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Money × friend -只今放送中!-  作者: ぼんばん
試練3 苦痛には限界あれど、恐怖には限度なし
21/82

19日目 抑止力となれ

「ああ、おはよ。」

「………。」




私は思わぬ人物の来訪に戸惑うばかり。

なぜなら、部屋の扉を開けたすぐ横に橘が欠伸をしながら待っていたのだ。前にも誰かにここで待ち構えられた記憶がある。



「何?」

「後で話があるから。音楽室で待ってるよ。」

「は?」

「じゃ。」



私は目を白黒させるばかり。橘は何もなかったかのように自室へ戻っていった。

私は何食わぬ顔で食堂へ行った。まさか、そこで再び白黒させることになるのだが。




「……何してるの?」




思わず冷たい声が出た。

日向が、相原を壁に追い詰めているのだ。その雰囲気は今までにないくらい険悪で。



「……別に、何でもないよ。」



特に焦るという表情もなく、日向は身を翻し、食堂から出て行く。



「……岸サン、青島クンにしばらく朝食会行かないってこと伝えといてもらえる?呼びに来たら急所蹴り飛ばすって。」

「……分かった。」



日向は相原を一瞥することなく出て行った。



「で、相原は何があったわけ?」

「……今は、言えない。ごめん…。」

「そ、いつかは言ってくれるわけ?」


「………。」




私はため息をつく。これ以上詮索してもやむない。今日は試練3の内容と特典が明かされる日。

万が一、試練に関わることでも困るし、深く追及することは諦めた。

前回とは違い、連絡が入るのは朝だ。モニターがバチリと音を立てて点く。

もうこの展開にも大方慣れており、誰もリアクションをする者はいない。というか、毎回ご丁寧にリアクションをする日向が不在のため、というのが正しいか。



『おはようございます!全員お揃い…とまでは行かないようですね。』

「別にいいじゃ〜ん。早くしてよぉ。」



間延びした声で加瀬がせっつく。

私が何食わぬ顔で朝食を食べ続けていると鬼頭が私に接近し、小声で話しかけてきた。




「……刹那さん、日向さんは見てないんです?」

「鬼頭が心配するって珍しいね。」

「いや、彼の心配はしてません。…相原さんの様子がおかしいのと、試練を知らない彼がなにをしでかすか分からないので。」



なるほど、そういう心配か。

しかし、相原は鬼頭にさえ事情を話していないようだ。





『では、お待ちしている方もいるでしょうし、試練の内容をお伝えします。…といっても、対象者にはすでに連絡がいっているのですが。』

「対象者って?」



神崎がすかさず尋ねる。するとモニターが楽しそうに笑う。




『ずばり、橘くんと野呂さんです。』




食堂の視線が一斉に2人に向く。橘はいつも通り無表情だが、野呂はみるみる青くなっていく。




『詳細は、お2人に聞くのがいいでしょう。ちなみに、もう1人、事前に試練の内容を知っている人がいます。それはジョーカーです。

ジョーカーの選択次第で、大量のポイントが動き、特典に変化が生じるので存在には注意しておいてください。』

「ジョーカーは晒さないのか?」

『それこそ、晒されたら監禁されてもおかしくない好条件ですから。』



次は、ジョーカーを探す好奇の目が食堂中を走る。取り乱す者は誰もいない。



「で、特典はどうなんだよ?」



永瀬が続け様に尋ねる。




『特典は、ブラックボックスの隠し場所を示す、です。』

「それって僕たちに利益があるんですか?」

『ええ、おいおいあるかと思いますよ。』

「……何か、今回の試練全部が全部、ぼんやりしてて不気味っすね。」




辻村が青い顔になりつつ言うと何人かが同意する。すでに試練から降りている身にも関わらず、お人好しな奴だ。



『質問はありますか?』

「ありすぎるわ…。」

「でも、とりあえずは橘くんと千明ちゃんの話聞いてからだよね!」



青島が頭を抱え、一ノ瀬が頷く。



『分かりました。また分からないことがあればお呼びください。

では愛と青春の物語をお楽しみくださいませ。』




いつもの訳が分からない口上を読み上げるとモニターの画面は暗くなった。

それとほぼ同時、橘と野呂がアイコンタクトをとり、橘が皆の見えるところに移動した。彼が説明を受けあったということだろう。





「…もう、対象者がバレたし説明する。ゲームの名前は『みんなにお願い事できるかな?』だ。」

「聞くからに不愉快だな。」



細野が苦虫を噛み潰したような顔で呟く。横にいる新倉も苦い顔をしながら頷いていた。



「他の人との友好度の低い男女の各トップが選出されたってことらしい。

…このゲームはいわゆる投票ゲーム。みんなは今スマホに1票ずつ投票権が配られている。

オレか、野呂に投票するようになってる。


オレと野呂に与えられた条件は、多くの得票を得ること。勝った方には+20pt、負けた方は-10pt、引き分けの場合、どちらも+10ptとなる。誰も投票しなかった場合はどちらも-20pt。

