21日目 波乱は何処に
たくさん、裏切られてきた。
たくさん、ひとりぼっちだった。
大切な家族は家族に奪われて
大切な友だちは友達のせいで離れていき
このゲームも、誰かを見返して、私の存在に意味を見出したくて、勝ちたくて、参加した。
賞金をとったら、みんなが認めてくれるって思ってた。
「私が欲しいチャンスは、野呂と向き合うチャンスだよ。」
「どうでもいいわけないじゃないですか!」
「オレは大切な人傷つけた奴を許せない。だって、ずっとずっと会いたかった妹に、会えたのに!笑顔より泣き顔ばっかって何だよ!」
ずるい、ずるいよ。
誰も信じたくなかったのに。
友だちなんていらなかったのに。
お兄ちゃんにだって会えるなんて思ってなかったのに。
賞金よりも欲しかったもの、全部手に入ったよ。
だから
「もう、チャレンジ権はいらないよ。」
私は洗った顔を拭くと、窓から差し込む朝陽を見つめるためわずかに目を細めた。
私達は揃って朝食会に向かう。
というのも、またモニターから連絡が入るからだ。
今回の朝食会は日向以外が全員来ていた。いつも通り、浦は離れたところに座っている。一方で加瀬はかつてと同様モニターの近くを陣取っている。
『おはようございます。前回と違ってたくさんいらっしゃいますね。』
「要件言って早く消えろよ。」
『相変わらず永瀬くんは口が悪いですね。』
「へーへー。」
永瀬もいちいち絡んでも疲れることを学んだのかかなり扱いが雑になっている。
『現在、かざすことができるペアは1組です。おめでとうございます。試練には挑めますね。』
「モニターさんも何か辛辣っすね。どうしたんすか?」
『だって前回と違って、ギスギスもしてないですし…。』
質問した辻村は苦笑いしていた。すると退屈そうにしていた加瀬が唇を尖らせながら質問をしてきた。
「ねー、特典っていつくれるのぉ?また体育館から食堂まで移動しなきゃいけないの?試練は12時からでしょ〜?」
『そうですね。食堂に全員揃ったら説明します。』
「公平性は保たれるんだな…。」
神崎が悩むようなポーズで頷く。確かにそこは不安な点なのかもしれない。私も納得できた。
そこでモニターの通信は終わり、電源は切れる。
朝食を終えた浦はさっさと部屋に戻ってしまった。
今回からは前回のような失敗がないようになるべく食堂にいようという話になった。トイレは必ず食堂から見える場所を使用、他の場所に行く時はなるべく2人以上でという約束事を決めた。
加瀬や神崎は最初渋っていたが、最終的には納得する形で終わった。
なんやかんや雑談をしていると12時はあっという間であった。
体育館へ行くと日向はすでに中にいた。相原が話しかけようとしたが空気を読んでか読まずか先手を取ったのは青島だった。
「おー、瑞樹!お前うるせーから1日会わねーと久々な感じするな!」
「おはよー、青島クンも相変わらずうるさいね!何か用?」
「特典、全員いねーと貰えないらしいから協力しろよ?」
日向が何回か瞬かせると頷き、あっさり了承した。その様子を何とも言えずもじもじとしながら相原が見つめている。
「行ったらどうですか、美沙子さん。」
「え、」
鬼頭、思わぬ相手から背中を押され相原は戸惑う。相原は、僅かに躊躇うが意を決したように日向の元へ向かう。
「げ、ゲーム会休んでごめん!あと…この前はごめんなさい…。」
この前?いつぞやの朝のことだろうか。その出来事から日向は明らかに協調性に欠けるような動きになっていた。
「…もういいよ。オレも怒りすぎたし…あ、でも他の人に言わないでよー?」
「あ、当たり前だよ!」
私が2人の会話に聞き耳を立てていたのに、日向は気づいたのかニヤリと笑う。絶対ロクなことを考えていない。
でも、たぶん妨害はしてこないだろう、何となくそう思った。また相原から聞き出そう。
