17日目 Plan of "L"
ドアからノックが聞こえる。私はぼんやりした顔で起き上がる。時計をふと見ると朝食会の時間、10分オーバー。
昨日寝たのは結局3時だった。自分で言うのも恥ずかしいが、起きられる訳がない。
私はのろのろと扉に近づき、開けるとそこには心配そうな顔をする一ノ瀬がいた。明らさまにホッとした顔になると、次は怒ったような顔をした。
「もう!何寝坊してるの!心配したじゃん!」
「ごめん。」
「謝ってる顔じゃない!」
ぷんすかぷんすか一ノ瀬は怒っている。
そりゃそうだ、起きがけにそんな良い顔できる訳がない。
「みんなまだ食堂にいる?」
「刹那ちゃんを待ってるよ!」
この機会に言うしかないだろう。私は決めた。
「5分したら行くから待ってるように言っておいて。」
「へ?あ、うん。」
一ノ瀬はふとテーブルの上を見る。
そこには、日向のメモを参考に更新しようと思って出した校舎図と昨日見たのロボの走行ルートを記載した紙が置きっ放しだった。
「何?」
「いや…何の図だろうって。」
「別に、大したものじゃないよ。着替えるから出て行って。」
「えー、女の子同士じゃ「出て行って。」
「……はーい。」
しぶしぶといった様子で一ノ瀬は出て行った。なんやかんやと侮れない奴だ。
私は急ぎ足で準備を進めた。
食堂へ行くともう大半は食べ始めている。
日向はいつもと変わらない様子だ。もしや普段から寝てないのではないだろうか。
「お、はよー!珍しいな、刹那が寝坊なんて。」
「昨日の夜、ちょっとね。」
「そうだね。何人か出てたみたいだからね。1人は君か。」
浦が口を挟んでくると一ノ瀬がそちらを睨みつけた。彼はそれ以上は口を出さないとの意思表示が手を挙げひらひら振ってみせる。
「で、1人で何してたんだよ?」
神崎が険しい顔をしながら聞いてくる。
しかし、私は怯まない。なぜなら2つの隠蔽を除き、真実を語るのだから。
「昨日の深夜帯、私は屋上に行った。」
「は、何でっすか?!」
「一昨日の夜、屋上から光が見えた。ロボットが夜徘徊しているのは知ってるでしょ?だから、もしかしたら屋上も深夜だったら開いてるんじゃないかなって思って確かめに行った。」
「勇敢だねぇ〜。」
加瀬が興味があるのかないのかといった様子で感心した。私は話を続ける。
「屋上の先に何があったんだ?」
「………屋上にはロボがいた。
そのロボは私に向かって鉄パイプみたいなものを振り下ろして来た。」
「えっ、それって危なくない?」
「うん、私は減点も構わず宿舎まで逃げてきたよ。さすがに怖かったからね。」
女性陣は加瀬や神崎も含め、皆青い顔になる。
男性陣も険しい顔をしており、さすがの浦も少し考えるような表情を見せた。
さすがに屋上で見たものについては伏せた。
「なぁ。そのロボ壊した方がいいんじゃねーか?減点がなんちゃらとか言ったらんねーよ!」
「……その前にモニターに聞いた方がいいんじゃない?そんなもの置いておくとか意味分からないしね。」
「……確かに。」
青島が声を荒げて言うが、すぐに日向の言ったことに納得する。1番近くにいた梶山がモニターを起動するとモニターはすぐに通信状態になった。
『おはようございます。みなさん深刻そうな顔ですね。』
「呑気なこと言ってんじゃねーよ。どうせ監視してたなら今の話も聞いてたんだろ。」
「モニターさんが、開こうとしてた屋上、何があるか知らなかったなんて言わせませんからね…。」
