の日向に同意を受けたので強気になったのか青島は自信ありげに頷く。
「おっし!じゃあ決まりな!」
食堂での話は青島が纏めると、朝食会集合の運びとなったのであった。