「美沙子さんが笑っててよかった…。さ、刹那さん、私たちも入りましょう!」
『おーっと、辻村さんと鬼頭さんはお待ちください。』
2人が体育館に踏みいれようとした瞬間、校内放送に使用するスピーカーから声が聞こえた。その声はモニターと同様だ。
それと同時に体育館横のボックスが開く。
『説明し忘れていましたが、チャレンジ権を失った参加者の方はそちらのボックスにあるマスクをつけてください。』
「えー、なんすかこれ。」
辻村は警戒することなくつけ、体育館に入ると、驚いたようなリアクションをする。マスクを外そうとしているが外さないようだ。
何かを話しているようだが音声が外部に全く漏れていない、といった感じだ。
慌てて体育館から出るとマスクが外せるようになったらしく、顔から外す。
「何すかこれ?!」
『今後はチャレンジ権のない方はそのマスクをつけていただきます。外すには体育館から出る、またはチャレンジ権を持つ人間のスマホを3人分、後頭部のタグにそれぞれ掲げる必要があります。』
「体育館の外から野次飛ばすのは?」
一ノ瀬が突拍子のないことを尋ねると全員が黙る。モニターも含めて、だ。
『じゃあ、試練日の扉の開放継続は禁止します。』
「はーい。」
「黙っとけばよかったのに〜。」
一ノ瀬が素直に返事すると、加瀬が不満そうに呟く。辻村と鬼頭がマスクをつけると2人も無事中に入れた。
『では、ペアの方は台座にスマホを載せてください。』
こんな感じで進むんだ、と呑気に聞いていると神崎が近くに寄ってきた。
「ちなみに、ペアじゃない人間同士がスマホを載せるとその時点でこのゲームは終わりらしいぜ。」
「他に何かルールは言ってた?」
「スマホを載せるのは本人じゃなくてもいいらしいよ。」
「というと?」
梶山が付け加える。いまいち意味がわからなかったので聞いてみると補足の説明は永瀬がしてくれた。
「例えばオレと梶山が情報開示するだろ?そんで、肝心の試練の日にオレが骨折して体育館までたどり着けなくなったとする。でもペアは1組だけだ。そんな時、オレがスマホの暗証番号を教えて岸に託せばオッケー。
順当にオレは次回からマスクマン、お前はチャレンジマン、てわけ。」
「逆に言うとそれを利用して共犯関係とかも組めるけどね。」
「まぁ、非現実的だよなぁ。」
永瀬は、梶山の言葉をバッサリ切った。まぁ確かにこの段階で共犯関係を作ったところでメリットは考えられない。
そんなことを考えていると辻村が後ろから猛アピールをしてくる。
私、永瀬、梶山でスマホをかざすと顔に面するマスク部分が収納された。
「おお、本当に話せるっす!わっ!」
「おお、マスク出てきた。」
私がスマホを外すと顔が半分隠される。辻村は恐らく、何するんすかー!と抗議している。しかし見事に声はシャットアウトされているようだ。
橘と野呂がスマホをかざすとペアとして認証されたらしく、体育館にぶら下げられたスクリーンにペア認証成功と表示された。
その後、試練確認の表示が出現する。
『今回の試練はこの場で行なう作業はありません。試練『みんなにお願い事できるかな?』
橘くん得票1、野呂さん得票1、ジョーカー動きなし。
特典獲得です。』
全員が明らかにホッとした表情になる。
「ふーん、こんな感じなんだ。」
「何か無関心だな。」
「そんなに興味ないし。」
永瀬が何とも言えない顔をする。
『では、特典を発表しますので食堂にご移動ください。』
モニターに指示を出され、何事もなかったかのように全員が体育館から出る。私は日向が気になり、駆け寄る。
一ノ瀬や青島が何とも言えない顔をしていたが今は気にすべきことではない。
「日向。」
「んー?」
「動かなかったんだ。」
「動きたかったけどチャンスさえもらえなかった。」
「相原に邪魔されて?」
「御察しの通りです。」