で、投票権を持つ人たちは、多い方に入れることができたら+2pt、少ない方に入れたら-2pt、引き分けの場合は-1pt、放棄した場合は変動なし。

特典を得るためには、ポイントの変動が少ない方法、つまり引き分けかつお互いに1票ずつ入ってなければならないってことなんだよね。

投票の方法は、交流の時のポイント交換の方法と同じ。」


「…ジョーカーについては?」


「ジョーカーには事前にカードが配られたらしい。スマホにかざすとジョーカーアプリっていうのがダウンロードできて…どうやら票数をコントロールできるみたいだけど。カードは配られた本人でなくても、何回でも使える。

ただ、使用しなければカードの所持者は-10ptされる。使用するとそれだけで20ptもらえるけど。」


「オイオイ、そのことここにいるジョーカーに言っちまったいいのか?」

「そんなもの、知らされているに決まっている。」



永瀬の発言が気に食わなかったのか、浦が不快そうな表情をしつつ一言添えた。永瀬は反論しようとしたが、推測におかしいものはなかったためか、押し黙った。



「で、慶明。具体的な対策は考えてるのか?」



青島の質問に、橘が頷く。



「……とりあえず、オレは引き分けにもってくことが仕事かなって。岸と…青島かな。その2人にそれぞれ投票をお願いしようと思って。」


「…なんでその2人なの?」




まさかの指名だった。

朝一で呼び出された理由はこれか。

私はとりあえず勝手に納得したが、人選について梶山が疑問をもったらしく尋ねる。確かに可能であればマイナスのポイントは避けたい。

先日ルール違反という愚行のせいで-5ptを食らっているのだ。

その問いに対してなぜか橘は無表情ながらも、躊躇うような、なぜか照れるようなリアクションをする。

そしてやっとのこと口を開いたと思えば突拍子のない言葉が出てきた。




「……たぶん、この2人が1番オレたちのために走ってくれたから。」


「「………。」」




私と青島は何が起きたか分からないといったように互いに顔を合わせる。そこで、辻村が耐えきれず少し笑いながら呟く。




「確かに物理的にすごい走ってるすもんね…。」

「は、そういうこと?!」

「………とにかく。」

「無視か!」



あ、本当に物理的な話なのか。

頭の隅でぼんやり呑気なことを考える。




「他の人らも、ジョーカーも、下手な動きしたらボコボコにするじゃ済ませないから。余計なことしないでよね。」




実際に行動した彼がいうと威圧感がある。新倉や梶山は喉を鳴らしている。浦も、多少顔色が悪いあたり、昨日のことがあって動く気力はないのだろう。




「じゃあ説明は以上。岸は今朝いった通り…青島も、野呂も音楽室に来てね。あとジョーカーもよろしくね。」




そういうと橘はわずかな朝食の残りを一気に片付け、食堂から立ち去ってしまった。

一方で野呂は朝食会中、一切の言葉を出さず黙々と食していた。


そして約束の時間。私は青島と雑談をしながら音楽室に向かう。驚くべきことに、その出入り口には先客がいた。




「……相原?」

「刹那、青島も…来たんだね。」

「まぁ呼び出されて来ねーわけには行かないだろ。今回は冬真も動く気配ないし、特典取りに行くチャンスだろ!」

「そっちは…。」



私が質問しようとすると、人の気配を感じたらしい橘が扉を開き、音楽室の中に招く。

共に中にいた野呂は朝食会に比べ、だいぶ顔色が落ち着いている。橘の正体が分かり、幾分か気持ち的に安定しやすくなったのだろう。

明らかになってよかった。




「対策について話したいけれど…まずは相原だね。」

「そうだね。私が、見ての通り、ジョーカーだよ。」