モニターの先の人物は笑う。不気味に、喉を鳴らすように。
永瀬が盛大な舌打ちをしてモニターを睨みつける。
『屋上開かなくてよかったじゃないですか。
それに、あるもの全てを知ることが幸せとは限りませんよ?知らなくていいことだって、たくさんありますからね。
結果として浦さんの裏切りに救われていたってことになるんですかね?』
「…は?」
モニターの声に即して誰かが声を漏らした。
誰の声かは、私には分からなかった。
『あと言い忘れていましたが、今回のようにズルをしない限りロボットは君たちに危害を加えることはありません。』
「確かに、特典で得てないものをズルしてみようとしたようなもんだもんだしね。分かった。」
「岸、お前納得してんなよ!」
『反省を踏まえてヒントを差し上げましょう。』
「ヒント…?」
梶山が不安そうに尋ねる。
『ええ、もう1つの屋上、旧校舎についてです。あちらは鍵が学校内に隠してあるので入ってもロボが襲ってくることはありません。良かったですねー。』
「良かったですねー、じゃねえよ!」
永瀬が我慢できないようで怒鳴りまくっている。
「質問は以上ですか?」
「ロボが襲ってこないことを確認できれば以上だね。」
『…そうですか、それでは失礼致しますね。』
プツンと通信は切れる。
食堂を沈黙が包むが、とある箇所からく、く、と笑いを堪えるような声が聞こえる。そしてその音はいつしか明瞭な笑い声となる。
「…ッ、何がおかしいんだ、冬真!」
青島が耐え切れなかったようで声を荒げる。完全に、浦の表情は狂気に満ち溢れていた。
「良かったねぇ君たち。オレのおかげでみーんな、見なくていいものを見ずに済んだんだ。
裏切り者だなんて扱い、相応しくないんじゃなきか?」
「た、確かに…僕らは見なくていいものを見ずに済んだん…だよね?」
「まぁ、ロボットに襲われずに済んだのは確かかもね。あのロボが本当に襲ってこない保証はないし。」
「じゃあ、浦くんが結果的に正しいってことですか…?」
「折衷案が、間違いだったってこと?特典を求めるのが、過ちなの?」
梶山の言葉に私が答えると浦は得意げになる。
私たちの会話を聞いた新倉や相原が頭を抱える。
細野も鬼頭も言葉が出ないながらに動揺している。神崎は爪を噛み、加瀬は無表情だ。
そして、浦は辻村のことを指差す。
「土下座しろ。」
「何言ってんだテメー!」
「ちょ、ストップ永瀬くん!」
殴りかかろうとする永瀬を辻村が止める。
それを見て浦が微笑む。
「オレを罵倒するなんてお前ら、恩人様に楯突くようなものだ。オレはフェミニストだからな、辻村くんだけで勘弁してやるよ。
恩人様に楯突いて申し訳ございませんでした、以後このようなことがないよう気をつけますってな。」
「結果が正しくてもな、それを認めたら、野呂の気持ちはどうなるんだ!」
「うるせぇな。殴れるものなら殴ってみろ。お前が減点を怖れていることはわかっている。」
永瀬は眉間の皺を深くすると、躊躇いつつも迷うように拳を下に降ろす。その姿を信じられないといったように野呂が目を見開きながら見つめる。
「早く土下座しろよ。このゲームは、人を蹴落として蹴落として初めて優勝するんだよ。
野呂はただの踏み台、犠牲者なんだよ。」
その言葉が言い切られる時だった。
青島が動いた。
浦の体が横に吹っ飛ぶ。
「何も正しくねぇよ!ふざけんな!向かい合わなくていい真実なんてあるもんかよ!