日向がわざとらしくため息をついた。そして、私に聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いた。
「ーーーーーだよ。オレのプライドの問題。」
「は?」
「んーん!何でもないよー!ありがとね!オレ、岸サンのそういうとこだーい好きだなぁ!」
「「「はぁ?!」」」
私の声に重なるのは青島と一ノ瀬。
恐らくイタズラなのだろうが、鬼頭が般若のごとき顔で日向の首根っこを捕まえ、体育館途中の砂場へ引きずっていく。
何なんだアイツは。
一ノ瀬や青島に心配されたが実害はないので流しておいた。
ボロボロの日向とスッキリした顔の鬼頭が戻ってくるとモニターが点いた。
『全員集合しましたね。では、特典の発表です。
特典は、このゲームの詳細な履歴。』
「……それって私たちに得はあるんですか?」
『履歴といってもただの履歴ではありません。過去のゲームのプレイヤーの行動と、試練と、通信履歴。全てが記載されています。今は必要ないかもしれませんね。』
「いや。」
モニターの言葉を遮ったのは神崎だ。全員の視線がモニターから神崎に移る。
「オイ、お前。それは現段階で話すことじゃねーだろ。それに」
「関係ない。お前には、関係ない。」
2人の視線がぶつかる。
「神崎さんは策略家だねぇ。そこまで話題を出したら、皆神崎さんの話を引き出したくなる。」
浦は愉快そうに笑う。永瀬はそれを一瞥すると神崎を睨み直す。一方で神崎は浦の言葉に後押しされたのか勝ち誇った顔をしていた。
「それで、ブラックボックスの場所は?」
『それは、君が1番知っている場所ですよ?』
「なに、ハンモック?」
橘からの返答が的外れだったのかモニターが苦笑した。
「……旧校舎屋上?」
『相原さん、正解です。あそこに小窓付きのドアがあります。そこにブラックボックスは存在します。…橘くんはそこの小窓、割ってると思うんですが。』
「……へぇ。」
覚えが全くないらしく、視線をそらす。皆が一通り呆れたところで青島が声をかけて、全員で旧校舎の屋上に向かうこととなった。
モニターは大人しく私たちを見送ったのが不気味だった。
全員が屋上にたどり着く。先頭を歩くは青島と日向と鬼頭だ。完全に鬼頭が日向のお目付役になっている。
「本当だ。小窓割れてる。」
「全く気づかなかった…。」
「確かに割ってたな…。」
浦が後方の方でポツリと呟いた。青島がドアノブを捻ると鍵はかかってなかったのかあっさり開く。倉庫らしき小部屋は、埃の舞う、使用されていなかった古臭い部屋だった。
「………。」
「どおしたの〜?」
「何でもないよ。」
加瀬の声が聞こえて私が振り向くと浦が何やら床を睨みつけていた。何だろうと思いつつも先頭で青島たちがスマホのライトを照らしたのでそちらを向く。
「何もねーな?」
「何にもないですね…。」
「モニターに騙された!」
日向が大袈裟に言う。神崎や永瀬も怪訝な顔をしながら部屋を見回す。
「おかしい…何でだ?」
一通り探したが、何も見つからず。紙の一片も見つからなかった。
一度食堂に戻ることになった。モニターを再起動させ、尋ねるとまさかの返答が返ってきた。
『私は事実を伝えたまでですが…まぁそれか、小窓が割れてたなら、そこから手を入れて、内鍵を開けるのも可能かとは思いますけどね。』
モニターからさらに情報は得られず。おそらく、あの橘事件以降、何者かが調査に訪れ、ブラックボックスを含めた資料をどこかへ持ち去ってしまったということ。
無難にいけば候補は単独行動の多かった日向、小窓が割れていることを知っていた浦、最初に屋上に訪れた橘…あとは朝早く1人で旧校舎をうろついていた加瀬か。
私が勝手に思考を巡らせていると神崎の話となった。一体何を話すつもりなのだろうか。
永瀬がどことなく不機嫌そうだが、もしや視聴覚室で2人きりになってしていた話と関係あるのだろうか?