スッとトランプの箱を出し、カードの束を取り出す。その中に混ざるジョーカーは普通のジョーカーと違い、厚みのあるカードであった。

私と青島はアレ?と首をかしげる。




「カードは使ってない。私はこの試練、何もしないつもりだよ。」

「相原さん、ありがとうね。…名乗り出なかった私が言えることじゃないけど。」




野呂が申し訳なさそうに言うと相原は全力で首を横に振り、慌てて否定する。




「そんなことないよ。…私も、このカードの正体に気づいた時、というか気づかされた時迷ったから。正直、怖かったな。」




そう言う相原は視線を落とす。嘘をついているようには見えないため、これは本当のことだろう。

それを尻目に、青島がハッと何かに気づいたような顔をした。



「なぁ、美沙子さ、間違ってたらごめん。

そのトランプって最初に瑞樹が持ってたやつで…お前が部屋からパクったやつじゃないか?」


「あ。」




そういえばそんな話を前にしていた気がする。その時、日向本人はまぁいいけどねなどと宣っていたが。




「……そうだよ。」



相原の肯定に青島が納得したように頷く。



「もしかして、今朝揉めてたのもそのこと?」


「うん。」

「カード返せって?」

「まぁ、そんな感じ。でも、その場には持ってなくて…で、その時刹那が来てくれたんだよ。」



相原が目を伏せる。

仲良くゲームをしていたのに急に手のひらを返されたことを残念に思っているのか、それとも戸惑っているのか、彼女の気持ちはよく分からない。



「で、その直後すぐに現物探しに行ったの。ゲーム機の下の方に潜り込んでたから、部屋に侵入して、読み込むのはできなかったと思う。」

「一歩間違ってたらアイツがジョーカーかよ…。

お手柄だな、相原。」

「いや、それほどでも。」




照れ臭そうに言いつつも、どこか申し訳なさそうだ。それで、と青島が軌道修正を行う。




「で、慶明よ。ジョーカーも分かったことだし、どうする?

正直この5人の中で裏切る奴はいないと思うんだが、たぶん念には念を入れた方が安心だろ?

それと、今朝のことっつーのは分かんねーけど、日向は相原がジョーカーってのを知ってるならその対策も必要だよな?」


「オレと野呂がさっき考えてた状況と変わってるけど…。基本的にはお互いにお互いを監視すればいいんだ。」


「「「監視?」」」




3人の声が重なる。苦笑しつつも、野呂は頷く。




「岸さんが私に、青島くんが橘くんに投票する。

それで男子は男子、女子は女子同士で部屋に泊まって、ずっと一緒にいればいいんじゃないかって。」

「…私も?」

「うん、相原さんも。」



相原が少し考えるような様子を見せる。そして、何かを閃いたように拳で手のひらを叩く。




「刹那、デスクについてる鍵付きの引き出し使ってる?」

「いや?」

「そこに私のスマホとジョーカーを入れて、その鍵を青島か橘に持っててもらおう。」


「「は?!」」



今度は私と青島の声が重なった。野呂と橘も声は出していないものの、目を丸くしていた。



「というか、私の部屋決定なわけ?」

「だって私の部屋汚いし…、千明もあまりパーソナルスペースに入られるの好きじゃないでしょ?」



私のことはどうでもいいのね。

無駄な抵抗はすまい。私は早々に諦めた。向こうでは橘の部屋にしようということになった。




「ねえ、なんでスマホもしまうの…?ジョーカーだけでいいんじゃない…?」



相原はきょとんとする。しかし、彼女は冷静だった。そして加瀬に負けず劣らずののんびり屋の彼女は驚くべき、鋭い言葉を発したのだ。




「私はジョーカー。だけど私も投票権があるんだよ?こっそり、千明のスマホ使って投票する可能性もあるよね?

