Answer3
今回の答えは9日目、つまり2つ目の試練の始まりから語るべきだろう。
2つめの試練は要約すると選ばれた3人を指摘する魔女裁判的なものだった。
オレは8日目、たまたまハンモックに寝てたところ音楽室から聞こえた懐かしいピアノの音を聞いて、ふと野呂が自分の妹だと確信を持った。
向こうはたぶん、知らないと思うけどオレは父親をうまく騙くらかし、中1の時の、髪が長かった頃の彼女を見たことがあったため一方的に顔を知っていた。
まさか全国の高校生が携わるこのゲームで会うとは思っていなかったのでそっくりさんだと思っていたが。
そのためアイツを注視していたためか、翌日のリアクションを見てハズレ者なんだな、とすぐに分かった。
でもここでオレが出しゃばるのもアレだし今回は関与しないようにしとこうと試練2については無関心でいた。
10日目、朝食会に行ったが全員揃ってなかったので、元々朝食を食べないオレは早々に部屋に戻った。ベッドに寝転がり、思考を巡らす。
よし、とりあえずアイツにはオレたちの関係を言わなくていいだろう。
余計なことを考えさせまい。
オレはそう決心し、動き始めた。
11日目の朝食は普通に寝坊した。
試練に間に合えばいいと思いながらも小腹のすいたオレは部屋から出ようとした。
「あれっ、橘クンもう行くの?」
扉を開けると向かいの日向に声をかけられる。まだ30分前なのに行くのか早いな、なんて考えているといつのまにか日向がこちらに来ていた。
「行くんでしょ!一緒にいこーよ!」
「………。」
オレが了承も否定もしないのをいいことに日向が袖を掴んでオレを体育館に引っ張って行く。彼の後頭部を見つめつつ、一緒に歩いているとふと日向が後ろを振り向く。
「…なに?」
「いや?ふと思ったんだけど橘クンって野呂サンと似たような癖があるなって。」
「似たような癖?」
オレは全く思い当たらず首をかしげた。
「野呂サン、手錠のやつ岸サンと一緒にやってたじゃん?その時ずっと岸サンの袖を掴んでたんだけど、今橘クンもオレの袖を掴んでたから。」
指摘されて初めて気づいた。しかも日向の袖を無意識に掴んでいたことにゾッとしてオレはとっさに手を離した。
日向は嫌がることもなく面白そうに笑っている。
でも確かにオレたちは幼い頃手を握り合うということはせず、手を掴むときはお互いの袖を掴んでいたことをふと思い出した。
5分前になると面々が揃って来たが岸と梶山が来ていなかった。
「一ノ瀬サン、岸サンと一緒じゃないの?あと永瀬クンも。」
「一緒じゃねーよ。…アイツ最近眠れてないって言ってたし寝落ちしてんのかもな。」
「刹那ちゃんは昼寝するタイプじゃないと思うんだけど…心配だから見てくる!日向くん、行くよ!」
「え、オレも?」
「万一、寝落ちしてたら鍵必要じゃん!」
日向をマスターキーのように扱いつつ2人は宿舎に戻って行く。その様子を何やら野呂が心配そうに見つめているあたり何かしらあるのだろうとオレはぼんやり考えていた。
しかし時間になっても4人は来なかった。
『では、ペアの方は台座にスマホを載せてください。』
「ねぇ〜、先やっちゃおうよ。戻って来なくない?」
加瀬が退屈そうに言うと何となくその場の雰囲気が進行の方に傾く。野呂は何か言いたげだったが、押し黙る。
そして、辻村と、まさかの鬼頭がスマホをかざす。オレもだけど、その場の多くの人は驚いたのだろう。呆然とし、言葉を発することはなかった。
『今回の試練は『ハズレ者は誰かな?』です。ハズレ者を指摘する方はステージ上の台座にてボタンを押してください。』
アナウンスが流れると鬼頭は一度ステージから降りる。その場に残るのは辻村。
辻村は鬼頭を指名すると、スクリーンにでかでかと正解の文字が表示された。
辻村と入れ替わりで鬼頭が壇上に上ると鬼頭が辻村を指摘し再び正解の文字が表示される。
野呂は誰に頼んだのだろうとぼんやり考えていると浦が動き出す。意外だと思いつつ横目で彼を見ていると、浦は野呂の近くを通る時、ふと呟いたのだ。
「悪く思わないでね、犠牲者さん。」
は?