とりあえず黙って聞くことにした。
「要点から話す。
私はとある事情があって、このゲームの関係者に話を聞きたいと思っている。
だから参加するとともに、このゲームに関する情報を集めていた。過去のゲームの放送、試練の内容。そして、今回のゲームの内容、設備、諸々を調べていた。そこから導かれた仮説だ。
この中に、内通者がいるんじゃねーのかってな。」
「は?内通者?」
「……どういうことだ。」
辻村がぽかんとする横で細野がさらなる説明を求める。神崎が頷き、話し始める。
「ロボットの動きを見ていて疑いを持った。監視ロボは確実に、私たちの動きに対応して回るルートを変更している。
それにこの長期間、完全に外部の者が入れない施設の中で、細かい管理をするにはやはりロボだけでは手が足りないだろう。
…それに夜時間の制限、ブレスレットによる行動管理、内通者が動く時間を確保しているように思えた。」
「…考えすぎじゃない?」
「梶山、おめーは今回のブラックボックス、何も疑問を持たなかったのかよ?今は必要ないが、今後必要になるブラックボックス。
ブラックボックスは過去のゲーム履歴。
つまり、今後の試練で内通者に関わる試練があるんじゃねーかって思ってる。内通者は過去の履歴を知っていて、それを踏まえて動いてるはずだからヒントとしてブラックボックスを使えってことなんじゃねーか?」
「管理のことについては納得だね。」
日向は予想していたのか驚いていないようでクスクス笑っている。しかし、すぐに真顔になり、神崎を見やった
「でもさぁ、それって言う必要ある?」
しかし、神崎は動じない。
「疑心暗鬼になるってことか?」
「分かってるなら尚更。生活を長く続けた方が、内通者あぶり出すにはいいんじゃないのー?」
「そうだな。でも、平和に過ごすより、全員が何か意図を持って動こうとしているときの方があぶれるだろ?それに追い詰められて、行動が変わるなら万々歳だ。」
2人は無言で睨みつけ合う。
「あのさ、今の話要約すると。私たちは監視カメラだけじゃなくて、人の目でも監視されて、管理されてるってこと?今、この状況も?」
「そうだ。」
相原がまとめて尋ねると神崎はあっさり肯定した。確かに、内通者を炙るにはこの状況はふさわしい状況だろう。
しかし、全員がそれに耐えられるか?
私はなんとなしに周りを見渡すと、半分以上のものが周囲を警戒していた。
「神崎、これ以上はお前の独りよがりだ。やめろ。」
「これ以上話すこともねーけどな。ただこれだけは言っておく。もし、ここに内通者がいるなら、私は絶対お前を見つける。覚えておけよ。」
憎しみを込めた言霊は食堂の空気を震わせたのを最後に霧散した。神崎は周囲を一通り見渡すとため息をついた。
「話はそれだけだ。付き合ってくれてありがとうな。じゃあ、私は部屋に戻る。」
そう言うと彼女はあっさりと食堂を後にした。
この話を聞いて私は、正直なところ何も思わなかった。別に管理人がいることに何も不自由はない。いたところで、部屋の中を覗きに来るわけではないのだ。
しかし、他の人にとっては違うらしい。
監視カメラのストレスに加え、内通者がいることがさらなるプレッシャーになる。そして、裏切られるのではないか、平和な生活に邪魔が入るのではないかと様々な懸念事項を浮かべているようだ。
試練やペアを邪魔するならいち早く捉えるべきだと思うが、現状は放置でいいのではないかと思う。
あの日向や青島までも少し難しそうな表情をしていた。平気そうな顔をしているのは加瀬や橘のみ。あとは事前に話のカケラを聞いていたらしい永瀬だ。
「と、とりあえず解散にしない?試練もあったわけだし…。」
野呂が青島に向かって恐る恐る提案すると、青島は弾かれたように顔を上げる。
「そうだな!よし、解散!野呂と橘はお疲れ!」
「……うん、みんなもありがとう。」
皆言葉少なに、食堂から出て行く。
やっと共同生活が終わり、自室で1人のんびりできる。部屋の掃除をしようと私も立つと永瀬に呼び止められる。
「……どうしたの?」
「お前、全く動じてなかったな。」
「動じる理由がないから。動かれてから考えるよ。」
私がそう言うと永瀬が少し考えるような様子をするとよし、と頷いた。
「明日午前ちょっと付き合ってくれねーか。」
「いいけど。」
ふと、加瀬のメモの件を思い出した。昨日の時点で明後日と言っていたから、つまり明日のことだ。もうこの際、永瀬に付き合ってもらおう。
「ついでに午後も付き合ってよ。」
「は?まぁいいけどよ。」
「ありがと。じゃあまた明日。」
「お、おう。」
私は自室に向かう加瀬の元へ走る。引き止めると加瀬が不思議そうな顔をした。
「加瀬、メモのこと。明日の午後屋上でどう?あと付き合うの永瀬でもいい?」
「うんいいよ〜ありがと〜。」
それだけ端的に伝えると加瀬はさっさと部屋に戻ってしまった。私はやっと試練後の一息つくことができた。




