18日目 修羅
小さい頃から失うことには慣れていた。
慣れ親しんだ環境も、友だちも、母親も、妹も。
大嫌いな義母に勢いで応募されたゲーム
正直くだらないし、参加もする気はなかった。
でも参加者を見て、とても懐かしい顔の女の子がいた。
久しぶりすぎて分からなかった。
本当にその子なのかって。
でも、ピアノの音を聞いて、確信した。
妹だ。ずっと会いたかったその子だ。
ただ、彼女に伝える気はなかった。
せめて、このゲーム、彼女が楽しめるように影からサポートするつもりだった。
でも、アイツのせいで全ては崩れた。
浦冬真
あの男は人を利用しても、傷つけても何も思わない、感じない。いわゆるクソヤローだ。
食堂でのみんなのリアクションを見て失望したなぜ一瞬でも皆迷ったのか。あのクソヤローの言葉を間に受けるのか。
全てはアイツが悪い。
アイツがいなければ、きっと。
「全部終わらせる。」
あの子が笑顔でいられないなら、そんな生活もう要らない。
オレは覚悟を決め、修羅のごとく凶器を握りしめた。
朝6時少し前。
1番最初にいたのは日向。5時半から廊下に出ていたらしい。今の所、浦の部屋から動く気配は感じないとのことだ。
ついで出てきたのは相原、野呂、きっかりに青島だ。
ほぼ同時刻に細野と鬼頭も出てきた。
最初はこの面々の集まりに何事かと顔を歪めるも相原に事情を聞くと、2人は協力を是とした。
他の扉もノックしてみたが誰も起きてこない。
日向が勝手に橘の個室を開けていたが中はもぬけの殻だったようだ。何を思ったか、浦の個室も開け始めた。
「お前、何してんの?!」
「いや…一応。浦クン早い時はもう起きてるからさ、いるかなぁって」
「お前5時半からいるんだろ?」
「そうだけど。開いた。」
中を見てみると、浦の部屋ももぬけの殻。全員が首をかしげる。青島と細野がズカズカ入っていく。
「いねぇな。」
「何だこれ。」
細野が無遠慮にゴミ箱を漁る。
そのメモを持ったまま部屋から出てくる。
『屋上で待つ』
一言、そのように書かれていた。
「え、昨日まわった時、屋上開いてたか?」
日向と私は首を横に振る。鬼頭と相原が宿舎から見て目を細める。
「どちらも人影は見えませんが…。」
「どうする?どっちの屋上に行く?」
「「旧校舎!」」
私と日向が同時に叫ぶ。
すると細野が野呂を抱え、同時に鬼頭と青島がダッシュをかける。鬼頭に並んで日向が、その後ろに私、最後尾相原が走る。
途中から野呂は青島にパスされる。
「な、何で私を抱え?!」
「バカ!お前の言葉が1番効くはずなんだから、息切れしてたら意味ねーだろ!」
私と日向も頷く。
野呂はグッと泣きそうな顔をするも、堪え、頷いた。
ーーーさてここからは私の視点ではない物語。
浦は、昨夜1時に気づいたメモを見る。そこには屋上で待つという端的な言葉が記されていた。
呼び出される相手には心当たりがありすぎた。恐らく辻村か青島、あって鬼頭あたりだろう。そのメンバーなら腕っ節だけで恐らく勝てる。
むしろ武道に通じる鬼頭が1番怖いかもしれない。
そんなことを思いながら旧校舎の屋上に向かう。
なぜ旧校舎かって?