声にならない言葉がオレの思考の中で漏れた。
野呂の顔が一気に青くなる。動こうとしたが、足が動かない、口が開かないといった感じだった。
壇上に上った浦は野呂を指摘した。
それと同時に、体育館の扉が開き、手首あたりに血を滲ませ、今までに見たことのない顔をした岸とそれを追いかけてきたらしい日向がやってきた。
あとはみんなご存知の通り、岸の指摘で浦が加瀬と手を組んで岸と野呂を陥れたことが判明したのだ。試練後は辻村、鬼頭、岸から今回の試練の裏で起きていたことを聞いた。
岸は、震えているにも関わらず、説明に一切の主観を交えず伝えてみせた。オレはこの冷静さがどこか不気味に感じたので、翌日2人で話せるように約束を入れた。
野呂の人選自体が合ってたのか、それを確かめたかった。
しかし、一ノ瀬がやけに2人きりになることを嫌ったため結果としては相原も加えて話すことになった。なぜ一ノ瀬ではなく相原にしたか?それはオレが一ノ瀬を苦手と感じたからだ。
うるさいし、感情的だし、面倒だ。
ハンモックの場所に行くと向こうから切り出してきたため誤魔化すことなく尋ねた。
「……辻村の件、岸はどう思ってるのかなって。
あの場での説明は、辻村も鬼頭も、感情が混ざったコメントだったけど、岸はあくまでも冷静だったから。泣いてるのに泣いてないから。」
嘘偽りのない、オレが抱いた疑問だ。岸は少し、何かを考えるいや思い出すような間をとると言葉を紡ぎ出した。
「正直…どうでもいいはずだったよ。ポイントが取れなくて残念、くらいで済む予定だった。
でも、何でだろうね。現状に嫌悪感さえ抱くのはね。」
そう言っている彼女の顔は徐々に険しいものになり、吐き捨てるように言う。
岸は、案外顔に出やすいタイプらしい。それでもって、正直者だ。試練1の時も感じたけど彼女は基本的に隠すようなことをしない。
泣いてるのに泣いていない、そう感じたのはきっと彼女は自分が泣いている理由が分からなかったのだろう。
だからつい、岸が変わったのではないかとらしくもない指摘をしてしまったのだ。
そしてオレはついでに、相原に今朝見たことの確認を行った。相原が日向の自室を尋ねたということだ。さらに言うと、オレは3日目に日向が相原をどうやって部屋から連れ出したかも見ている。それに関しては日向はオレが見ていることを分かっていてやっていた気がする。
だからこそ、アイツの本質が分からないんだ。
聞いてみるとロボットの走行ルートや屋上の話など彼が本気でゲームに臨んでいることが窺える情報が出てきた。
聞きっぱなしも若干居心地が悪いので、日向や浦の目撃情報を少しだけ教えてあげた。
その後、食堂で相原が日向に詰め寄られる。相原は、基本的に、何かをやらかすほど感情的になることはなく、伝え方は不器用ながらもしっかり表現ができている印象があった。まあ、嘘つくのは下手そうだけど。
だから、彼女が彼とのことで何かを隠している、それは見るからに明らかだった。岸もそれを察していたようだ。
相原は、パーソナルスペースが広い、しかし入ってきた人間はとことん大切にする、そういうタイプな気がした。オレも同じだからだ。
翌日、朝食会で問題は起こった。
青島が一通り声をかけて野呂を除く全員が集合した結果、辻村と鬼頭が浦の一言に激怒するという事件が発生した。浦の発言も、加瀬の態度も、不愉快だった。
しかしここで怒ったところで何も事態は好転しない。
ふつふつと煮える気持ちを自覚しつつもあえて蓋をした。
オレは何となく屋上に向かった。旧校舎の屋上だ。確かに相原が言っていた通りの鍵だ。
ドアの方にも何らかの鍵があるように思えた。たぶんボタンを押して開け閉めするタイプのだ。ただ見る限りドアノブも壊せるような印象だった。
素人目に見ると鍵に見えるはずだが、日向は侮れない。
昼が近くなり食堂に戻ると相原が何やらお盆を持って宿舎の方に行こうとしていた。
「あ、橘もくる?」
「どこに?」
「千明の部屋!」