ゲームオーバーになる可能性は全て、排除しなきゃダメだよ?」





私は、相原を勘違いしていたかもしれない。

確かに、精神面的には強い方で、頭も悪くはないと思っていた。しかし、彼女は物事をゲームと捉えた瞬間、攻略のための手順を全てあげる。

そして、ゲームクリアに向けて非情なまでに動き出す。彼女はその自分の非情さを理解していない。

その危うさは青島も感じ取ったのか、何とも言えない表情をしていた。




「分かった。でも、相原はスマホをしばらく使えないよ?いいの?」

「別に…使う用事ないからいいよ?今はもう、賞金も狙ってないし…。」

「狙ってないの?」



あ、まずい。つい欲深い自分が口から出てきてしまった。

橘がどこか呆れた顔でこちらを見ており、相原は何も疑問に持たず頷くばかり。



「もう狙ってないよ。…私ね、この番組、純粋なゲームだと思って参加したから。ちょっとした、ほのぼの謎解き日常系的な?」

「……?」

「………。」



青島と橘がジェスチャーのみ、無言で会話しているが、相原は気にした様子はない。



「賞金は欲しかったけど、あくまでも試練を解いた報酬くらいにしか思ってなかった。

でも、真緒や橘の一件見て改めて思ったんだ。これはゲームじゃない、リアルなんだって。ゲームは楽しくなくちゃいけないのに、苦しむ人がいるなんて、ただのクソゲーだよ。

これを主催してる人はリアルとゲームの区別が付かない小学生と一緒なんだよ。」




相原の、ゲームに対する考えをしっかり、正面から聞いた気がした。彼女は、やる気がなかったり、興味がゲームに移りがちだったりしたが、それには明確な根拠があったのだ。



「でも、ポイントは取り続けるよ。」

「え?何でだよ?」

「青島は分からないの?」




まっすぐと見つめられ、青島はたじろぐ。

そんな様子を尻目に私は頭を働かせる。




「ルールを、いつでも破れるようにするためってこと?」

「そう。

ルールを破れば-5ptと電流。でもポイントがある限りはそのペナルティだけで、何もない。逆に0ptの時、やってしまったらどうなるか、ってことだよ。」




なるほど、理に適っている考えだ。私は納得するように頷く。

確かに、試練によるポイントの減算はマイナスになっても問題はないらしいが、ルール違反はどうなるか分からない。あのロボのように他にも危険因子が存在する可能性もある。




「……岸、また後でロッカーの鍵ちょうだい。オレが預かるよ。投票権、ないし。」

「そうしてくれるといい。青島は鍵を無くしそうだ。」

「無くさねーし!」




そのやり取りに皆微笑む。



案通り、その夜は私の部屋で3人で過ごすことになった。倉庫から予備の布団を持ってきて、野呂と相原でベッド、床で私が寝ることになった。

2人は最後まで渋っていたが、とんでもない。2人でベッドに手狭に寝る方が嫌だった。


途中、同様の動きをする青島とも会った。布団は案外重く、細野と鬼頭、一ノ瀬も途中手伝ってくれた。鬼頭も一ノ瀬もお泊まり会を心底羨ましがっており、対抗して2人もやることになったそうだ。案外そこ2人も仲がいいらしく、相原が少しだけ寂しそうにしていた。

その様子を私が見ていると、野呂には私も寂しそうに見えると言っていた。


そして夜がやってきた。ふと私は翌日のことについて疑問に思い、相原に尋ねる。



「明日、相原は何時に起きるの?」

「何で?朝食会に間に合うように、かな。」

「ゲームには行かないの?」



私が尋ねるとあ、と思い出したかのように声を漏らした。連絡をするにも、スマホは引き出しの中である。

かといって直接日向のところに行くにも心許ない。




「…ジョーカーを探されてるのに会いに行くの?」



野呂が警戒した、少しだけ低い声で尋ねた。その様子を見て困ったように相原は答えた。



「行かないよ。」



相原はまっすぐ私たちを見つめて答えた。

正直、私は行くと思っていた。あれだけ日向にくくっていた彼女が喧嘩?1つでゲーム会を放棄するのだろうか。彼女の真意は見えず、私はそれ以上の追及はしなかった。

一方で、相原のその様子に安心したのか野呂はうつらうつらとし始めた。あの一件以来、彼女はやつれた気がする。

昨日は面倒見のいい辻村や鬼頭、一ノ瀬が無理に食事を摂らせようとしていたが、正解だと思う。


それにしても、このゲームを考えている奴はなぜ、連続で野呂がターゲットになるような試練を与えてきたのか。

監視カメラで生活を見ているとはいえ、この状況下において弱っている人間をよく理解している。




「刹那、電気消して〜。」

「ああ、うん。」




すでにベッドで微睡んでいる相原の声に、私は起き上がり、電気を消しに向かった。これ以上考えすぎてもいいことはない。寝よう。




「おやすみ。」

「「おやすみ〜。」」



私はふと、この場にそぐわない考えが浮上した。




「友だちと泊まるのって初めてかも…。」



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