鍵を見た限り、旧校舎の方が壊しやすそうだからだ。日向が呼び出し主の場合、新校舎もありえるが、変な所で几帳面だから『新校舎の屋上で待つ』くらいは書くだろう。
浦は5時20分ほどに宿舎を出た。
待ち伏せされている可能性があったため、教室を探索しながら向かう。
どの教室にも人の気配は感じなかった。
念入りに見ていたため、屋上に向かう頃には6時前になっていた。途中、空き教室にあった竹刀を手にした。
一応だ。
そして、屋上に着くと扉は外開きになっており、すでに半開きだった。
周りに人はいない。
オレは屋上に出た。
一見屋上には誰もいない。
「呼び出しておいていないのか…。」
そう呟き、オレは薄汚れた屋上の中央へと歩を進めた。
その時、背筋に何か走った。
ーーーーーーーーーーーー
私たちが途中の階段を駆け上がっていると上から甲高い音が聞こえた。
何かが地面に叩きつけられた音だ。
「なんだ今の音?!」
踊り場で青島から降り、野呂が走り始める。それに回復した細野、鬼頭、日向が続く。青島も息を荒げながらも続く。
「橘くん!」
屋上には折れた竹刀が転がっており、フェンスに背を預ける浦と、鉄バットを持つ橘だ。
浦が肩で息をしている一方、橘の呼吸は落ち着いており、バットは先がひしゃげている。思い切りバットを振り下ろしたことが分かる。
「邪魔しないで。」
こちらに一瞥をくれることなく、橘が言い放つ。
浦は玉粒のような汗を掻きながらも笑みを浮かべる。
「気が狂ってるね…こんなゲームごときのために人生棒に振るのか。」
「生憎、ここは監視カメラないからね。それに、オレは今やってること後悔してないから。」
ここでやっと相原が追いつく。状況がわからず目を白黒させている。
「もうやめて橘くん!」
「やめないよ。浦のせいでただでさえ狂ってるゲームがおかしくなっていくんだよ。コイツがいなければ、丸く収まる。」
「バカ野郎!そんな奴のために、お前が手を汚すなんておかしいだろ!」
「誰かがやらなきゃ、結局ダメなんだよ。こういうタイプはどこかでへし折らないと。」
「物理的にへし折るのはダメだと思うよー!」
日向が相原と鬼頭に引きずられ退場となった。
完全に場は膠着状態だった。
こちらに走ろうと背を向ければ、橘に隙を見せることになるし、丸腰では勝てないということだろう。
私たちが何かモーションをかければいいのだろうけど、それより先に橘のバットが浦を捉えるだろう。
「……もうやめて。」
野呂がふらふらと橘の方に歩んでいく。橘は何も答えない。
すぐ真後ろで、野呂は歩みを止める。
「野呂が許してもオレは許せない。」
「私だって許してない。」
「じゃあ止めないでよ。」
「……止めるよ。」
グズッと野呂が泣きながら言葉を紡ぐ。
しかし、橘は構えたバットを下ろさない。
浦は緊張のためか、徐々に呼吸が浅くなる。
「浦がいる限り、このゲームは地獄を見続ける。それに、オレは大切な人傷つけた奴を許せない。
だって、ずっとずっと会いたかった妹に、会えたのに!笑顔より泣き顔ばっかって何だよ!何も悪いことしてないのに!
何でこんなクソヤローにお前が泣かされなきゃならないんだ!」
「大切なら分かってよ!私だって、大切な人が、他の人を傷つけるのを見たくない!」
橘の表情が初めて変わる。そして、歪み、目を細め、何かを堪えているような表情になる。
「アアアアア!もう、クソ!」
橘の悲痛な叫び声と共に、浦の真横にバットが投げつけられる。浦は肩を震わせると、緊張の糸が切れたのか腰を抜かした。そして吸えなかった空気を吸うように、何回も何回も息をする。
橘も屋上にあぐらで座り込む。
浦はフェンスに寄りかかったまま、項垂れる。
決着がついたのを確認し、細野と鬼頭は浦に、他は橘に駆け寄る。日向が冷静に、竹刀とバットを回収した。
朝食会の時間。
集まりはまばらであったが、青島が無理やり全員連れてきた。食堂に入ってきたものは皆、顔色の悪い浦と変に汗を掻く私たちを見て、怪訝な顔をしていた。
全員揃ったところで、今朝あったことを話した誰もが動揺し、困惑していた。それもそうだ。目撃した私たちだって未だ動揺が隠せない。
比較的落ち着いているのは日向と青島だろう。
「……確かに、浦が悪いけど、何だか、言い切っちまうには気持ちが悪いな。」
永瀬が尻すぼみに何とか言葉を紡ぐ。そう、どちらも責めることができず、戸惑うのみ。先程から、橘も落ち着いてきたのかずっと無表情で天井を見つめている。
「…僕たちも悪かったよね。どう考えたって、浦くんが正しくなる要素はなかったんだ。ごめん、どうかしてた!」
「そう…ですよね…。」
梶山や新倉が言葉を紡ぐと橘が顔を掌で覆ってしまう。
「でも、橘クン、分かってるの?