アイツ男嫌いっぽいからオレが行くと邪魔になるんじゃないか?そう思っていると相原は察したのか苦笑する。
「橘は無害そうだから大丈夫。ほら持って持って。」
謎の理由を掲げて、程のいい運搬係に指名されてしまった。オレは抵抗は無駄であることを察して大人しくついていった。
ちょうどオレたちが野呂の部屋に行くと鬼頭と岸と話す、どこかやつれた野呂が顔を出していた。
それを見た瞬間蓋をしたものがぐらりと揺れた気がした。
オレは少し投げやりな言葉をかけつつ食事を押し付けてその場を去った。
そして15日目。
トリオを作るというミニゲームがくだされた。オレは真っ先に野呂の部屋に向かった。
アイツを不必要に1人にしたくなかった。
野呂は一昨日のこともあったおかげか、話自体は聞いてくれた。しかし、開けてはくれなかった。
同じことを考えたらしい岸と青島が部屋に来てくれた。事情を話すと青島はあっさりオレが抜けると宣言した。きっと好きな岸と組みたいだろうに。
事態が好転するかと思いきや、相原が慌てて走って来て驚くべき言葉を発したのだ。
日向が、浦と加瀬とトリオを組んだと。
まただ、ふつふつと煮える。
何も話さないオレとは対照的に、青島はあっさりと解決策を出し、動き出す。部屋の前で岸は整理した自分の気持ちを野呂に欠けることなく伝えた。それを聞いてオレは岸は信頼するに値すると、確信を持った。
オレもいくらか言葉をかけると野呂は部屋から出てきてくれた。
心底ホッとしたのを今でもよく覚えている。
それと同時にオレは蓋を開けてしまったのだ。
浦と加瀬と、あと日向。
野呂に害なすアイツらを叩き潰してやろう、と煮えくりかえった気持ちはすでに溢れ出していた。
誰から叩き潰してやろうか。
いつものポーカーフェイスに気持ちを隠しながら早めに食堂に向かうと日向と岸が話していた。
どうやら岸から、日向を何やら探索に誘っていたらしい。
日向は確実にオレと目が合ったが話を続けた。
何やらコイツは岸とも隠し事を抱えているらしい。体格差もあるし真っ先に、と考えていたが話は変わる。確かにコイツは野呂に直接害をなしたわけじゃないから日向は狙うべき人間ではない気がしてきた。
そんなことを考えていると珍しいね!と日向に声をかけられた。
そんなことを考えている間に17日目。
朝食会の時に事件が起きた。岸の、新校舎の方の屋上に関するカミングアウトだ。
モニターに真実を問うと、事実らしく挙げ句の果てに浦のおかげで屋上に行かずに済んだなどと宣うのだ。
その時はオレより先に青島がキレたおかげで何もせずに済んだ。
ついでに、そのやりとりを日向が茶々を入れることで仲裁しようとしているのを見て、改めてターゲットから抜いた。
加瀬はただの腰巾着だし、浦を仕留めよう。
オレはそう決断した。
しかし、何だこの食堂の空気は。
なぜ他に浦を否定しないんだ。なぜ、目の前の恐怖に負けてしまうんだ。1番狂ってるのは浦なのに。
「……、オレ間違ってんのか?」
間違ってない、青島は正しいことをした。
「……言わない方が良かったかな。」
言わない方がいいことなんてあるもんか。
共同生活を共に過ごす人間同士なんだ。
なのに、何でこんな空気になるんだ。
くだらない、くだらない。
こんな共同生活に価値なんてあるのか?愛も青春も、あまつ友情さえも揺るがされるこんなゲームに。
だから。
「大丈夫。こんなゲーム、終わりにするから。」
「こんなゲーム、あんな奴、価値なんてない。」
きっと聡い3人はオレの変化にすぐ気付く。だからオレは食堂から出てすぐの場所に身を隠した。
あとはバレないよう3人の後をつけるだけ。
1日中そんなことをやっていたら3人も諦めたらしく食堂に戻ってしまった。
オレ食事と、浦を呼び出すためのメモ、細野と校庭で野球したいなどと遊んでいた時に持ち出した鉄バットを準備するために部屋に戻った。まさか鉄バットもこんなことに使われるなんて思ってもいなかっただろう。