いいぜ、立てよ浦。オレが相手になってやるよ。」
「へぇ…お前が0ptになるまで殴られ続けてやろうか?」
浦が青島の胸ぐらを掴む。
「はーい、2人ともストップストップ。」
空気を読まない明るい声が響く。声の元は2人より低い位置にあった。
青島も浦も声の主、日向を睨みつける。
「こんなことでポイント削り合ってトップになってもオレ退屈しちゃうよ!ということで、間とって辻村クン土下座しとこ!」
「…オレっすか!」
「んなことする必要ねーよ!」
青島が怒鳴るが、辻村は少し考えるような様子を見せると頷き、膝をつく。
その様子を見ると萎えたらしい浦は舌打ちをして、青島を振り払い、どこかへと行ってしまった。
「……あれ、しなくていい感じっすかね。」
「おっ、ラッキーじゃん辻村クン!」
日向にハイタッチを求められ、口角がヒクついた状態のままハイタッチをした。
そして青島は、食堂のみんなに向き直る。
「みんな、間違えるな!アイツがやったことが正しいわけじゃねーんだ!」
「………。」
一部の者は混乱し、一部の者は屈辱に耐え、一部の者は何も響いた様子はない。
青島の言葉は響かない。
青島のことをまっすぐ見つめることができているのは、私、日向、辻村、橘のみだ。
「………部屋に戻る。」
相原がポツリと言うと、次々と皆部屋に戻っていく。何が正しいのか、何を信じればいいのか、誰も分からないのだ。
「……、オレ間違ってんのか?」
「間違ってない。間違ってないよ。」
青島が頭を抱えて呟くと橘が肩を掴んでそう言う。
「今度こそヤバイかもねー。決裂なら結びつければいいだけだけど、今回は迷ってる人が多すぎる。」
「……言わない方が良かったかな。」
「ちょっと、岸サンまで気味悪いこと言わないでよね。」
「そうだね、ごめん気持ち悪かったわ。」
「そこまで言ってないし。」
日向が険しい顔をして言う。
「大丈夫。こんなゲーム、終わりにするから。」
「は?」
「こんなゲーム、あんな奴、価値なんてない。」
橘は、何かを決意した目をしていた。独り、橘はどこかへ行ってしまった。
その背中を3人で見守る。
「……青島、へたり込んでる場合じゃないよ。」
「は?」
「何か、橘、ヤバイ気がする。」
その言葉に日向が弾かれたように動き出す。食堂を出るも、誰の姿も見えない。
「いないね。」
「なぁ、ヤバイって何だよ…?」
「橘、何かやらかす気がする…。勘だけど。」
日向と青島が顔を見合わせる。そしてお互いを睨み合い、ため息をつく。
「一時休戦だな。」
「そーだね、その方が退屈しなそうだしね。」
少年漫画のような男の友情を見た気がした。永瀬がこの2人が似た者同士と言ったのが分かった気がした。
とりあえず別れるのは危険だということになり、3人で固まって探すことになった。
旧校舎から回り始めたが、いない。人っ子ひとりいない。皆宿舎に篭ってしまっているのだろう。
探索を続けていたが努力も虚しく夜になる。
他の皆も食事を取りにくるが誰も言葉を交わさない。
「なんだよ!橘クン隠れんぼ得意とか聞いてないんだけど!」
「鬼ごっこにしたってアイツバテてそうなんだけどな。」
「もうピッキングして橘クンの部屋覗いちゃわない?今までやる気がなかったのにやる気出すの変だって!」
「さすがにそれは…。」
うーん、と3人が悩んでいると、そこへ野呂と相原が並んでやってきた。どちらも青い顔をしている。
「どうしたのー、2人揃って。」
「千明が、話があるって…。」
「………うん。」
まず落ち着こうということになり、皆お茶を淹れる。途中青島と日向が橘の部屋を訪れたが誰もいなかったらしい。
そして同様に浦もいなかった。
「で、野呂サン、お話って?」
「実は…橘くんのことで…。」
野呂はチラリと相原を見る。相原が力強く頷く。しかし、それが空元気であることは明らかであり隣の日向が肩を軽く叩いていた。
「私、部屋で考えてて…青島くんたちが言うように知らなくていいことなんてないって思って…。
だから、浦くんに、試練の邪魔をやめさせようと思って。でも1人で行くのが怖いから橘くんに相談したんです。」
「え、見つけたのかよ?!」
「3人が戻ってきた直後、一瞬だけ宿舎に戻ってきたんだよ。」
「…後ろをつけられてたってこと?」
「はぁー?!ムカつくんだけど!」
私が結論を述べると、心底気に障ったらしく、日向が頭を掻きむしっていた。
「で、何を話したの?」
「千明は、部屋でコッソリ聞いてたの。私が聞いたんだよ。何で、急に動き始めたのか、千明がそんなに気になるのかって。」
「え、何?恋話?」
「もう、話の腰を折らないで!」
相原が日向の茶々にぷりぷり怒っている。しかし、調子が戻ってきたのか、冷静に話し始めた。
ーーーーーー
『何で、最近になってやる気を出してきたの?