今回はかわいい喧嘩くらいで済んだけど、君がやったこと許されることじゃないからね。オレ、暴力だけは違うと思うんだよね。」
「浦に関しては、言葉の暴力だがな。」
「全く可愛くなかったですけどね…。」
反応のない橘を心配したのか青島が覗き込む。
「慶明?」
「反省と後悔で泣きそうなの。」
「あ、そう。」
浦が鬼のような表情で橘を睨みつける。
「オレは間違ったことはしていない。ルールに則って、試練をこなしただけだ。また次もルールに則って、お前達を潰す。」
「…そうだね。」
肯定の言葉を返す橘に皆驚く。しかし、被せていた手を離し、浦に向き直る彼はいつもの橘だった。
「今回のことは謝る。ごめん。次は、ルールに則って浦を潰す。」
「……お前も大概なクソヤローだね。」
そう言うと浦は、悪態をついて食堂から出て行ってしまった。
「みんなも、迷惑かけた。ごめん。」
私たちに対してはしっかり頭を下げて謝ってきた。他の皆も、声をかけている。
私と青島、日向は顔を見合わせると、やっと肩の力が抜けた気がして、ほっと笑い合った。
「ねーねー、何でオレがいなきゃいけないの?いらなくなくなくなくなくない?」
「どっちだよ!」
「もう青島クンとの契約は切れました〜。あ、アイテム出たよ、相原サン!」
「その調子で次のステージ。」
「…野呂のお願い聞く気ないでしょう。」
私たち4人は中庭のベンチ丸見えで仲良く横並びになっている。相原、私、青島の順でベンチに座り、その裏に日向が座っている。
というのも、野呂に頼まれたからであった。
橘と話をしたいが、緊張してできない、近くにいて欲しいと。日向は他の人の事情なんか聞きたくないと心底嫌がっていたが、橘にも面と向かって頼まれ、断れなかったらしい。
「オレが聞いてたって何もいいことないよー。」
「置物になれ。お前なら悪魔召喚する邪悪な置物くらいにはなれる。」
「すっげー勢いでディスられてるんだけど。じゃあ青島クンは置き忘れの穴が空いた傘だね!」
「何その例え!」
「うるさい。2人とも。」
私が注意するとすごすごと座り込む。
「大体、ミニゲームのこと、オレは許してねーからな。ちょこちょこオレ達に喧嘩ふっかけてくることもな。」
「えー。青島クンのお許しなんか要らないよ〜。
オレには美沙チャンと岸サンいるし。」
「わっ!」
後ろから急に抱きしめられ相原は顔を真っ赤にする。私は驚いて声も出なかった。
青島はそれを見て言語にならない何かを口から出していた。
「何やってるのあの4人。」
「うーん、何だろうね…。」
なぜか野呂と橘の方が私たちを見守る状況になっていた。
「何か家族みたい。青島と岸が夫婦で、小っちゃい2人が子ども。」
「確かにそうだね…。」
野呂は僅かに目を細める。
「昔は私たちもそうだったよね。」
「……そうだね。」
2人の間に沈黙が流れる。
「小学校入るか入らないかの時、離婚したじゃん?…そのあとはどんな風に過ごしてたの?母さんは元気?」
「相変わらずだよ。キャリアウーマンで、再婚はしてない。ピアノは…続けてる。あの子のせいで、イジメもあったし…人と接するのすごく苦手になっちゃったけど。
でも、このゲーム終わって、高校に戻ったら頑張ろうって思ってるよ。
…橘くんは?」
「父さんは、再婚した。楽しそうだよ毎日。義母が勝手にこのゲーム応募して…本当に腹立ってたけど。
でも今は、参加してよかったって思ってる。」
4人を見つめ、涙を浮かべながら呟く。
「……ゲーム終わったらそれっきりなんて、嫌だなぁ。」
橘の中では、もうここでの生活は大切なものになっていた。相原にたかが15日といったが、自分の中でもこの15日は確かに価値のあるものになっていた。
「……橘くん。情報開示しない?」
「まだできないよ。」
「でも、あと数日一緒にいたらできるよ?」
「……好きな人とかいないわけ?」
「いないよ。…できたら妹はやらないぞってやってくれる?」
「…また鉄バット振り回してあげるよ。」
「そんな性悪の彼氏は連れてこないよ!」
どちらかともなく笑い始める。
それを遠目で見ていた私たちも、ホッとして微笑み合った。