殺すのも傷つけるのもいけないと理性では分かっていたが、本能のオレは確実に腕の1本くらい、と思っていた。
「あ、橘!ちょっと聞きたいことがあって。」
「……なに。」
オレの口からは明らかに不快感を抱いているような低い声が出た。相原は一瞬肩を震わすが真っ直ぐにオレを見つめた。
「何で、最近になってやる気を出してきたの?試練での、千明のことがあってからだよね。
千明のこと、どう思ってるの?」
オレは驚きを通り越して感心してしまった。
「……よく、それを相原1人で聞きにきたね。」
「話をそらさないで。」
もう誤魔化しも効くまい。オレは諦めて全てを話すことにする。
「大切だよ。大切に思ってる。」
「出会ってたった15日でしょ?それで、大切になるの?」
「15日じゃないんだよ。オレにとっては15日なんかじゃないんだ。」
「どういうこと?」
相原も、オレたちが既知の関係であることを察し始めたようだ。
「相原、オレと野呂を見比べて、何か思わない?」
「ウソでしょ。だって全国の高校生だよ?」
「残念ながらそんな真実があるんだよ。オレは…野呂の…双子の兄貴だ。」
相原の目が泳ぐ。明らかに動揺していた。
オレはチャンスだと思い、自分の興味を満たすため、前から感じていた疑問をぶつけてみる。
「相原は、たった15日って言ったよね。その言葉、そっくりそのままお返しするよ。」
「どういうこと?」
自覚はないらしい。
「相原は、日向と仲が良いよね。オレには、その仲の方が異常なものに感じるんだけど、相原は日向のことどう思ってるの?」
「……どんなこと言われようと、あの朝、日向は私の世界を広げてくれた恩人なの。絶対に、1人にしたくない。」
「アイツは…すごいね。」
「え?」
「いや。相原、忠告だよ。相原はオレと同類。だから、大切なもののためなら全てを投げ打つことができる。
…気をつけなね。」
相原はたぶん、自分でも気づかないうちに、いやたぶん日向も自覚はないけど、お互いをこの短期間でかなり近い位置に置いてしまっている。
日向は案外それを理解している気がする。
しかし、相原に自覚はない。どう言ったところで現状は恋とやらにも発展しなそうだ。でも全幅の信頼を置いているということは。
「相原はきっと、日向とならどんな無茶な計画でも実行するんだろうな…。」
部屋でボソリと呟き、オレはバットを布に包んで出て行く。メモは乱雑にポケットに突っ込み宿舎を出た。
オレは深夜になるまで旧校舎のゲーム室に息を潜めた。相原にもらった情報だとロボが旧校舎を回るのは深夜1時から2時。
その間に浦の部屋に向かい、ドアの隙間からメモを差し込む。
誰か夜更かししているのではないかと心配になったが杞憂に終わったようだ。
校舎外に出るとブレスレットからは電気が流れ続ける。少し位置をずらしてみると肌が火傷のように赤くなっていた。針をずっと刺されているようで正直耐え難い。
オレは不快な痛みから逃げるため急いで旧校舎に戻った。そして空き教室でロボをやり過ごし、屋上へと向かった。
屋上の南京錠に対して一撃振り下ろす。そしてドアノブに対しても。
2回の時間外外出と器物破損で-20pt。毎日のポイント交換、ミニゲームの得点、それを重ねてもギリギリだ。しつこく誘ってくれた辻村や細野とかに感謝しなければ。
まぁ得点を超えてルール違反をした場合どうなるかなんて知ったことないけど。
ドアを容易に開け閉めできるように代わりに持ってきた鍵なしのものを付け替える。手馴れたものでその作業は1時間も掛からず終えることができた。
オレは外開きのドアの後ろに隠れられるような位置づけに座り込む。あとは浦がノコノコ来るのを待つだけだ。
アイツは自信家だからきっとこの挑発に乗って来る。その確信があった。
あとは邪魔されないのを祈るのみ。
「全部終わらせる。」
オレは向かいに昇り始めた朝日を睨みつけながらそう呟いた。
今度は憎しみじゃなくて、この共同生活が終わってしまうかもしれないことに対する寂しさに蓋を閉めて。
オレは凶行を始めた。