試練での、千明のことがあってからだよね。
千明のこと、どう思ってるの?』
『……よく、それを相原1人で聞きにきたね。』
『話を逸らさないで。』
『…そうだね、本音で言うなら大切だよ。大切に思ってる。』
相原は首を傾げた。
しかし、橘は嘘をついているようには見えない。
『出会ってたった15日でしょ?それで、大切になるの?』
『15日じゃないんだよ。オレにとっては15日なんかじゃないんだ。』
『…どういうこと?』
『相原、オレと野呂を見比べて、何か思わない?』
『…ウソでしょ。だって、全国の高校生だよ?』
『残念ながらそんな真実があるんだよ。
オレは…野呂の…双子の兄貴だ。』
ーーーーーー
その場にいた全員が呆然とする。
1番早くリアクションができたのは、以前野呂本人に兄がいることを聞いていた私だった。
「野呂、それ本当なの?」
「……私は、岸さんと一ノ瀬さん以外に双子のお兄ちゃんがいること言ってないから、知ってるはずない。それに、二卵性だったから…、似てはいるけど、顔は違うはず。私、小さい頃のお兄ちゃんしか見たことなかったから。」
「そんな偶然あるんだ…。」
さすがの日向もはは…と引き笑いしている。
「なぁ、刹那が言った、嫌な予感合ってるんじゃねーか?」
「何をもって?」
「いやだってよ、あんな風に自分の妹のこと言われたら、身内としては浦のこと…すげー憎いだろ…?」
最悪の状況が頭をよぎる。
「待って待って。それなら日向や優月だって危ないんじゃない?明らさまに浦の味方したよね?」
「…いや、それはないね。」
解答を出すは日向本人だ。
「加瀬サンは完全に浦クンの小判鮫だし、オレに至っては岸サンが、オレのこと誘って探索してたのを知ってるからね。」
「は?何で?」
「何で瑞樹誘ってんの?!」
「だって君がオレに話しかけてる後ろで橘クンオレのことものっすごい目で睨みつけてたからさー。」
「じゃあ日向が話しかける前からいたってこと?」
「そう。」
「オイ無視しないで!」
青島が伏せると野呂と相原があわあわしながら慰めている。肝心の私と日向は無視だが。
「結構岸サン、橘クンと仲良いでしょ?それに野呂サンの肩もってたし。だから優先度としては落ちたんでしょ。」
「なるほどね。じゃあ真っ先に狙われるのは浦だね。」
話がまとまると時計が鳴る。もう12時だ。
日向が食堂の窓から外の窓を見て頷く。
「とりあえず浦クンは部屋にいるから大丈夫だよ。」
「じゃあ明日6時から捜索始めようぜ。
ついでに朝練組が出てきたら誘おう。細野も鬼頭も、混乱してても力は貸してくれるだろ。」
「そうだね。岸サン、寝坊しちゃダメだよ?」
「うるさい。」
トントン拍子で話が進んでいく。
この2人冷静であればかなりいいコンビなのでは、と思っている私は呑気なのだろう。
「ねえ、岸さん。」
「ん?」
食堂を片して出ようとすると野呂が入口で待っていた。
3人は軽口を叩きながらさっさと部屋に戻ってしまった。メンタルの強い3人、なまじ頭の回転も速いから敵に回したくないものだ。
「実は、あの後…会話の続きがあってね。」
「そうなの?」
「うん、あーえー、橘くんとは関係のない話なんだけど。」
お兄ちゃんと呼ぼうとしたのか、何だか今回の問題が落ち着いても変な所でそわそわしてそうだ。
私はその話を聞いても、特に何か感じる訳でも不信感を抱く訳でもなかった。むしろしっくりきた。
話を終え、野呂と別れて自分の部屋に戻る。明日は早い。
『相原は、たった15日って言ったよね。その言葉、そっくりそのままお返しするよ。』
『どういうこと?』
『相原は、日向と仲が良いよね。
オレには、その仲の方が異常なものに感じるんだけど、相原は日向のことどう思ってるの?』
『……どんなこと言われようと、あの朝、日向は私の世界を広げてくれた恩人なの。絶対に、1人にしたくない。』
『アイツは…すごいね。』
『え?』
『いや。相原、忠告だよ。相原はオレと同類。だから、大切なもののためなら全てを投げ打つことができる。
…気をつけなね。』




